日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

131話 敵陣

公開日時: 2021年1月30日(土) 21:57
更新日時: 2022年5月3日(火) 18:31
文字数:3,296

『ヒノモト・センソーダイスキ』 ルール説明 その3


●【合戦】について

 ターン終了時、敵対する勢力のコマが同じマスに存在した場合、【合戦】が発生する。

 【合戦】の勝敗判定は、

 「”ダイミョー”(戦力1)」+「”テシタ”(1コマにつき戦力1)」+「その他のユニットの戦力」+「任天カードによる戦力変動」

 によって決定される。


●合戦後の処理

・敗者:戦争に参加したコマは全滅する。

・勝者:敗者の戦力分をマイナスしたコマがその場に残る。どのコマを残すかは勝者が任意で決めて良い。



 さて。

 ここで、現状における狂太郎側、――ヘイシ側の盤面をまとめてみよう。

 いま狂太郎は戦力を、近畿地方における東西の境界線に集中させている状態だ。

 ただし”テシタ”コマを一騎のみ、”最初の目標”を満たすべく九州方面へ向かわせている。

 飢夫側の戦力は、2割を”ダイミョー”コマの防御に、8割を同じく、侵攻部隊として編成している状態だった。


――怖いのは、何らかのカード能力で”最初の目標”の邪魔をされることだが。


 いくら天才といっても、予言者ではない。こちらの動きが見えない以上、妙な行動はできないはず。

 ボードゲーム、――というかゲーム全般において、敵戦力の過小評価はもちろん危険だが、過大評価もまた、危うい。

 敵の一手を過剰に高く評価してしまうと、どうしても攻め手が及び腰になる。”いかにして勝つか”ではなく、”どうすればみっともなく負けないか”を意識してしまう。強者というものは大抵、弱者のそういう性質を感覚的に理解しているから、そこを突こうとするのだ。


 まず、心で負けないこと。

 仲道狂太郎の腕はプロゲーマーにはほど遠いが、その程度のことはわかっている。


――よし。次の手でとりあえず、”最初の目標”を達成できるな。


 そして、次の次の手ですぐさま、【進軍】を開始した。

 モニターに表示されている飢夫に視線を送る。

 すると彼も、無言のままこくりと首肯した。

 結局、飢夫側の”目標”ははっきりしないが、まあいい。


『あのぉー。狂太郎さん?』

「ん?」


 顔を上げる。兵子だ。


『たぶんあなた、そろそろ”最初の目標”、達成しますよね?』

「……また、揺さぶりをかけるつもりか」


 この読みは、驚くほどではない。

 この手のゲームに慣れていれば、ある程度”最初の目標”が達成可能なターンは逆算できる。


『あーいや。そういうんじゃなくてね? 一応、忠告しとこうと思って』

「?」

『もし、次のターンで”目標”を達成するつもりなら、止めといた方がいいと思いますよぉ』

「ん? なんで?」

『そりゃあもう。こっちの手のひらの上だからっす』

「だったら、わざわざ言う必要もないじゃないか」

『わかってないなぁ』


 そして、へらへらと笑って、


『このまま終わったら、なーんの盛り上がりもなく終わっちゃうっしょ。そうなると、つまんないじゃないっすかぁ』

「……………」

『俺、狂太郎さんのこと、尊敬してるって言ったっしょ? だから、簡単には負けて欲しくないなーって』


 安い手だ、とは思う。

 狂太郎は今の会話を、一切なかったことにして、


「……”テシタ”コマを一体、長崎へ。その後、全軍を敵陣に移動させる」


 と、指定。

 スクリーン上で、数千人から為る侍の一隊が、長崎へと到着したことを示すムービーが流れる。

 それと、ほぼ同タイミングであった。


『プレイヤー・狂太郎が”秘密の目的”を達成しました。

 ただいまより、プレイヤー・狂太郎の保有するコマの東日本への進軍が可能になります。

 また、全プレイヤーにゲームマップが公開されます』


 狂太郎の目の前のゲームボード、その半分を覆っていた戦場の霧が、溶けるように消失したのは。


「…………」


 息を呑み、敵側の戦力配置を確認する。

 やはり、というか。”テシタ”コマの層は厚くない。

 だがその代わりに、――東京付近に一匹、とんでもない怪物が、いる。

 ゲームの縮尺からして山ほどもある、昏い目をした巨人だ。

 その肌は泥のような色をしていて、笑っているようにも、泣いているようにも見える不気味な顔をしている。


「なんだこりゃ」


 狂太郎が首を傾げると、


「殿! あれなるは”ダイダラボッチ”なる妖怪にございます!」


 すかさず、解説役のリリスが叫んだ。


「ダイダラボッチ?」

「は。古来より、日本各地で見られる巨人で、国作りの神とも同一視される妖怪です! なんでも、富士山を作ったのは彼だとか、ちょっとおしっこしただけで河ができたとか、なんかそーいう、とんでもない逸話を持つやつですよ!」


 と、いうキャラ設定ということだな。うん。


「ちなみにゲーム的には、どういう動きをする?」

「一匹だけで戦力10。――しかも一度の【進軍】アクションで、3マスまで移動する能力があります」

「なるほど」


 戦力、10。

 信じられない戦力だ。まともに殴り合って勝てる相手ではない。

 これは現状、狂太郎が侵攻部隊として編成している全戦力の、さらに倍に等しい。

 つまり――。


「まいったな。これでは攻め込めないじゃないか」


 この独り言に、『ハッハッハ!』と、楽しげな声。


『ほーら、言ったっしょ? 殴り合うにはまだ早いって!』


 いや。そうは思わない。

 狂太郎は目を細めて、次のターンの戦術を構築し直した。

 ”テシタ”コマが多いというアドバンテージは、他にもある。【徴収】アクションによる資源獲得効率が違うのだ。


 即座に《すばやさ》を起動。

 別案の最高効率手を計算する。


――このままカードと資源を増やして、こちらも”ダイダラボッチ”か、それと同等の戦力を持つ妖怪を召喚する。


 結局のところ大事なのは、【合戦】が行われるタイミングで必要な戦力を保持していること。これである。


『その場に留まって、――ぶくぶくぶくぶくと……戦力増やしまくるつもりっしょ? そうはさせねぇからなぁ』


 それを察しているのだろう。

 次の手番、兵子がカードを公開した。


『ゲンジ陣営・兵子により、任天カード”ヨスズメ”が使用されました。

 ヘイシ陣営はこれより2ターンの間、【進軍】アクションの実行が不可能になります』


 狂太郎のコマに、どんより暗い、雲のようなものが発生する。

 可哀想なことに『目が見えねぇ、見えねえよぉ……』と、自陣の兵隊たちが、怨嗟の声を上げていた。


――こんなカードもあるのか。


 今回のゲームでは、敵も味方も、カードの能力を把握していない。

 故に、敵の手番で何が起こるか一切わからない、という恐ろしさがある。


――任天カード”スーパーチート全滅ビーム”。盤面の敵は全員死ぬ。


 ……というようなカードがいつ使われてもおかしくはないのだ。

 まあ、余興とは言え、そのレベルのクソゲーを運営が採用するとは思えないが。


 その後、狂太郎・飢夫は自陣勢力の強化にあたり、敵側は”ダイダラボッチ”を戦線へ移動させる方針を採る。


「天下分け目の合戦、って感じだな。どうも」


 呟きながら、――狂太郎はそこで、ようやく初の”任天カード”の取得に成功した。

 そこで初めて知ったのだが、……引ける”任天カード”は地域ごとに一応、特色があるらしい。

 言われてみれば、影女は山形県の妖怪だし、ダイダラボッチもその逸話的に、東側で主に活動している妖怪である気がする。

 要するにこのゲーム、その地方で登場する妖怪が仲間になる、というイメージのようだ。街に異人種が跳梁する世界にはピッタリのゲームである。


 なお、狂太郎の手駒が【徴収】コマンドで手に入れたカードは、以下の三枚。


・”アカナメ”:戦力1の妖怪。敵味方問わず、”テシタ”コマがいない任意のマスに召喚可能。

・”アマビエ”:戦力0の妖怪。”テシタ”コマのいる任意のマスに召喚可能。同一コマにいる”テシタ”は、敵妖怪の悪性効果を受けない。

・”ガシャドクロ”:戦力1の妖怪。本拠地周辺のマスで【合戦】が起こった直後に、その隣接したコマに召喚可能。この妖怪は、味方コマが死亡するたびに戦力が+1される。


「ほう……」


 今さらだが、このゲームのやり口が見えてきた気がする。

 兵子くんの助言は、……結局、正しかった。

 どうも、”テシタ”コマで殴り合うのはわりと、リスクの高い行為であるらしい。


――このゲーム、基本は妖怪同士の殴り合いをするのが正道なのか。



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