「自殺……ですって?」
「ああ。順番に解説していこうか」
少女は唇を、きゅっと小さくすぼめる。
危険な何かに、備えるように。
「まず最初の事件。”ウータン族”のオラン氏の会社は日中ずっと、社員全員に手袋の着用を義務づけていた。……ぶっちゃけこの時点で少し無理がある気がするんだが、社長である彼が全て計画したことならそれも頷ける。彼は、部下を呼びつけた上で自殺して見せて、彼に”犯人役”を押しつけたんじゃないかな。
犯人の指紋が検出されなくて当然さ。彼は自らの手で全ての犯行を行ったんだからね」
”ああああ”は、一瞬だけ口をぱくぱくと開け閉めして、
「でも、リッキーさんのフランジは」
「あれ、よくよく調べたら、自ら手を下さなくても縄張りから強いオスがいなくなるだけで自然と大きくなるらしいぞ」
気まずい、間。
この空気に慣れる必要がある、と思った。
これからずっと、二人の雰囲気は悪くなる一方だという確信があったためだ。
「……第二の事件は?」
「あれも、そうだ。自殺だった」
「それはわかってます。問題は、死んだ後に、――”オポッサ族”の彼が幽霊になって出てきたこと。そうでしょう?」
「幽霊じゃない。現実に存在していた。最初の自殺は、……死んだふりだったんだ」
「死んだ、ふり?」
「うん」
狂太郎は、手を拳銃の形にして、左手を口の中へ、右手を地面に向けて、引き金を引くふりをする。
「恐らく彼は、こういう格好で引き金を引いたんだ。もちろん実際に撃ったのは、地面に向けた拳銃の方。うまく倒れれば、端からは自殺したように見える。ちなみに、あの時飛び散った血は、チーター族の共犯が撒いたものだろう。――いずれにせよ、自殺者の死体だ。そう詳しくは検分されない」
「…………たしかに、そう、見えるかも」
「しかもそれ、乱射事件を起こした後のことだろ? 妙なところに弾痕があっても、目立たない」
「でもあなた、言いましたよね。”オポッサ族”の彼は確かに、死んでいたって」
「うん。少なくともぼくには、そう見えた。だが……」
「違った、と」
「ああ、そうだ」
「それひょっとして、”オポッサ族”の習性が関係しています?」
「うん。彼の身体に入った遺伝子、――オポッサムという種族は、死んだふりが得意な連中だっていうじゃないか。しかもただの”ふり”じゃなく、本当に仮死状態になると聞いたぞ」
「ええ。彼らが死んだふりを行うとき、肛門から腐った臭いを発することで自身を腐肉に見せると聞きます」
淀みなく応える感じ、どうやら彼女も少しは怪しく思っていたらしい。
「ふうん。……彼の死体を見た時の腐臭は、そういうことだったのか」
言われてみれば、少し不思議に思っていた。
一度目の死骸を見た時はあれほど強烈だったのに、二度目の死骸を見た時、なんの臭いもしなかったから。
「いずれにせよ、一回目の自殺は”ふり”だった。”オポッサ族”の彼は、一度目の自殺の後、死体安置所で目を覚まし、交番を抜け出して再び我々を襲って、――そしてまた安置所に戻り、今度こそ正式に自殺した、ということだ」
「……でも」
「もちろんこの一連のやり取りには、共犯が必要だな。これは推測だが、例のあの”チーター族”以外にも、”オオカミ族”の検屍官が彼を手伝っていたんじゃないかと思う」
”ああああ”の顔が、真っ青に染まっている。
彼女の言いたいことはわかる。「どうして、そんな真似を?」ということだろう。
その疑問に応える前に狂太郎は、早口で三件目の事件の顛末を語った。
「最後に、ネコガミさんの件な。あれは単純に、紐の片方に”金の斧”を結びつけ、天井の梁を滑車のように使って、自分の頭の上に落っことしただけだ。通常の斧なら力不足かもしれないが、金でできた斧なら、その程度の力でも十分に生き物の頭蓋を破壊できる」
”ああああ”はそこで、「ああ、だからあなた、何度も”金の斧”の切れ味を確かめてたんですか」と、呟いて、
「でもそれなら、結びつけた紐が見つかるはずでは?」
「たぶんそれは、――ニャーコさんが回収したんだろう。紐はその後、火炉に放り込むことで証拠隠滅したんだ。たぶん何もかも、旦那さんと共謀した上でね。だから朝まで、炉に火が灯ったままだったわけだ」
”ああああ”は、眉を八の字にして、しばし考え込む。
「ちょっと、待って下さいよ」
「ん?」
「いろいろ言いたいことがありますけれど……あなたの話には一点、決定的な要素が抜け落ちています。なぜそれをしたか?が」
「……ほわ……?」
「動機、ということです」
「ああ、それな」
そこで狂太郎、――先ほどネットで調べた情報を、順番に説明していく。
いろいろと雑多な情報を省いて、もっとも端的な部分を。
要するにこの話の肝は、単純だ。
――”主人公役”である彼女が、彼女の世界を愛していないこと。
――故に世界が彼女に愛されようと、変調を来しているということ。
「……そ」
柔らかな日射しが差し込む中、さざ波が、寄せては返す。
「そんな、馬鹿な」
声は、波音に掻き消えた。
「幽霊にしろ。謎が謎を呼ぶ殺人事件にしろ。
この世にはまだ、解かれていない謎が山ほどある。
ここは決して、退屈な場所じゃない。
きみにそう思わせることさえできれば、なんでもよかったんだ」
狂太郎は、容赦なく事実を突きつける。
一連の話を誤魔化すような真似だけはできない。
彼女はいま、――”終末因子”となってこの場に立っている。
つまりこのままだと、間違いなくこの世界は滅びてしまうのだ。
「この三件の真犯人は、この×××島の住人全員、――どころじゃない。この世界そのもの……」
少女が、ぼそりと呟く。
「それって――」
しばし、押し黙る。
狂太郎はそんな彼女を、注意深く見つめている。
次の言葉が、――彼女にとっての分水嶺だと、そう感じたためだ。
「それって……ちょっと、怖いです」
「……ふむ」
内心、はーっと安堵したくなる気持ちになる。
正直、彼女がどう思うかは、五分五分だと思っていた。
いずれにせよ、――そんな風に思える娘なら。
救ってやらずして、何が救世主か。
「では、どうする? このままではたぶん、こういうことが立て続けに起こってしまうだろう。……連続自殺事件が」
「どうもこうも。なんとかして、止めさせないと」
「ぼくもそうすべきだと思う」
「ただし」
少女はそこで、はっきりともの申す。
「私が、この世界を退屈だと思っていること。これだけはどうしても、変えることができません」
「……………む」
狂太郎、あるいはこれで仕事が終わるかも、と思っていただけに、渋い顔になる。
「だってそうでしょう? 退屈でどーしようもない恋人がいたとして、――んで、そいつがメンヘラ起こして自傷行為に走ったとして……再びよりが戻るとお思いですか?」
「あー」
なんとなくわかる。わかってしまう。
メンヘラ娘。
飢夫周辺の女には特に多い。
一度など、突如として現れた貞子みたいな女に、シェアハウスの面々がカッターを突きつけられたこともあった。
飢夫のスゴいところは、そういう女すら、うまく操れる点にあるのだが……今回はそのようにはいくまい。
「確かに、そうだな」
「じゃ、どうします?」
「どうするって、――どうしようか」
「あなた、救世主なんでしょう? どうにかする方法はないんですか」
「うーん。このケースだと……」
しばしの黙考。
そして、
「一つだけ……なんとかする方法があるかもしれない」
「ほほう?」
「だが、それをするには時間が掛かる。困ったな。――それでも、このまま放っておくと、死者が増えるばっかりだし」
一時しのぎでいい。
”ああああ”を隔離しなければならない。
と、その時だった。
浜辺の向こう側から、数名の島民たちが駆けてきていることに気付いたのは。
彼らはみな、笑っているように見える。笑って、これっぽっちも害意のない顔つきで、こちらに駆けつけている。
まるで、水辺でぱしゃぱしゃ遊んでいるだけのように。
「ねえ、救世主さん」
「なんだい?」
「私ちょっぴり、嫌な予感がしてるんですけど」
「そうだな」
――そういえばこの娘、常に監視されてるんだったか。
それなら、自分が彼らの目にどう映っているか。
想像に難くはない。
「逃げよう」
狂太郎は、少女の手をぎゅっと握りしめた。
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