通算、五度目の異世界転移。
さすがにもうそろそろ慣れつつある。
狂太郎は大きく深呼吸を行って、異世界の空気を吸い込んだ。
呼吸は、――できる。
とはいえそれが、この世界に大気があることの証明にならないことは知っていた。
ナインくん曰く、異世界への転移後、”日雇い救世主”の身体にはいろいろと細やかな調整が入るらしい。呼吸などもその一環のようだ。
狂太郎は両腕をぐるんぐるんと回して、ちょっとした準備体操を行う。
「よし……と」
最初の転移から、すでに三ヶ月が経過していた。
最近は欠かさずジム通いを始めているため、その頃に比べて見違えるほど健康的になっている。
とはいえ、ひきこもりのおっさんが、ごく一般的な中年と同等の体力を獲得した程度、ではあるが。
「それで? この世界は、どのゲームの世界観だ?」
すると、傍らでぷかぷか浮かんでいるナインくんは、やれやれと肩をすくめて、
「知らん。いつものあの、ゲーム? のアレなんじゃねーの? おめーらの文化の産物なんて、興味ないね」
「そうかね。――だが、きみの”造物主”さまがここまでご執心な以上、仕事と割り切って、いろいろ遊んでみた方がいいと思うが」
「オレサマ、仕事は持ち帰らない主義なんだ」
「……あっそう」
こっちにはわりと平気で持ち帰らせるくせに。
狂太郎は少し眉をひそめて、ゆっくりと周囲を確認する。
――気候。
温かい。
日本で言うなら、9、10月くらいの温度か。海風がほどよく気持ちよい。
――時刻。
たぶん、朝。
たったいま太陽が昇っているのが、水平線上に見える。
――場所。
一方は鬱蒼と生い茂る木々。遠く、天を突くような巨樹が見える。
もう一方は、険しく切り立った崖。水平線が見える。一面の海原が広がっていて、他の島の影はない。
――人間の気配。
今のところ、なし。
――生命の気配。
ここから見えるのは、……青空を悠々と飛行するドラゴンの群れ、だろうか。
ドラゴンは、頭から尾までの大きさがおおよそ20メートルはあるやつで、その全身は巌のような鱗でびっしりと覆われている。
「……ふむ」
あのドラゴンと一対一で戦うような羽目にはならないことを願いつつ、狂太郎は仕事用の背嚢を下ろす。
そしてその中から、一台のタブレットPCを取り出した。
「ええと……見たところ『モンハン』のリオレウスに似てるけど、どうかな」
なお、彼のPC内には、古今東西ありとあらゆるゲームの攻略情報をダウンロード(※4)してある。
「うーん。だが……ちょっと違うな。あんな風に角が生えてないし、羽根も平べったい気がする。何より足の指の本数が一本多い」
「……なんだこりゃ。ほとんど間違い探しじゃんか」
「ゲームの世界は、わりかしパクりパクられに寛容なんだよ」
呟きながら、端末を操作。
『モンスターのデザイン→ドラゴン→飛行するタイプ』
という検索で、出てきたゲームは、――
「あった。これだ。『ハンターズヴィレッジ・サガ』。2015年に発売されたインディーズゲーム。PC用、か」
【STORY】
雄大なる大自然が息づく辺境の島にて。
――生きよ。仲間とともに。
狩人を率いて、村を運営しよう。
プレイヤーであるキミは村長となり、モンスターや自然の驚異と立ち向かう。
モンスターや島の恵みを利用し、強い武器や防具、便利な道具を生み出そう。
島の奥地に潜む世界の秘密とは……?
狩人たちのサガを見届けよ!
「うーん……」
さすがに聞き覚えはない。ドマイナーにもほどがあるタイトルだ。
その内容は、――おおよそ『モンハン』のパロディと言って良いだろう。
とはいえインディーズゲーム特有の独自性は有しており、
「ふむふむ。……モンハンと違うのは、このゲームが、魔物狩りを生業とする村の発展を目指す、という点か」
なんでも、このゲームの操作キャラクターは、状況よって変動するらしい。
基本的にゲームは、
・村長として資源をやりとりして、自身の所属する村を発展させる内政パート。
・狩人として魔物を殺し、資源を収集する冒険パート。
という二種類の視点で展開するようだ。
村を発展させなければ強い狩人が育たず、強い狩人がいなければ村が発展しない。
「なるほど。3Dアクション+シミュレーションゲーム、といったところか」
一人、納得していると、
「……よくわからんが、今度の世界も、なんとかなりそうか?」
ナインくんが、不安げに訊ねる。
「足がかりは見つけた。だが、この世界の”終末因子”はどこにある?」
ちなみにこの”終末因子”というのは、世界を終焉へと導く種のことである。
ゲーム的に説明するなら、その世界の”ラスボス”とでも呼ぶべきだろうか。
基本的に”日雇い救世主”の仕事は、”終末因子”の無力化、あるいは除去が主な仕事となる。
「どうもこの世界、これまで救ってきた世界と比べて、わかりやすい巨悪は存在しないようだが」
「それを調べるのも、あんたの仕事だ」
「……そうかね」
狂太郎は大きく嘆息して、
「それでは、やってみないことにはわからんな」
狂太郎は、常に断定を嫌う。科学的な態度ではないためだ。
だがそうした者は往々にして、上司に信頼されないという側面を持つ。根性を疑われるためだ。
「そこをなんとか!」
しかし、この時ばかりは不思議なことに、ナインくんの方が下手に出た。
「もし、オレサマにも手伝えることがあるなら、なんとかするからさ」
「たとえば?」
「……うーんと。……肩もみ、とか?」
「いらん」
どうも連中が救世主としての仕事に役立ったためしがない。
「せめて、食い物を差し入れてくれるとか、そういうことはできないのか。……この仕事、飢えほど怖いものはない」
「悪いが、それはできん。仕事に自分の金は使わない主義なんだ」
経費とか、そういうシステムはないのだろうか。
ますますブラック企業感がすごいな。こいつの所属している組織は。
「しかし、今回に限ってなぜ、そんなことを言う。今まで異世界に転移させたら、あとは全部ぼくに任せっぱなしだったくせに」
「それは……まあ、こっちにもいろいろ、事情があるんだよ! 何でもいいから、この世界の救済だけはばっちり、完璧に終わらせてほしいんだ」
「ふむ」
狂太郎は眉をひそめて、
「もし、この仕事に特別な何かがあるんなら、詳しく聞かせてくれないか。その方がお互いのためだと思うんだが」
「そりゃあ……まあ、時が来たらな」
その口ぶり、――時が来なかったら、永遠に説明しないつもりだろうか。
ナインくんへの不満は細々としたところで多くあるが、その時ばかりは狂太郎も苦い想いを噛みしめる。
とはいえ、あくまで向こうは雇用主だ。
下手に突っ込んで藪の蛇となっても困る。
狂太郎は嘆息し、
「では、きみのタイミングを待とう」
「へへへっ。……悪いな」
ナインくん、ずいぶんばつが悪そうな顔だ。
「この案件、無事終わったら、――一杯、奢るからさ」
「……仕事に金を使わないんじゃないのか?」
「飲みは遊びだろ?」
と、それだけいって、ぱっと姿を消す。
いつものことだが、唐突に現れて唐突に姿を消すやつである。
「やれやれ……」
とはいえ、奴がここまで言うのだ。
どうやら恩を売るチャンスらしい。
「――さて、と」
一人、残された狂太郎は、PC端末を背嚢に仕舞って、――いつの間にか周囲を取り囲んでいた、十数匹の小型竜を見回す。
『グエッ! グエッ! グルァ!』
『ジュラシックパーク』のヴェロキラプトルに似たそれらは、明らかにこちらに友好的ではない仕草で距離をとっていて、その口腔からは、粘性のある透明なよだれが、滝のように流れ出していた。
『ギエエエ! ギエエエエエエエエエエエエエエエエ!』
口々に威嚇し合い、小型竜たちはお互いに合図し合う。
そうして、連中が今にも飛びかからんと一歩踏み出した、その瞬間である。
《すばやさ》を起動。レベルは7。通常の100倍だ。
口内から吐き出された飛沫が周囲を舞う中、狂太郎は慎重に森の中へと進んでいく。
探検用に買った厚手のコートを羽織りつつ。
「とりあえずその、”狩人の村”を探すことにしよう」
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(※4)
インディーズのゲームを含めた、ありとあらゆる攻略wiki、攻略サイト、匿名掲示板の書き込みまで含めた遠大な作業だった。
ちなみにその作業、筆者も手伝いました(時給一万円)。
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