【108:50:22~】
くそったれ。まじでこれは……最悪だ。
ガバガバメンテの牢屋。ぼくとしたことが、ゲームのあるあるを忘れていた。
この世界が、――奴を中心に回っていることを。
主人公を敵に回す恐ろしさを。
「………げほ………うっ、うっ、うっ……」
おい。大丈夫か。……大丈夫じゃないよな。
かなり血が出てる。もう、しばらくは歩けそうにないな。
「うっ、うっ、うっ……。あ、あなた、どなた?」
え? ……ああ。変化が解けたのか。
ぼくは業者だ。世界を救いに来た。
「……そ、……そう。……あなた、何かの魔法でダーリンに化けてた、のね?」
ああ。
きみの気持ちを利用させてもらって悪いが、ぼくは謝らないぞ。
世界の滅亡を望むのだ。その程度のリスクは承知していたはずだ。
「はっきりものを言う人ね。――ところで、……ここは……?」
咄嗟に、さっきの丘から退避した。
今いるのは、ディックマンの小屋だ。
「あちしたちの、家……?」
ああ。一応、包帯で応急処置は、した。
できれば医者に診せたかったが、射線を避けられる遮蔽物は――
(射撃音が二度。窓が割れる音。)
森の中にひっそり建てられていた、ここしかなかった。
「そう……」
何がヤベーってあいつ、加速状態のぼくに、銃弾を当ててきやがったことだな。
最も、弾を受けたのは彼女の方だから、ぼく自身は軽傷だが。
これは自戒を込めて、しっかり記録しておく必要がある。
恐らくだが奴の弾丸は、光速よりも速い。
アホな。そんなことしたら地球がヤバいぞ。
そんな声が聞こえてきそうだが、――どうもこの世界、FPSで言うところの即着弾と呼ばれる判定が行われているらしい。
即着弾というのは要するに、相手を撃った瞬間、あらゆる物理演算を無視して即座にダメージ判定が行われるというゲーム用語だ。
ちなみに現実世界同様、弾丸の当たり判定を計算することを発射弾という。
今後、主人公役と敵対する可能性があるゲームの世界にいく時は、即着弾か発射弾か、しっかり調べておくべきだな。
しかも奴には恐らく、主人公特有の能力がある。
以前救った世界でギンパツくんが見せた、エイムアシスト機能。
さらに、ゲーム的な仕様でいうところの”集中モード”とやら。
奴がぼくらに弾丸を当てたのは、この二つの合わせ技だろう。
(遠く、銃撃戦と思しき音が聞こえる)
「うわぁ。あなた、めっちゃ独り言、言うじゃん」
言うな。これもライブ感だ。
というか、きみはもう、しゃべるな。死ぬぞ。
「えーっ。でもどーせあちし、もうちょっとしたら死ぬし……」
そんなこと言うなよ。ほら、薬草だ。飲め。
「それ、どこで」
ディックマンの部屋だ。やつが調合したものらしい。
主人公キャラが作ったものだ、多分、効くはず。
「うーっ。苦っ。でもありがと」
しかし、唯一の回復手段が薬草とは。
この世界、治癒魔法みたいなのはないのか。
「聞いたことないなあ」
死人は蘇るのに。なんなんだこの世界。わけがわからん。くそっ。
「……救世主のわりには、……ずいぶん、あちしに肩入れするのね……」
勘違いするな。肩入れしてるんじゃない。
いまきみに死なれると、……なんかちょっと嫌な気持ちになる。だから助けた。それだけだ。
「それ、肩入れしてるってことにならないかなー?」
細かいことを気にしてはいけない。
「ところでいま気付いたけど、あちしを撃ったやつって――」
お前のダーリンだよ。
あいつの考えは良くわからんが、――たぶん狙いはぼくだ。
きみは、巻き込まれただけなんだろう。
「……あー。いや。それはないと思うー」
そうかい?
「うん。だってダーリンの狙撃って、百発百中だもの。今までの人生で、ただの一度も撃ち間違えたことはないって。たぶんあちしも、ダーリンの標的だわ」
……ふむ。
しかしそうなると少々、道理に合わん気がする。
「道理に合わないことをするのが、人間って生き物だわ。
あなただって今、道理に合わないことをしてる」
まあ、そうかもね。
「いま、思い出した。さっきあなたがした、質問の答え。
だからよ。だから、滅ぼそうと思ったの。
食屍鬼は誰も傷つけない。酷いこともしない。……誰かを、裏切ったりもしない」
ふーん。そうかね。
でも、聞いてくれ、お姫様。
そんな世界、面白いか?
「面白いかどうかは問題じゃなくない? 安定、安心こそが生物の至上目的だもの」
ぼくは、そう思わないな。
退屈な人生を送るくらいなら、死んだ方がマシだ。
「そんじゃ、利害一致してるね。あちしが滅ぼすから」
ぜんぜん一致してない。ぼくはいまの人生に満足してる。
まあ、……”終末因子”のきみを説得しても無意味なことはわかってるが、一応、言わせてもらうぜ。
厄介な先祖の遺言なんて無視して、自分の人生を生きた方がいい。
「……なんで?」
”造物主”の意志に反するからだ。
「ぞーぶつしゅ?」
そんな、胡散臭い表情をするなよ。
でも、事実なんだ。ぼくはそこから派遣されてきたアルバイトなんだから。
「そーなの?」
うん。この世界の信仰がどういうものか知らんが、――そういうのは全部忘れてくれて良い。
ただ、事実だけを言わせてもらう。
この世界の正体は、――訳のわからん野郎がこねくり回した粘土の塊に過ぎない。
言ってる意味、わかるかい。
この世界の本質は、喜劇だ。マジになるな、ということさ。
何かに囚われて地獄を見るなら、その日暮らしも悪くない。
大事なのは、――自分が今、何を望んでいるか。それを正確に把握することだ。
「……………………」
ぼくには親友がいる。……というか、いた。
そいつは気の毒に、たった一年続いた不幸な生活が、永遠に続くと信じて首を括っちまった。
適当に生きても、案外なんとかなるものだ。
その結果として孤独な人生に至っても、きみが望めば、友だちくらい作れるさ。
「……………………そーお?」
そうさ。おっさんのしょうもない人生で学べた、小さな教訓だよ。
ぼくたちの人生は、すべてに絶望するほど残酷じゃあない。
(銃声)
…………さて。
無駄話もここまでだ。
いずれにせよぼくは、この状況を打開せにゃならん。
このままきみが死ぬのを待ってもいいが、――友人の泥男が戦ってる。
この世界に来てから、やつには世話になってるからね。放っておく訳にはいかない。
「……………」
ぼくはこれから、奴を助けに向かう。
きみはできれば、少しでも長生きしておいてくれ。
……もし。
「…………?」
もし、生きて帰ってこられたなら、必ず医者へ連れて行く。
復讐を示唆したところは救いようがないが、まだ誰も殺してない点のみ、叙情酌量の余地がある。
運が良ければ、処刑されずに済むかも知れない。
……だから、まだ死ぬんじゃないぞ。
「………………………変な人」
【~108:59:36】
▼
【109:06:29~】
よう、女体化すきすきおじさん。
「……む。戻ったか」
状況はどうだい。
「どうもこうも。かなりまずい。いま数えただけでもすでに、二十人は死んでる」
まあ、そうだろうな。何人残ってる。
「十六人ほどだ」
全員、下がらせた方がいい。相手が悪すぎる。この分だと死人はもっと増えるぞ。
「最初に話していた、――貴様の話、嘘じゃなかったな。ディックマンは油断ならん」
そりゃな。
ぼくの話にいちどでも嘘があったか。なかったろ。
(銃声が数発)
「うお!? 熱っ。や、やられたか……?」
すごいな。野郎、目も良い。遮蔽からほんの少しはみ出ただけなのに、――撃ってきやがった。しかもこの闇夜で。
こりゃあ下手すると、こっちの姿が強調表示されているかもしれない。
主人公の特権、全部のせって感じだ。
「感心してる場合か。……私が、撃たれたんだぞ」
安心しろ、怪我はない。
頭皮を擦っただけだ。ハゲるかもしれんが。
「重傷じゃないか」
もともと、松の木におじやの顔面なんだ。-100点が-105点になるだけの話さ。
「……一応、私、わりと偉い人なんだが。貴様のその口ぶり、なんとかならんのかね」
どうせ、長くてあと一時間くらいの関係じゃないか。無礼講でいこう。
それよりも。
「ん」
いま、ぼくたち、わりと詰んでいることに気付いてるか。
「まあな。奴が潜んでいるのはおそらく、この丘のむこうにある一本杉の付近だろう。かろうじて射線から外れているが、こちらはもう身動きができない」
そうか。
「だが、貴様ならなんとかなるんじゃないのか? 例のあの、やたら速く動ける技で……」
もちろん最悪、そうしてもいい。
だが……、ちょっとそうもいかん事態になりつつある。
「?」
雨、だ。
ゲームでも、最終決戦は土砂降りの中で行われるらしいから、嫌な予感がしていた。
もうすでに結構降ってきてる。このままではまずい。
「まさか貴様……雨が弱点なのか?」
うん。
雨の中だと顔面イタイイタイになって全然動けなくなる。
たぶん音速以上になると即死する。
「ふざっ……お前……いまさら、ふざけるなよ。こちとら、なんでもありのスーパーマンだとばかり……」
そう言うなよ。ゲーム的にはお前、敵キャラ側なんだから。なんでもかんでも話すわけにはいかない。
「しかし……」
(銃声)
「くそっ。また一人、負傷したらしい……っ。どうする、救世主どの。これ以上、やつに仕事をさせるわけにはいかない」
落ち着け。ぼくが使えないと言っても、それでも常人より速く動くことくらいはできる。
「具体的には?」
《すばやさ》六段階目で思いっきり駆け抜けて、時速200キロくらいかな。
雨粒が当たって痛いのを我慢しなくちゃいけないだろうけど。
「まったく足りんな。恐らくその速度でも奴は、――当てる」
やっぱりか。参ったな、こりゃ。
(銃声が数発)
ああ、くそ。あいつの弾丸は無限にあるのか。おかしいだろ。
なんか良い考え、ないんすか。憲兵司令殿?
【~109:16:43】
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