日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

116話 たのしいおひるごはん

公開日時: 2021年1月13日(水) 19:16
更新日時: 2022年5月3日(火) 18:29
文字数:3,574

 テーブルに並べられたのは、銀の平皿に載せられた二人前の肉。

 肉はそれぞれ、日本語と英語、――によく似た異世界語が書き込まれており、”万能翻訳機”を使うとそれが、鹿肉、猪肉、竜肉、兎肉、羊肉、鶏肉、牛肉、豚肉、茸肉だとわかる。

 さすが、そこそこ金を出しただけはあって、かなり豪勢な昼食となった。


「竜肉! こういうのもあるのか」

「『ハンターズヴィレッジ・サガ』の世界を思い出すな」

「こっちの茸肉ってのは――」

「たぶん、茸型モンスターの肉ということだろう」

「へーえ」


 感心する二人をよそに、殺音は目の前にある山盛りの葉っぱをもしゃもしゃする。

 そんな彼女に、――まず心配そうな声をかけたのは、サラマンダー娘であった。


「あ、あ、あの! お客様!」

「……なんよ」

「もしよろしければ、お肉も召し上がりませんか? みなさんにはその、――手のひらでお焼きしますので」

「手のひら、ねえ」


 殺音は、しばし彼女の手を眺めている。


「けっこういらっしゃるんですよ。お客様のような方」

「ふーむ……」


 しばし苦汁をなめた表情をしていたが、


「まあ……竜肉はうちも久しぶりやし」


 と、ようやく頷く。

 そうして三人、仲良く食事会が始まったのである。



「あ、お嬢さん、こっちの肉もたのむ」

「はいはい~」

「この牛肉、ふつーにおいしいねえ。あんまり脂っぽくなくて」

「でしょう? うちの牛は、しっかりお肉の味を愉しめるところがウリなんです♪」

「ねえサラマンダーさん。あなたのオススメは?」

「我々は精霊の一種ですので、食事はしません!」

「……えっ。ほんまにい?」

「はい! その代わり、皆さんの幸せをいただいているのです!」


 なんだか、「アイドルはトイレに行かない」的なリップサービスに聞こえるが。


 いずれにせよ、サラマンダー娘の提案には助けられた。殺音もいくらか機嫌を直し、三人で肉食を愉しむことができている。


「幸せをいただくって、――きみは、人の感情を食べるのかい」

「そうです。ええと……この世界は、四大精霊という、ニンフ、ノーム、サラマンダー、シルフたちの調和によって成り立っています。我々精霊種は、基本的に”光の種族”――人類の味方でして、みなさんが喜べば喜ぶほど、我々の存在率が上がるのですよ」

「存在率?」

「生命力、と言い換えてもいいでしょう。我々は不老ですが、不死ではありません。ですので、人に感謝されればされるほど、その世界での存在確率が上がるのです。――人間風に言うなら、長生きできるようになる、というべきでしょうか」

「へー」


 ってことは、あれか。

 この子ら、永遠にここで働き続けなければならんのか。

 狂太郎にはそれが、幸福なことなのかどうかはわからない。


「だったら、たっぷり『ありがとう』を伝えなくちゃいけないね!」

「ええ。――そうしていただけると助かります♪」


 そして飢夫は、がつがつと肉を口に運んだ。

 ここまで脂っぽいものばかりだとさすがに気持ち悪くなりそうなものだが、不思議とそうはならない。肉とたれの種類が豊富であるためだ。

 狂太郎が特に気に入ったのは、橙色のクリーミーなたれ(※2)で、バハムート(※3)の白子を味付けしたものらしい。

 こちら、三人がお土産に持って帰ってくれたため、筆者も少し味見している。ぴりっとした味わいのごまだれみたいなやつだ。


「ふーん。これがドラゴンの肉かぁ。――前に狂太郎が話してた通り、ワニの肉に似てるね」

「だろ」


 などと歓談を愉しみつつ。

 その後、たっぷり肉を喰らって、デザートの冷えたスライム・ゼリーで口直しして。

 十分、三人が食事を愉しんだ頃合いだろうか。

 改めてサラマンダー娘に感謝の言葉を述べると彼女、往来まで出てきて、丁寧に頭を下げてくれた。


「ありがとー! またきてくださいねー!」


 どうも食事の間に、殺音とはちょっとした身の上話をする仲になっていたらしい。


「せやね。そこそこ滞在期間は長いし、また来る――」


 そう言いかけた、次の瞬間である。

 かなり乱暴に、サラマンダー娘の肩へぶつかってくる男を見たのは。


「……あっ……」


 少女が大きく身をよろけさせる。それに対する返答は、


「邪魔すんな、くされま○こがッ!」


 というものだ。

 娘は少し、困ったような笑みを浮かべたが、明らかに一瞬、物理的に傷んだような顔つきになる。


――精霊種。

――感謝の気持ちが、彼女の生命力を強めるのであれば、……その逆はどうだろう。


「ちょっと、おっさん」


 我らが跳ねっ返りの娘、――火道殺音が、そのような暴虐を許すはずもなかった。


「ぶつかってきたのはそっちやろ。ちゃんと謝りぃや」

「は? うぜ。しゃべんなビッチが」


 男の身なりを見る。汗に濡れた黒髪に、汚らしく伸びた無精髭。異様に脂っぽい肌に、獣を思わせる体臭。いかにもわかりやすく、”関わって損するタイプの人”だ。

 現実の吉原にも、「素見(ひやかし)千人、客百人、間夫まぶが十人、色一人」という言葉があるように、このヨシワラにもその手の客は多い。その手のというのは要するに、遊ぶ金はないが、美人を眺めたい。どんな形でもいいから関わりたい。そういう輩である。


「おっさんみたいなやつ、梅田駅で見かけたことあるわ。美人見かけて、わざとぶつかってきて、そんでさーっとどっか行ってまう。何するわけでもなく。あんた、自分より弱い立場の人間に暴力振るうのが趣味なんやろ。きっしょ」


 早口でまくしたてる殺音に対して、男はさっと殺意をたぎらせた。

 狂太郎は一瞬、《すばやさ》を起動するタイミングを意識する。万一、彼が刃物を取り出した場合、いつでも対応できるように。


――殺音め。防御力は人並みのくせに。


 と、思うが、後々聞いたところ彼女、異世界では常に《無敵バッヂ》を装備した状態で過ごしているらしい。

 だからだろうか。彼女はほとんど、一騒ぎ起こすつもりで男に食ってかかっている。


「なんや? 言い返せへんのか、ゲス野郎。だったらこの娘に謝れや。いま、すぐに。はように」


 そのサディスティックな表情たるや、――怒りの矛先ではない狂太郎と飢夫でさえ、なんとなく謝らなければならない気がしてくる。

 ちなみに狂太郎、ちょっとだけ男に同情していた。強いストレス環境下にいるときは、見ず知らずの誰かにでも当たりたくなる時がある。

 この男もきっと、哀しい人生を送ってきたのだろう、と。


 ただし彼はその後、同情的な立場の狂太郎ですら擁護できない行動をとった。


「《ファイア・ボール》……」


 刃物こそ持ち出さなかったものの、何かの呪文を唱えたのである。

 同時に、その手のひらにゴルフボールくらいの火炎の球が生み出された。


「~~~~~~~~~」


 その後の台詞は、よく聞き取れない。

 ただ、なんとかかんとかほにゃららら、と、聞こえた。


「――!」


 咄嗟に対応する殺音。

 見ていた狂太郎は、さっと顔色を青ざめる。この娘まさか、ここでこいつを殺してしまうつもりか、と。

 後で話を聞いたところ、一応、即死させるつもりはなかったらしい。ただ、最終的には死んでもおかしくない程度のダメージを与えるつもりではいた。


 そんな二人の激突を避けたのは、――例の、サラマンダー娘である。

 彼女、ちょっぴり困った表情のまま両者の間に入り、火球をその背中で受け止めた。


「――えッ!?」


 そして、殺音の方にぱたぱたと手を振る。


「あ、あ、あ! 大丈夫ですから! 私。お客様、おきになさらずに」

「ちょ! あ、あなた! 背中、燃えてる! 燃えてる!」

「それも大丈夫ですから! 私、火とかへっちゃら系の種族、ですから! 火の精霊、ですから!」

「そ、――そう」


 毒気を抜かれた殺音が、拳を降ろす。

 彼女の肩越しに向こうを見ると、男はすでに、一目散に逃げ去っていた。


「……ちっ。しょーもない男」

「うふふっ。でも、良かった! あなた、誰かのために怒れる人、なんですね!」

「ん? ……ああ、まあ」

「もしよろしければまた、どこかでお食事できませんか?」

「……えっと。それっていわゆる、アフターのおさそいってやつ?」

「まさか! プライベートですよう」


 そして彼女は、なにやら耐熱性の高い紙(?)のようなものを取り出し、


「こちら、私の名刺です! よろしければ、連絡してくださいね!」


 と、それを手渡す。

 殺音はそれを、指先で摘まむように受け取って。


 そこには、この世界の文字で、


『沙羅』


 という二文字が書き込まれていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――


(※2)

 なおこちら、我が家で似た味を偽造することに成功している。

 市販されている金のごまだれに、細かく刻んだニンニクと七味を少々。それだけ。

 我が家では主に、しゃぶしゃぶとかする時に活躍する。


(※3)

 バハムートと聞いたらみんな思い浮かべる、ドラゴンの方ではない。大地の下に流れる水流の中に生息する鯨の一種らしい。

 ときどき近海に出てくることがあるため、そこを捕獲するらしい。


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