・旅人を見かけると、とりあえず助けを求める。
・「はい」と答える⇒感謝の言葉を述べて、最初に戻る。
・「いいえ」と答える⇒プレイヤーが「はい」というまで質問を繰り返す。
それだけの命。
それだけに産まれた存在である。この、落ち続ける青年は。
その後、狂太郎はなんとかしてこの男を救おうと試みたが、結局のところループを抜け出す手段は存在していないのだった。
故に、今回の一件に関しては、
――命、ではない。これは。
そう納得するほかになかったという。
血と肉で構成されているだけの、同じ台詞をしゃべり続ける機械。
そう思い込むことで、先に進むしかなかったのだ。
「これから、どうするの?」
気丈な沙羅も、その声は震えている。
「もう、イベントはこなしたでしょ。さっさと出ましょうよ、こんなとこ」
確かに。
狂太郎たちがここに来たのは、彼の”依頼”を受けることによってフラグを立てるためだ。
ここに長居したところで、何一つとして良いことはない。
「じゃ、そろそろ行こうか」
と、狂太郎がそう言った、その時であった。
「あんたら、ここで何をしてる?」
という、男の声。
狂太郎たちは揃って、びくんと身体を跳ねさせる。
現れた男の顔は、『ハンプティ・ダンプティのお肉屋さん』の店主と思しき、年老いた男だ。
「え、あ、……す、すいません」
すると男は、愛想良く笑って、
「いや、別に構わんがね。この建物は、いつも見学者を受け入れてるから」
「そうなんですか?」
「ああ。うちは何にも、後ろ暗いことはしてないぞ、って証明にね。……時々いるんだ。ウチのあのスープに、ネズミやらカラスやら、――ウミガメの肉が入ってるなんて言うような輩がね。ウミガメのスープだと? 冗談じゃない」
「……」
そうしている間にも、例の太っちょの青年は、落下し続いている。
「良く出来た仕掛けだろう? うちの親父が考え出したトラップでね。地下は専用の加工場になってるんだ。すぐそこの階段から行ける。そっちも見学しますかね?」
「ええと……いや。結構です」
そこでようやく正気を取り戻し、狂太郎は深呼吸をする。
「……この太っちょも、昔は町の真ん中で突っ立って延々と同じ台詞を繰り返してるだけの奴だった。それがどうだ。いまや世界中の人間のためになってる。ありがたいこったね」
言いながら、老人はバネ仕掛けの開閉装置に油を差して、太めの青年をちょっぴり拝んで見せたりした。
「親父も色々試したらしいんだが……このやり方が一番苦しませずに済むってわかってね。優しい人だったんだ。この世界で一番、殺しで金を稼いだ人だろうが(笑)」
人の笑顔を誘うような、そんな朗らかな笑い声だった。もちろんこちらは、それに乗っかれるような精神状態ではなかったが。
「……ところで、他に何か?」
老人が、害意のない顔をこちらに向けているのを見て、――狂太郎はこう思った。
――このお爺さんが、もっとわかりやすい腐れ外道でいてくれたなら良かったのに。
不法侵入者に顔を怒らせて、肉切り包丁で斬りかかってくるような男であったなら……狂太郎たちはきっと、喜んで彼を叩きのめすことによって溜飲を下げることができただろう。
だが、現実はそうではなかった。
彼はあくまで、父親から装置を受け継いだだけの肉屋に過ぎない。
狂太郎の価値観を押しつける訳にはいかなかった。
あらゆる異世界を旅してきて、わかったことがある。命の価値、生き物の尊厳は、その世界の文化ごとに大きく異なる。我々異世界人が、どうこう言うべき事柄ではない。
とはいえ、このような事態を放置しておくのは、……あまりにも不健全に思えた。
――理由もなく、あの、タムタムの街の存在が許されているのであれば、……神は、死に値すると思う。
ドジソンの言葉が、脳裏に蘇る。
この世界の、創作者。その正体を見極めなければ。
そういう使命感が、狂太郎の中に満ちていく。
「この、太っちょの青年が話すヴォーパル砦というのは、どう向かうのが近道でしょうか」
「ああ。それなら、街の北の方にある門からが手っ取り早いよ。……でも、なんだってそんなところに向かうんだい?」
「いえ。ちょっとした用事があって」
そこで肉屋の老人は、うっすら狂太郎たちの目的に気づいたらしい。少し顔色を曇らせて、
「……旅人さん。もしこの、太っちょの願いを叶えてやるつもりなら、悪いことは言わん。止めておいた方がいいよ。この太っちょには、父親なんていない。ただ”不壊のオブジェクト”として、彼の父親だという設定の生首が在るだけだ」
「わかってます」
狂太郎は渋い表情のまま、こう続けた。
「それでも、行かなくては。……どうもありがとう。……ええと、ハンプティ・ダンプティ、……さん?」
すると老人は、かっかっかと快活に笑って、
「私はハンプティ・ダンプティではないよ。詩の通りのずんぐりむっくりは、――」
そこでまた、
こつ――――――――――――――――――――――――――――――ん。
「……彼さ。うちの稼ぎ頭なんだから。名前くらいはつけてやらんとね」
▼
>>たびびとA「どうもこんにちは ここは ヴォーパルとりでの すぐそばだよ」
>>たびびとB「このさきに すすむには さいていでも レベル100000000000000000 ひつようだぜ」
>>たびびとC「レベルが たりないなら タムタムのまちへ ひきかえせ」
>>スライム「ピキー! ピキキー!(おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!)」
>>たびびとD「レッドナイトとは はげしいたたかいに なりそうだな」
>>スライム「ピキー! ピキキー!(おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!)」
>>スライム「ピキー! ピキキー!(おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!)」
>>たびびとE「レッドナイトは いちたいいちの けっとうが すきらしいぞ」
>>たびびとF「ここを こえれば あとは きたのはてまで まっすぐだぜ」
「…………」
「…………」
タムタムの街を後にした三人は、逃げるような足取りで北へと向かう。
なんとも気まずい雰囲気が流れていた。
というのも、
「………ううううっ。ぐすっ」
仲間の一人、――シルバーラットが、すっかり落ち込んでいたためだ。
道中、ここぞとばかりに沙羅が慰めていたが、少女は静かに首を振るだけだった。
やがて彼女は、こんなことを言い出す。
「……お、俺……実はもともと、奴隷……というか、それに近い身分だったんだ」
「そうなのか?」
雇われた身の上だ。高い身分ではないだろうとは思っていたが。
「といっても、タムタムの街でいう”奴隷身分”の連中とはちょっと違う。金貨15枚で奉公に、――ってやつ。要するに、金で買われて召使いになったんだ」
だからこうして、御家が抱えた面倒ごとを押しつけられているわけだろう。
「だからその……ぐすっ。どうしてもその……連中が他人には思えなくって……」
「そうか」
これには、沙羅も狂太郎も、言葉がない。
「それで……その。選ばれしボーイ、――狂太郎さん。あんた本当に、このクソッたれた世界がまともになるって、そう思うかい」
「わからん」
そもそもあの、ドジソンのことだって、信用できる人物かどうかはまだわからない。どこかに裏切りが潜んでいる可能性も、なくはない。
「そう、……ですか」
しょぼんと落ち込む彼女に、――狂太郎は続ける。
「だが、一つだけ言えることがある」
「――?」
「ぼくたち救世主は、神を自称するような輩を殺すのには慣れっこだということだ。神は殺せる。我々は、必要とあればそれをすることができる。いま、ぼくが確信を持って言えるのは、それだけだな」
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