日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

124話 無敵の少女

公開日時: 2021年1月22日(金) 19:30
更新日時: 2022年5月3日(火) 18:30
文字数:3,062

 此方には火道殺音。

 彼方には沙羅。

 前者は、いささか表情が固いか。

 後者は、にへらと締まりのない顔つきをしている。


「いやあ! とんでもないアフターになっちゃいましたねえ! お手柔らかに~♪」


 そう言って朗らかに笑うサラマンダー娘は、――どう見ても手ぶらに見えた。

 殺音は顔をしかめて、


「ねえ、あんた。ひょっとしてうちのこと、なめてる?」

「え? んーん? ぜんぜん? なんでです?」

「”異界取得物”の持ち込みはOKってルールやろ? なんでなんにも持ってきよらん」

「んーっと。それなんですけどぉ、……実は私その、”しゅとくぶつ”っていうの、持ってなくて」

「えっ。ないのん? ひとつも?」

「はあ」

「なんで?」

「なんで、と言われましても……必要、ないから?」

「必要なくても、――一応、いくらか記念に持って帰ったりするやろ」

「あ、私、あんまり物欲とかない方でして~」

「……理解できんなあ」


 どうやら殺音は、あらゆる実用品が手元にないと気が済まないタチらしい。

 言われてみれば、彼女の自室、――わりと物が多い気がする。ゴミ屋敷というほどではないが。


「でもでも! 大丈夫ですよ! 私、素手でもちゃんと強いので!」


 まあ、だからこそ運営も許可したのだろう。


「……ちなみにあんた、”救世主”としては、どーいう能力なん?」

「えっ。それ、聞いちゃいます?」

「うん。そっち教えてくれたら、こっちも教えたるし。それならフェアやろ?」


 嘘だ。狂太郎は知っていた。

 この娘、わりと平気で騙し討ちをすることを。


「んーと、んーと……んー。やっぱ止めときます」

「なんよ。いけずやね」

「というか、しょーじき、教えてもらうまでもない、といいましょうか。”エッヂ&マジック”さんのとこの”救世主”さんが持ってるスキルって、強いのは六種類しかないから、――読みやすいんですよねぇ」

「ん。そーなん?」

「はい。たしか、《こうげき》《ぼうぎょ》《すばやさ》《まりょく》《みりょく》《こううん》でしょ? 《すばやさ》はさっきの男性で、《ぼうぎょ》を使う方はすでに、存じ上げています。どうも《みりょく》って感じじゃないし、《こううん》はきっと、あのワンちゃんじゃありませんか? だから、――殺音さんの能力は《こうげき》か《まりょく》のどっちかで、……きっと性格的に、《こうげき》あたりじゃないかな、と。

 どーお? あたり?」

「ひみつー」


 どうもこの娘、わりと鋭い。

 天然っぽいからって嘗めてかかると、痛い目に遭うタイプだ。


「そーいや、さっきの説明だと、先攻後攻、決まってませんでしたよねぇ? どっちが先に攻撃します? 私はどっちでもいいですけど」

「……む」


 殺音は、少し顔をしかめて、


「吠え面かかせたる」


 そう、小さく呟く。


――向こうのペースだぞ、殺音。


 狂太郎はそう思うが、もはや勝負は始まっていた。


「ほな、お言葉に甘えて、……うちからいく」

「はぁい、どーぞ!」


 そう言って殺音は、畳の上に旅行鞄を放る。

 そして、お行儀悪く足先で留め金を外して。

 中から取り出したのは一枚の、芭蕉の葉に似た扇、であった。


「――《芭蕉扇・改(※11)》」


 ひとたび仰げば突風を。

 ふたたび仰げば雲が生まれて。

 みたび仰げば大雨となる。

 それが、《芭蕉扇・改》の基本的な性能だ。


 殺音はこの”異界取得物”をかなり気に入っていて、いつもザコ散らしとして使っているという。

 もちろん、相手を殺さずに済む程度の威力も、ちゃんと把握していた。


 《こうげきⅥ》+《芭蕉扇・改》。


 これで十分。


「覚悟はええか」

「はあい。いつでもどおぞ!」

「……むむ」


 火道殺音は、沙羅のその余裕が気に入らない。

 とはいえ挑発にようなマネはせず、いったん《こうげき》を六段階目で起動する。

 そして、


「死になや(※12)!」


 両腕を思いっきり振るった。


 その、次の瞬間である。

 想定を遙かに上回る突風が扇から発生し、目の前にある畳が、片っ端から吹き飛ばされたのは。

 少しいつもより、力を込めすぎたのだろう。

 吹き飛んだ畳は観客席にまで飛んで行って、”金の盾異界管理サービス”の面々に激突する……かと思われた。

 だがそれらは全て、見えない結界のようなもので弾かれる。


 やんややんやと、スリルを愉しむ歓声が響き渡った。


「ちっ」


 殺音が舌打ちをする。

 「やりすぎた」。そう思っているらしい。


 だが、――少なくともそれは、杞憂だった。


「…………なっ!?」


 沙羅は、試合開始の位置から一歩も動かず、ニコニコ笑顔で佇んでいる。

 それどころか、


「へーい。ぴーすぴーすぅ」


 と、挑発ダブルピースまでキメられる始末だ。


「そんな馬鹿な」


 驚いている殺音に向かって、後方腕組み解説役おじさんとなった狂太郎が叫ぶ。


「殺音ッ。沙羅ちゃんのスキルはたぶん、無敵になる能力だ」


 加速した状態で事態を観察していた狂太郎には、彼女が何をしたかをよく見ていたのである。

 決して、――「あの突風に吹かれた豊満な乳はどのような動きを見せるのだろう」という好奇心から出た行動ではない。決して。


 《芭蕉扇》による風が吹き荒れる中、彼女はただ、その場で棒立ちしていた。欠伸混じりに。

 見ると、彼女の足元にある畳を除いて、試合場にある畳は綺麗に片付けられたような状態になっている。


「どうも彼女、あらゆる攻撃をすり抜けるらしいぞ」

「すり抜けるて……――それ……」


 殺音が唇を尖らせる。


「ちょい、ずっこくない? そんなん相手じゃ、そもそも勝ち目がない、ような……」


 落ち着け。殺音。勝ち目がないことはない。

 この勝負、最低でもどちらかに20パーセントは勝率があるようにできているらしい。必ず勝機はあるはずだ。


「じゃ、こっちのターン。いきますねぇ~」


 そういって彼女は、てってって、と殺音に近づき、


「えいっ」


 どう、と、彼女の胸部を押した。


「……!」


 たったそれだけで、殺音は数メートルほど吹き飛ぶ。稀に見る怪力だった。


「あ、ちちち……」


 したたか腰を打ち、素早く身を起こして。

 足元を見る。かろうじて場外負け、……には、なっていない。


「あらら。もーちょっと強く押さないと駄目だったかー」


 と、少し残念そうに、ため息をつく沙羅。

 わざわざ畳の綺麗なところにもどって、足の裏の汚れたところをぱっぱと払う。


「なんで……?」


 殺音が疑問符を浮かべるのも、無理はない。

 いま、あの娘、――わざと手加減をした

 もちろん、情けをかけたとか、そういう理由ではないだろう。

 殺音の胸は装着された、《無敵バッヂ》。

 その効果が発動しないような微妙な力加減で、身体を押したのだ。


――どうやらあの娘、バッヂの効果を知っているらしい。


 どうして? たまたま、これと同じものを持っていた?

 考えられない話ではない、が……。


「どうせ訊ねたところで、応えてはくれへん、か」


 彼女はそう独り言ちて、再び、鞄の留め金を外す。

 こんどは、カチリ、カチリと、丁寧に。


「次。うちのターン。いくで」

「はいはい。どうぞぉ~」


――攻撃を透過する相手に当てる攻撃。


 殺音の、……次の一手は。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※11)

 とある異世界の取得物。

 なんでもその世界の”終末因子”は、火焔に包まれた山であったという。

 二酸化炭素中毒で滅びゆくその世界を救うために使われたのが、秘宝《芭蕉扇》だ。

 なおこの《芭蕉扇》、取っ手のところが短かったのでガムテープで延長、補強してある。その辺が《改》たる所以である。ずいぶん貧乏くさい出来だが。


(※12)

 ちょっと紛らわしいのでフォローさせて貰うとこの台詞、「死ねよ」ではなく「死ぬなよ」という意味だ。

 方言って難しい。


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