此方には火道殺音。
彼方には沙羅。
前者は、いささか表情が固いか。
後者は、にへらと締まりのない顔つきをしている。
「いやあ! とんでもないアフターになっちゃいましたねえ! お手柔らかに~♪」
そう言って朗らかに笑うサラマンダー娘は、――どう見ても手ぶらに見えた。
殺音は顔をしかめて、
「ねえ、あんた。ひょっとしてうちのこと、なめてる?」
「え? んーん? ぜんぜん? なんでです?」
「”異界取得物”の持ち込みはOKってルールやろ? なんでなんにも持ってきよらん」
「んーっと。それなんですけどぉ、……実は私その、”しゅとくぶつ”っていうの、持ってなくて」
「えっ。ないのん? ひとつも?」
「はあ」
「なんで?」
「なんで、と言われましても……必要、ないから?」
「必要なくても、――一応、いくらか記念に持って帰ったりするやろ」
「あ、私、あんまり物欲とかない方でして~」
「……理解できんなあ」
どうやら殺音は、あらゆる実用品が手元にないと気が済まないタチらしい。
言われてみれば、彼女の自室、――わりと物が多い気がする。ゴミ屋敷というほどではないが。
「でもでも! 大丈夫ですよ! 私、素手でもちゃんと強いので!」
まあ、だからこそ運営も許可したのだろう。
「……ちなみにあんた、”救世主”としては、どーいう能力なん?」
「えっ。それ、聞いちゃいます?」
「うん。そっち教えてくれたら、こっちも教えたるし。それならフェアやろ?」
嘘だ。狂太郎は知っていた。
この娘、わりと平気で騙し討ちをすることを。
「んーと、んーと……んー。やっぱ止めときます」
「なんよ。いけずやね」
「というか、しょーじき、教えてもらうまでもない、といいましょうか。”エッヂ&マジック”さんのとこの”救世主”さんが持ってるスキルって、強いのは六種類しかないから、――読みやすいんですよねぇ」
「ん。そーなん?」
「はい。たしか、《こうげき》《ぼうぎょ》《すばやさ》《まりょく》《みりょく》《こううん》でしょ? 《すばやさ》はさっきの男性で、《ぼうぎょ》を使う方はすでに、存じ上げています。どうも《みりょく》って感じじゃないし、《こううん》はきっと、あのワンちゃんじゃありませんか? だから、――殺音さんの能力は《こうげき》か《まりょく》のどっちかで、……きっと性格的に、《こうげき》あたりじゃないかな、と。
どーお? あたり?」
「ひみつー」
どうもこの娘、わりと鋭い。
天然っぽいからって嘗めてかかると、痛い目に遭うタイプだ。
「そーいや、さっきの説明だと、先攻後攻、決まってませんでしたよねぇ? どっちが先に攻撃します? 私はどっちでもいいですけど」
「……む」
殺音は、少し顔をしかめて、
「吠え面かかせたる」
そう、小さく呟く。
――向こうのペースだぞ、殺音。
狂太郎はそう思うが、もはや勝負は始まっていた。
「ほな、お言葉に甘えて、……うちからいく」
「はぁい、どーぞ!」
そう言って殺音は、畳の上に旅行鞄を放る。
そして、お行儀悪く足先で留め金を外して。
中から取り出したのは一枚の、芭蕉の葉に似た扇、であった。
「――《芭蕉扇・改(※11)》」
ひとたび仰げば突風を。
ふたたび仰げば雲が生まれて。
みたび仰げば大雨となる。
それが、《芭蕉扇・改》の基本的な性能だ。
殺音はこの”異界取得物”をかなり気に入っていて、いつもザコ散らしとして使っているという。
もちろん、相手を殺さずに済む程度の威力も、ちゃんと把握していた。
《こうげきⅥ》+《芭蕉扇・改》。
これで十分。
「覚悟はええか」
「はあい。いつでもどおぞ!」
「……むむ」
火道殺音は、沙羅のその余裕が気に入らない。
とはいえ挑発にようなマネはせず、いったん《こうげき》を六段階目で起動する。
そして、
「死になや(※12)!」
両腕を思いっきり振るった。
その、次の瞬間である。
想定を遙かに上回る突風が扇から発生し、目の前にある畳が、片っ端から吹き飛ばされたのは。
少しいつもより、力を込めすぎたのだろう。
吹き飛んだ畳は観客席にまで飛んで行って、”金の盾異界管理サービス”の面々に激突する……かと思われた。
だがそれらは全て、見えない結界のようなもので弾かれる。
やんややんやと、スリルを愉しむ歓声が響き渡った。
「ちっ」
殺音が舌打ちをする。
「やりすぎた」。そう思っているらしい。
だが、――少なくともそれは、杞憂だった。
「…………なっ!?」
沙羅は、試合開始の位置から一歩も動かず、ニコニコ笑顔で佇んでいる。
それどころか、
「へーい。ぴーすぴーすぅ」
と、挑発ダブルピースまでキメられる始末だ。
「そんな馬鹿な」
驚いている殺音に向かって、後方腕組み解説役おじさんとなった狂太郎が叫ぶ。
「殺音ッ。沙羅ちゃんのスキルはたぶん、無敵になる能力だ」
加速した状態で事態を観察していた狂太郎には、彼女が何をしたかをよく見ていたのである。
決して、――「あの突風に吹かれた豊満な乳はどのような動きを見せるのだろう」という好奇心から出た行動ではない。決して。
《芭蕉扇》による風が吹き荒れる中、彼女はただ、その場で棒立ちしていた。欠伸混じりに。
見ると、彼女の足元にある畳を除いて、試合場にある畳は綺麗に片付けられたような状態になっている。
「どうも彼女、あらゆる攻撃をすり抜けるらしいぞ」
「すり抜けるて……――それ……」
殺音が唇を尖らせる。
「ちょい、ずっこくない? そんなん相手じゃ、そもそも勝ち目がない、ような……」
落ち着け。殺音。勝ち目がないことはない。
この勝負、最低でもどちらかに20パーセントは勝率があるようにできているらしい。必ず勝機はあるはずだ。
「じゃ、こっちのターン。いきますねぇ~」
そういって彼女は、てってって、と殺音に近づき、
「えいっ」
どう、と、彼女の胸部を押した。
「……!」
たったそれだけで、殺音は数メートルほど吹き飛ぶ。稀に見る怪力だった。
「あ、ちちち……」
したたか腰を打ち、素早く身を起こして。
足元を見る。かろうじて場外負け、……には、なっていない。
「あらら。もーちょっと強く押さないと駄目だったかー」
と、少し残念そうに、ため息をつく沙羅。
わざわざ畳の綺麗なところにもどって、足の裏の汚れたところをぱっぱと払う。
「なんで……?」
殺音が疑問符を浮かべるのも、無理はない。
いま、あの娘、――わざと手加減をした。
もちろん、情けをかけたとか、そういう理由ではないだろう。
殺音の胸は装着された、《無敵バッヂ》。
その効果が発動しないような微妙な力加減で、身体を押したのだ。
――どうやらあの娘、バッヂの効果を知っているらしい。
どうして? たまたま、これと同じものを持っていた?
考えられない話ではない、が……。
「どうせ訊ねたところで、応えてはくれへん、か」
彼女はそう独り言ちて、再び、鞄の留め金を外す。
こんどは、カチリ、カチリと、丁寧に。
「次。うちのターン。いくで」
「はいはい。どうぞぉ~」
――攻撃を透過する相手に当てる攻撃。
殺音の、……次の一手は。
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(※11)
とある異世界の取得物。
なんでもその世界の”終末因子”は、火焔に包まれた山であったという。
二酸化炭素中毒で滅びゆくその世界を救うために使われたのが、秘宝《芭蕉扇》だ。
なおこの《芭蕉扇》、取っ手のところが短かったのでガムテープで延長、補強してある。その辺が《改》たる所以である。ずいぶん貧乏くさい出来だが。
(※12)
ちょっと紛らわしいのでフォローさせて貰うとこの台詞、「死ねよ」ではなく「死ぬなよ」という意味だ。
方言って難しい。
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