狂太郎はいま、休暇を利用してここにいる。
あれこれ文句を言いながらも彼なりに、この世界での冒険とスリルを楽しんできた。
だからこそ、多少の道草には目をつぶっているのだが、――さすがにこれ以上は許容できない。
そう思っていた、矢先の出来事である。
「わ、わ、わ、私はこれから、君の抱えている問題を二つまで、解決してやることができる」
「二つ?」
「ひとつ。戦力の増強。ふたつ。レッドナイトの攻略」
ドジソンの提案は意外にも、――渡りに船といってよかった。
最初の印象とは一転して明晰な頭脳を持つ目の前の男は、好意的な微笑を浮かべて、
「ど、ど、ど、どうかな?」
「……………」
狂太郎はしばし押し黙って、
「安請け合いはできない。きみの目的による」
「当然、そうだろう」
腰をすえて、長話に備える。
だが、目の前の男が語った話は、出された紅茶に口を付ける時間もないほど、短かった。
ドジソンは身を乗り出し、声を潜めるようにして、言う。
「じ、じ、じ、実を言うとね。私は、この世界の”神”――言い伝えによると、ドリームウォッチャーと呼ばれる存在――と交渉して、この世界のおかしな点を修正してもらうつもりでいる」
「……ほう」
狂太郎は眉を上げて、
「面白い。けっこう良い案だと思うよ」
と、親指を立てる。
まるで今晩、みんなですき焼きを食べようと提案された時くらいの気軽さだ。
ドジソンはというと、そんな狂太郎に、ちょっぴり意外そうな顔を浮かべて、
「おや。この話をしたときはみんな、『馬鹿な』とか『できるわけがない』とか、……まず驚いた声を上げるのが通例なんだが」
「こちとら、いろいろな世界を旅してきてるからね。別に珍しくもないんだよ。そういうのは」
この世界の住人が自らの意志でそれを望むなら、わざわざその邪魔をするつもりもない。
「おお。そ、そうか。そう思ってくれるかね。これは心強い!」
のっぽの男は、嬉しそうに手をぱちぱちと叩いて、
「で、では話が早いな。……さっそく、計画を話そう」
「うん」
「いまから私が話すのは、――と、と、とっておきのネタだ。私はこれを、”ウル技”と読んでいる」
「ウル技?」
「うん。――ウルトラテクニックの略称だ。かっこいいだろ?」
まったくそうは思わなかったが、さすがにそこに難癖を付けるほど子供ではない。
「ウル技を使うことにより、君のレベルをこれから100京にまで上げる」
「なるほど」
「そ、そ、そ、それともう一つ。重要なことがある。この技を使って、君がいま使っている武器とは別にもう一つ、とあるスキルのレベル上げも行いたい」
そう思っていると、「馬鹿な」と、小さくシルバーラットが呟いた。
「一人の人間が、二種類のスキルレベルを上げるなんて、――聞いたことがないぞ。どう考えても非効率的だ」
「と、と、ところが、そうでもないんだ。私のやり方は要するに、特定のスキルを、強制的に最高値、――100京にまで上昇させる類のものだからね」
「…………あんたのレベルが高いのは、その”ウル技”とやらを使ったからかい?」
どうもシルバーラットにとってそれは、重要なことらしい。
その気持ち、わからなくもない。十数年、コツコツ努力してやってきた作業が一瞬で終わると言われてしまっては、納得できないだろう。
「いや。私はウル技を使っていない」
「なんでだ? 何かの副作用があるってことか?」
「ないね。――私が”ウル技”を使ってないのは、たんにこの技を知る前から、レベルが100京に達していたからだ」
「…………ふむ。なるほど」」
「し、強いて副作用を語るなら……幼児的万能感、自己中心的な考えの増強、他者を見下すようになる……、その辺だろうか? 主に精神的な変化に起因するものだよ。予期せず過度な力を得られた者の結末は、多くの場合、哀しいものだ」
なんか、宝くじが当たった人の末路、みたいな話だな。
「だがその点、――きみたち異世界人なら、害は少ないと思ってね」
「幼児的万能感」という言葉は、ちくりと胸に刺さったが、――確かに、無敵の力を与えられることには慣れてる。
「実を言うとこの技は、――以前、この世界を歩いた異世界人、”選ばれしボーイ”に教えてもらった技なんだ」
「へえ」
狂太郎は少しだけ身を乗り出して、
「その、”ボーイ”とは、親しかったのかい」
「それほどではない。だが、彼とは、……仲間だった」
この男、以前にここにきた”救世主”の知り合いだったのか。
「ってことはあんた、《無》について何か、知ってることは……」
「す、す、すまんが、そこまでは知らない。そもそもそのボーイは、《無》が手に入ると思ってこの世界に来た訳じゃあなかったんだ。休暇を利用して、異世界を旅行に来ただけだったんだよ」
話しながら、ドジソンはさっそく奥の荷物棚から、革袋を引っ張り出す。”ウル技”を使うのに必要らしい。
狂太郎たちは一瞬、はっとしてその袋を見つめたが、
「あ、あ、安心して。これ、タムタムの街の伝統工芸品じゃない」
と、ドジソンが低い声で安心させる。
「では、始めようか」
▼
その後、ドジソンが行った、――儀式的な行為に関しては、狂太郎が書き記したメモ用紙(※16)が残っている。
一応、手順を解説させていただこう。
①道具袋の中の、七番目に入れたもの(なんでもよい)をぎゅっと握りしめる。
②その格好のまま、付近をうろうろ散策する。
③すると、適当なモンスターが飛び出す(今回の場合はスライム)ので、それと戦う。
④戦闘開始のナレーションが流れたら、「四番目に覚えた技の順番変更」と叫ぶ。
⑤>>どのじゅんばんのわざと とりかえる? というナレーションが流れたら、そのままスライムを撃退する。
それだけだ。
たったそれだけで、この世界に生きる、あらゆる住人の努力をあざ笑うように、
>>ボーイは スライムを たおした!
>>ボーイの けんスキルに けいけんちが 繧上¢繧上°繧薙↑縺?焚蟄ポイントはいる!
>>ボーイの けんスキルの レベルが 1000000000000000000にあがった!
>>ボーイの せいしつが へんかする!
>>ボーイは ”なかなかのけんし”から ”さいきょうのけんし”に なった!
「ひゃっけい……ね」
これで、どんどん天文学的になっていくであろう数字に驚くのも、最後か。
そして、森の中の涼しい空気を深呼吸。
「もう、……袋に突っ込んだままの腕は抜いて良いのかい」
「いいよ」
言われたとおりにする。
そして、ずっと握りしめていたせいでくしゃくしゃになっていた薬草を取りだして……もう使えないそれを、ぽいっとその辺に捨てた。
「たったこれだけで、最大レベルか。……なんでこんなことになるんだろう?」
「わからない」
ドジソンは、率直に答えた。
「ただ、以前出会った彼は、こんな風に言っていたな。『メモリの管理ミス』だと」
「……ふむ」
恐らく、現象の理屈自体は、”ブラック・デス・ドラゴン”と同じだろう。
コンピュータには、”メモリ”と呼ばれる、データを一時的に記憶しておく装置がある。
ファミコン世代のゲームにはこの”メモリ”の容量が低く、様々な処理をこの”メモリ”に書き込むことによってゲームを成立させていたという。
ドジソンの”ウル技”をわかりやすく説明するなら、――この性質を利用し、参照すべきメモリの値を誤認させた……とでもいえばよいだろうか(※17)。
「こんな簡単に……なんのリスクもなく。……なっとくできねぇー」
愕然とするシルバーラットをよそに、ドジソンは苦笑する。
「さて。そ、そ、それでは、もう一度だけ同じ工程を繰り返して、――いよいよ、レッドナイト攻略だ。さっさと済ませてしまおう」
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(※16)
どうやら、何かのためにあとあと必要になると思ったらしい。
実際のところ、これは全くの杞憂に終わるのだが。
(※17)
さらに細かく理屈を解説するならば、――
”袋の中のアイテムを持つ”、”技の順番を入れ替える”という二種類の行動を行うことにより、メモリ内の誤った数値を参照させ、本来であれば取得できるはずのない経験値を取得した、とのこと。
……よくわからないだろうか?
ぶっちゃけ筆者も、よくわかっていない。
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