一歩足を踏み出せば、熱気が肌を焼く肥沃な大地。
道は、ところどころ木の根ででこぼこしているところを除けば歩きやすく、空を見上げるとアーチ状に伸びた枝葉がトンネルを作っていた。
部分的に見える太陽と青い空が、夏の日の営業回りを思い出させる。
「ふう……ふう……はあ……」
コートを脱ぎ、リュックに詰め、身軽な格好になって道を行く。
「♪~~~♪~~~~」
元気そうなのは、相方の沙羅だ。彼女はこの場所に来て、明らかに過ごしやすそうだった。
そんなコンディションの中でも、
>>すごいさんぞくが あらわれた!
敵の対応は、主に狂太郎が行っている。
「ふう……ふう……はあ……」
完全に、疲労困憊していた。
未だに彼は、人間っぽいデザインの敵に対して「殺さず」を貫いている。
「ねえ、狂太郎くん。……一回くらい、代わろうか?」
「いや、いい。きみがやると、敵を丸焦げにするとか、そういう対処法しかないだろう」
「うん。……でも、この世界の山賊は、私たちが知ってる意味での人間じゃないんでしょ」
「そうかもしれないが。いまぼくが折れると、これまでしたこと全部が無駄になってしまう」
「頑固だなぁ」
言いながら、くすくすと笑う沙羅。
少なくともこの頑固さ、――悪いように受け止められてはいないらしい。
この仕事には、ときに拘りも大切だ。自分の正当性を見失ってしまった”救世主”は、遠からず気が触れる。
「ちなみに、あとどれくらい歩いたら北の果てなんだろー?」
「そうだな」
歩きつつ、かつて四人の姫君に描いてもらった地図を参照する。
慣れないアップルペンシルで描かれたわりには、かなり詳細な内容だ。
「今のところ、全行程の半分、といったところかな。この辺りの土地は”チュウカン・チテン”と名付けられているらしい」
この世界の半分はジャバウォック王国領であるという。つまりこの先はずっと、北の果てに到着するまで”悪の王国”の領内を進み続けねばならない訳だ。
「さて。――このゲームの制作者の感覚からすると、そろそろ何か、イベントが起こりそうなものだが」
「そだね」
二人の想定は正しかった。
それからすぐ、道路の先に倒れているものの姿が見えたのだ。
「はい。――これもパターンですよ、っと」
なんだか狂太郎、この世界の向き合い方がわかってきた気がする。
あんまりマジになりすぎると、こっちまでおかしくなってしまう。
「あの、大丈夫ですか?」
珍しく、沙羅が自発的に助け起こしたところを見るに、――倒れた人は(遠目ではそうとわからなかったが)女性らしい。
バケツのような兜を被り、チェインメイルをマントのように羽織っていたため、狂太郎にはその性別まで判別することができなかったのである。
彼女は二、三度咳をして、仮面越しに狂太郎たちを見上げた。
「ああ、……わ、悪い。少し、気を失っていたみたいだ」
「怪我はありますか?」
「問題、ない」
「問題ないことないでしょう。行き倒れていたんですから」
「それは……その……」
同時に、わかりやすいタイミングで、お腹の音がぐぅ~と鳴る。
「うううっ……」
女性は仮面で隠れた顔面を、さらに両手で覆って、
「水が!」
「?」
「水が欲しかったんだ! 鎧が暑くて……それで、体調を崩してね。それだけだ」
「はいはい。了解」
言って、沙羅がぱちぱちとウインク。狂太郎は阿吽の呼吸で頷いて、リュックからサンドイッチとペットボトル入りの水を取り出した。
すると女騎士は、ガバッとその場で起き上がって、
「……ううう。……で、でも俺、……御家の名前を背負って、ここにいるんだ。食べ物まで恵んでもらうわけには」
「ここできみが断れば、ぼくらがきみを殺したようなものだ。これも人助けだと思って、ほら。食べなさい」
狂太郎はいささか強引な理屈とともに、食料を押しつける。
結局少女は
「た、たしゅかる……」
そう言いながら、仮面の下から水をごくごく、サンドイッチをむしゃむしゃ。
「うっまっ……! なんだこれ……! うまい!」
塩気の強い現代食が、いまの彼女にはありがたかったようだ。
「こんなに暑いところを旅するんだったら、もうちょっと身軽な格好をすれば良かったのに」
「……家名を背負った鎧を着てるんす。簡単に脱ぐ訳にはいかない」
「ふーん」
沙羅は興味深そうに、サンドイッチを頬張る口元を覗き込み、
「磨けば光るタイプかな」
と、小さく囁いた。すると少女は、「わっ」と悲鳴を上げて、仮面で顔を隠す。どうやら極度の恥ずかしがり屋らしい。
「ところであなた、どちらの出身地ですか?」
「むろん、ジャバウォック王国の者だ。南側の領地に不法入国した我が方の人間がいると聞き、調査に来たんだよ」
「それって、ラビット城の姫君を暗殺しようとした一件かしら。たしか彼女、ジャバウォック王国の暗殺者に狙われていた、みたいに言ってましたし」
「ふむ。やはり連中、問題を起こしたか」
「ええ。――ただし彼らはもう、やっつけてしまいましたけどね」
「なるほど。ガールは腕が立つ人なんだな」
「ええ。レベルも六億くらいあります」
「へーっ。ろくおく」
何となく話を合わせながら、二人は「次の課題」が語られるのを待つ。
結局のところ彼女は、狂太郎たちが次に進むべき場所への案内人に過ぎない。
やがて彼女は、
「……よーし。やはりあの一件、ボーイ&ガールに、お願いしてみようかな?」
などと大きな独り言を言った後、このように切り出した。
「悪いが二人とも、一つ頼みごとをされてくれないだろうか?」
「よしきた。引き受けよう」
狂太郎がそういうと、彼女は少し驚いて、
「内容も聞かずに、話が早い人だな……」
と、首を傾げる。
「――まあ、いい。いま、ジャバウォック王国は、大きな課題に立ち向かっているんだよ」
「課題、というと?」
「結論から言うと我々は、”ドリームキャッチャー”という魔法のアイテムと、その所有者を探している」
「ほう」
「”ドリームキャッチャー”は、遙か北の大地で使われる、伝説の遺物。その力を使うことで、大いなる”ドリームウォッチャー”を呼び覚まし、この世界の真実、……そして、宇宙の真理を得られるらしい」
「ほうほう」
この世界の真実を知ること。
ここでようやく、ゲームの目的がはっきりする訳か。
「ちなみにその、宇宙の真理が判明すると、どういうことになる?」
「わからん。だが一説には、”不壊の街”や、”崩壊病”、時として”社会人”たちを襲う、奇妙な現象。――それらの原因を知ることができるという」
「へぇー。なるほどねぇー」
胡乱に応えつつ、自分たちがその真実の一端を握っていることは告げない。
もう正直、この世界の住人の抱えている問題は、狂太郎たちの手に余る事態だということがわかってきた。
彼らは彼らなりに、この不完全な世界と付き合っていく他にないのだ。
狂太郎がそう思っていると、
>>そこで ボーイ&ガールは じぶんたちの みぶんを あかした!
唐突にナレーションが、そのように言った。
すると、バケツ頭の少女が嬉しそうにぴょんと跳ね、
「なんと! 貴方たちが、賢者スペードに選ばれしボーイ&ガールだというのかい!?」
「いや。ぼくは別に、何にも言ってないけど」
少女は、そのツッコミには敢えて答えず、
「それならば俺も、貴方たちの手伝いをしよう! 俺は、守護騎士のシルバーラットと言う。これからよろしくな!」
>>しゅごきしの シルバーラットが なかまに なりたそうだ!
>> ⇒はい いいえ
狂太郎は、数秒ほど考え込んだあと、
「いいえ」
一応、こう答えておく。
別に意地悪がしたいわけではない。
このイベントがゲームの進行上、不可避のものであるかの確認をしたかったのだ。
「それならば俺も、貴方たちの手伝いをしよう! 俺は、守護騎士のシルバーラットと言う。これからよろしくな!」
>>しゅごきしの シルバーラットが なかまに なりたそうだ!
>> ⇒はい いいえ
「いいえ」
「それならば俺も、貴方たちの手伝いをしよう! 俺は、守護騎士のシルバーラットと言う。これからよろしくな!」
>>しゅごきしの シルバーラットが なかまに なりたそうだ!
>> ⇒はい いいえ
「……いいえ」
「それならば俺も、貴方たちの手伝いをしよう! 俺は、守護騎士のシルバーラットと言う。これからよろしくな!」
>>しゅごきしの シルバーラットが なかまに なりたそうだ!
>> ⇒はい いいえ
肺の中の空気を全て吐き出すような、深い深い、嘆息。
「……はいはい。よろしくな」
狂太郎が応えると、
>>しゅごきしの シルバーラットが なかまに くわわった!
シルバーラットが、にこやかに手を握る。
指の力が少し強いのは、三度も断ったせいだろうか。
苦笑いしつつ、狂太郎は辺りをきょろきょろと見る。
「ん? どうした? 選ばれしボーイ?」
「いや……」
そこに、もう一人の守護騎士の姿がないことを確認して。
ほっと安堵する。
「きみは、増えないタイプの仲間で良かった」
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