「夜に鳴く鶏亭」ビールあり〼

勇者軍参謀と、魔族司令官の面倒臭い思春期模様
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第27話 その漢字は無理がある

公開日時: 2021年11月12日(金) 19:04
文字数:5,148

からん。


カウベルの音がしても、いつもの「よ」はない。

そのことに若干の物足りなさを覚えながらアルノはカウンターへ向かい、いつもの席に座る。

詰まらなさそうな顔でオーダーすら面倒だと言わんばかりのアルノに、事情を知っている大将は「なら来なきゃ良いのに」とは言わず黙って白酒と沖漬けを置く。


と言って、実のところ不機嫌な訳ではなかった。

ハルが自分をどう思っているのか、それはわからないけれどもカレンを通したヴェセルからの連絡によれば早急に戻れるよう、積極的に動き始めたと聞いている。

西方諸王国を自ら焚きつけ、火種をばらまき、動かないなら動かざるを得ないようにしてやるだけだ、と言わんばかりに派手にやっているようだ。

また、ただ戻るだけではなく何かを決心しているらしいが、詳細までは知らされていない。

ヴェセルもそこまでは興味がない、というよりハルがしたいようにするならそれで良いと思っているのだろう。


そんなハルの動きは充分にアルノを慰めたし、それよりも自分の気持に向き合うようなったことが彼女に余裕を与えていた。

むず痒いような、モヤモヤするような気持ちなのに、そう思えることすら未来を拓くためのステップのような気分だ。


敵兵は殺す、街や技術は奪う、ハルと全力で戦う、終わったら馬鹿話をしながら飲む。


それだけの生活でしかなかったし、それでも後半は楽しいものであったのだが、そこに自分の気持ちが入るとこうまで変わるものなのか。

精神魔法を操るくせに、魔族らしく心にさほど興味を持っていなかったアルノだったが、二百歳にして初めて心の重要さに気がついた。

それは落ち着かないけれども悪くない類の、ざわざわ感だった。

ハルとこの先どうなりたい、ということが明確にあるわけではないけれども何だか嬉しくてそわそわしてしまう。


悪くない、悪くないわ。

この場にハルがいたら絶対突っ込まれそうな、にへらとした笑いを浮かべながら白酒をちびちび口にする。

と、いつものカウベルが鳴り、ついつい来るわけのないハルの姿を追って視線を流した。




「おー、ここが妖族の店?割と小綺麗じゃん」

「マジで入るの?なんか酒臭いんだけど」

「そうか?結構おしゃれじゃね?」

どやどやと入って来た顔ぶれを見て、アルノは先ほどまでの幸せな気分が吹き飛んだ。


「勇者ども……」

ち、と口の中で小さく舌打ちすると最近は被っていなかったフードを久しぶりに被る。

先日捕虜にしていた、何だったか、カレンを怒らせた名前の奴はいなかったが入って来た五人ほどの集団は最近とんと見ることはなくなった、ハルが戦場に出して頭を抱えていた勇者どもに間違いない。

あれからなかなか戦場に出てこないから、彼らは軍服ではないアルノを見ても気づかないだろうが面倒はできるだけ避けたい。


同じ異界人でもハルはこの世界で初っ端から苦労の連続だったせいかそれとも記憶がないせいか、この世界のルールに沿って動いていた。

殺しあう仲であってもこの街で会って飲み交わすようになるまで時間がかからなかったのも、異界の勇者という感じがしなかったからだ。

妖族のルールを理解して友好的に動き、憎まれ口こそあったものの最低限のマナーはこの世界に準じていたのだ。

……まあ、ジャルナ揚げをフライドポテトと言い張ってはいたが。


それに比べると前回の勇者は最初から傲慢な女たらしというだけだったし、今回の勇者はただの傍若無人で世界の厳しさに一切触れてこなかった温室育ちのガキでしかない。

ヴェセルやカレンの筋書き通り虐殺はしていないし、そもそも勇者が前線に出て来ないので今まで手を掛けていないが、以前捕らえたなんだったか言う勇者同様、入って来た連中も碌でもないことは理解した。


ここへ迷い込む来訪者たちは、どれだけ罵り合いをしようと周囲の会話を邪魔しないことくらいは弁えている。

アルノやハルがたまに箍が外れてしまうのも、この店に来て十年以上経ち常連どころではない馴染み客になってからのことだ。

年輪を経た木材を用いたこの店では、静かすぎても会話に気を遣ってしまうし、騒ぎすぎると邪魔になる。

その適度さが客同士の間でも「お互い様」になっているのだ。

それは入店すればすぐに察することができそうなものだが、どうやらガキ勇者どもにそういった空気を読むことは難しいようだ。


「面倒な奴らね。まあ、三日の辛抱か」

アルノは、ひっそりとため息をついた。

この街では彼ら以外には制限日数がある。

たまたま以外に立ち寄る方法がないことに加え、三日以上滞在することはできない。

商人や運送業者すらその原則から外れることはないから、いったいこの街がどうやって物資を用意しているのか知らないけれども、ともかく三日だけ来なければ良い話だ。

戦場に出て来たら容赦なく殺す、ハルに対して抱いていたのとはまた違う殺意を持って、アルノはそう決めた。


周囲の客からの注意も無視して騒いだ勇者たちが、大将に放り出されたのはそのすぐ数分後のことだった。











「いやいや、何で?」

勇者たちがいつから妖族の街にいるのか知らないが、最長滞在期間を開けておけば問題なかろう、と念には念を入れて五日後に「夜に鳴く鶏亭」にやってきたアルノは思わず声に出した。


勇者は二十七人もいるから、それが代わる代わるやってきているならわかるのだが、先日見た顔がいる。

アルノとハルという例外を除き、ここへ長期で訪れることのできる者をこの五十年見たことがない。

大将に聞くと、どうやら彼らも一般的な「三日間滞在」ではなく、アルノたちと同様出入りができているようだ。


「えぇぇ……憩いの場がなくなった」

がっくりするアルノだったが、ここは人族はおろか魔族ですら手出し出来ない中立地帯、妖族の街だ。

彼らなりの基準と価値観で動いていることに文句を言っても意味がないし、鉢合わせしたくなければ残念だが当面は来ないようにすれば良いだけの話だ。

が、ハルが西方へ異動してからここへ来ていないのは来られないのではなく忙しくて来ないだけなのかも知れないし、だとしたら来られる限り来ておきたい。

王国の王室派に現実を理解させるのにどれだけかかるのかわからないから、下手をすれば年単位で時間がかかるかも知れないのだ。


と、そんなことを考えているアルノだが、実際にハルに会ったとしたら今まで通り魔族のショタ司令官としてがよいのか、それともカレンに「気付かされた」以上は「まあお互い不老不死だし?他に長く過ごせる相手がいる訳でもないし?一緒に過ごしてあげるのに吝かではないけれど?」というわけで女として会えばよいのかはまだ決めていない。

当初の目的であった、人族に舐められないよう男のフリをするというのは、この五十年で今だにアルノを舐め腐っているハル以外には達成できたので無理に装う必要はないし、温泉宿でのヴェセルの言葉からも今更感が半端ないので今日も中性的な服装で来ている。

が、ハルへの対応は未決定だ。

ハルが何やら決意して生気の戻った顔で邁進している、とはヴェセルの手紙で知っているのだが、既に精神魔法は解けていることまでは知らないからこその葛藤ではある。

が、カレンが聞いたら呆れ顔をするような悩みでも、アルノは真剣であった。




「まあいいわ。大将、いつものね」

今日は勇者一味がやけに多い。

先日の一件で学ばないほどに阿呆ではなかったようで、煩いことは煩いが叩き出されるほどではない。

だが、特に女のきゃんきゃん声がやけに耳障りだった。


「品のない女ね」

「奇遇だね、俺もそう思うよ」

「……独り言に反応するあんたもね」

白酒をくい、と傾けて前を向いたまま返す。

見なくてもわかる、ハルの定席に座ったのは勇者どもの一人だ。

予約している訳でも指定している訳でもないから、そこに座るのは構わない、けれどもクソ勇者であることは気に触った。

「この街は良いね、普段は戦争なんてしてる相手でも平和な一時を過ごせる」

そんなアルノの態度を気にした風でもなく、勇者は言葉を続ける。


見た目の特徴はハルと同様、黒い目をしているし制服からも勇者であることに間違いはないが、ハルと違って大人びた態度を取ろうと背伸びしているのが丸わかりな子供じみた言動が鼻につく。

「君も特別に許可されてるのかな?先日も来ていたよね」

そう言われてようやく隣をちらっと流し見る。

確かに五日前、がやがや騒いで叩き出されたうちの一人だ。

「ああ、大将に放り出されていたわね」

「……いやまあ、あれはちょっとね」

苦笑する様子も何だか気障ったらしい。

異界人は皆こんな風なんだろうか。


考えてみればハルがあまりにも無頓着で溶け込みきっているだけで、最初の異界人勇者である「ダルビニエキ」とやらも、その次の「コーコーセー」とやらも、割と大仰な言動だったような気がする。

まあ、どちらも戦場で会っただけだし一人目に至ってはさっくり殺してしまったのであまり良くは知らないけれども。


「彼らはどうも『郷に入っては郷に従え』を理解していないようでね。ああ、俺たちはこの世界ではなく異世界から来たんだ。だからまだこの世界のことをよくわかっていないから失礼なことがあったらごめん」

背後で騒ぐ数名を気にしながら言う。

敢えて魔族最強のアルノに声をかけてくること自体が失礼ではあるが、戦場に出ておらず知らないのならそこは仕方ない。

が、ふと気がついた。


「なんで言葉がわかるのかしら?」

「ああ、もしかして俺たちの先輩方はわからなかったのかな?名詞や敬語に多少の違いはあるけど、言語的にはほぼ日本語なんだよ」

そうだったのか。

となると、前回のハーレム野郎はこいつらと似ているようでまた違う世界から来たのかも知れない。

いや、大して興味はないが。

彼らと似た世界であるとは聞いているが、ハルは当初まったく言葉がわからずに苦労したらしいから、なるほど彼にとっては女神の祝福ではなく呪いであることは間違いない。

同じ女神に召喚されたのに、最初からおもてなし状態で言語も同じなら人外の能力も持たされた上で王城に呼ばれる勇者たちと、言語も違えば個人としては微妙な能力だけ持って平原に裸一貫で投げ出されたハルでは、あまりに扱いが違い過ぎる。


あのクソ女神絶対許さん、と憤るハルが眼に浮かぶようで思わず笑ってしまう。

「やっぱり笑顔が可愛いね」

が、その笑いも勇者の言葉でしかめっ面に変わる。

散々殺し合い、罵り合い、五十年近くかけて気兼ねも下心も取っ払ったハルと違い、今会ったばかりなのにそんな言葉を掛けてくる勇者には嫌悪感しか抱けない。

黙って串焼きを噛みしめると、珍しく大将がミスったのだろうか焦げた苦味が口に広がった。


「そうだ、名乗るのが遅れたね。俺は勇者の神丞美鶴、神様の神に、雪之丞とかの丞、美しい鶴と書くんだ。君は?」

「好きに呼べば」

何言ってんだこいつ。

名前を言うのにどうしてわざわざ別の言葉で言い換えるのか。

だいたい「ゆきのじょう」って何よ。

意味不明だわ慣れ慣れしいわ、絶対に戦場で見たら最初にぶっ殺すと思うものの、なぜか勇者どもはなかなか最前線に姿を見せない。


苛々も絶頂で素っ気ないアルノに、勇者は肩を竦める。

だが何をどう聞いても答えてくれそうにないアルノに、

「じゃあ、花音と呼ばせてもらっていいかな」

何が「じゃあ」なんだ、何が。

そもそも何だその「かのん」ってのは。

ぴくりと眉を動かしたアルノの反応に気をよくしたのか、聞きもしないのに美鶴は滔々と説明しだす。

「俺の世界の対位法楽曲でカノンってのがあってさ、それに漢字……ってそうか、言ってもわからないか、この世界の文字は違うしな。まあ、俺の世界の記号で花と音って意味のを組み合わせて」

「アル」

「え」

「アル、よ」

俺の世界俺の世界とうるさい。

このクソ面倒な勇者を黙らせるのに仕方なく名前を教えるが、元来のアルノヴィーチェから男性名ぽくするためにハルにはアルノと名乗り、今回はそこからさらに短縮したから原型はもはやわからないだろう。

が、あまりにも膨れっ面で言ったからか勇者には正確に聞き取れなかったようだ。

「ハル?」

「あ?」

ぶすっとしたまま答えたからだろうか、間違えた名前を発音した勇者に猛烈な不機嫌オーラをぶち当てる。

「ああ、アルね。そうか、ハルって言えばあれか、勇者軍の元軍師だったっけ」


ぶんむくれたまま黙って聞いているが、聞き流してはいなかった。

ふうん、ハルのことを知っているとはなかなか見所はあるわね。いたぶらずに殺してあげようかしら、などと物騒なことを考えて少しだけ上向いて来たアルノの機嫌は、だが続く勇者の言葉で最底辺にまっしぐらだった。


「確か……だらだら戦争続けて被害を大きくしたことで、西方に左遷されたんだとか」

「よし、表出ろ。街の外で殺してやる」

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