「夜に鳴く鶏亭」ビールあり〼

勇者軍参謀と、魔族司令官の面倒臭い思春期模様
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第21話 勇者は中学二年生

公開日時: 2021年11月9日(火) 02:33
文字数:5,735

馬車は麦畑を抜けた辺りで一時休息を取り、従者のフルドラ民が用意してくれた昼食をとると再び走り始める。

ぽつぽつと灌木が増え、次第に背が高くなり道も凹凸ができてくる。

それでも大きく跳ねたりしないのはこんな山麓近くまで最低限の舗装がされている魔王国の統治の良さなのか、馬車の技術のおかげなのか。

恐らくそのどちらもなのだろう、と人族の領域では考えられない魔王国の在り方に関心しながら窓の外を流れる景色を堪能していたハルに、アルノがふと思い出したかのように声をかけた。


「そう言えばハル、さきほどの魔法の話だが、良いか?」

「ん?なんだ、制約もなさそうだから何でも聞いて良いぞ」

窓の外から視線を車内に戻す。

隣ではカレンとヴェセルも風景に飽きたか、アルノが何を言うのかと顔を向けていた。


「勇者どもはどうなのだ。あれらもお前と同じ異界人だろう?なら魔力操作も同じくらい出来るのではないか」

「……んーできるのかなあ。多分それなりにはできるんじゃないかな」

煮え切れない返事をしたハルを訝しげに見て、気まずそうな顔をしたまま答えない彼に見切りをつけるとヴェセルに視線を向ける。

向けられたヴェセルは、即座に顔を背けて窓の外を眺めるフリをしていた。

「おい、お前たち」

挙動不審が過ぎる。

カレンもまた不審げな顔つきでハルとヴェセルを交互に見比べた。

「なんだ、制約でもかかっているのか」

「いや、そういう訳じゃあないんだが」

ふむ、とひとつ頷くと、ではこちらから詳細を例示しながら聞いてみるかと切り替える。


「この間捕虜交換した勇者、いただろう?あいつが妙なことをしていてな」

「……聞きたくないなあ」

「なんでだ」

「ああいや、うん大丈夫、続けてくれ」

「大丈夫そうには見えませんが……ヴェセル様?大丈夫ですか」

カレンも目の前で胸を苦しそうに抑えるヴェセルに、気遣う声をかける。

「いやなに、ちょっと持病の痔が……」

「……人族は胸が痔になるのですか、変わっていますね」

ヴェセルの返答で頭はともかく体調は問題なさそうだ、と判断したカレンがハルに視線を移す。

こちらは大丈夫とか続けてくれとか言いながら両耳に手を当てて、言っていることとやっていることが違う。


そんな二人の様子に、何がダメージになっているのかわからないまでもこれは面白い、とばかりにニヤリと笑ったアルノが強引にハルの両手を掴んで耳から離させ、続けた。

「あやつ、何と言ったか……」

「キリア・ホウリュウインですね。変わった名前ですが、まあ異界人ですので私たちとは別の法則なのでしょう」

アルノは思い出す振りをしているだけで、実のところ名前を覚えるどころか聞いてすらいないことを知っている有能なメイドが補足する。

それを耳にしていたハルはやはり微妙な顔つきだった。

「あー。うん、そうね。彼らは彼らなりの認識でこの世界を推定しているからね」

「何を言っているんだお前は」

「それな、姓と名の順が逆」

「は?」

名前を覚えてすらいなかったアルノは小首を傾げただけだったが、脳筋司令官の代わりに、彼女ではわからない戦闘詳報以外の様々な書類仕事までこなしている、つまるところ王城の魔王様への報告書もあげているカレンは眉を潜めた。

それを見て正式な報告にならないことがまずいと言うことを、どちらがより正しく理解しているかを判断したヴェセルが、気まずそうなハルの後を継いだ。


「カレン殿、彼の正しい名は『ホウリュウイン・キリア』じゃよ。生国であるニホンとやらの慣習では我らと同様、家名+名らしいが、どうもこの世界は彼らの認識するヨーロッパとか言う世界と似ているようでな。そこでは名+家名だからわざわざ本来の順を逆に言っておるのじゃ」

「……は?」

あ、やばい。アルノはカレンの目が座ったのを見てずりずり、とお尻をずらして窓側に限界まで寄った。

何とか二人が冷静に対応して抑えてもらいたいが、無駄な被害を被るのは勘弁だ。

「いやほら、俺らもあいつらの世界の常識とかわからないし、俺には家名なんてないからあいつらも自分たちが勘違いしていると気づかなかったんじゃないかな。だから思い込みが訂正される機会がなかったと言うか」

「……は?」

捕虜の名前はキリア家のホウリュウインであると報告している。

もちろん、その程度のことで叱責があるとも思えないが自分の仕事にミスがあったことが容認できない。


「……つまり、あのクソ勇者はウンコみたいな脳みそでゴミのような自分の知識を浚ったところ、こうだろうという勝手極まりないカスのような思い込みで虚偽のゴミカスクソ申告をした、ということでしょうか」

「……ま、まあそういう言い方になる可能性がなきにしも非ず、と言ったところでしょうか」

ハルが妙に低姿勢だ。

その相手が自分でないことに不満は覚えるが、なにカレンは自分の眷属、なら自分に対して低姿勢になっているのと同じことだ、と自らを蚊帳の外に置きながら総責任者であるアルノは呑気に思った。

「ふ、ふふふ……しかも欺くつもりではなく、ただただひたすら馬鹿なだけで、この私に虚偽の報告をさせた、と」

「か、カレン殿、落ち着いて下され」

そうだ頑張れヴェセル。魔族では貴重なこの馬車の存続はお前にかかっているぞ。

「ふー……ご主人様?何を自分は関係ない、みたいなツラしやがっておられるのですか?」

「うっわ!こっち来た?!」






魔族では数少ない馬車が無駄に破壊されることもなく、なんとか落ち着いた車内でアルノがそう言えば、と本来の話題に戻す。

「それで結局、勇者どもの魔法についてなんだがな」

「えぇぇ……その話続けるの?もうやめないか?」

「何やらおかしなことをやっていたのだ」

「無視かよ」

「こう、指をわざわざ組み合わせて、何だったか、混沌より出でよだの、盟約に従い顕現せよだの」

「ああああああ……」

頭を抱えるハルを見て、これは面白いとニヤリ。

なぜだか知らないが、勇者の言動はハルにダメージを与えるようだ。

ヴェセルにも飛び火しているが。

「後な、すてーたす、だのぷろぱてぃ、だの訳わからんことを言っては宙空を睨んでいたのだ。あれか、勇者は気が狂っているのか」

「うごごごごご」

「でも結局何も起こらないから、覚醒の時は未だ来らずか、とか妙に黄昏た様子で遠い目をしていたぞ。見世物としても面白くはなかったが、何をしていたのか気になって聞いたらな、魔法の詠唱だとか何とか」

もはやグッタリして頭を抱える気力も失ったハルに、追撃を与える。

「アイテムボックスだったか?それがないとか騒いでもいたな。何だったのだ、あれは」


無論、異界人という点では一緒であれ勇者たちとは別の異界から来たハルにとっても、彼らの言動全てを理解できている訳ではない。

が、似たような症状ならあったのだ。

一教病と呼ばれる、13歳から15歳で通う一教学の生徒たち、その中でも特に夢見がちな一教学二級生の少年たちが罹患する精神病。

今回召喚された勇者たちも、前回と同様の世界から呼び出されたコーコーセーだったから、ハルの認識で言えば二教学、一教病にかかる年齢ではないはずなのだが。


アルノの興味の火が消えないと見たヴェセルが、諦めてため息をつく。

「……確か、らのべ?なろう?とやらの文化があるようでな……何やらそれは、己の妄想を世界中の多くの人々に見て貰える創話として公開できるようなのじゃ」

「ほう。なかなか凄い技術ではないか。創話は生業にしている者が少ないから、買うと高いと聞いているが」


魔族にももちろん創話は存在する。

が、基本的には聞きたい魔族を集めた場所で、精神魔法に長けた者が媒介して一斉発信し、その場にいる全員が一度に楽しめる方法を採る。

よほどの僻地で精神魔法を使える存在が皆無な場所くらいでなければ、冊子として配布されることはない。


「いんたーねっつという技術を用いているらしい。俺の世界じゃレステートだがな。世界中に一瞬で広がるんだから、確かに凄い技術だけどさあ……それを妄想に使うって、どうよ」

「どうよと言われましても。技術の無駄遣いとしか」

カレンが拾うと、困り顔で意味不明な勇者たちを思い出しながら答える。

が、ヴェセルは流石に思考が違ったようだ。

「無駄遣いから新しい使い方が生まれることもある。それほど余裕のある世界でなければできんことじゃがな」

なるほど、とカレンは頷いて車窓を流れる景色に意識を向けようとしているハルと、そんなハルを逃さないとばかりにニヤついて眺める主人に視線を移した。

まさに能力を自らの悦楽やその場凌ぎにしか使っていない、能力の無駄遣いの最たる例たちだ。

「これみたいな感じですね」

「うむ、それ的な感じですな」

主と上官をモノ扱いした二人に、さすがに黙っていられなかったか、

「「ちょ、言い方」」

揃って同じ声を上げる。


「息ぴったりですね」

「まったくじゃな」

「お似合いですね」

「まさしく」


うんうん、と保護者目線で生温く見てくるヴェセルとカレンに、居心地が悪くなったかアルノが吠える。

「おいハル貴様、何度も言うが私の発言に被るとは不敬だぞ」

「あ?お前こそ真似すんなクソ魔族」

「おおん?苦しんで殺されたいのかクソ人族」

「ああん?ざっけんな瞬殺されてやんよ」

ぎりぎりと睨み合う二人に、広いとは言え馬車の室内に険悪な気で満ちる。

「……ハルよ、お主それはあまりに情けなくないかの」

「しょうがねぇだろ、単騎でやりあってこいつに勝てる訳ねぇんだから」

「……ご主人様、その『男らしい』脳筋思考はいい加減にしてください」

「だだだ、だってハルが喧嘩売ってくるから」

はあ、と揃って大きくため息をつく二人も、ハルとアルノに負けず劣らず息ぴったりなのだが、そこに突っ込む余裕もなくもじもじと浮かしかけた腰を下ろす。


「こほん。まあ何だ、つまり奴らは奴らの文化的思考で動いているのであって、この世界に融合するつもりもないみたいだからゆるーく見守ってるんだよ」

仕切り直したハルが空々しく言う。

「じゃあ何でお前とヴェセルが頭を抱えていたんだ」

「それは……まあ俺は以前の世界でああいう痛々しい連中がいたことを知ってるからな。見てると胸が痛くなってくるんだよ。ヴェセルは」

「実害を被っておるからのう。そんなもので魔法など発現せんのに、若い兵士が一縷の望みを持って真似し始めて……なんじゃい、うぃんどかったーってのは」

ヴェセルにしては珍しく吐き捨てるように言うあたり、割と地獄絵図になっているのだろうと推察する。

「ほーりーれいん、とかあくあぼーる、とかも言ってたぞ。何のことだかさっぱりだが、子供が遊びでやってるならともかく、本気で魔法が使えると思ってやってるのが痛くて痛くて……」

うう、と胸を抑えるハル。

「痔ですか?」

「ちゃうわ!」

カレンへの返しにもキレがない。


「まあ、───だから───だけどな」

気を取り直して森へ入った馬車の車窓を流れる木々を眺めつつため息をつく。

「なんだ、最近ちょくちょく制約にかかるな。何か大規模作戦でも考えているのか」

「それを言うとでも?」

「いいや、思わんし例えどんな策を講じようと実力で粉砕してやるのみだが?」

「さっすが脳筋」

「ふん、罠だの伏兵だの遊撃だのと、小賢しい手しか使えんお前に言われても痛くも痒くもないな」

「その罠に引っかかりまくって半ケツ出してピーピー泣いてたのは誰でしたかねぇ?」

「は、半……ッ!出しとらんわ!」

がたん、と石でも踏んだか馬車が大きく上下に揺れる。

折悪しく立ち上がってしまったアルノが、バランスを崩してハルへと倒れ込んだ。

キラリ、ではなくギラリと光るカレンの目にヴェセルが同志でありながらもドン引きする中、倒れてきたアルノを抱きかかえたハルが心配そうに顔を覗き込む。

「おいおい、大丈夫かよ。頭打ったんじゃないか」

「だだだ、だいじょび」

「は?だいじょび?」

頭をさすりながら顔を上げるアルノを覗き込む。

「うん、大丈夫そうだな。まあ吸血鬼だしこの程度で怪我するようなら俺も苦労しない訳だが……」

おでこを見ようと近づきすぎたことに、そこまで言ってようやく気づく。

真っ赤な顔をして固まるアルノを前に、ハルも動きを止めた。

何だこれ、いやこいつはただの美少年、これは違う、違うんだと葛藤しつつも赤い目に魅入られたかのように動けない。


「……ッ、ききき、気をつけろよ」

「う、おう、あり、ありが……とう?」

なぜか疑問形でそそくさと離れるアルノ。

しばし、もじもじきょろきょろと挙動不審になるハルに、耳の先まで赤くして俯くアルノ。

それを見ていたカレンは、ギラリからギランと目の光を変えつつも、ああこれ意識し始めたままで変わらないわ、と未だ自覚するまでに至ってなさそうな主と、いい歳して思春期の少年みたいな反応をするハルに内心ため息をつく。


「えーと、あれだ、あんな暴力台風のくせにあまり鍛えてないのな。そんなふわふわした体でよくもまあ人族を殺りまくれるもんだ」

「ふ、ふん。お前ら脆弱な人族相手など、鍛えるまでもないわ」

「でもさ、なんだほれ、威厳って言うか?マッチョじゃなくても、胸筋ぴくぴくさせられるくらいじゃないと、魔族の兵士も侮るんじゃないか」

「ん?」

「まあお前って見た目美少年だからさ、体つきだけマッチョだと違和感すごいかも知れんが……そんな板っきれみたいなからうぎゃぁっ!」

バカン、と物凄い音がしたかと思うと、アルノに思い切り蹴飛ばされたハルが馬車のドアを突き破って車外へ吹っ飛んでいく。

地面に落ちた後ごろごろと数回転したハルは、さすがの祝福、傷一つない状態で起き上がると、


「おいてめぇ!なにしやがる!」

「ふん!貴様は走ってついて来い。軍人は体を鍛えないと部下に侮られるのだろう?なら望み通り鍛えさせてやるわ!」

「ちょちょちょ、おい待てって、お前じゃねぇんだから!俺はただの軍人レベルだぞ!待てこら!」

ぬおお!と走り出したハルの声をBGMに、アルノは風通しの良くなった馬車に座り直す。

呆れた目で見るカレンと、こめかみを抑えるヴェセルを見ないようにしつつ、ひっそりと笑った。


「まあ、ハルも勇者らと似たり寄ったりじゃな。言動が童貞そのものじゃわい」

ヴェセルの感想に、深く頷くカレンだった。

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