からん。
いつものように「夜に鳴く鶏亭」のドアベルもといカウベルが、新たに入荷した仔牛の到着を告げる。
「よ」
「ん」
相変わらず短いやり取りをして隣のスツールに腰を下ろすハルだったが、今日はまず言いたいことがあった。
いや、正しくは今日「も」かも知れないが。
「おいこのクソ魔族、今日のあれは何だ」
「何のことだ?クソ人族」
「しらばっくれんじゃねぇぞ、指揮官が直接戦場に乗り込んで大暴れするとか、アホだろ。あ、お姉ちゃん俺ビールといつもの揚げな」
大将が奥で料理をしていたので、ホールにいたウェイトレスに注文を告げる。関係性はよく知らないが、時折目線で合図をしているのを見ると夫婦なのかも知れないのでそう思うことにしている。
アルノはじろ、と横目でハルを見るとジョッキを持ち上げる。
ハルもまた届いたジョッキを手にかちん、とやると一気に半分を煽った。
剣呑な雰囲気でも乾杯を忘れないのは律儀なのかアホなのか、と誰かが思ったかどうかわからないが、それが済めば恒例の舌戦の時間だ。
「今日俺が指揮してたの近衛だってわかってたよな?」
「ふん。まあボンボンらしいお行儀良い戦い方だったからな。下衆なお前の指揮にしては戦場の雅というものをわかっている」
「うるせぇよ、こちとら生まれも育ちもバリバリの平民だ、たぶん。だから仕方ねぇだろ」
「やれやれ、こんな時まで下卑た物言いだな。近衛を指揮するなら相応の気品を身につけたらどうだ」
「はんっ余計なお世話だ。んなことより、わかっててやりやがったな」
どん、とカウンターを二の腕で叩いてこちらに体を向け、問い詰めてくるハルに対してアルノはくん、と鼻を効かせた。
どうやら軽く顔と手足を洗った程度で来たらしい。戦塵と血の匂いが取れきっていないし、軍服のままだ。
「何だハル、無粋だな。戦場からそのままか」
「誰のせいだと思ってんだよ」
残り半分のビールを一息で飲み干すと、即座に追加を注文する。
今日はさすがに飲まないとやっていられない。
アルノが頼んでいたモン貝の炭火焼を、殻ごと口に放り投げてばりんと噛み砕く。この貝は殻がちょうど良い硬さで歯ごたえがあって楽しい。その歯ごたえもハルの心労を癒すには足りなかったが、少なくとも落ち着かせる程度には役立ったようだ。
「あのなアルノさんよ。お前は魔王軍の司令官だ。戦場全体を見渡して判断、決定するのが役割であって、突撃して殺戮するのが役目じゃあない、ここまではオーケー?」
「まあ良いだろう。それで?」
「それで、だと?それで、じゃないが。よしわかった、今日の動きを一つ一つ確認してみようじゃないか」
「何だハル、お前はそんなことをしないと思い出せないくらいに耄碌したか」
「煽るんじゃねぇ。良いか、今日は俺ら人族は国王陛下直属の近衛第三連隊を出撃させました」
指を一本立てる。
どうやら今日は煽りに乗って罵声返しをしてこないようなので、アルノは黙って頷いた。
「兵種が単一なので、平原を選び騎兵の突撃力を活かそうと陣を組みました」
二本めの指が上がる。
「それを見て私は中央を軽歩兵と弓兵の二段にして、騎兵の迂回を警戒し両翼に重装歩兵を置いたな」
今度はハルが頷き、三本めの指を立てた。
そのまま四本め、ここまでは問題なく普通の戦いだったのだ。
「俺は勇者を隣に置いて近衛の背後でいつも通り指揮してました。魔族が両翼防備してるのはわかっていたので、今回は力押しにしました。最初は突撃でなく整然とした行軍でな」
問題は五本め、次だ。
「接敵しそうだったので騎兵の呼吸に合わせて並足から駆け足に、遠目に魔王軍司令官も見えました」
「私も当然見ていたぞ。接敵タイミングが今日は際どかったからな」
「何平然と言ってんだ。そのすぐ後、お前俺の姿見て魔王軍兵士を吹き飛ばしながら突っ込んで来ただろうが。何あれ、お前重機か何かなわけ?てか俺のこと本気で殺そうとしただろ」
憮然としながら言うハルを、アルノは呆れたような顔をして突き返す。
「お前こそ何を言っている。魔王軍と勇者軍、その両者が激突して指揮官が見えたのだから首を取るのは当たり前だろう」
こちらはまだ半分以上残っているビールをぐびり、と一口飲んでやれやれと言ったように頭を振った。
「いやそれやるのがうちの勇者とか、お前んとこの突撃遊撃部隊ならな!それなら確かに当たり前だな!何で指揮官のお前が直接突っ込んでくるんだよ!」
「私が一番強いからだが、それが何か」
「合ってるよ、そりゃ確かにそうだけどさ!」
「だろう?ならば何をそんなに憤っているのだ」
あーもう、と頭を掻き毟るハルに理解不能という感じの目線を投げるアルノだったが、実のところ単なる憂さ晴らしというか自分をいつまでも男と勘違いしているハルに突っかかっただけだ。
結果から見ればハルに届きそうになった刃を勇者が止め、慌てて引き返した近衛兵を巻き込んだ泥仕合にもつれ込んだ挙句大暴れしてすっきりした顔のアルノが引いて戦闘は終わった。双方にとって、魔王軍司令官の憂さ晴らし以外に何ら得るところのない無駄な戦闘だった。
結局ハルの首を宙に飛ばせなかった点は不満だが、概ねアルノは満足している。
そう告げるとハルは微妙な顔をした。
「いやな、勇者軍と魔王軍の指揮官同士だからそれについては仕方ないと思うんだよ。俺だって隙あらばお前の首を狙ってるしな」
ただなあ、と。
「問題は俺の代わりに血を噴いたのが、勇者の首だってことなんだわ」
ああそうか、血の匂いはあのいけ好かない勇者のか。
そう納得してうんうん頷く。
なるほど確かに吹き飛んだのは勇者の首だから、それは事後処理も相当だったろう。今日はやけに遅いし戦塵に塗れた軍服のままなのはそのせいか。
アルノの凶刃を勇者が止めたのは、決してハルを助けようとしたからではない。さらに後方で見ていたヴェセルの目を気にしたからだ。
何ならハルの首が跳ね飛ばされるまで待とうという気配すらあったが、狙っている王妹カノ王女の教育役でもあったヴェセルはハルの長年に渡る戦友であり、彼にハルを見殺しにした様を見られるのはまずい。
そう判断した勇者が慌てて横槍を入れたのだ。
実際のところ女神の祝福という呪いを受けているハルは、アルノが全力で当たっても殺されることはないのだが、この戦場でそのことを知るのはハル本人とヴェセル、それにアルノとアルノから聞いているカレンだけ。ただでさえ駒として扱われているのに、これ以上人族に良いように使われたくないというハルの意向で不老はどうしようもないとしても不死までは兵や勇者には教えていない。
まあ、そもそも本当に不死かどうか試していないから、ある時ぽっくりと唐突に老衰で死ぬかも知れないのだし。
だから焦って横入りした勇者はまさしく勇み足でしかなかったのだが、
「お前だってあの勇者を気に入ってはいなかっただろう?」
「そりゃまあ……そうなんだけどさ」
「ああ大将、ヴィー牛のすじ煮込みと白酒を。しかしあれだな、勇者は年々弱くなっていないか」
「うーん。俺はまだ2人目だし召喚初代の実物は知らないけど、お前はその前の召喚じゃないこの世界の勇者も知ってるんだっけ」
「私の知る初代は強かったぞ。数合は本気の私と打ち合ったからな」
「それ、さり気なく自分上げしてるよね」
「仕方なかろう、私が強いのは事実なのだから」
「そりゃそうだけどよ、でもお前、俺を殺せないじゃん」
ジャルナ揚げを咥えながら言うハルに、アルノがバカにされたとでも思ったか剣呑な空気を醸し出す。
「……おい、殺気」
フードの下の目が真っ赤に染まりじろりと睨め付けるが、ハルにとっては戦場で何度も浴びせかけられたものだ。
が、溢れ出る殺気は周囲の客には堪えるだろうと思ってなだめようとするもタイミングよく白酒が置かれる。大将もそうだが、この嫁さんの胆力もとんでもないな、と半ば呆れながら収まりつつある殺気に安堵する。
「お前さあ。血の気多すぎだろ」
「ふん。今日はあのクソ勇者に邪魔されたが、いつでもお前の首など取ってやるからな」
「はいはい。ま、実際のところ妙に目の敵にされてて面倒くさかったからな、その点では助かったと言っておくよ」
「目の敵?ハルお前、勇者に何かしたのか」
届いた白酒を手に取る。
ここのは甘いものから辛いものまで各種銘柄を取り揃えており、いつも同じだから「白酒」としか注文しないが、今度は違うものを試してみるのも良いなと思いながらちびりちびりと口に含む。
「いんや何も。多分、勇者ってのは王室派だからだろうな」
「なんだそれは。あの勇者も別に貴族だった訳ではなかろう」
「そりゃそうだけど。召喚したのは王室派貴族たちだし聖別するのはクソ女神の教会だから、熱心な信者様であらせられる王室の方々に感化されてるんだろうよ」
「なるほど。やはり人族は面倒くさいな。それで」
「それで、とは」
「何だ、人族では基本的な礼儀も教えんのか。助けてもらったら『ありがとう』だぞ」
何を言っているんだお前は、と言わんばかりの表情でアルノはハルを見るが、そう言いたいのはハルの方こそだった。
「いや何を言っているんだお前は」
というか、実際に口にした。
「いやいや、目の敵にされて大変だったろう。さぞかし邪魔だったろうな。その勇者を屠ってやったのだ、まあ礼には及ばぬ程度の労力しか用いていないがなに、どうしてもここの払いを持ちたいというのであればそれを礼代わりに受け取るのも吝かではない」
「いやいやいや、何を言っているんだお前は。勇者が死んだ後始末がどんだけ大変だったと思ってるんだ。しかも今回の戦死者は近衛の連中だ、やつらだって貴族に連なるから大変なんだぞ。迷惑かけられこそすれ、俺がお前にお礼する義理なんざねぇだろ」
「いやいやいやいや、それこそ何を言っている。あのクソ勇者がハーレム狙いで従軍民間人の女にまで手を伸ばしていたのは知っているぞ。その始末も大変だったろうが、何よりお前もEDとは言え男の端くれ、目障りだったのだろう」
「EDちゃうわ!てか端くれとは何だ!俺はまだバッキバキに勃つっての!」
アルノのあんまりな言い方に憤慨して思わず立ち上がる。
と、煽り返しが来ないことに訝しんでアルノを見れば、普段ならいきり立って相対してくるはずなのに黙って俯いていた。
「おい、アルノ?」
「ひ、ひゃい?!」
「ひゃい?お前、どうし……」
いや違った。
フードに隠れてわからなかったが、俯いているのではなく僅かに顔を下に向けていただけだった。その視線の先ははっきりしないが、この方向と傾け方からして、
「おい、男が男の逸物を凝視するのは気持ち悪いぞ」
「にゃ?!にゃにゃ、にゃにをぅ」
「いやちゃんと喋れよ。何だおい、本当にどうしたんだよ」
何かあったのだろうが、いかんせんフードを被ったままだと様子がわからない、そう思ったハルはばさりとフードを外すが、
「べべべ、別に」
何やら様子も行動もおかしいが、表情もおかしい。目線はじっとハルの股間に釘付けになっているが、白い肌は茹で上がったワール蛸のように真っ赤だし、言葉も覚ついていない。
それにしても本当に女みたいな顔だな、と何だか妙な気分がぶり返しそうになったハルは居心地悪く座り直す。
「お、おいアルノ、本当にお前大丈夫かよ」
「へっ?!あ、ああ、すまないな、ちょっと取り乱した」
「いやどこに取り乱す要素があったのか不審だが……まあなんだ、ちょっと俺も下品だったな、すまん」
「い、いや、なに、そのまあ……うん、立派だな、お前は十分立派だ」
「いやほんと何言ってんの?!」
結局、何やら微笑ましいものを見るような目つきでニヤニヤしている大将の視線に耐えられず、ハルの奢りで退散した二人だった。
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