「夜に鳴く鶏亭」ビールあり〼

勇者軍参謀と、魔族司令官の面倒臭い思春期模様
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第9話 寿司食いたい

公開日時: 2021年11月6日(土) 16:28
更新日時: 2021年12月19日(日) 02:00
文字数:4,352

からん。

今日も仔牛を生贄としてベルが鳴る。


「よ」

「ん」

定位置に腰掛けたアルノが何も言っていないのにジョッキが置かれる。

まずはいつもの乾杯。そしてジャルナ揚げをひとつ、ふたつ。

その間もアルノが先に頼んだ魚に悪戦苦闘しているのを見たハルは、貸せ、と箸を手にほぐしてやる。

「何だ、今日は親切だな」

「まあご褒美だな。あれには心底驚いたからさ」

「ふっふっふ、そうだろうそうだろう、そうだろうとも」

「調子に乗んなクソボケ老人」

「なんだとクソガキ」

一般的な人族からすればどっちも老人だし、普通の魔族からすればどちらもガキだが、あいにくとここにはそんなツッコミを入れる人材はいない。


「まあ、驚いたのは確かだ。まさかあそこを狙ってくるとは、さすがに俺もヴェセルも予想してなかったぜ、完全な飛び地だからな。この世界で空挺降下するとか、卑怯だろ」

「ふふん。私の魔力操作は伊達ではないのだよ」

「うっぜぇ。だが、占拠じゃなく破壊工作だけってのがまた曲者だったわ。てかどうせあんな手、お前の魔力でもそう何度も使えるもんでもないだろうが」

「さてな」

「誤魔化しても無駄だっつの。それにあの人数が限界だな?」

「さあ?どうでしょーか」

「うわマジでムカつくわ……」

「くふふ。これでお前たちの武器供給に支障が出るな。ざまぁみろ」

「く、こいつ……」

ジョッキの把手を折れよとばかりに握りしめるハルだったが、ふと思い立った。

「やっぱりあんな奇襲がこいつの発案だとは思えん……おいアルノ、あれ立案したの誰だよ」

「……私だが、なにか」

「今の間は何だ」

「間なんてないが」

「ないが、じゃないだろ。ははぁん、さては」

「なんだ」

急に目線をうろつかせ出したアルノに、ハルがにやりと笑う。

「カレンさんだろ」

「……カレンがどうかしたか。私のメイドに色目を使うなよ?」

「今それ関係ねぇだろ。会ったこともないのにどうやって色目使うってんだ」

むしろ無関係な話題への逸らし方が露骨すぎて、もはや白状したも同然だ。

「お前、話題の変え方が雑」

「ぐ」

「お前ってほんと脳筋だよなあ。カレンさんがいなかったら魔王軍ヤバイんじゃね?」

否定できない。完全にミリの余裕もなく否定できない。

アルノは力こそ全てだし、魔族の兵たちもアルノ以上に脳みそが筋肉だけで出来ている。おかげでハルが能力を使わずとも勝てる戦いがいくつもあり、それによって人族が辛うじて魔族相手に拮抗できているとも言える。


「カレンさんに感謝しろよ」

が、そこまで言われて黙っていられる吸血鬼ではなかった。

「おい待てハル。何でお前、カレンはさん付けで私は呼び捨てなのだ」

「は?いやそりゃお前……何となく?」

「納得いかない」

「何言ってんだよ」

「納得いかないのはいかないんだ!」

「いやいや、だってさ、知らない相手なんだぜ?お前の話に出て来るからってだけで実際会ったことないわけだし、そもそも俺より年上なんだろ。ならひとまず敬意を払ってさん付けくらいするだろう」

「はあ?!なら私は!私はカレンより年上だぞ。敬意を払え!」

「いや本気で何言ってんだよ。何が悲しくて殺しあう相手をさん付けで敬意払わなきゃならんのだ。つか一度マジで殺されかけたし」

「お前だって私を殺すつもりで来るだろうが」

「そりゃ戦争ですしおすし」

「おすし?前に聞いたあれか、食べてみたいなぁ……」

魚好きなアルノが思わず単語に飛びつく。


以前ハルから聞いた料理。

新鮮な魚を下ろして酢飯に握って食す。実に美味そうだ。

意識がそちらへ吹っ飛んだせいで、語尾に素が出てしまっていることにも気がついていない。

「それは関係ないんだが……まあ話題も逸れたしいっか。お姉ちゃん、今日のオススメなに?」

寿司を妄想してだらだらと涎を垂らす魔王軍司令官をよそに注文しようとするも、まずは隣のだらしないのを正気に戻せときつい目線を投げられる。確かにこの店には魔族も来るし、その軍のトップがこれというのもマズイだろう。相変わらず気の利く嫁さんだ。

「おいアルノ、いい加減帰って来い」

「はっ、何だハル、寿司を食わせてくれるのか」

「いや何でだよ。ていうかお前、そんなに寿司食いたいの?」

「もちろんだ」

そうか、と大将に目線で問うと黙って首を横に振られた。

やはりこの街で食べるのは無理そうだ。

「あ、そうだ。今度ザーウィヤにでも行くか?確かあそこに寿司に似た飯を食わせてくれる店があったはずだが」

いち兵士だった頃、ヴェセルに連れて行って貰ったことがあった。だいぶ昔の話だから、未だに営業しているかどうかはわからないが。

「なに?!寿司か、寿司を食べられるのか」

魔王国は北に山脈、南に海を抱えているが北の山脈を越えるのは一大事業になる険しさだし人族の領域よりも南にずれて位置しているので、南に漁港はあっても鮮度と温度・湿度の関係ですぐに日干しにするか煮炊きするかで、大雑把で不器用な彼らは寿司のように繊細な食の在り方を知らない。

そのため再現させようと思ったのだがフルドラ民にすら理解されなかったのだ。

諦めていた寿司の可能性に、思わず理性が弾け飛ぶアルノ。


「やー、寿司かー。楽しみー」

美少年がうっとりとした目つきをしているので、その気配をいち早く察知した背後のテーブル席にいた人族の腐女子がハルも驚く動きで振り向き、ギラついた視線を向けて来る。

「こわ。こっちでも腐女子こわ。おいアルノ?お前なんか妙だぞ」

が、どうやら腐女子センサーはアルノの本当の性別をしっかり見分けたらしい。急速に興味を失って視線を戻したが、その理由もわからない鈍いハルは色々とビクつきものだ。

「はっ、何だハル」

「戻ったか。いや何だか変だったぞ、口調も女っぽかったし」

「あ、あー、そうか?そんなことないとおもうけどなー」

「なぜ棒読み。まあいいや、で、そんなに寿司食べたいなら食いに行くか」

「もちろんだとも。で、何時に集合だ。ウル・メラビオの辺りで良いか?」

「この食いつき。てか何時かってお前……まさか明日行こうとしてるんじゃないよな」

「ダメか?」

「ダメだろ。仮にも魔王軍司令官が明日すぐにでも寿司食いに行こうとか正気と思えんぞ。あとどうでも良いけど寿司じゃなくて正しくはシースな」

いやでも待てよ、とハルはこの先のカレンダーを思い浮かべる。


そろそろ秋の休戦期間に入る。

人族と魔族の領地を隔てているのはセーガル河であり、その河川域一帯が係争地であると言って良い。取ったり取られたりをまるで何かの行事であるかのように繰り返しているため、略奪や破壊はお互いにしないし住民も慣れっこになってしまっているが、さすがに年がら年中それでは兵も住民も大変だ。

そこで二十年前に春と秋、年末年始と年三回の休戦期間を設けることにしたのだ。

春の種蒔きを台無しにはできないし、秋の収穫期に作物を駄目にすることもできない。年の区切りはこの世界でも大事にされているから家族と過ごすことが多い。

どれもハルやアルノには無関係だが、彼ら二人だけで戦いをしている訳ではないのでこういった配慮は必要だった。

その年三回のうち、秋の休戦期が来週からだ。三週間もあればセーガル河支流であるヤルムーク川を南へ下り、河口の漁師町ザーウィヤへ行って寿司、いやシースを思う存分楽しんで帰ってきても余裕がある。その間、「夜に鳴く鶏亭」のジャルナ揚げをはじめとした料理を楽しめないのは残念だが、気分転換にも良い。

もういい加減くたばりそうなヴェセルに最後の晩餐をさせてやっても良いし、アルノだってカレンを慰安に連れて行きたい気持ちがあるだろう。


軍事行動以外で旅行など数えるほどしかしたことがないハルは、年甲斐もなく浮き足立った気分になる。と言って、さすがに明日からというのは無理だが。

「明日からってのは無理だが、来週からならどうだ」

「来週……むむ」

「それくらい妥協しろよ。暇なお前と違って俺は忙しいんだから」

「誰が暇か。まあ仕方ない、妥協してやる」

「なにその上から目線。言っとくが案内するの俺だからな。あと人族の街なんだから絶対フード外すなよ」

「わかっている」

本当にわかっているのか甚だ不安だが、人族でいうところの精神魔法をハルの黒檜どころではないレベルで扱うアルノだ、最悪精神魔法で何とでもなるだろう。

問題は、

「ヴェセルを連れて行こうと思うんだが、お前もカレンさんを連れてきたらどうだ」

そう提案したハルに、突然圧倒的殺意が襲いかかる。後ろでは悲鳴とグラスの割れる音がしているし、外では犬がきゃいんきゃいんと泣き喚いている。

ハルはともかく、そんな中でも平然とフライパンを振っている大将はさすがだが、

「おいこのバカ魔族。殺気を仕舞え」

がつん、とフードの上から小突くと、さすがに周囲の状況を見渡して申し訳ないと思ったか、アルノは噛み付くことなく殺気を納めて小さくなった。


「あーえっと、大将に奥さん、済まなかった」

彼らはまったく動じていなかったが、店の惨状を見て素直に謝罪を口にする。料理台に向き合ったまま手を挙げる大将の度量に感謝しつつ、ハルは呆れたようにアルノへ向かった。

「お前なあ……ほんっとお前、そういうとこな」

「うぐぅ」

「そんなだから脳筋って言われんだよ。ていうか、今の流れで何に怒ったんだお前は」

「いや、お前がカレンに魔手を伸ばそうとするから」

「するか!んなこと言ってねぇわ」

確かにハルはそんなこと言っていない。素振りも見せていない。

唯一の眷属で同族だからか、カレンに他種族が接触することを異様に警戒するのは悪い癖だ、と自省する。


「で、カレンさんは大丈夫なのか」

「何がだ」

「角生えてたり肌が褐色だったり毛深かったり」

ああ、と頷く。

「大丈夫だ、私の眷属だからな。外見的な特徴はむしろ私より人族に近いと思って良い」

「なら隠す必要すらないか。こそこそしなきゃならんのはお前だけだな」

「言い方。まあ、そんな訳だからいつ出発する」

「だから気が早い。さっきの俺の話聞いてた?ねえ聞いてた?」

「えーと」

「来週。秋の休戦期間だろ」

「ああそうか。なら来週早々、7時にウル・メラビオだな」

「いや場所や時間までは指定してないんだが……まあ出発地点としてはちょうど良いか」

メラビオという地名一帯の、ウルつまり川沿いだからヤルムーク川との合流地点にも近い。

「ザーウィヤまで三日、馬でいいか」

「構わん」

アルノが乗馬可能なのは当然なので、カレンのことだ。

むろん眷属としてアルノに随伴できる乗馬技術は習得している。

乗馬、と言っても魔馬だが。

「馬はこっちで用意しといてやるから、遅れるなよ」

そう言って、やれやれやっと話がまとまったとジョッキを手にしてようやく、ハルは今日はほとんど口をつけていないことに気づいた。


まったく、魔族司令官は面倒くさい。

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