須和真保さんはスマホが恋人!

はっきりしてくださいよ! 須和真保さん! 貴方は僕とスマートフォンのどっちが好きなんですか!? スマートフォンで紡がれるドタバタ・友情・青春ラブコメ!
夜野舞斗
夜野舞斗

故意はスリル、ショック、サスペンス(裏)

公開日時: 2020年9月2日(水) 12:27
更新日時: 2020年9月28日(月) 00:28
文字数:3,179

 いよいよ体育の時間が始まる。運動が苦手でも得意でもないけれど。張り切っていこうというのが私の考えだ。深呼吸で自分の気持ちを整え、準備運動で体を柔らかくする。

 それから、レッツマラソンだ。男子は学校の外周を八周。女子は四周、走らなければ、だ。

 そんな中、隣で走っている友人が私を追い越し、話し掛けてきた。


「真保、朝は大変だったねぇ」

「えっ、朝?」

「ほら、真保のスマホがたまたまあの変態男に当たっちゃったじゃない」

「ああ……あれだね」


 あの時のことは本当に反省している。

 架空請求にSNSを通じた誤解の数々。様々なトラブルに遭って、もう絶対に気を付けると思った最中。今度は物理的にトラブってしまうとは思わなかった。

 

「ずっと、下向いてたけど、そんな気にすることじゃないよ。アイツ、タフだし。人間やゴキブリが絶滅しても、生き残りそうというより、アイツが原因で全滅しそう」

「まあまあ、アイリちゃん。そこまで悪く言わなくても……」

「言った方がいいのよ。だって、そのせいでずっと真保、しょんぼりしてたじゃない」

「しょ、しょんぼり……」


 今日は全く悲しい気持ちになんてなってはいない。だからアイリちゃんが何を言っているのかが分からなかった。


「だって。ずっと机の方を向いてたじゃない。スマホがなくても……」

「あっ、それは……それはそれは」


 体の温度が一気に高まっていく。それは……ガラくんのせいだ。ガラくんが興味津々に昨日の話をしてきたから、恥ずかしくなって顔を落としたのだ。

 もし、ガラくんがアイリちゃんだったら、顔を下に向けてはいなかった。彼女の顔を見ていて、照れるなんてことはあり得ない。


 そんな私の気持ちをアイリちゃんに吐いてしまえば、楽にはなれたはず……。


 しかし、冷やかされたくない。その事実をパッと打ち明けるわけにもいかないのだ。

 アイリちゃんは噂に敏感で話すことが生きがいなのである。もし、私が秘密を伝えたとして。ふとした拍子で私の秘密を誰かに漏らしてしまうかもしれない。

 だから……私がガラくんを好きだという事実はまだ知ってもらいたくない。二人の絆が完璧になる時まで、そっとしていてて!


「それは……?」

「そ、それは……夏休みの宿題が終わってないのがまだあったから、どうしようかなって考えてたのよ」

「夏休みの課題って恋人作りのこと?」

「ぎゃうっ!?」

「大丈夫?」

「な、何でもない……! ごほごほ……」


 とんでもない反応が返ってきたがために、驚きのあまり変な声を出してしまった。学校の周りを歩いていた老人に変な眼で見られたので、一応咳き込んで誤魔化しておく。

 で、問題は夏休みの課題についてだ。私、そんなもの全く聞いてないよ!?


「で、真保。できなかったの?」

「えっ!? 学校でそんなの出るの!?」

「出ないに決まってるでしょ! そうじゃなくって! 夏休みにやり残すことと言えば、そういうもんじゃない? 真保、課題はきちんとやるタイプだから」

「あっ……そっか」


 下手に嘘をつくとバレる恐れあり、と。気を付けないとなぁ。

 アイリちゃんは走りながら、首に手を当てる。


「分かんなかったとことか、できなかったとことかさ……真保に聞こうと思ってたんだよね……」

「あ、それなら大丈夫だよ。私、だいたいやってきたから! できてないのは、そんなない! たぶん!」

「あっ、なら、良かった! 真保は優等生だねぇ」

「そう?」

「あたしなんて、分かんなかったところ、ほぼだからね」


 ううむ……夏休みの課題、そこまで難しかったかなぁ。いや、一応私と彼女は同じ高校。偏差値は同じはずだ。となると、単に彼女は難しかったのではなく、やっていないのではないか。


「あはは……まさか、ね」

「凄いよねー。真保」

「アイリちゃんの宿題全部やってないから見せてもらう気満々の神経の方が凄いわ」

「えっ?」

「あっ!」


 つい、毒舌が声に。「ご、ごめん!」と言うも、彼女はそんなことも聞かず、可愛く高笑いを始めていた。何か、怖いこと考えてないかなぁ……?


「真保って、時々黒いこと言うよねぇ。まっ、そこも好きなんだけどさ」

「あ、ありがと!」


 良かった……。

 そんな安心した時だった。校門から女教師、現る。


「おいそこっ! 喋ってると走る距離増やすぞ! 特にアイリ。お前が話し掛けたんだろ!」


 体育の女教師がアイリちゃんに怒りを向けていた。「あっ、そこは私も話してたから堪忍してあげて」と弁護しようとしたのだが。アイリちゃんはただただスピードを上げていた。


「やべっ! じゃっ! あたし走るから! 真保も速く来てね!」

「う、うん!」


 女教師はアイリちゃんが去ったのを見ると、ふんと鼻を鳴らして校門の方へと戻っていく。アイリちゃん……あの先生に何か怒られるようなこと、したのかなぁ。


 体育着やとび縄の度々の忘れ物。

 女教師へ「顔はいいけど、男勝りの独身OL女」の渾名。

 保険体育の授業で「健康とは何か」に対して、「国語の教科書に出てくる法師のことですよね!」の大喜利的回答(ちなみにそれは兼好法師。そして、正しい答えは「心身共に衛生的で健やかな状態のこと」だったはず)。


 そりゃあ、怒られるわ。

 彼女の行動に苦笑いしてから、私もスピードアップ。

 走るのが少々辛くなってくる。息切れがして、汗もだらだら。この時のために私は秘密兵器を用意していた。

 その名も髪飾り型音楽プレイヤー。麻酔銃の出る腕時計と同じ位便利なのが、頭の中についている。一見丸くて髪をまとめる丸い髪飾りに見えるだろうが。

 実は、ここでスマホが出す音源を受け取れるのだ。スマホは今、教室でこの髪飾りに電波を送っている。そこからピピピと受信して、小さな音量で歌を流しだす。

 スマホは好きな歌を集めた動画をリピート再生していて。髪飾りについている小さなボタンを押した今、受け取ったのは疾走感のあるアニメソングだった。

 足も自然と速くなる。


「誰も気付かない私だけのBGM……ふふっ!」


 『お前はまだまだできるぞ、馬鹿野郎』って歌詞がまた最高。聞き手を罵倒しながらも勇気をくれる。

 頭の中に熱い闘志が沸き上がり、爽快な気分で満たされた。そんな素敵なものを私以外、誰も聞いていない。男子もえっさほいさと苦労しながら走っている。

 ふと、ガラくんの姿が見えた。人から遅れて、ヘトヘトになっている姿はカッコいいと表現するよりも可愛いと言わせてもらいたい。小さい声で彼の耳元へ近づいて、応援しようとした。それと……叫びたいことと頭の中で再生されている音楽が相まって……!


「可愛いリボン塗れにされたくなかったら、走れやボケ!」


 悲劇は起きた。


「あっ……はい……! うぉおおおおお!」


 彼は酷くゆがんだ表情で苦しみつつも、走り去っていく。

 あれ……また変な言葉使っちゃった……!

 「頑張れ」って言おうとしただけなのに。どうして……!? 確かに「頑張れ」も言えない位に照れていた。胸の鼓動もテンポがおかしくて、気持ち悪かった。

 ……でも、そんなことを何で言ったのよ!?

 運命は後悔する私に追い打ちをかけた。


『さて、今から紹介するのは私がモテた方法? 太った私が彼を見返した話!』

「えっ!? あっ……!? 何っ!?」


 やばい。音楽から広告に変わっている。しかも話を聞くに、超長い。こんな自慢話、マラソン中に聞いてられるか!

 そう思い、髪飾りのボタンを押そうとしたのだが。つるっと滑って髪から抜けていく。そのままコロコロと地面に転がって、私がしゃがもうとする前にどぶの中へとポトリ。


「うわぁあああああああああああああああああああああ! 私のスピーカーがぁあああああ! あれ幾らしたと思ってんのよ! 返しなさいよ! って、私誰に言ってんのよ! 全部自分のせいじゃない! ……うわぁあああああああ」


 地面にへたり込んで、悲鳴と唸り声を上げたためか。情緒不安定になった私は一周差をつけたアイリちゃんによって、保健室に運ばれたのであった。

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