彼女が僕とスマートフォンの契約をしてから一晩が経つ。真保さんよりも先に教室につき、今日はどんなことを喋ろうとかと考えていた。こんな妄想をするだけでも結構、楽しい。
最中、スマートフォンを片手に隠し持って真保さんが教室に入ってきた。
「おはよう」
「あっ、おはよ!」
僕が声を掛けると、彼女は夢中になっていたスマートフォン視聴をやめて顔を上げてくれた。それから少しすると、また顔を伏せてしまう。余程、スマートフォンのことが好きらしい。
だから、彼女も知っているとは思うが忠告しておいた。
「先生に見つかったら没収だよ。下手すると、一日返して……いや、学校に持ってくんなって言われるかも」
「まぁ、そこは見つからないよう。うまくやるから、心配しないで!」
うまくやるから……か。その言葉は真保さんなら信用していいと思う。昨日の誤送信チャットがなければ、の話だが。
「結局、あの不思議な人格は何だったの? 僕、凄い気になってるんだけど……」
「あっ、そ、それは……それはそれはそれは……」
「ん?」
あっ、慌てすぎたのか、彼女は自分のスマホを勢いよく横にスライドさせる。そして、隣の席にいた男子の腹にクリーンヒット。効果は抜群だ。彼はぐらっと椅子を揺らして、そのまま体を倒す。ぐったりとしたまま動かない。
「ええと……それはね。そ、そう。読んでた小説で出てきた笑っちゃうような文章をコピペしてて、つい、送信画面に貼っちゃって誤送信! えっと、まあ、笑っちゃうね!」
「いや、笑えねえから! 今ので一人犠牲者出たぞ!? おーい! 目を覚ませ!」
真保さんは何故か分からないけれど、自分が殺人を起こしかけたことに気付いていないし。被害者は被害者で眼をぱっちりと開けたかと思えば、真保さんに向けて「いい、一撃だったぜ!」とグーサインをして眠りこけていった。
ボクシングじゃねえんだぞ!
クラスメイトが何かこそこそ話しているのだが、聞くのはやめにしよう。分かってる。きっと、真保さんのスマホ依存症がついに犠牲者を出したとでも噂しているのだろう。
倒れた男子はそのまま椅子に座らせて。某眠りの名探偵みたいな恰好にしておく。たぶん、これなら一時間位気絶してても先公は気付くまい。それよりも、と素早く真保さんのスマホを回収した。
これが原因で真保さんがスマホを没収されたら、僕と彼女の関係は終わってしまう。何せ、スマホのことで話したり、喋ったりしようと言ってるのだから。縁を繋ぐためにも、スマホでトラブルがあったなんてこと、バレてはいけない。
ただ、そんな僕の考えを嘲るように困難は訪れる。招待しているのは、真保さんだ。
一時限目の国語。バレてはいけないはずなのに。ふと後ろを向いた瞬間、彼女は体を伏せて、こそこそとスマホをやっていた。ネット小説を読んでいるらしい。
今は先生が教科書の板書をしている状態に加え、僕の体が彼女を隠しているのだから良いのだ。今は、ね。
初老の女教授が板書を終えて、こちら、僕達生徒の方に向く。
「夏休み明けでだらけてないかぁ?」
この後、彼女が何をするのかクラスの誰もが分かっている。教室の中を歩き回る。そして板書した教科書の内容をノートに写してあるのか、一人一人のノートをちら見して確かめてくるのだ。もし、やっていなかったらくどくどくどくど嫌味を言われるのが僕達の常。
真保さんもそれを察知したようで。スマホを机の中に隠したのはグッドだが、問題がある。板書をノートに……そう考えたが、真保さんはそれも考えていたのではないか。
なら、板書も……なんて思っていたが、彼女のノートは真っ白。どうやらネット小説の内容に頭がいっぱいになってたようで。
「真保さん……ヤバいじゃん……」
そう彼女に囁くと、僕に縋り付いてきた。
「そうなのよ。どうしよう……!」
「自業自得だ……」
「ええ……! 次からはバレないようにするから……!」
仕方ないと思ったのだけれど、何か可哀そう。次からはしっかり板書をするというのであれば、手を貸そう。僕は勇気をもって、こっそり板書のページを破り取った。
「よし……」
「えっ、ガラくん、それくれるの?」
「あげれないよ。これあげて真保さんが書いたことにしても、字の感じでバレるでしょ……真保さんもっと字が綺麗なんだから」
「そ、そうだよね……じゃ、何で?」
それだけではない。他のページもわざわざ切り取っていく。
「時間稼ぎ……だよ!」
そう。これで、先生が来たところを狙ってノートを落とす。
「あっ、うっかり落ちちゃった……!」
「何をやっているのですか……?」
更にノートのページがバラバラと落ちていくのだから、これは先生も拾わなくてはならない。少々目立ち、クラスの好奇な視線も受けるのだが。計画は順調なのですべて吉幾三である。
「すみませーん!」
「いや、って……何でバラバラになってるのかしら……」
「あはは……ノートの糸を引っ張ってたら、しゅってとれちゃいまして」
まあ、わざとだけどね。
「仕方ないわね。で、どれ、やった板書は……?」
「えっと、今、先生が踏みそうになってるやつじゃないですか?」
「えっ、ごめんなさい。これのこと……?」
「そ、そう。それです!」
取り敢えず、超くだらない会話をしてやったのだ。真保さんはそのおかげでどうやら、先生に見せれる位のノートにはなったらしい。
「あら、ここ書いてないじゃないの」
「ああ……そうだ。今、書きます!」
真保さんは先生にバレないよう、こちらに手を合わせ、「ありがとう」という言葉を使わずに感謝を表現していた。やっと一息と思ったところだった。
もう今のような迂闊な真似はしないと思っていた。
スマホ中毒を舐めていた。
「では、真保さん。ここを読んでください」
普通の授業を再開した先生からの言葉で真保さんは教科書を持って、立ち上がる。
「そうか。ふんふん……『そうかそうか、つまり君はそんなやつだったんだな』……ええと」
間近で見るから分かる。この眼の動き方、教科書の文章を読みながら、スマホを見てやがる……! 開いた口が塞がらず、そこから「うげげげげげげげ」なんて珍妙な声を漏らしてしまいそうになった。
いや、そうかそうか、つまり君はそんな奴なんだな……僕のセリフだよなぁ。
休み時間が始まった後に真保さんへ相談する。
「やりすぎだよ……真保さん。前もよくこんな感じで生きてきたねぇ。僕だったら、一回の授業で十回位はスマホ没収されてると思う」
「そんなにスマホ持ってかれたら、先生の方も授業になんないね!」
「授業になってないのは、真保さんの態度だからね!?」
彼女はそう言われて「てへっ」と笑顔で流す真保さん。性悪女でも笑顔が純粋なら、許せてしまう。僕のバカ。もっと厳しくなろうよ……とは思うのだ。
と言っても、まあ、次の時間は体育。まさか、彼女は体育の途中でスマホを使うのかと思ったが。彼女は体操服を持って、着替え室に行ったし。ここにはスマホがちゃんと残されている。
あはは……流石にそんなことしないか……!
「おーい! 早くしようぜ! ガラ!」
そんなことを考えていたら、朝の犠牲者が僕に声を掛けてきた。
「おいおい、お前も真保さんと同じ呼び方かよ」
「いいじゃん。そっちの方が呼びやすいんだよ!」
「まっ、いっか……はぁ、でも少し憂鬱だな……マラソンの練習だろ?」
「いいじゃねえか! 女子も一緒にグラウンドを走るんだし。真保さんの胸も揺れるんだぜ……」
「そ、そ、そ、そ、そ、そ、それをお前が言うなぁ!」
「何マジになってんだよ」
「あ、じょ、冗談ね……あはは」
「俺はロリ系一筋」
「あはははは……地獄に落ちろ。真保さんの方が魅力的だ」
談笑して、去っていく。二時間目も三時間目も何もないよね。きっと。
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