「ねえ、ガラくん! 私、ずっと前から思ってたんだよ」
とても冷たい空気の中、真保さんは語り出す。
体育館裏の誰もいない場所に僕を呼びだして、話すことと言ったらもう決まっている。僕は震える体と心を気合いで押しとめるも、期待で目が輝いてしまっている。
しかし、こんな僕の不遜な態度で真保さんに「あっ、告白する前に期待する男なんて最低だわー。好きだったけど、今萎えたわー。じゃあねー!」とか言われたらどうしよう。サングラスか、アイマスクみたいな不審者コスをしてくれば良かった……! それはそれで彼女を驚かせちゃうか。
じゃなかった。今は、真保さんの告白を聞き逃すことのないよう、しっかり受け取らなければ。勇気ある告白を「あっ、ごめん。今聞こえなかった」なんて言って、二回も喋らせるなんて男が廃れてしまうであろうから。
「す、す、す……スマートフォンが大好きなんだよ!」
あれ?
「……へっ、ごめん。今……何て?」
「な、何で……何で聞き逃すのよ! お馬鹿さん! 私はちゃんと言ったじゃない! スマートフォンが好きなんだって!」
しまった。あまりに緊張していたためか、彼女が必死に考えた言葉を「スマートフォン」と聞き違えてしまった。こちらも勇気を出して聞き返してみる。
「え、えっと、ぼ、僕が……」
「そ、そう! 大好きなのよ! 三度の飯よりね!」
……どうやら、三度の飯より好きな物と言えば……スマートフォンなのだろう。ああ……そっか。やっぱ、ダメだったか。そうだよな。従来ぼっちな僕なんかがもてるわけないし。
しかし、分かっていても悲しい。何、この屈辱的な展開。何で体育館裏に呼ばれてまで、スマートフォンに対する愛を語られなければならないのか。
「好き」の告白だと思い込んでいた僕の卑しい妄想。恥ずかしくて、顔が熱くなっていく。誰か。今、私の願いごとをかなえてくれるのならば、翼をください。その真っ白な翼で太陽まで飛んでいきたい。
そう悔やむ僕の肩に彼女は、正面から手を置いた。
「ちょっと! ガラくん! 話は終わってないんだから、顔を下に向けないで! 私の眼を見てよ!」
「あっ、はい!」
彼女は少しだけ間を空けると、僕をここに呼んだ本当の目的を口にし始めた。
「スマートフォンが好きなんだからこそのお願いなんだよ。ガラくん! 私の完全犯罪の手伝いをしてもらえないかしら?」
「ん? え? 何? 完全犯罪!?」
……そうか。だから、誰もいない体育館裏で秘密の取引をしようということになったのか。完全犯罪ならあり得る……。あり得ちゃいけないだろ、この場合。
「そう! 完全犯罪を!」
「何で僕を完全犯罪の片棒にするんだよ。非常に残念な人選ミスだ! もっといい奴いただろ! 僕、絶対ミスるよ! 証拠残すよ!」
「そんなこと言われても困るの。君じゃないとダメなのよ。そこ分かってる?」
「何か説明されてる前提だけど分かんねえよ!」
「あっ、そっか。言ってなかったか……最初の前提を確認しよう! 今日の席替えで運良く、私の席はガラくんの後ろに来たのよね!」
その前提からでは、何をしようとしてほしいのか分からない。ただ、スマホ好きという彼女の話し方からして、嫌な予感しかしない。
背中がもぞもぞする……。
「ガラくん。授業中に私の盾となってほしいの。先生に見つからず、スマホをやれるように……!」
「そ、それが理由かぁ! それだけが目的で僕をここに連れてきたの!? 教室内で『放課後に二人だけで話したいことがあるんだよね。来ないとやっちゃうヨ!』って脅迫までして!」
「そ、そんなに興奮しないで。そ、そうだよ! あっ、でもあれ脅迫じゃないよ! あれは単なる頼み事なんだよ!」
「凄い殺気を放ってた気が……気のせーか」
「そうそう! 気のせい、木の精! 森の精!」
詳しいことを考えてみると、一応彼女が懸命に考えて立てた作戦らしい。「学校内でスマートフォンを使ってはならない」。そんな決まりを破り、意気揚々とスマホをやり出す須和真保さん。
彼女がどれだけスマートフォンに依存しているのかはよく分かる。前に授業中、彼女の席をちょろっと見た時だが教科書にスマホを隠して、遊んでいた。スマホを傾ける系のゲームみたいだったが、よくバレずに遊べていたなよなぁ……と今更ながら彼女に感心した。
「ええと、確か、真保さん。確か、昼休みもトイレに入ってずっとスマホをやってたよね」
「えっ、女子トイレ……覗いてたの?」
しまった。呟いた言葉であらぬ疑いを掛けられた。
「違う違う! 真保さんがスマホを大切そうに隠し持って、トイレに入ったきり昼休みが終わっても帰ってこなかった時あるし。たぶん、女子トイレでずっとスマホをやってたのかなって思っただけ」
「そっか! 危うく勘違いして通報するところだった……」
「そんなことしたら、道連れにするからね。チクるからね」
「いやぁ。それはダメだよ! 風紀委員や先生には言わないでー!」
彼女は自分が学校の中でスマートフォンが使えないことに対して困るのか。だいぶ焦った様子で頭を下げて、僕に頼み込んできた。
まぁ……言わない。彼女のことを教師に伝えても、別に得することはないし。風紀委員が語るような善なんて僕にはできないし。
それよりも彼女に協力した方が、少しは楽しくなるのかもしれない。スリルがあるから……ね。授業中の退屈しのぎにはなるだろう。
「分かった分かった。協力するよ。この大きい体を役立てればいいんだろ?」
「そうそう! 分かってるじゃない! 上出来よ! 私を隠して! で、ちょっといいかな……かなぁ?」
「ん? どうした?」
「それでさ、そのお礼に色々と楽しいこと、教えてあげよっかな」
「楽しいこと?」
頬をちょっと掻きながら、聞いてみる。きっと「スマホのこと」で間違いないと思うのだが。
「スマホの裏技だよ! 持ってるスマホをどう役に立たせれば、この下らない人生を薔薇色のものにできるとか」
「下らない……人生……」
「今後もっと楽しく遊べる方法を私が教えてあげる!」
少し遅れてから、僕は「ありがとな。お願いする」と了承した。
愛の告白自体はなかったけれど。この展開はこの展開で良かったのかもな。と言うか、目的が何であろうとも……学校一の美少女(理由は短い黒髪と首のほくろがチャーミングなのと、時々口から見える八重歯が魅力的、胸の大きさで男子共に夢を与えているなどなど様々なものがある)とも呼ばれている真保さんに体育館へ呼び出されたこと自体、幸福なことなのだ。
他の人に知られたら……うん、他の非童貞仲間が今の状況を認知したら、間違いなく八つ裂きにされる。がっかりしたなんて事実を知られたら、学校の四階からパラシュートなしのスカイダイビングを楽しませていただくことになっていたであろう……あいつらと早く縁切った方がいいよなぁ……?
まっ、いっか。これから後ろの席と過ごす真保さんと僕の生活が途轍もなく楽しみだ。少し大変なこともあるだろうけれどね。
そんな中で、彼女に「好き」って言ってもらいたいな。彼女の笑顔は素敵だし。行動はおっちょこちょいなところがありつつも、頭が良くて……。
天然だからなのか、時々毒を吐くところもあるけれど。ま、まぁ、そこはたぶん、問題なし!
「真保さん。僕、頑張るからね」
少々、無茶苦茶な妄想を考える僕には彼女の心中など、全く知る由もなかったのであった。
「何で、ガラくんの前だと自分の言葉を全部、全部偽っちゃうのよ! 私のバカ―!」
ということでここから書き記されるのは、私の裏。須和真保は言いたいことが何も話せない小心者なんです。
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