サブタイトルどうしちゃったの?
銀の歌
第33話
夜の街並みを眺めから、ゆっくりと歩いていた。夜の街は、昼とはまた違った顔があって、昼までの賑やかな時間が嘘のように静かだった。
「そろそろ下ろしてもらっていいよ。ドルバ」
わたしは未だドルバにおぶられていた。
「ん? ああ。そうだな。起きたことだし、降りてもらうか」
ドルバはわたしを地面に下ろす。
「ありがとう。ドルバ」
「気にすんな」
いっぱいお昼にはしゃいでしまったので、もうあまり元気がない。心の中ではまだまだ動き回りたいと考えているのだが、言葉に力が入らない。
元気のなさが分かられてしまったのか、トーロスさんに声をかけられた。
「そうだ。まだ時間はある? セアちゃん」
「なんですか?」と返すと、トーロスさんはくすりと、いたずらっ子のような微笑を湛えて言った。
「お風呂に行かない?」
少しの空白の後わたしは呟いた。
「……お風呂?」
✳︎
脱衣所で衣類を脱ぐ音だけが静かに響く。
「セアちーって意外とあるんだ」
「そうなんですか? あんまりよく分からないです」
「十二? 十三? でそれならそこそこだよ」
上半身に何も身に付けていない、下着だけを履いた少女が、うんうんと納得しながらうなづく。
「でもミーちゃんの方がない?」
「年の差? 多分年の差だね〜」
満足げに「むふー」とミーちゃんは鼻息を漏らした。正直言ってその振る舞いは、年の差をあまり感じられない。だけど年の差、それは確かにあるかもしれない。
ただそれで納得してしまうと、一人の犠牲者を出すことにもなる。
会話に参加してこないで、あせた色の布で、胸元を隠す女性をちらと横目に見る。
「…………何かしら?」
見られてることに気づいたのか。訝しげな目で尋ねてくる。それに対するわたし達の返答は決まっていて。
「「いや、別に」」
「何かしら?」
「「いや、ほんと、マジで、別に」」
二人して顔をそらす。気の毒でみていられなかったからだ。あれは最早、どのくらいの大きさとかそういう話じゃない。あるのか、ないのか、そこまで話の内容を下げてあげる必要がある。
「これが絶壁……」
ついつい小声で呟いてしまう。聞こえないだろうと思ってのことだったが、しっかりとトーロスさんの耳には届いてしまっていたみたいで。
「悪かったわね!!」
顔を赤らめたトーロスさんに怒鳴られた。
✳︎
「さぁ二人とも。どうやら先客もいるみたいだし、お風呂場では静かにするのよ」
トーロスさんは脱衣所の籠を見ながら話す。籠は全部で五つ埋まっていた。
「一番うるさかったのは、トーロスさんでしたけどね」
「うぐっ……」
邪気のない顔で、邪気のある言葉を伝えると、トーロスさんは胸を押さえて、苦悶の表情を浮かべた。言った後に、流石に悪いことを言ったかなと反省した。
「トーロス剣兵長の事情も考えなきゃダメだよ。セアちー。なんでもそうだけど、年下に負けたら悲しくなるでしょ?」
「ごはぁーー!」
しかし、ミーちゃんにとどめを刺されてしまった。いたたまれず、トーロスさんから顔を背け、お風呂とやらに続く戸を開けた。
カーーン!
すると、むわぁーーと熱気が押し寄せてきた。だがそれは直感的に、熱い! と反射的に驚くような熱さではない。身体全体にまとわりつくような、包み込んでくるような熱さである。
カーーン!
これがお風呂……。見慣れない物がたくさん置いてある。中でも目を引くのは、奥に存在する、水が貯められた巨大な桶……? である。それがどんなものか気になって、調べるために近寄りたい衝動に駆られるが、そうするとどうしても、その桶とわたし達との間にある、人物に目がいってしまう。
木を支柱としてレンガが積まれたことによってできた壁を見る。その壁を見渡していくと、一部にヒビが入っていることが、すぐに分かる。そして、それは最近……というか今さっきできた物だと確信を持って理解できる。なぜなら。
「ミリアさん……」
「ん? なぁに」
「ミリアさん達が所属しているユークリウス班の中で、一番胸が大きい人って誰ですか?」
突然変なことを言ったので、疑問に思っただろう。しかしこの異様な光景を共有している、ミリアさんなら理解できるはずだ。それとあまりにも常識外れな出来事だったので、驚きで口調が前に戻ってしまっていた。
質問に対して、少し考えるそぶりを見せた後、ミーちゃんは答えた。
「んー。アスハ副剣士長かな」
二つののぷよぷよとした膨らみが、激しく揺れているのを目にしていた。
その膨らみを持つ女性は、小金色の髪と、褐色の肌を持っている。またその人物は、身体を隠そうなんて考えは一切ないようで、美しく統制のとれた身体を、惜しげもなしく晒して、手につるはしを握っていた。
カーーン!
浴室に硬いものを砕こうとする音が響く。
風呂場の戸を開けて、何をするでもなく佇んでいる。あまりの光景に思考回路が凍結しているのだ。そこへ馴染みのあるハスキーな声が届く。
「すいっませ〜ん! 今ここ工事中なんで、お風呂場使えないんですよ〜。悪いんですけど他のところ行ってもらってもいいですか〜!? ……と副剣士長はおっしゃられています」
副剣士長と呼ばれた人物は、こちらを見もせずに、壁に向かって一心不乱につるはしを振り下ろしていた。
「……んっ、はぁ……はぁ」
蒸し暑い浴場の中、苦悶の声を漏らす。しかし流れる汗は健康的で、どこか爽やかにも見えた。
「ラックル! 風銀(ふうぎん)と火銀(かぎん)を混ぜ合わせたものを私に渡せ。えっ? あっ、はい! 副剣士長!」
ラックルと呼ばれた人物ーーラックルさんは、手の中で大切に保管していた小箱を、慌てて副剣士長に渡した。
ラックルさんから、小箱を渡されると、それを見つめて副剣士長はニンマリと微笑んだ。そして次の瞬間。
ジジジジジ、ブォフブォフと、小箱の中から怪しげな音が出た。ーーまさか……爆発とかします?
その答えにたどり着いた時、褐色の女性はすでに投球の構えを取っていた。
誰よりも綺麗な、天使が歌うような透き通った美声が、浴室いっぱいに広がる。
「さぁ、いっけーー! 遥かな未来へ、レッツパーリナーーーイ!!!」
バシャア。
副剣士長ーーアスハさんが小箱を投げようとした時、彼女は頭から水をかけられた。その光景を前にやっぱりわたしは何もできず、ポタポタと褐色の柔肌を伝って落ちて行く雫を眺めていた。
なんかエッチだな。とかくだらないことを考えていたら、アスハさんは訝しげにこちらをギロリと睨んで呟いた。
「いったい……これはどういうつもりだ。トーロス剣兵長?」
わたし達とその女性の間には、トーロスさんが立っていた。水が入っていたと思われる小さな木の桶を携えて。
「そっくりそのままお返ししますよ……。何やってるんですか。アスハ副剣士長? そちらは男湯に繋がる壁ですよ」
わたしは既に、彼女達の関係を知っている。だからただ大人しく眺めていた。これは首を突っ込まない方がいいなと考えて。けれどわたしは理性で考えてることとは裏腹に、内心では、この状況を楽しんでいる自分がいることに気づいてしまった。
「セアちーも大分酷い人だね〜」
ミーちゃんが隣でなにか言っていたが気にしないようにした。
✳︎
男湯にて。
「うっほー! ひっさびさの風呂だよ! なぁシグリア!!」
むぁっと広がる熱気の中、片目の男は叫んでいた。あまりの湯気に前は霞んでしまっていてよく見えない。視界が悪いのをいいことに、周りの客の迷惑も顧みず彼は自分の所属も仕事も忘れて、休日の最後の時間を楽しむため叫んだ。
それに脱衣所に脱いであった服の数からして、今は風呂に人が少ない。たった一人ぶんしか無かった。だからこそ隣に立つ真面目な彼ーシグリアーも、あまり厳しくは咎めなかった。それでも呆れてはくるもので、ため息を吐きながら、片目の男を見据えて答えた。
「そうだねドルバ。でも少ないとは言え人はいるから」
人の良さそうな笑みを浮かべて相槌を打つ。咎めてはいるものの、シグリア自身ここ数日の疲れから、少しくらいなら羽を伸ばしてもいいのかもしれないと考えていた。だから彼は、そのまま会話を広げるために、あえて答えが分かっている質問をする。
「ラーニさんは何時頃来るんだったっけ?」
「んん? ああ、ちいと手間取ってるだけで、すぐに来るはずだぜ!」
打てば響くような返答を聞いて、不思議と心が軽くなる。豪快に話し、笑うドルバは、真面目に考え込みすぎてしまうシグリアにとって、ある種の安心剤であった。もちろん、あまり考えないで行動するドルバに、困らされることも多いのだが……。
「さっ! それよりもさっさと入ろうぜ」
「分かった、分かったから。そんなに急がないで、転ぶから」
シグリアは遠慮気味に笑って答える。
「転ぶかってーの! へへへ……へ?」
流石にんなこたぁしねぇよ。と言いたげな顔で笑う。しかしピタリとドルバの笑い声は止まる。幼馴染の普段とは違う態度に驚いたシグリアは彼に疑問を投げかける。
「ん? どうした急に?」
ドルバの隣まで気持ち早めに駆け寄る。そうして湯船に近づいたことで理解した。ドルバがなぜ、急に気落ちしたのかを。
「あっ」
そこにいたのは。
「「ユークリウス剣士長」」
第33話 終了
ちなみに、上半身につける類の下着は、まだこの世界にはなさそうです。
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