銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第96話 創世魔法②

公開日時: 2021年1月25日(月) 18:30
文字数:5,581

銀の歌




第96話



前回のあらすじ。

『創世魔法を使うために必要な触媒が分かったよ』


「さてだ。触媒が分かったなら、実際に創世魔法を発動してみようか」


「はい。でも実際にって言われても、どうやればいいのか……」


 アルトさんの話のこしを折るつもりはないが、これは聞かなければいけないことだ。

 そうするとアルトさんは、「ふむ」と顎に手をつけた。久しぶりに見た動作だった。


「創世魔法を使う際には、今まで話してきた通り、頭の中で行いたいことを創造する必要がある」


 アルトさんは「クリエイト」と自分の触媒である、文字通り魔法の言葉であるそれを呟くと、手元に剣を創り出した。その剣は最初にあの村で見てから、今まで何度も見てきたものだった。


「過去に居た、創世魔法の使い手の記録を見れば分かるんだが。通常、創世魔法の使い手には、創りやすい属性があるみたいだ。そしてそれは触媒から連想しやすいものらしい。

 俺の場合は剣……っていう訳じゃないけど、これが創造しやすい。お前にも、これだったら創れそうみたいな直感はないか?」


 創世魔法がそもそも謎多いものなのだろう。アルトさんの説明はふわっとした内容だった。でも言いたいことは分かったので、自分の中にそういう【触媒から連想しやすいもの、創造しやすいもの】がないかを探しに、自分の意識を心の奥深くに落とした。


 目を瞑って想うこと数分。瞼を閉ざした視界は暗かったが、自分の心に意識を傾ければ、そこにはたしかに灯りがあった。

 それをそっと取り出すように、摘み取るように。わたしはその灯りに形を与えるべく、頭の中で創造する。


「セア、ちゃんと触媒を使え」


 集中して、澄み切った思考にアルトさんの言葉は響いた。それで胸元の瓶をぎゅうと、魔法が成立することを願って握った。


「開いて」


 それは誰が言った言葉か、考えなくても分かることなのに、自分がそれを言ったことに気づいたのは、少しの思考の空白の後だった。自分が何を言ったか認識すると、頭の中の創造は、その時を待っていたとでも言うように、実際に熱量を持ち始めた。


 頭の中がとろけるように熱い。意識を緩めれば、思考がすべて融解ゆうかいしていくほど。

 でも意識は決して離さないように、必死になって、自分の中にあった物をより明確に想像する。


「よし、いいぞ。形になってきた」


 誰かの言葉が聞こえて来る。でも、目を瞑り意識すら自分の中に向けているわたしには、それが誰のものか理解することができない。

 頭の中の熱は止まることなく温度を上げる。脳髄がその熱に悲鳴をあげる。それでも形創ることをやめない、やめない、やめない。自分の努力が、ヘテル君の異業化が治ることに直結しているのだと、そのことを沸騰した頭でも忘れていないから。


 ジュウウという擬音すら聞こえてきそうな脳が、ある点を過ぎた所で、急激にその熱を下げた。まるで誰かに許されたかのように、その熱の下がり方は心地よいもので、思考の混濁に関しても、創ろうとした時よりも一層澄んでいた。


 はぁと、知らずため息を吐いた。


「おう、目を開けてみろ」


 アルトさんの声がかかる。その言葉に誘導されるように目を開けた。

 わたしの目線よりも高い位置、少し見上げる必要がある場所に、突然現れたそれは、儚くも綺麗だった。


 宙を舞うそれの正体は真っ赤な一輪の花。花びらが何枚か折り重なって出来ているそれは、そのままふわふわと自由落下で落ちていく。慌ててその下へお椀状にした自分の掌を差し出した。


 その花は掌へ落ちると、それ以降は揺れることもなく、ここが定位置だとでも言うようだった。


「アルトさん、これが」


 興奮して尋ねれば、アルトさんは何も言わずに頷いて、ヘテル君達は驚いた様子であった。


「その花は、イグニスか。いつだったかに見たよな」


「は、はい」


「お前はこれを想像から創造した。触媒を見た時点で予測してたが、これで確定だ。お前の創世魔法は、花を由来とするものなんだな」


 手の中にある赤い花ーイグニスーは、この世界に来て初めて目にした花だ。意味は確か【勇気】。


「創世魔法は慣れてくれば、誇大表現でなく、魔力が持つ限りは何でも創り出せる奇跡の力だ。今はまだ自分に由来するもの、自分の属性のものだけしか創れないだろうが。その力を育てていけば、お前のやりたいことも叶うかもしれない」


 アルトさんはそう言うと、人差し指を立てて、小さい炎をその先に創り出した。炎はアルトさんの意思によってだろう、すぐに消え去ったが。彼がわたしに見せてくれた可能性は、自分の中にしっかりと残り続けた。

 わたしはなんでもできるようになる。ならなきゃいけない。


「なんにせよ。これで本当にお前が、創世魔法の使い手だって分かった。ほとんど疑ってなかったが、それでも確定すると安心できる」


 アルトさんは肩の荷が降りたと言うように、わざとらしく肩をすぼめた。その動作がちょっとくさく見えたが、気にしないことにして、アルトさんの発言には「そうですね!」と賛同した。彼がうなづいたのを確認して、いよいよだと本題を尋ねた。


「てことは今から、この創世魔法の訓練ですよね!?」


 創世魔法を使うことに不安はあるが、実を言うとちょっとだけ楽しみでもあった。

 だってこの魔法を使いこなせるようになったら、アルトさんのように、なんでもできるようになる。もちろんヘテル君を助けるため、その目的は揺らいでいないが。それでも下心が出てしまう。


 そんなわたしに対するアルトさんの返答は、自分にとっては喜ばしくないものだった。


「いいや、今からお前が行うのは走り込みだ」


 斜め上すぎるアルトさんの回答に、目を丸くする。擬音が付くなら確実に【!?】である。


「な、なぜ」


 思った言葉は、自分が思うよりも素直に口をついて出た。今日だけで何度戸惑ったか最早分からないが、それでも驚くものは驚く。


「決まってる。魔法を使うと魔力もそうだが、気力も体力も集中力も失っていく。特に基本的な体力がなければ、創世魔法なんて何度と使えない」


「だから走り込みですか……」


「そうだ、諦めがついたか?」


 単なる嫌がらせではなく、その理由は意外にも説得力があったから、首を縦に振らざるを得なかった。しかし項垂れるわたしを見下ろすアルトさんは、嫌な笑みを浮かべていた。


「それじゃあ距離についてだが、最初だしな。軽めに行こう」


 アルトさんの言葉は優しげだが、この男、今もいやらしい笑みを浮かべている。さっきからずっと嫌な予感がしてる。


「昨日昼食を食った場所があるだろ、覚えてるか?」


「え……ああ、はい。なんか大きな岩があった所でしたっけ? 一様覚えてますけど、それがどうかしましたか」


 尋ねた瞬間、アルトさんの笑みはさらに深まった。なんなら今日一番の笑顔と言っていいかもしれない。彼はわたしの肩をポンと、軽く叩くと爽やかに言った。


「じゃあ、今日は取り敢えずそこまで走ってみようか。もちろん帰ってきてもらわなきゃいけないから、往復な」


「!?」


「場所に関しては街道をただ道なりに沿っていけばいいだけだから、迷うことはないだろうし。ちょうどいいだろ」


 すらすらとアルトさんの口から、わたしにとっては非常に嫌な試算の言葉が聞こえてくる。


「いやいやいやいや。おかしい、おかしいです! それはおかしいです!! だって、あんな、遠いですよ! 昨日は途中で止まったとは言え、それでもシーちゃんが何時間もかけて歩いた道ですよ。人間のわたしにできるわけないじゃないですか! いい加減にしろぉおお!」


 アルトさんが流暢に喋るので、口を挟む隙が全くなかったが、でも流石にこのままではまずいと、彼の喋りを遮って大声で言った。視界の端の方ではソフィーちゃんが耳を塞いでいた。それはちょっと申し訳なかった。


 と、そんなこんなしてる所に、意外な人から助け舟がきた。


「アルト……それは……」


 ヘテル君が割り込んで来たのだ。目の前にいるこの軟弱イキリオレンジとは違う。とっても優しい。


「ヘテル、今は……黙ってろ」


 だがヘテル君が口を挟んだのもつかの間、間髪入れずに、アルトさんは冷ややかに告げた。


「……!」


 先ほどまで呑気に話していただけあって、大きすぎる変化ではないが、アルトさんのその落差は、割とわたしにもヘテル君にも効いた。

 それでアルトさんはふぅと息を少し吐き出すと、多少真面目な顔つきで、事実は変わらないと先ほどの内容を告げた。


「最初の距離としてはある方かもな。でもこれくらい大した苦痛じゃない。なんせ段差がないから。お前が今まで経験してきた山登りに比べたら、ずっと楽だ」


「そうは言いますけど……」


 今までのお調子展開ではなくなって、抵抗する言葉にも力がなくなる。けれど言われた距離が距離だけに、なんとかもう少し緩くしてもらいたい。簡単にうんと頷けない。

 そうやってまごまごしてたら、アルトさんは嫌な手札を切ってきた。


「だいたいなぁ。お前はこいつを治すんだろ? だったら少しは覚悟を見せてみろ」


 言葉に詰まる。それを言われると何も言い返せない。


「そういうことだ。頑張れ」


 そう言うとアルトさんは、また先ほどのように、にたりと口角を吊り上げた。彼が分かりやすいくらい表情を変化させたのは、きっと真面目な話はここまでという意味なのだ。

 さっきのヘテル君のことを思い出して、ここでゴネたら、話がややこしくなると思い諦めた。


「わかりましたよぉぉぉぉ。ちくしょう!」


 諦めて荷台から降りると、アルトさんがトドメとばかりに恐ろしいことを言った。


「ああ、そうそう。もちろんお前が帰って来るまで、ここで待ってるなんて訳がないからな。そんなことしてたら、ろくに進めん」


「えっ……? それはつまり?」


「お前がへたれればへたれるほど、走る距離が長くなるな」


 目が丸くなるなんてもんじゃない。目が飛び出すなんてもんじゃない。わたしは口を馬鹿みたいに大きく開け、信じられないと目元をワナワナ震わせた。

 かわいそうな態度をとって主張しているのに、アルトさんは毛ほども同情してくれない。つまり、先ほどの言葉を変える気はないと分かって……。

 その解にたどり着いた時、わたしは大声で叫んでいた。


「ああああああああああ!!!!! 鬼! 悪魔! この人でなし!!!」


「なんとでも言え。最終的にお前には、一日中ぶっ通しで全力で走っても問題ないくらい、体力をつけてもらわなくちゃいけないんだ」


「えっ……嘘ですよね……?」


 絶望に絶望を重ねてくるのは、人としてどうかと思う。もうちょっと慈悲があっても良いと思う。


「いいや、本当だ。命に干渉するってのは、とても大変なことだ。これじゃまだ実感がわかない。重みが分からないって言うんだったら、端的に言ってやる。

 【お前は一つの命を、擬似的にだが創造しようとしてるんだ。それが簡単なはずがないだろう】」


「うぅ」


 最早うめき声しか出てこない。なんというか、アルトさんの言葉の一つ一つに、それこそ重みがある。創世魔法のことに関しても、それほど知識を持っている訳ではないので、ただ歯を食いしばって、ギリギリ羽音を鳴らして抗議するのが、今のわたしには関の山だ。


「ヘテルの腕を創造するのに、どれくらい時間がかかるかは、まるで分からん。もしかしたら一日や二日、ずっと創造し続けるなんてことも考えられる。しかもその間ずっと集中を切らさないとなれば、このくらいは当然だ」


 それは……たしかに……そうかもしれない。


 わたしが、もう全く理性が働かない人間であったなら、どれほど楽だったろうか。アルトさんの言うことに正当性がある分、自分の反抗の意思は弱まっていく。

 先ほどまではアルトさんの横暴に耐えきれなくて、爆発しそうだったのに。今となっては、その火種はくすんでしまった。

 わたしの心が完全に折れたのを理解したからか、彼は言った。


「だから、諦めて走ってこい」


 その言葉を聞いて最早涙を流した。しかし現実は変わらない。荷台に背を向けると、叫びながらダッと走り出した。


「くっそぉぉぉぉおおおおおお!!!!!」


 走り出したわたしの背中には「ああ、そうそう。ズルをしようとしても無駄だぞ。俺はかなり目がいいんだ」との言葉が聞こえてきた。

 今更ズルも何もしないよ! と思ったが、アルトさんの声が無駄に大きかったのもあって、耳はついつい傾けてしまった。


「お前、裸足だよな。だとすると……足元には気をつけろよ。お前の速度だと、だいたい日が登りきった辺りか。気をつけて走れ。臭くなったら、こっちもかなわんからな」


 アルトさんの忠告は意味が分からなかった。もともと、もう振り返る気もさらさらなかったので、無視するようにそのまま走っていく。


「よし、それじゃあな。なるべくペースは落とさずに一定で走れよなー」


 アルトさんはそれで終わりだと、これ以上のことは聞こえてこなかった。

 ヘテル君やソフィーちゃんの心配そうな視線を感じながら、わたしは走っていく。今まで進んできた道を逆走しなければならないというのは、なんというか精神的にも滅入りそうだったが、体力の増強なんて、どうやればいいのか分からないので、アルトさんの言ったことに従うほかなかった。


 そのまま数十秒走り出した後で後ろを見たら、恐らくはごとごとと音を鳴らしながら、わたしとは反対方向に進んでいく、荷馬車の姿があった。


 宣言されていたとは言え、実際に目にすると、やはり衝撃があった。

 いくらかの動揺を振り払うように首を振ると、前方に向き直った。先を見ると嫌になるが、それでも足を動かさないことには始まらなかった。わたしは歯を食いしばった。


✳︎


 走り始めて丁度太陽が上に登り切った頃だろうか、わたしは何かしらの生き物の糞を踏んだ。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



第96話 終了

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