銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第32話 聖騎士団との語り合い③

公開日時: 2020年10月1日(木) 18:30
文字数:5,509

銀の歌



32話



『前回のあらすじ。結局全員分食べた』



「なんかシグリアのだけすっぱかったけど気のせい?」


「やめて! そういう風評被害」


 銀素を交換し終えた後、雑談をしながらまた大通りを歩いていた。


「個人的にはミーちゃんのが一番美味しかった」


「セアち〜。本当? だとしたらやっぱりパスタ食べてるおかげだね!」


「ねぇ〜」


「組み合わせが……ちょっと。もう手に負えないわ。私」


 トーロスさんが最後にそんな事を言ったので、ついくすりと笑ってしまった。会話が平和で、微笑ましかったからだ。


 わたし達はあれから、とっても仲良くなった。銀素の交換を皆とした後、ミーちゃんが「これで親友だね〜」なんて言ったので、流れでお互いのことをあだ名で呼び会うようになったのだ。わたしが【セアちー】で、ミリアが【ミーちゃん】。そして敬語も使わなくていいと言われたので、くだけた話し方をするようにした。


 それはシグリアやドルバも同じで、彼らに対しても、ミーちゃんと同じようにくだけた話し方をしている。ただ流石に、トーロスさんとラーニキリスさんのことは、呼び捨てするのは恐れ多かったので。お二人に関しては、変わらず敬語を使い続けている。


 言葉遣いは変わらないが、もちろん二人とだって、ちゃんと仲良くなれたと思う。ラーニキリスさんがちょっとドン引きするくらい、お姉さん大好きの人だって言うのも分かったし。


✳︎


 そんなこんなで目的もなく、ただぶらぶら歩くのもアリと言えばアリだけど……。


 自分の服装を見てみる。シャツは土や埃で汚れ、なんだかみすぼらしい。それにアルトさんから譲ってもらった男物の服だから、サイズが合っていないのでだぼだぼ。

 今までは気にしていなかったが、聖騎士団の皆と、自分の服装を比べてしまったら、どうも釣り合いがとれてなさすぎて……。


 少し迷惑をかけてしまっているかもしれない。


 トーロスさんは、どことなく可愛い印象を与える服。ドルバは青を基調とした野性味のある服。ラーニキリスさんは、気品高い雰囲気の服。それに細工が施された細長い赤い袋を持っており、なんだかとっても洒落ている。


 風評被害……いつどこで起きるか分からないのだ。もちろん彼らは人のことを見た目だけで判断なんてしないだろう。知り合って半日だけど、たくさん話をしたから彼らの人となりは、自分なりに理解した。

 それでも彼らを視る誰かの価値観は違うかもしれない。この身なりで一緒に歩けば、迷惑がかかる可能性もある。

 手元にはアルトさんからもらった金貨。それを見て、提案する。


「トーロスさん、トーロスさん」


「ん? なぁに、どうかしたの?」


「はい。実はですね……。新しい服を買いたくてですね」


 自分の服の特に汚れてる部分を、引っ張ってみせる。そうするとトーロスさんは。


「あっ! あぁ、そっか。そうだよね……気づけなくてごめんね」


 なんて謝ってくる。そこまで真摯に対応されてしまうと本当に申し訳なくなってくる。

 ……優しすぎるぅ!


「そんな。お母さんが気にする必要は全く無いんですよ! でも皆さんに余裕があるなら、今からどこか服を買える場所に行きたくてですね。案内をしてほしくて……」


 手元の金貨を見せて尋ねると、トーロスさんは「もちろん」と頷いて、ラーニキリスさんに先導を頼んでいた。彼は独り言のように道順を呟く。そうして「あっちだ。とりあえず、そこまで高くない店の方がいいだろ?」と一人前を歩き出した。


 しかしそこにトーロスさんのまったの声がかかる。


「代金に関しては私達が払うから、気にする必要はないわよ。ね? ラーニ」


「ああ。任せ……え!?」


 ラーニキリスさんは漫才のようにこちらを振り返る。「新しく学術書の本を買いたかったんだが……」と口を引きつらせて言っていた。しかしそこはトーロスさんによる無言の圧力。

 ラーニキリスさんは、しばらく反抗的な目で抗っていたが、やがて目を伏せ、こちらへ背を向けた。「じゃあ、ちょっと遠くなるけど……」彼の背からそんな悲しい呟きが聞こえて来た。


「いやっほぅう! 剣兵長達のおごりだぁ! 買うぞー!!」


 ドルバはそんな感じで騒いで。シグリアに叱責されていた。

 そのやりとりを見ていたトーロスさんは、ふふっと柔らかく微笑んだ。そしてその後、「お母さんと呼ぶのだけはやめて……」と呟いていたが気にしないことにした。


✳︎


 ラーニキリスさんの案内の元、素朴ながらも気品のある店へと辿り着いた。店内にはいくつかの服が、それぞれ区分けされて規則正しく並んでいた。


「すごい! 服がいっぱい!!」


「服屋さんだからね〜。セアち〜」


「そっか。そういうものなんですか!」


 服屋は沢山の服を売っていた。アルトさんから色々と、世界の常識について教わっていたが、それでも実物を見たのは初めてだ。だからこんな風な物言いになっても、仕方ない部分はあるはずだ。

 それにアルトさんから聞いていた話より、ずっと品物の種類や数が多い。頭にかぶる物が売っているとは聞いていなかった。


 大変興味深いな。そんな風に店内のあちらこちらへ視線を移していると、視界の端の方で、ミーちゃんがシグリアの手を引っ張っているのを目撃した。


「わぁ! これ可愛いよ、シグー!」


 ミーちゃんは一つの服を手に取った。

 シグリアは付き合わされているのだろうが、嫌味な感情は一切見せず、むしろミーちゃんの言うことに、積極的に耳を傾けていた。つくづく人が良い。


「どれどれ。ああ。本当だね。黄色の生地に白色の水玉模様の衣装か……。可愛くてミリアちゃんによく似合うと思うよ」


 鮮やかな笑顔でそう言った。顔が良い人間が言うと、破壊力が高い。これにはさしものミーちゃんも赤面して、「えへ〜」とだらしなくほおを緩ませていた。シグリアさんはぽかんとしているが、もうちょっと自分の実力に気づいたほうがいい。あんな振る舞いばかりしてたら、いずれ刺されることになるかもしれない。いや、なんだったら危機感を教えるために、わたしが刺してみようかな?

 見当違いな心配をしていると、いつの間にか側にはドルバが寄ってきていた。彼はわたしの肩を叩いた。


「それで? お前はどの服を選ぶんだ? 一緒に見てやっからよぉ! 探そうぜぃ!」


 この人もいい人だ。流石に聖騎士団と呼ばれる人達なだけはある。みんな人格者だ。きっと気遣って声をかけてくれたんだろうな。


「へへへ。なし崩しで俺の服も混ぜとこ」


 そんな呟きが聞こえて来たが、気にしないことにした。


✳︎


 数十分後店内に、トーロスさんの声が響く。


「みんな選び終わった?」


 そう言うトーロスさんの手元には、財布が握られている。なんだか所帯じみた割と大きめのやつだ。

あれから結局、心優しいトーロスさんは全員分の服を奢ることにしたのだ。


「すみません。トーロス剣兵長……」


「いいのよ。あなたも何かと入り用でしょ? 今まで、皆は頑張ってきたと思うし、ご褒美」


 シグリアさんが二枚の衣類を持って謝罪する中、わたしとミーちゃんとドルバは、服を何枚も何枚も選び出す。


「「「ええと、ええと! これと、これと、これ!」」」


「遠慮……遠慮? ミ……セアに関してはこちらに非があるから仕方ないと思うが。しかしこれはいくらなんでも」


 ラーニキリスさんは目の前に積まれた服の山を見てぼやく。


「まぁもう仕方ないわ。この子達の性格は分かってたことでしょう」


 しかしそれでも、『学術書を買いたい』と言っていたラーニキリスさんは諦めきれないらしい。「経費で落ちるのかな……。そんなはずないか」といかにも未練ありげに嘆いていた。


 しかしそんなことをわたし達ーアホ共ーは気にしない。


 だって服がみんな可愛いんだもん。欲しい!

※自己中心的な考え方。


 まぁでも、そんなこんなでようやく服を選び終わった。両手では抱えきれない程の服の山を持って、「むふ〜」とわたし達は満足気に頬を緩める。


 そんな中、「本当に申し訳ありません」とシグリアさんは一人必死に謝っていた。


「いいのよ……」


 顔を引きつらせてトーロスさんは笑った。そして項垂れるラーニキリスさんに促すと、勘定に並んだ。


✳︎


「ありがとうございました」


 美人なお姉さんがわたし達に礼儀正しく礼をする。トーロスさんはそれを見てニッコリと微笑んで手を振った。


「じゃあ皆出ましょうか」


 トーロスさんが呼びかけると、わたし達は「はーい!」と元気な声で答えた。ラーニキリスさんは訝し気な目をして、トーロスさんに話しかけた。


「トーロス。まだ金はちゃんとあるか?」


「まぁ、次の報酬金まではなんとか持つわ」


「そうか……ならいいんだが」


 トーロスさんとラーニキリスさんは、何やら大人の会話をしているようだ。わたしはまだ子どもなので、お金関係のことはよく分からない。だからミーちゃん達と「いっぱい買えたね〜」と笑い合っていた。


 二人の尊い犠牲は出しながらも、そうしてお買い物は無事、楽しく終わりを迎える……はずだった。

 空気が一転したのは、お店を出ようとして、トーロスさんがドアノブに手をかけた時だった。ラーニキリスさんが彼女の踏んではいけない尾を踏んだのだ。


「いや。でもこれで、大分服屋には思い出ができてしまった。どちらかといえば悪い方だが。

 以前【アスハ】副剣士長と服屋に買い物に行った時も酷かったからな」


 なんてことない雑談だと、ラーニキリスさんは笑いながら言う。だがしかし、トーロスさんにとってはそうではないらしい。『アスハ』。その単語が彼女の耳に聞こえたであろう瞬間、身体はドアノブを握ったまま硬直した。


「あっっっ!!!」


 ラーニキリスさんは慌てて口を押さえたが、時すでに遅かった。二度同じ川には入れないのだ。トーロスさんは幽鬼のような緩慢な動作で、顔を下から上へと持ち上げる。誰もが見てわかるほどのただならぬ様子。店員さんもビクッとしている。


「やべ、耳塞ぐぞ! ミリア、シグリア、セア! それとお店のお姉さん、貴方も!」


 ドルバが周りに声をかける。素晴らしい反射速度だ……。だがわたしとお店のお姉さんは、どういうことか全く分からなくて、彼の声にすぐ反応できなかった。だから聞いてしまった。フラストレーションが溜まりまくった大人の絶叫を。


「あ、ああ、あ、ああ、あ、あ、あの女!!!! ふっざけるなよ!!!!」


 素晴らしい怒声。演劇部だったら間違いなく部の星になれる。腹の奥の奥の方から放たれた絶叫。あまりのバインドボイスに服屋がギシギシと悲鳴をあげる。


 やべぇ! 殺人鬼さんの咆哮と同じか、それ以上だ!!


 実際には殺人鬼さんの方が何倍も凄いのだが、この時ばかりはそう感じた。この事態の異常さ、もちろん疑問を抱いたので、隣にいたドルバに今何が起きているのか尋ねる。


「ねぇ、ドルバ。トーロスさんはいったいどうしちゃったの? アスハさんと何かあったの?」


「ん? ああ。それに関してだが……まぁ言っちまってもいいか」


 トーロスさんがぎゃんぎゃん騒ぐ中。ドルバは一呼吸置いて話し出す。


「アスハさんはな。めっちゃ子どもなんだ」


 真剣そのもの。なんだったら戦ってる最中よりも、険しい顔をしているのだから、どんな事情かと身構えていたのに。えっ? それだけ。


「いやいや。勘違いしちゃあいけねぇよ。ただ子どもなんじゃなくてめっちゃ子どもなんだ」


 戸惑いは顔に出ていたのだろう。ドルバが事態の深刻さを分かっていないと、強い口調で念押しして来た。

 でも、でも、でも! えっ? それだけ。


「その顔はまだ分かってないな? 具体的に言うとだな。アスハさんは早起きして、朝、まだ就寝中のトーロスさんの顔に落書きをするんだ」


 拉致が開かないと思ったのだろう。今までトーロスさんとアスハさんの間に起きた出来事を、具体例を交えながら話してくれる。


「それだけじゃない。トーロスの姉さんに無理矢理媚薬を飲ませて、乱れた所を絵描きに頼んで、その様子を一枚絵にしようとしたんだ」


 具体例はまじで具体的すぎて、逆によく分からない内容だった。アスハさんが何歳かは知らないけど、わたしよりも年上の人がそんなことする? というのがわたしの素直な心境だ。しかし普段ふざけているドルバが、ここまで真剣な顔持ちをしているのは、本当に珍しくて……。


 まぁ、仮にやってたとしても、こっちは未遂ですし……まぁまぁまぁ。


 ドルバの話を取り敢えずは信じて、一応、窮地を救ってくれた人ではあるから、アスハさんのことを擁護する。


「しかもその絵を複製して、あろうことか民衆に売り出したんだ。タイトルは【乱れに乱れて身悶えを】だったかな。俺も買ったから覚えてる」


ーー売ってた……! 未遂じゃなかった! しかもドルバが買ってる。


「とまぁこんな感じで迷惑をかけまくってんだよ」


「はぁ。それは何というか……大変ですね」


 わたし達ー読者ーのアスハさん像が壊れる。

 トーロスさんの方を見ると、彼女は未だ半狂乱だ。や、やばい。普段優しくて大人な人の発狂は怖い。怖すぎる。


「あの女! いくらユークリウス剣士長のためだとしても! 一着選ぶのに六時間かかるとか、ふざけないで! 私の休日がお陰で潰された! 付き添いなんて行くんじゃなかった!!」


 こええ。


「あんなかんじでよ。トーロスさんたま〜に爆発するんだ。今回もあの人に、いつの間にかめちゃくちゃ負担かけてたみてーだな」


「な、なるほど……」


 わたし達はそのままトーロスさんをただ見ていた。この怒りが早く鎮まるようにと願いながら。


「あのクソアマーー!!!!」


 トーロスさんは綺麗な顔を歪ませて、そう叫んでいた。


✳︎


 そして時刻は夜に戻る。

 ドルバにおぶられながら、思案をしていたわたしは薄く笑って。


「んーーー色々思い出しましたけど。とりあえず一つ。回想長くね?」


第32話 終了

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