銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第124話 独りで思う

公開日時: 2021年10月18日(月) 18:30
文字数:5,410


「いや、なんでここに貴方が!?」


「それは当方にも分からない。ただ気の向くまま歩いていたら、こんな所にまで」


「だとして、なぜ一緒にご飯を食べているんでしょう?」


 やかましく騒ぐ声が聞こえる中、なんとはなしに考える。

 急に現れたじいさん──ヒーローには驚いたが、どうやら敵意はないようだし、対応はセアに任せてもいいだろう。俺には考えるべきことが、たくさんあるのだ。


「ねぇ、アルトさんも何か言ってくださいよ。あれ? ちょっと待って? アルトさん! アルトさーーん!?」


 どうやらセアに呼びかけられているようだ。けれどもその呼びかけには答えず、ただ思考を深い所まで落としていく。


 そう、あれは……ボフォルの街で迎えた最終日の夜のこと。


✳︎


 夜遅く、宿屋から出て来ると、まずはその場でふぅと息を吐いた。その理由が疲れたからだと言いはしない、ただ今日は少し、いや今日も少し、頭の中を整理する時間が欲しかったのだ。

 そしてそれは部屋の中では、雑念が多くなるので行えない。


 部屋には今も、寝息を立ててぐっすりと眠るあいつらがいるだろう。邪魔をしてはいけない。なにせ今日は疲れたはずだから。


──ほら、また考えた。


 自分の頭を冷静にするために額を抑える。視界も手で覆って。情報を少なくするのだ、分かりやすく、分かりやすく……。


 何か、しなくてもいいことをしている気がする。しかしどうしようもない。寂寞感(せきばくかん)を感じながら、また息をふっと吐いた。

 そんな時だ。背後から声がかけられたのは。


「どう、家族ごっこは楽しかった?」


 いつの間にか。宿屋の軒先の上に人が座っていた。そいつは俺が視線を向けると、かろやかな動作で、そこから降りて来た。


「お前はいつも、嫌な言い方ばかりする」


 辺りが暗いのもあるし、視線を向け切る前に降りて来たため、顔はよく見えなかったが、しかし声をかけて来た人物が誰かは、はっきり分かっていた。


「ギーイ」


「はーい❤︎ ア〜ル君!」


 いつもながら、どうしてこいつは現れる度に、いちいち人を苛立たせるのだろう。そういうのが好きなのか? いや、きっとこれがこいつの性癖なんだろうな。


 納得しながらギーイに向かい合う。彼女は「あっ! 何か失礼なこと考えてる!」なんて言うが、逆にどうやったら、こいつ相手に失礼なことを考えなくて済むのだろう。自分で人から嫌われにいってる奴が何を言う……だ。


 まぁ、こいつの言ってることは、先程の感情を考えれば、嫌な所を突かれたと言う他な……やめよう。

 ギーイの茶々は軽くあしらった。


「ああ〜。ダングリオで言ってた仕事は終わったのか?」


 自分の思考をそちらに持っていかないためにも、やや強引だろうと話を逸らす。


「あーー。うーん。実はね〜。それが、まだなんだ。アル君に恥を晒すのは、すっごく嫌だけど。でも事実だからな〜。困っちゃうね」


 話を逸らす目的が大部分だったから、そこまでこの話題に意味があった訳じゃないけど。それでも驚きで口を抑える程度には、衝撃があった。


「お前が? まだ終わらせてない? 一つの仕事を?」


 信じられなくて何度も同じことを訊く。ギーイはうるさいうるさい、癇癪を起こした子どもみたいに騒ぐが、いや、それにしたって俺が驚くのはしょうがないだろう。

 だってこいつ、仕事の正確さもさることながら、速さだって他に出る者がいないくらいで。


「どんだけ盗み辛いんだよ……。国宝だとでも言うか?」


 いや、こいつの優秀さを思えば、だとしてもだが。


 思ったよりも俺の食いつきが良かったからか、ギーイは少し間の抜けた顔で、上空を仰いだ。どう返したものか分からず困っているらしい。

 まぁ、それが本題ではないから、そんなに困るなら逃げ道を用意しようか。


「いや、悪い。人の仕事だ。

 それにお前のやってることは悪いことだしな。この言い方じゃ俺が、助長しているようだ」


 話を切り替えるぞと、ギーイに促す。だけどこいつは、せっかくの好意も受け取らないで、唇を尖らせると甘えるように言うのだ。


「うーん。国宝かどうかは知らないけど、すごく強いの。隙がなくってなくって困ってるんだ」


 その言葉と国宝という単語が、自然と頭の中で結び付き、一つの名前が脳裏に描かれる。

 だが、だからどうしたという話だ。俺が出来ることは何もない。強いて言うならこれくらい。


「それなら時間もかかるな」


 言うとギーイは、何が恥ずかしいのか、照れ臭そうにした。花も恥じらう乙女だと言うなら、その姿に価値を、多少は感じてやろうものだが……。


 いい加減本題に入るか。


 一月以上経っても、ギーイが未だ仕事を終わらせていないというのには、少なからず驚きがあったが……。どこまでいってもその話は、俺にとって雑談でしかない。雑談にずっと付き合って、この神出鬼没な女が、また目の前からいなくなったら、それこそだ。

 まだここにいる内に、訊きたいことを訊くのがいいだろう。


「ああ、そうだギーイ。お前には訊きたいことがあったんだ」


「ん? 何かな」


 高い身長のギーイは腰を折り曲げると、胸を強調するような姿勢で、上目遣いに俺を見た。

 俺相手に可愛げに振る舞ったって意味ないことは知ってるだろうに……。だからこれも意味のない茶々なのだろうが。

 ギーイの態度の一切を無視して、冷淡な瞳で尋ねる。


「お前、カリナって知ってるか?」


 ギラリと視線を鋭くする。今ばかりは、どんな反応だって見逃す訳にはいかない。

 一番に顔の筋肉の動きに集中して、全体像を目の中に捉えた。


 ギーイは何も考えてないように振る舞っているが、それが見掛けだけなのは、ちょっとこいつと話したことがある奴なら、すぐに看破できる。第一こいつ自身が昨夜、自白していた。

 こいつの言葉はいつだって信用ならない。その上身体の扱いだって、洗練されている。こいつの場合は身体だって嘘をつく。


 だからなるべく唐突に訊いた。素の反応を引き出せるようにと。


 まぁどんな工作も無駄だろうがな。思いながらギーイを観察していた。そうしたらーーなんということか。あからさまに彼女は反応していた。体全体を硬直させて、顔の筋肉を硬らせた。そして言う。


「知らない」


 冷たい一言。あまりの迫力に息を飲んだ。だがそれは、ごまかしという意味ではあまりに拙い。


「駆け引きをしようとしたのが馬鹿みたいだ」


 愚痴るように呟いて、一歩ギーイに詰め寄った。


「カリナを知ってるな? そいつは何者だ。お前が引き合わせたんだろう? ギーイ」


 カリナとの繋がりが分かった以上、引き下がる訳にはいかない。ああ、でもまさか、ここまで簡単に判明すると思っていなかった。手順がぐちゃぐちゃだ。用意して来た手札だって、お披露目とはならない。


「いやまぁ俺は、お前が、俺達とカリナを引き合わせたの確信しているから、この訊き方はあれだな」


 懐から手記を取り出して、カリナとギーイのことが書かれた頁を見せつけてやる。

 今は夜だから、普通のやつだったら、小さな手記に書かれた文字は見えにくい。だがあいつは普通ではない。暗闇の中でも、文字なんか難なく読める。


「どういうことだ?」


 証拠というには頼りない。だけどカリナという存在を指し示すのはこれだけだ。セア、ヘテル、あいつらを守るために、不利な情報戦でもやらなければならない。

 きっとギーイは分かっているだろうが、腰元の短剣を静かに、なるべく気づかれないよう、そっと引き抜いた。


「…………」


 ギーイは今、何を考えているのだろう。彼女からしてみれば、窮地とすら言えないこの現状。相対するのが俺では、役不足もいいとこだ。ひとまず退くのか、俺を殺しに来るのか……どちらでも行動されてしまったが最後だな。俺の実力じゃ追いつけないし、敵わない。


 出来ればこのまま話し合いを続けたい。


 その願いは通じたのか、あるいは俺と殺し合うのに、少しなりとも危険を感じたのか。ギーイはその場に留まっていた。だが言う言葉は先ほどと何も変わらないもので。


「本当に知らないよ。私は分かんない」


 いつもの余裕そうな顔つきになると、口元をにやつかせていた。

 割と決死の覚悟で脅してみたんだけどな……。


 落胆してギーイを見る。そしてこれ以上は仕方ないと、短剣をそっと鞘に戻した。


「話す気がないな? 俺が何をしても、俺の何を差し出したとしても、俺が死んだとしても」


 前提としてギーイは俺より強い。そして相性が最悪だ。俺の得意分野は、そのまま彼女の得意分野でもある。何が言いたいかって言うと、身体能力の面や戦い方を見るなら、彼女は俺の上位互換という話だ。まともにやり合ったら勝てない。

 だから俺がギーイに勝利して、拷問して訊くだとかは出来ない。


 が、ギーイは俺に対して執着がある。その点を利用すれば、まぁ取引材料になると思ったのだが……。


「そうかダメか」


 戦う意志を見せたのは、覚悟の現れ。今回に関してはおふざけではないぞ、何だったら命をかけるぞ、そういうのを態度で示したのだ。じゃないとこいつは、延々ふざけ続ける。

 いつもこいつから情報を得るのは苦労するが、今回は別の意味で困難だ。


 どうやらこいつ、最初からおふざけなしで本気らしい。そうなると……今はまだ手が出せない。腕の一本や二本と引き換えに、情報を引き出せたならいい。

 そんな感覚で殺し合いをしようと思ったが、この雰囲気ならそんな遊びじゃ済まない。命を獲られる。


 命を獲られるのは、少なくとも今ではない。カリナという何者かが、どういう目的かも掴みづらいが、セアを狙っている。だっていうのが予め見えているのなら、使うべき時は、そっちだろう。

 来るべきカリナという人物に備えるための情報収集で死んだら、それこそ笑えない。


 ……という言い訳をいくつか並べて、俺は、カリナの情報を確実に握っている人物を、見逃したのだ。

 つくづく自分の弱さが嫌になる。


「それで? 他に話がないなら、私はお仕事の続きに戻っちゃうけど?」


 どうするの? ギーイは表情で訊いてきた。

 話すべきことはあるが、しかしそれが話せなくなった今、こいつと話すことなど何もない。

 第一、俺はこいつのことが好きじゃない。便利だから、偶々付き合いが長いから、使っているだけだ。話すことがなくなったのなら、すぐにお別れでいいのだ。『ああ、またな』とでも言えばいい。

 だけど自分の意思とは全くもって違うことを、気づけば口にしていた。


「ギーイ」


「ん、なあにアル君?」


 貼り付けた満面の笑みを見せてくるギーイ。

 笑顔だっていうのにその表情は、いつも通り胡散臭くて、少しも信用ならなかった。


 ただ……ただ……。


「飯はちゃんと食ってるか?」


「………………」


 時が止まったように、ギーイは絶句した。彼女は、何か文句でも言われると思ったのかもしれない。なにせ、【そういう風に振る舞っているのだから】、恨み言の一つでも言われるのは、受け入れているのだろう。

 だけど心配は、ギーイにとって、予想外だったのだ。そしてその一言は、彼女の尊厳に傷を付けた。


「なにそれむかつく」


 暗闇の中を何かが駆けた。それは星明かりを反射して、光の軌跡を宙空に描いた。その軌跡を描いのが何か、察した頃には遅かった。腹部に激しい痛みが走った。


「……ッ!」


 痛みに呻き、膝を折ってしまう。そうして何が起きたのか、腹部を改めて見ると、脇腹の辺りに短剣が二つ突き刺さっているのが分かった。失血の危険性を理解しながらも、俺はすぐに、その二つの短剣を引き抜いた。

 はぁはぁと息が荒くなる。


 これを引き抜くのは、危険だったかもしれない。けれどギーイが持つ武器の、そのほとんどには、毒が仕込んである。それは痺れだったり、激痛だったりと色々あるが、何にせよ刺さったままにしていたら、毒が塗られていた場合、失血よりも恐ろしいことになる。


 短剣を無理矢理引き抜いたことで、ことさら痛みが強くなり、その辺りを抑えずにはいられなかったが、全部承知の上だ。毒にやられるよりは、よっぽど良い。だが痛みのために、機敏に動けないのも、また事実で。


 腹部を抑えて屈する俺は、その間に屋根上に登っていたギーイを、下から見上げることしか出来なかった。

 ギーイはそんな俺のことを、しばらくの間、つまらなさそうに見下ろすと、やがて口をにっと横に広げた。


「それじゃあね、アル君♪ 美少女情報屋兼盗賊の、ギーイちゃんをまたご贔屓に」


 もう今まで何度も聞いて来た、お馴染みの言葉を最後に、ギーイは夜の街を駆けて、その姿をくらました。

 去り際。最後に見せた笑顔は、俺の事を好意的に捉えての物でないのは明白だった。あれは、あの笑顔の意味は……。


✳︎


「失望……だよな」


 現実に返って、一言呟く。


「えっ? なんですアルトさん」


 未だピーピーギャーギャー喧しいやり取りー今は発展して取っ組み合いになっているーをしていたセアが、俺の言葉に反応してこちらへ振り向いた。※その隙に足払いをされていた。

 じゃれつく馬鹿な奴らを見ながら、あの日のことを考える。何か見落としがないかと。でもいつも通り収穫は少なかったと、最後は諦めて笑うことになる。


 あの日の話し合いで得た最大の物は、【ギーイが敵ではなかった】、ということだけだろう。上手くやれば、カリナの情報が手に入るかもしれなかったのに。


 やっぱり俺は駄目だな。


 自分の能力の無さ弱さを自覚して、それでもそれを見ないふりして、俺はセアやヒーロー、ヘテル達の輪の中へと入っていく。


 背後からソフィーの責めるような視線を感じながら……。

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