銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第54話 滝より来たる怪物②

公開日時: 2020年10月31日(土) 18:30
更新日時: 2021年5月31日(月) 22:23
文字数:4,123


銀の歌



第54話




 何かの叫び声を聞く数分前。



──なんだろう? この鼓動の高鳴りは。

 俺は不安と焦りを感じていた。最初は、あんなにも待ち焦がれた遺跡に、もうすぐ辿り着けるということに、突き動かされていただけだと考えていたが……。


「へそ曲がりが」


「水空両用で」


「テノーフォクスってのは」


 自分の考えに間違えがないか、確かめるように言葉を並べてみる。セアやテテネは相槌を取っているみたいだが、その言葉のどれも、ちゃんとは聞けなかった。

 この胸のざわめきが、それだけの余裕を俺にくれなかった。


 アタラルドは強大な力を持った猛禽だ。彼がいるだけで、弱い生き物は逃げ出す。これは間違いない。そういった話を、人や本から散々聞いたことがあった。

 もちろんそんな危険な生物に襲われたら、俺達だって、ただではすまない。けれどこれから向かう場所は遺跡。つまりは地下だ。


 アタラルドは鳥だというのに、空だけでなく水中にも適応した生物で、知能も高いが、流石に地面を潜ったという話は、聞いたことがなかった。


 遺跡の探検が終わった後は、すぐにこの地からは去る。だから会う確率は低い。それに仮に会ったとしても、セアを連れて逃げるくらいだったらできる。勝てはしないけど……。

 アタラルドについて、改めて考察してきたわけだが、別段問題は無いように思えた。もちろん不測の事態はおこるかもしれないが、それでも大丈夫と、俺は言うことができるだろう。

 俺の目的は、世界地図を作って故郷に帰ること。けれど今はそれよりも、優先するべき事が出来てしまった。


──セアを助けることが最優先。


 だから仮に俺が死んだとしても、シリウスに頼んでおけば逃げ切って貰えるはずだ。俺だってただ殺されるわけじゃ無いだろう、限界までは引きつけられる。だからアタラルドは問題では無いと考える。


 とすると……この胸のざわめきはアタラルド以外? なのか。──ならばなんだ。

 心の中で呟く。すぐさま思考を張り巡らせて、何か見落としてないか考える。


 例えばテテネのことが関係しているとか。つまり俺が何かしら騙されてる。

 しかしその可能性は、『いや、それはない』とすぐに自分自身で否定した。なぜならその辺りは、ちゃんと警戒していたから。テテネとの一連のやりとりや、俺が彼女を警戒する理由となった、村長さんとの話し合いを思い出す。


 こちらが有利な状況だったのに、交渉は確かに手間取った。だがそれは、俺が遠巻きに攻めていったせいもある。何より最終的には、こちら側の勝利に終わっている。だって案内人を付けさせることに、成功するくらいだ。

 頭が良いとは言え子どもだ。きっと俺を出し抜ける程ではない。それに今までの言動を振り返ってみても、基本従順な振る舞いだった。


 アタラルド同様。ならばこれも違うなと考えて、頭の中から、その杞憂を捨てようとする。しかしそこで、違和感を覚えた。


 待て、待て。数分前あいつはなんて言っていた?


『ーそれくらいなら【依頼】に支障はないしー』


 テテネは確かにそう言っていた。多少不自然だが、ここまでのいきさつを考えれば、そこまでおかしな言葉じゃない。俺は言ってみれば、彼女に依頼をしたとも考えられるのだから。けれどあいつは、自分とのやりとりのことを、最初は『取り引き』だと言っていた。


 なんだか揚げ足をとるみたいで、良い気はしないが、無性にこのことが気になった。だからもうちょっと、深く考える。


 例えば依頼っていうのが、遺跡案内のことじゃないとしたらどうだろうか? 俺たちではなく別の誰かの……。

 そう思いついた時、嫌な汗がほおを伝った。このまま、この発想で考え続ければ、何か気付いてはいけない事に気づくような。そんな危機感があった。

 でもだとしてどうする? ここで気づいていないフリをしたら、余計にまずい事態になるんじゃないか?


 腹を括って、試しにこの路線で考えてみることにした。


 まず大前提。獣人達は馬鹿じゃない。だとしたら食材交換なんて、焼け石に水みたいなものって理解してるはずだ。今の状況を変えるなら、根本からどうにかするしかない。それはつまり、外来の上位種を排除したいということ。


 獣人達が何を考えているかを知るために、彼らの立場に立って、今の状況を整理する。加えて、自分だったらどうするかについても考察する。


 上位種が何か、俺達獣人達は分かっていない。でもアタラルドにしろ何にしろ、だいたいの姿や、どの辺りによく出没するかとかは、最低限確認していることだろう。

 自分よりありとあらゆる意味で、強力な相手。こちらには人数の有利しかない。だとすれば罠でも仕掛けて、何人かの囮を使っ……。


 その時電流が走った。つまり気づいたのだ。この焦燥の正体に。


 そう。答えは囮だ。


 この胸の不快感が正しいというなら、多分俺たちは囮だ。罠への誘導、もしくは注意をそらすのが狙い。そしたら今から連れてかれる場所は、そいつの住処だということになる。


 だとすれば不味い……。

 だけど先にも考えた通り、俺だったらアタラルド程度逃げ切れる。それにダングリオの街で、ギーイから聞いた話も思い出す。


 『北の森に君の探してるものがあるよ』


 それを信じて、俺は色々な情報を、ダングリオの街の中で集めた。アレの言葉を信じるのは、個人的にはかなり癪なことだが、何だかんだいつも有用な情報をよこしてくる。

 あいつの発言の裏を取るために、色々と調べた結果、確かに北の森に、古びた遺跡があることが分かった。その際に、自分なりの地図も、作り上げておいた。


 今歩いている方角は、遺跡への進路に相違ない。


 大雑把にしか知らないことだけど、ーだからこそ案内人を用意させたのだしー進行方向はあながち間違いじゃない。


 じゃあ何か、囮ではない? 他の運用?

 いや、そんなことはないだろう。仮に俺達を利用するのなら、囮として用いるのが一番良い。見知らぬ他人を作戦に巻き込むなら、危険な役割を押し付けるのは理に適ってる。


 そうこう考えていると、いつの間にか眼前には、事前に伝えられていた、遺跡へと繋がる洞窟があった。その洞窟は、滝の裏側にあるようで、流れ落ちる水流の隙間から、ちらほらと垣間見えた。


 結局着いてしまった。


 以前感じる胸のざわめきに困惑しながらも、取り敢えずは着いたという事実に安堵する。そしてその滝を見て思いつく。


 一匹いた。この状況に合致する奴が。


 思考が遅くなる。どうしようもなく不気味な感覚を感じて、激しい不安感に襲われる。

 囮だと考えついた時よりも、もっと冷や汗をだらだらかいている。背筋は凍るし、顔なんか絶対真っ青だ。

 でももう取り返しがつかない。だって既に縄張りの中にいる。


 商売の儲け。そんな美酒を飲まされて油断した。

 これだけ賢いんだったら、そっちが儲けを多くとることもできただろうに。……いや、あぁそうか。【丁度いい勝利】の演出か。粘ってきたのも、時間をかけさせたのも。


 思考が止まりそうな時に、何者かに肩を掴まれた。無理矢理、顔をぐいと動かされる。そんでもって聞こえて来たのは、事態をまだ飲み込めていない、緊迫した声。


「アルトさん!! テテネちゃんが!!」


 セアが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。考えに没頭し過ぎていて気づかなかったが、途中何度か呼ばれていた気もする。


「えっ……?」


 セアは俺の顔を見た後、ヨロヨロと後ろに数歩のけぞった。そこまで顔色が悪いか……。


 滝の方へと振り返る。予想が正しければ、これから絶望がやってくる。背後を取られるのはまずい。

 俺の考えなど分かりはしないのだろう。事態を理解していないセアが、大声を上げようとする。しかしそれは、何かの叫び声によって遮られてしまった。


「ガガガガガガガ##ガガガ####ガガガガ」


「krkrkrkrkrガガガガガ!!!!!!」


 声と思っていいのかすら分からない、おぞましい絶叫。叫び声が響き渡り、地面が激しく揺れる。

 俺達が目指していた、あの滝裏の洞窟から、何かが這って来ている。


「謀られた」


 今起きている事態の全てが苛立たしくて、つい髪をかいてしまう。そうして臨戦態勢を取る、だけどこれは戦うためじゃない。いつでも逃げられるようにだ。


 やがて滝裏の洞窟辺りの岩盤が、大きくひび割れた。それからすぐに破壊音がして、岩盤から剥がれた大小の岩が、滝壺へと落ちていく。その瞬間、青緑色の硬そうな甲殻が、ちらりと姿を見せた。しかしすぐに、滝壺の中へと、そいつは潜っていってしまった。


 でもこれは逃げたんじゃない。蛇行するように水中の中を這って、こちらへ近づいて来ているのだ。


 水底で蠢く影は不確かで、正確に大きさを図ることはできない。しかしその全幅は、通常の生物の範疇を優に超えていた。大きく、長い。それから水深深くを進んで来ているというのに、背中にある不気味なマダラ模様の甲殻は、はっきりと見えていた。それが恐怖心を駆り立てた。


 ドン!!!!


 大きな水飛沫を上げて、それが俺達の前に姿を現した。

 目をぎょろりと突き出し、口元からシューシューと息を漏らしながら、長い舌を出し入れしている。

 口の左右には大きな牙が生えていて、片方の牙は半分ほど折れているようだったが、その折れ方が荒々しくて、余計に恐怖を感じた。第一、折れているっていうのに、その牙は俺の身長の三分の二はある。怖くない訳がない。


 鎌首をもたげ睥睨する。どう狩ってやろうかとか、きっとそういうことを考えているのであろう。強者ゆえの傲慢さと気高さが、その姿からは伺える。そんな時、背後から声がかけられた。


「ア、アルトさん……その怪物は?」


 今にも背中を見せて、逃げ出すのではないかと思うほど、悲壮感がある。今更、事態を把握した自分を嫌いながら、薄い笑みを浮かべて返答する。


「こいつは……。いわゆる古代種の生き物で。今から五百年程前に絶滅したと言われている動物マヘト

 その性質は極めて残虐で、文献には豪雨の日に現れるとされていた。昔幾つかの村々や町は、こいつに襲われ壊滅したりもしたらしい。襲われた所の生き残りは、どこもゼロだったそうだ……」



動物マヘト界。肉食目・水蛇すいじゃ科・多動触腕蛇たどうしょくわんじゃ亜科。ヴァギス種【ヴァギス】。口伝の中で伝えられてきた、大食らいの……災いの動物マヘトだよ」



第54話 終了

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