銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第16話 夜の街

公開日時: 2020年9月14日(月) 18:30
更新日時: 2021年6月5日(土) 18:53
文字数:4,426

第16話


「プーー……ププ。プーーあれっ違うか? プーーーーー!」


 ひらけた場所(広場)の真ん中で一人たたずむアルトさん。わたしは花壇の近くに長い椅子があったのを発見したのでそこに座った。それから今は落ち葉を拾って草笛の練習をしている。


 アルトさんは広場の真ん中で依然として同じ体勢でポケットに手を突っ込んでいた。

 先程までと違うことがあるとすれば、アルトさんの頬を何かがつたっている、ということぐらいだろう。あと顔色は、真っ青を通り越えもはや無である。



 あれから、もう一時間は経過していた。



 最初のうちはアルトさんがポーズを変えず、密かに赤面する程度だったのだが、十分を超えたくらいから何かがアルトさんの頬を伝い出した。そしてだんだんとアルトさんは表情を無くしていき今に至る。


「プーーーーー!!! ……くっ。難しい!」


 わたしも手持ち無沙汰だったので草笛を練習し始めた。なかなか音が出せないでいる。


「はあ〜あぁ。どうやったら音が出るんだろぅ?」


「ちょっと貸してみ、お嬢さん」


「へっ? あぁお願いしま〜す」


「ぷー〜ぷーー⤴︎ ぷーーーー→ ぷー〜〜♪」


「うっわぁ!! すっごい上手ですね! 外套を纏ったおねぇさん!」


「えへへぇ! そうだろう! そうだろう!! いやぁ〜君がそれを吹き始める時から聞いていたんだけど、ごめんね……あんまりにも下手……だったからつい出てきちゃったんだ!」


「えーー〜やだ〜そうなんですかぁ! もう! 恥ずかしいところ見せちゃったなぁ!」


「まぁまぁ、最初は誰でもそんなもんだよ! あっはっはっはっはっはっは!!!」


「うーーーん……そうかもしれませんね! あははははは!」


 その時、誰かの理性が切れた音がした。


「そいつだああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 わたし達が楽しく談笑していたら、いきなりアルトさんが怒り心頭で会話に割って入ってきた。どんどんどんと足を踏みならしてこちらに近づいてくる。


「えっ!? 何ですかアルトさん?」


「セア……もう一度言う……よく聞け。そいつが俺の呼んだ知り合いのギーイ・ツェンベルンだ!!」


 アルトさんは外套をまとった女性をビシッと指差した。彼の言動にビックリして外套を纏った女性を見る。


「えっ、あなたが!?」


 外套を纏った端正な顔つきの女性は、ニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべて、高らかに名乗りをあげた。


「いかにも! 私がギーイ・ツェンベルン!! アル君の師匠だ! ちなみに私は一時間半前からいたよぅ!!」


 と悪ぶれもせず、むしろ堂々とした態度で宣言する。それを聞いたアルトさんは、ギーイさんが言い終わるよりも早く猛然と突っ込んだ。


「最初っからいんじゃねーか! 死ねぇ!」


 宙に舞って華麗に一回転したアルトさんは、怒りを体現するような飛び蹴りを放つ。それはギーイさんの腕に当たった……が、同時に彼の足は彼女に捕まれた。

 アルトさんは飛び蹴りの勢いを利用される形で、頭から地面に凄い速さで叩きつけられた。


「ッグッは!!」


 一度地面を跳ねたアルトさんは嗚咽を漏らす。そして後転の途中のような状態になった。


「ああ! アルトさん大丈夫ですか!? そんなどこぞのA○女優のような格好をして!」


「こいつら絶対にいつか殺す……」


 うるんだ目元を腕で隠したアルトさんは、確かな殺意を語った。



 一息ついた所で改めてギーイさんの姿をよく見た。

 まず目に付いたのは、首元に巻かれた印象的な赤のスカーフ。相乗効果でその綺麗な顔も印象づけられた。

 そうして顔にめいいっぱい注意を惹きつけられた後でも、ギーイさんの体の印象は褪せることなかった。というかギーイさんの体に、ものすごく目がいってしまう。


 この人が外套を纏っていたため、ぱっと見は服装が分かりにくかったが、いざまじまじと眺めてみると。

 誤解覚悟で言うが、この人、黒くて薄い布を、数カ所巻いただけのように見えるからだ。とても服とは呼べない。

 せめてもの救いは、腰の部分に、黒い布よりは厚そうな布を、さらに上からつけていることであるーしかしそれも極端に改造されていて布面積はやたら少ないー。


──長く考えてしまったが、この人物を一言で表すなら。


「ギーイ……さん?」


「ああ、うん。それでいいよ!」


「あっ、ありがとうございます! それでなんですけどギーイさんは〜。そのー」


 歯切れが悪くなっていることは自分でも分かってはいたが、なかなか切り出せないでいた。しかし意を決してついに言う。


「──痴女ですよね」


 ギーイさんに笑顔で尋ねた。いや断定して声かけた。後ろでアルトさんが「こいつ言いやがった」みたいな雰囲気を醸し出して手で顔を隠しているが気にしない。

 それよりも俯いてなにも言わないギーイさんの反応はというと。


「プッフー」


 不意にそんな笑い声が聞こえた。そしてその後、たたみかけるかのように。


「あっはっはっはっは!!!!」


 ギーイさんは気持ちよさそうに笑い始めた。


「あっはっはっは! いや〜やっぱりー? そう見えちゃうよね〜! でもさ、いきなりそんな風に言われるとは思わなかった!」


 明るく、丸出しのお腹を抑えて笑いながらそういった。「みんな私の身体を見たら、大抵顔を赤らめたりして黙ったりしちゃうんだけどなっ!」なんて付け足して。


「いや〜わたしもそういう格好は前衛的で良いと思いますよ!! いずれはこの国の流行になるかもしれませんし! でも痴女です!」


 わたしもギーイさんと同じテンションで明るく、笑顔を浮かべながらギーイさんの言葉に答えた。後ろでアルトさんが「ああ、バカが二人揃った……」なんて呟いていた。この世の終わりだとでも言いたげな顔をしている。


 なんだか親の期待に応えられず、悪い点を取りまくる、子どもになったような錯覚を覚えたが、まぁいっかと考えるのをやめた。




 その後わたしとギーイさんは、たくさん語り合って、意気投合した。そして互いの顔を見合う。


「改めて自己紹介しよう。私の名前はギーイ・ツェンベルン。ギーイ・ツェンベルンと書いて、痴女って当て字をしても構わなくってよ! よろしくね〜」


「本気か?」


 ギーイさんの口上に反射的にアルトさんが突っ込みを入れたが、そんなことを彼女は気にしないし、わたしも気にしない。だから彼女の元気さに、わたしも応えたくてギーイさんの手をギュッと掴んで言う。


「わたしはセア! 簡単に言えば、誰からも愛される女神ですね。よろしくお願いします」


「でもお前追われてんじゃん」


 アルトさんの厳しい指摘はつど入るものの、わたしとギーイさんの固い絆は壊せない。※会って数分。


 二人で元気よく笑いあって、さらなる友情を深め……合おうとした矢先に、突如として殴り飛ばされた。※ギーイさんは避けた。


「いい加減にしろ、お前ら! 俺達、命狙われてんだろうが!!! 後うっせーよ! 今もう深夜なんだから!」


 殴り飛ばされた先で柔らかなほっぺたを地面につけて、這いつくばりながらわたしは思う。

 そうでしたね……そういやそうでした。閑話休題ですね……。



「それで、ギーイ? 俺達の現状は、銀糸鳥(ぎんしちょう)で伝えた通りだ。情報はなにかあるか、殺人鬼は本当にこの街にいると思うか?」


 そう言って、アルトさんはふぅ〜と息を手に吹きかけた。思えば辺りはもう真っ暗で、太陽が昇っていないからだろう、どんどんと肌寒くなってきているのを感じる。難しい話をあまり理解したくないわたしは、存在感を消すよう肩をすぼめながら二人の会話を聞いていた。


「うん、それなんだけどね。結論から言ってしまえば、殺人鬼がこの街にいる可能性は、たしかにあるよ」


「……っそうか」


 ギーイさんの言葉を聞いてアルトさんはどこか安堵した様子であった。

 『殺人鬼が街の中にいる』というのは昨日の夜に話していたこととはいえ、まだそれはわたし達の予想の段階でしかなかったからだ。

 いる可能性があるというのを第三者から実際に言われ少なくない安心を得ているのだろう。


「でもどうしてそうだって言えるんですか、ギーイさん?」


「ああ、それはそうだ。情報のソースが欲しい」


 ソース!?


「わたしは、ソイソース(しょうゆ)が好きです!」


「黙ってろ」


 怒られた。なぜ。


「うん、私はデミグラスソースが好きだな。でもその他にもね、ちゃんとした情報源があって。

 昨夜、アル君から銀糸鳥を受け取る少し前……。実は私、ある女騎士さんと出会ってたんだよ。その人と、すこーし仲良く話してみると、なんでも殺人鬼を探している風だったんだよ。あの人は、この街に殺人鬼が残ってるのを確信しているような口ぶりだった」


 「こんなところかな」とにこやかにギーイさんは語ってみせた。その話しを聞いて少し思い当たる所があった。


「あっ! それって……」


 あの褐色の金髪剣士さんのこと? そう言おうとしたけれど。


「いや、やっぱりなんでもありません」


 口をきゅっとしめて言いかけた言葉をのみ込んだ。これを言ったらまたアルトさんに叱られそうだったから。案の定アルトさんはこちらを怪訝な目で見て嫌味を言った。


「んっ? お前また何かやらかしたのか。……まぁいい」


 その後アルトさんは咳払いしギーイさんの方に向き直る。


「ギーイ、言いたいことは分かるがそれで殺人鬼がこの街にいると断定するのは早い。その女がたとえ国家権力の人間で位が高かろうが、一人の賛成より多数の意見だ。今回は多くの実例が欲しい」


 少し険しい顔をして、アルトさんは喋る。わたしにはもう、彼らが何を話しているのか、大分わからなくなっているが。


「勿論、わかってるよ〜」


 ギーイさんはわたしとは違うようで、アルトさんの言っていることの意味をしっかりと理解して、ニヤリと笑みを浮かべてアルトさんに返事を返している。


「ああ、だろうな。お前のことだ。それだけじゃないだろう?」


「うん、その通り! とっておきの情報があるんだ! でもそれは、その情報を私にくれた人が、直接話してくれるってさ」


 ギーイさんは自慢気な顔でそう言った。


「──なに!?」


「そして今実際にこちらに来てもらっているから、姿を見せてもらいましょう、どうぞ!!」


 ギーイさんに促されて、通りから一人の男性が、コツコツと足音を鳴らして歩いて来た。

 その人は見たことない器具を顔につけ、夕闇を思わせる黒いローブをまとっていた。夜だと言うのに、黒のローブは背景に混ざらず、不思議とくっきり見えた。

 背丈はわたしよりも結構上で、目を細めて微笑する姿も相まって、優しげなお兄ちゃんといった風に思えた。

 ただ鼻をくすぐる、妙に甘い匂いだけは気になった。


 そんな男性はにっこりと微笑んだまま、花を愛でるような、不気味にも思えるほど優しい声で、自己紹介を始めたのだ。


「やぁ、初めまして。ギーイ・ツェンベルンさんからご紹介に預かりました。

 僕の名前はカリナ・A(アリア)・ヴィエストリオ、気軽に【カリナ】と呼んでください」


 笑顔を一切崩さずに話すカリナさん。その様子に内心不気味なものを感じながらも、わたしは彼のことを喜んで受け入れた。


第16話 終了

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