銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第104話 後半 誰が馬鹿だったか

公開日時: 2021年4月17日(土) 20:58
更新日時: 2021年4月24日(土) 19:10
文字数:6,434

第104話 後半


 それを聞いて……目を見開いた。


「待て、今なんて言った?」


「だから千年って」


「聞き間違いじゃないんだな!?」


 近寄って両肩を強く掴んだ。


「うん。でも急に近づくな、怖いぞ」


 興奮したためか、我を忘れていた。アクストゥルコは俺の手をはたき落として、警戒するように距離を取った。

 自戒の念を込めて眉間を抑え、なるべく冷静な姿勢を保って訊く。


「酷い質問だが……なんでまだ生きてんだ? 銀狼の寿命は二百年くらいだろ?」


 アクストゥルコは先程のこともあるからか、身を引きながら困惑していた。何を問われているのか、その真意が理解できていないようだ。でも耳を立てた数秒後、彼女は理解の色を顔に浮かべると、ゆっくりとだが答えてくれた。


「それは、眠ったり起きたりを繰り返しているんだ」


 眠ったり起きたり? 頭の中で反芻する。

 ただその一文だけでは、流石に何を意味しているか分からない。もう少し話してもらえないかと目線で促す。


「あたしは人間に対して恨みがある。復讐出来るなら、身体だって使いつぶしていいくらい」


 ドキリとした。久しぶりにアクストゥルコの敵意に満ちた視線を感じた。そう、彼女は素直だが、感情に従って多くの人間を殺した殺人鬼。古くから都市伝説として、その存在をうたわれた者なんだ。油断してはいけない。

 そんな風に改めて気を引き締めていると、何か引っかかることがあった。すなわち──。


 古くから都市伝説として?


 何か悪寒を感じ、尋ねようとした。

 ただ俺が聞く前に、アクストゥルコは自ら回答してくれた。


「だから偶に、反撃されたりして力がなくなっちゃうんだ。それで目を瞑るんだ。そしたら次に目を開ける時には、いつも暗い部屋の中に居て、そしてカリナが目の前にいる」


 そこまでカリナと深い繋がりがあるのか。何かよくない想像が頭をよぎりながらも、茶々はいれずに、アクストゥルコの話しを黙って聴く。


「その度にカリナを引き裂いて殺して、その暗い部屋を抜けて、外の世界を見るんだ。そうしたら大抵、また何食わぬ顔で人間達が歩いてる」


 息を飲む。最悪な形で答えが出されていくのを感じて。


「暗い部屋を抜けて見る世界は、あたしが元々居た場所とそもそも地形が違っていたり、気候が違ったりすることもある。

 でも完全に同じ地形で、どう考えても元の場所としか思えない時も何度もあった。でも壊したはずの人間の城は、何故かまた建てられてた」


 先程の寝て起きてという発言は、まさにそのままの意味みたいだ。正しそこには、時間の跳躍という意味が抜けていたが……。こいつは眠るたびに時間を空けて目覚め、その度に人間の街で破壊行為を繰り返して来た訳だ。何百年と続くアクストゥルコの惨殺劇には、そういう絡繰があったのだ。

 ただ疑問なのは、そんなことが果たして独力で出来るのかということだ。冬眠をする生物はいる。でも何年、あるいは何十年単位で眠る哺乳類はいない。それとも銀狼は、種族としてそういう生物なのだろうか? だとしたら俺の最悪な想像は、ただの杞憂にすぎないんだが。

 でも話を聞く感じ、そんな訳なさそうで。


 推測は間違っていて欲しかった。しかし答えは出されてしまった。


「カリナはコールドスリープって言ってた」


 聞いたことのない単語だ。だがその一言だけで、アクストゥルコの行ってきた時間を跳躍した睡眠が、彼女の意志によるものでないのは、すぐに理解できた。それに都市伝説が産まれることとなった、いわゆる黒幕というのが誰かも理解できた。


「コールドスリープ。なんだそれは?」


 一様質問したが、その実そこまで期待していない。だって原理が分かっているなら、ここまで回りくどい言い方にはないってないだろうから。

 そしたら返事は案の定「よく分からない」だった。ただ気になることも言っていて。


「よく分からない。けれど意識を取り戻した時、たいてい身体は冷たかった」


 その実体験から推測できることはあった。


「低体温化で活動を鈍らせて保存……。ただし年単位、それも季節は問わない。身体能力もそこまで落ちていない。冬眠にも思えるけど全く違う。

 遠くの国で、氷漬けにされた生物が何百年も経ってから蘇ったなんて話もあったな。でもそれだって眉唾もんだし。しかもアクストゥルコの場合は人為的だろ? 今だってそんなこと無理だ。ましてや千年前の文明で」


 その言葉を言いかけて、思い出す記憶が一つあった。


「待て……。もしかして目覚めた時に、何か。容器のような物に入れられてなかったか? 液体の入った入れ物だ」


「凄いな。よく分かったな。眼を瞑って次に開ける時には、そんな感じのにいつも入ってた。水の中だっていうのに、息苦しくないから不思議だ」


 それがどうしたんだ? 視線を投げかけてくるが、その質問には答えることができない。というより、答えられない。こっちも分からないことだらけなのだ。


「少し気になっただけだから忘れてくれ」


 アクストゥルコは耳を尖らせて、警戒するようだったが、何かを察知したらしく、ぺたんと耳を伏せると、敵意なく彼女は頷いた。


 カリナとアクストゥルコの関係性からは、驚くほど沢山の情報が新出した。そのせいで更に混乱する羽目になったが、この後落ち着いて、時間をかけて整理すれば、見えてくることもあるだろう。そして今の時点でも、これくらいは考えられてしまう。


「カリナとアクストゥルコは不老不死か?」


 少し突飛ではあるが、飛躍しすぎではない。

 寝て起きてを繰り返して、時間を跳躍していたとしても、それだけで千年は無理だ。冬眠や休眠をする生物は多くいるが、それだけで千年生きれる生物なんて、少なくとも俺は知らない。そんなやり方では栄養が絶対的に足りない。

 だからこそ彼らが、千年と存在してきたことが間違いないならば、不老不死の肉体だって、否定できるものじゃない。


 長命とされる銀狼は、それでも二百年しか生きられない。そして人間は、生きれてせいぜい六十年だ。たまに八十、九十というのも聞くが、言ってもそんなもんだ。

 そんな寿命では、通常の手段では、どうあっても千年という長い時間を、存在し続けるのは無理だ。


 しかしカリナには、魔術という魔法と似て非なるものがある。暦魔法には不老不死の呪文はないが、創世魔法や使い手がいなくなったとされる深淵魔法は分からない。俺も世界全てを知っている訳ではないから、未知の概念に対して、自分の尺度だけで量ることは出来ない。


 不老不死の相手なんてどうしようもないから、個人的にはすっぱり否定して欲しいのだが。


「あたしは……言ったろ? 眠ったり起きたりを繰り返してる。世界は長いこと時間を進ませたかもしれないが、あたしが活動した時間は、体感だけど十年もないぞ。ただカリナは、多分コールドスリープをしていない。あいつの不死性は……どうなんだろうな」


 自分に関しては否定してくれたが、カリナの不死性は限りなく高くなった。

 話を聞いた時点で、【アクストゥルコの生死に関して、決定権がありそうなのはカリナの方】。とは思っていたので、想像の範疇だが、その答えは困る。不老不死かもしれない奴を相手取るのは、流石に手に余る。それに彼女の答えには、もう一つ困ることがある。それというのが、アクストゥルコはカリナに監視されているのでは? ということだ。


 アクストゥルコが直接の裏切り者にならなくても、この会話が何かしらの手段で、聞かれている可能性が出て来た。

 生死を左右できる上に、いつも付き纏っているという。アクストゥルコは隠れて動いている訳じゃないが、それでも彼女の行動範囲は大変広い。そんな彼女の窮地に、いつも駆け付けられるなら、常に近くにいるとか、何かの手段で監視していると考えた方が無難だ。


 アクストゥルコにする話を、慎重に吟味していたのは、第三者に聞かれたり、彼女がカリナに話すなどして、情報が漏れるのを嫌ったからだ。既に不利な状況での情報戦だから、これ以上、後手に回りたくなかった。

 だから、情報が筒抜けだと思わしい今の現状は……。【やばい】なんてものじゃない。取り返しがつかないかもしれない。


 ただ……。アクストゥルコからカリナの話を聞くには、素直に事情を伝える他なかった。どうしようもなかった。

 とてもじゃないが気持ちは切り替えられない。でもやるしかない。停滞する方がまずい。訊きたいことも思い出したし、話したことが筒抜けだとしても、何か対策を講じるなら、アクストゥルコと話さなくてはならない。


「訊きたいことを思い出した。いいか?」


 尋ねるとアクストゥルコは頷いた。それで一呼吸を挟んでから訊いた。


「カリナの目的は何だ?」


 思い当たることはあるのか。アクストゥルコは頭を軽くひねって、うんうん唸りだした。やがて、少し自信なさげだったが、話し出してくれた。


「あいつには多分だけど、二つ目的がある。個人的な目的と、公的なものって言ってたっけ……。個人的な方は、あたし関連だから、放ってくれて大丈夫。誰にも関係ない」


 【あたし関連】。その言葉だけで、先程の話と結びつけができる。わざわざ藪をつつく必要もない。


「なら、その公的なものってのが何なのか、聴かせてくれないか?」


 先程と同じようにうんと頷く。しかしそこで止まってしまう。言うのに憚られる内容なのか。けれどそれだけは、どうしても聞かなければならない。頼むからと催促する。

 すると自信なさげに言った。そしてそれを聞いて俺も、それは意味が分からないと思った。


「物語の完成」


「は?」


「物語の完成が自分に任せられた役割だって言ってた」


「物語の完成?」


 何を言っている? それが率直な感想だ。それ以外に何も出てこない。アクストゥルコの様子から、その言葉が嘘でないのは分かるのだが、それでも疑いたくなる。


「それは詩人や物書きが作るようなものか?」


「あたしは人間の文化に疎いから、そんなことは分からない。でも……個人で叶えられるものだとは思えない。あいつの反応から、なんとなく察せた」


 意味が分からない。その一言に尽きる。

 アクストゥルコの語る内容が真実で、カリナの目的が本当に【物語の完成】なら、自分は今何を警戒して、何と戦うべきなのか。戦う舞台が違いすぎてはいないか?


 カリナの目的がこんな訳の分からないものであれば、アクストゥルコが自信をなくして、話すのを躊躇するのも当たり前の話だ。

 セアを拾ってから、まるで狙ったかのように、事件が立て続けに起きた。加えて彼女には、図られたように特殊な力があったから、俺はてっきり、彼女の力の何かが狙いだと思っていた。だがカリナをよく知る人物は、そいつの目的は【物語の完成】だと言った。


 意味が、意味が分からない。


 通常。相手の目的さえ分かれば、それがよっぽど極端なものでなければ、妥協点を見つけられるものだ。不老不死の相手とはまともに戦いたくもないし、妥協点を見つけられるなら、それに越したことはない。だから相手の目的を知るのは、非常に重要なことであると言えた。


 相手の目的が例えばセアを殺すことなら、俺は拾った者の務めとして、情報を集め対策を立てて、徹底抗戦をする他ない。だが逆にカリナの目的が【セアの不思議な力、あるいは彼女が使える創世魔法の利用】であるなら、交渉の席に着くことは、多分出来ただろう。


 けれどそのどれとも違う、新しい概念。【物語の完成】の登場に、思考がかき乱された。


「どういうことだ?」


「あたしが知るか」


 アクストゥルコはぷいと顔を背けた。これ以上は分からないと態度で言ってくる。

 アクストゥルコには申し訳ないが、その態度に少し苛つく。俺だって出来るものなら、そう言って投げ出したい。でも、そうもいかない。カリナの目的は、俺にとっては意味不明だが、その【物語の完成】とやらに、それでもセアは関わっているのが、これまでの状況から見えてきてしまう。


 うんうん頭を捻らせると、「おい」と声をかけてきた。

 今、忙しいんだが。思いながらアクストゥルコの方を見る。すると彼女の体はまばゆい銀の光を放って、発光し始めていた。


「そろそろ時間が来る。お前とここまで長く話したことは無かったからな。時間切れがいつかは分からなかっただろ? あたしだってまさか、夜明け近くまで話すことになるとは、思わなかったけどな」


 アクストゥルコは睡眠の時間がなくなったことを、あーあと嘆いていた。俺への当てつけかな? 当てつけだろう。

 実際時間を奪ったのは事実だ。それにこれからも、まだまだ時間を奪うのは決定している。

 だからアクストゥルコの言葉は受け止めて、次はいつ会えるのかを訊いた。彼女はやっぱりそうなるのかと、顔をしかめたが、それでも「次は半月の時だな」と親切にも教えてくれた。


「なら七日後か」


「そうなんだ。まぁ雲がかかってたら無理だけど。それにあたしの気分次第でもダメだ」


「分かった」


 もう強い立場も何もない。だから反発せずに頷く。それに余計なことを言わなくても、多分こいつは、こんなことを言いながら、次もまたどうせ話してくれる。

 アクストゥルコの人間性は、今夜だけで十分理解できた。何故だか知らないが、あっさりしてるくせして、この殺人鬼は義理や道理を重んじる。

 だから何か図ることでもしない限りは、こうやってまた、夜のお喋りに付き合ってくれるだろう。


 月が姿を隠し、代わりに地平線の彼方が、白み出す。それに伴いアクストゥルコの姿は変わっていく。彼女の身体は骨格から変化して、姿勢が前傾する。同時に体毛も増えていって……。


 そんな変化を漫然と眺めていたら、何か言い残したことがあるような気がした。

 ああと思い出す。しかし思い出したはいいものの、これを言っても良いものかどうか。余計なことを言ったがために、次はもう会えなくなるかもしれない。──そんな悩みは一瞬だった。

 アクストゥルコは、きっとそういうことを気にしない。むしろ隠される方が彼女にとっては不快になるだろう。


「ああ。そうだ。俺は【お前】じゃない。アルトだ」


 アクストゥルコは自分をお前と呼ぶことを許さなかった。そこにどんな理由があるかは知らないが、俺だってお前呼ばわりは嫌だ。俺はプライドがなんか有り得ないぐらい高いし、ちゃんと師匠と一緒に決めた名前がある。強い立場ではないけれど、弱い立場ってこともない。

 対等に接する。これがアクストゥルコに対する、最も正しい態度なのだと、今日のことで思った。


「……分かった。アルト、またな」


 アクストゥルコは変わってゆく姿で、イヌ科特有の長く伸びた口元を歪ませて、悪者らしい笑みを浮かべていた。


✳︎


「はぁ」


 昨夜のことを頭の中で整理し終えて、ため息ひとつ。収穫は多いが、めんどくさい出来事だったなと思い出して。


「あっ、またため息をつきましたね? いけませんよ! そんな何度も〜。何かが大変そうなのは分かりますけど、ため息ってすればするほど、幸せが逃げちゃうんですから」


 するとセアが人差し指を立てて、説教をしてきた。何十本と花を創造しているのに、よくそんな元気があるなと内心思いながら、「うるせえよ」と返す。

 セアは、ああーーいけないんだぁ! みたいなことを言っていたが、もうほっとくことにした。


 純朴なセアを見ていたら、改めて昨夜のアクストゥルコの姿が脳裏に浮かんだ。


 殺人鬼のくせして妙に純粋なアクストゥルコ。自分には得のないことなのに、進んで茨の道を進むセア。そして愚直なまでに家事に取り組むヘテル。表と裏、ちゃんと使い分けなければ、馬鹿を見るというのに、どいつもこいつも呆れるくらい真っ直ぐだ。


 過去、表と裏を使いこなせなかったために、散々辛い立場に立たされた俺から言わせれば、こいつらはあまりに世間を知らなさすぎる。そんなんじゃ生きていけない。

 だがどうしてだろう。世間を一番知っている筈の俺が、この一行の中では、一番馬鹿を見ているのは。


「はぁ、めんどくせぇ」


 そりゃため息もつきたくなるさ。自分の馬鹿さ加減に。



第104話 終了

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