銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第6話 信じる心

公開日時: 2020年9月2日(水) 18:30
更新日時: 2021年4月29日(木) 13:35
文字数:4,861

銀の歌


第6話


「アルト……さん…………」


 その言葉を言った瞬間に気づいた。気が動転してるとは言えこの場面でこの言葉はおかしい……。恩人に迷惑はかけられないだろが!!


 自分で自分を叱咤する。そして慌てて取り繕う。


「いえ…………そうですよ! あなたは捨て駒以下の存在!! 知り合いでもなんでもないじゃないですか!!」


 頬を濡らし、流れ落ちていく何かの感触を感じながら、大声で叫んだ。けれど混乱していたからだろうか、伝えたいことが上手には言えなかった。それでも言いたいことは、目の前に立つアルトさんに確かに届いた筈だ。けれど彼はなんの反応もせずに、ただじっとユークリウスさんの方を見つめている。


「どうした? 自分がその女の仲間でないことを示すのであれば、貴様の安全は我々。王国聖騎士団コスタリカ、王国剣士長主席ユークリウス・ラーレアンの名の下に保証しよう」


 さぁこっちへ来いと、ユークリウスさんは手招きをする。アルトさんは依然として無言のままだ。だが、やがて十分に場が静かになっていくのを確認すると、ばつが悪そうにアルトさんは話し始めた。


「ユークリウス剣士長、今まで口を開けないでいた事、礼を欠いてしまった事にはどうかお許しを」


「うむ……それくらいでどうこういうほど狭量ではない。大方貴様……いや、君も急な展開に混乱していたのだろう。気が動転してしまい、即座に対応する事が出来ないのは当然だ」


「ご配慮ありがとうございます」


 アルトさんは目の前で恭しく頭を下げる。


 その意味がわからない程、頭が悪くはないつもりだ。分かってはいる。わたしは、アルトさんに助かって欲しいと望んでいる。

 けれどどうしてか、悲しみがこみ上げてくる。助かって欲しいと考えながらも、落胆する自分はなんて自分勝手なのだろう。悪い子だ、そう分かっていながらも、ユークリウスさんの話が先に進むほど、つい考えてしまう。


「という事は……やはり君はその女に操られていた。ないしは脅されていたと考えていいのか?」


 あなたは……わたしを捨てるんですねと。


 けれど、その想いが体に充満するより先に、アルトさんの言葉が辺りによく響いた。


「いいえ、それは違います」


 アルトさんはきっぱりと言い切った。


 ユークリウスさんの背後にいる騎士団の一行は皆一様にギョッとして驚く。

 彼らが驚くのは当然だ。わたしだって驚いているのだから。この状況で垂らされた蜘蛛の糸にどれほどの価値があるか。それがわからないアルトさんではないだろう。


 仮にアルトさんが本当に、殺人鬼の仲間だったとしても、自分が助かるために、その糸は絶対に掴まなければいけなかった。しかし彼はその糸を手に取る事はしなかった。どころかそれを振り払うほどの、強い口調で。

 騎士団の皆が驚いている中、ユークリウスさんだけはまるで関心がない。はなからどうでもいいといいたげな面持ちで口を開く。


「そうか……それが君……。いや貴様の答えか。であれば加減はしない」


 ユークリウスさんは再度右手を上げる。号令の構えだ。

 その時アルトさんが、再び口を挟んだ。


「ユークリウス剣士長……私が先にも言った通り、彼女は決して殺人鬼などではありません。また私も殺人鬼の協力者などではない。

 彼女が怪我をしているのは事故で。何も言えないのは記憶をなくしてしまっているからです。知り合って数日ですが、彼女はそんなことをするような人物ではないと、私は思う。少し腹は立ちますが……知らない世界の中でも、彼女は明るく前向きだ。その心は純粋で、卑しい陰気を見つけられない」


 アルトさんはしっかりとした芯を持って、王国聖騎士団へ言葉をかける。その口ぶりはどこか達観したものに聞こえる。

 ──そして彼は大きく息を吸うと、闘志を込めて咆哮した。


「記憶がなかろうが、そんな心根のこいつが、人を殺したとは俺にはとても思えん! だから……あんたらに引き渡す事はできねぇよ!!!」


「……!」


 口に手を当てて声を押し殺す。アルトさんにこれ以上荷を背負って欲しくなかったからだ。だけど涙は、わたしの考えを無視して、幾度も頬をつたって、ぼたぼたと地面に落ち続けた。

 アルトさんがその言葉を言い終わるのと同時に、天高く挙げられた、ユークリウスさんの手は、静かにわたし達に向けて振り下ろされた。


✳︎

 ユークリウスさんの後ろにいた剣士達が一斉に攻めかかってくる。

 でもユークリウスさんと、彼の左にいる矢筒を備えた水色の髪の女剣士、それから、右にいる青い目の茶髪の男だけは動かない。どうやら彼らは、まだ戦いに参戦しないようだ。


 ユークリウスさんが動かないでいてくれるのは、わたし達にとってありがたい。


「剣兵等聞け! 相手が二人だからと言って油断はするな! 小班を組みながら連携して攻めろ」


 ユークリウスさんの隣にいる水色の髪の女剣士が、凛として叫んだ。腹の奥底にまでも響く良い声だ。どうやら彼女は現場での指揮官のようである。彼女の指示通り、一人で攻めかかってくる者は誰もいない。間合いを計りながらジリジリと、しかし迅速な行動で、彼らはわたし達の死角を取ろうと動く。

 なのでわたし達も、彼ら全員が視界に収められるように、徐々に徐々に後ろに後退していってしまう。


「セア……お前はもっと後ろに下がっていろ」


 アルトさんは言って、右手で腰の部分から刃渡り二十cmほどの短剣を鞘から抜いて取り出した。しかしその武器は相手の剣……。刃渡り八十cm程の剣と見比べると、とても頼りない。だが彼は、わたしを後ろに下がらせた後、自分の身体で隠すように、一歩前に踏み出した。

 自分を囮に、わたしだけを敵の間合いから外したのだ。それを見ていた剣士達からは戸惑いと侮蔑を感じる。


「ふん、バカなやつだ! これだけの人数を相手に一人、前に踏み出すなんてな!! だがまぁその心意気だけは買ってやる。すぐに葬ってやるよ!」


「あっ。おい! バカ! 勝手に前に飛び出すな! ……仕方ない。ドルバのフォローをするぞ。一小班俺とこい!」


 一人の剣士が他との連携を無視して飛び出してきた。相手方は慌てた様子で、隙だらけに見えるが、そんなこと素人のわたし達には関係がない。

 相手の隙なんかを考えるよりも前の話で、そもそもまだわたしは、戦う覚悟ができていない。

 できればずっとこのまま睨み合いが続いて欲しいと思っていた。だって始まってしまったら、絶対に生きていられないのだから。

 アルトさんは商人だ。きっと闘うことになんか、慣れていないから……彼が殺されてしまう。


 けれど自分の気持ちに反して、状況は刻一刻と変化していく。ドルバと呼ばれた青年が、アルトさんの間合いに踏み込んだ。そして剣を……今! 振りかざした。


するとカアアアアンと、金属と金属がぶつかり合う音がする。わたしは驚愕から目を見張った。自分が目にしたのは、小型の短剣で、強靭な剣を受け止めるアルトさんの姿だった。


「何!?」


 ドルバと呼ばれた剣士が─驚愕からだろう─声をあげた。当然だ。およそ彼らの力量の差は歴然で、武器もさることながら、アルトさんはただの商人だ。見た目だってそんなに強そうには見えない。それに対してあちらは、日頃から鍛錬を重ねているだろう剣士。服越しからでも分かるほど、筋肉は肥大していて、しっかりとした体つきだ。

 そして相手の一撃は決して稚拙なものではなく、殺気に満ちた勢いのある一振りだった。けれどアルトさんは、それを事もなげに受け止めてみせたのだ。これを驚かないわけがない。

 そしてアルトさんはバキィと、鍔迫り合い中の相手の剣をいともたやすく砕き、相手が怯んでる隙に、左目を狙って短剣を振るった。

 鮮やかに鮮血が宙に舞う。返り血はアルトさんの髪やマントに降りかかり、それらを赤く染めた。


「ぐぉぁぁああ!!!」


 ドルバさんは苦痛に喘いで、左目を手で抑えながら、もたついた足で後退していく。その光景を目の前にして、ユークリウスさんがただでさえ細い目をさらに細めた。

 辺りの剣士達の警戒度が、目に見えて引き上がったのが分かった。まぁでもそれはそうだろう……。彼らは油断するなと言われていたが、どこかできっと【相手は一人だけ、それもあんなヒョロそうなやつ】と言った侮りを持っていたと思うから。


「どうした……かかってくるんだろう?」


 しかし口を嫌みったらしく吊り上げ挑発したアルトさんを見て、完全に相手側の油断は消え去ったことだろう。ここからが本当の命の取り合いになっていく。


 ……けれど、なぜ。なぜアルトさんは、挑発をするのだろう。


✳︎


「てやぁ!」


 一人の剣士がアルトさんの死角、斜め後ろから斬りかかる。しかしアルトさんはそちらを見もせずに、ひらりと横に跳ねてかわす。だがそこに行くのをあらかじめ予知していたようで、間髪入れず別の剣士が前面から斬りかかる。ドウ! そんな擬音が似合いそうな肉薄だ。


 けれどアルトさんはその前面の攻撃を右手に持つ細い短剣で受けきる。


「そんなもんに当たるかよ!」


 アルトさんはそう言うと空いている左手で、兵士の顎を下から殴りつけ頭を揺らした。殴られた兵士がフラフラとのけぞっている所をさらに思いっきり蹴りつけた。


「ぐぁぁ!!」


 蹴られた剣士は身体を地面にこすりつけ土煙を巻き上げながらふっとんだ。その後も幾人かの剣士が指揮官の女剣士の指示のもと連携を組んで、多種多様な角度から斬り込んでくるが、アルトさんはかすり傷を追いながらもそれらを全てすんででかわす、あるいはいなしている。


 そうして一通りの攻撃が終わり束の間の猶予一旦の睨み合いが始まった。お互いにハーフタイムが必要なのだ。アルトさんは休憩という意味で、敵の兵士達は作戦の練り直しという意味で。

 剣士達は数で圧倒的にわたし達より優れているが、アルトさんはそれを補える程に強いのである。多分この場にいる誰よりも。ユークリウスさん……と隣にいる彼らはまだ動いていないので絶対にそうであるとは言い切れないが。けれど少なくとも今現在戦っていた彼ら十五名ではアルトさんには決定打を与えることはできなかった。わたしはこの事実に安堵する。


 未だ続くかと思われた静寂は、ユークリウスさんの隣にいる茶髪の男性が動いた事で破られた。スタスタとその男性は兵士達の前を横切りわたし達の前までやってくる。


「貴公、先程までの君に対する侮りをここにいる者達に代わり謝罪をしよう。君ほどの剣の手練れは王国にもそうはいまい。それほどの剣技……いや君の場合は体捌きか。それほどの腕前を身につけるのにはそれ相応の努力が有ったことだろう」


 なんだかこの人の話し方、立ち振る舞いからは気品というものを感じられる。それにこの人……わたし達に対して好意的ではなかろうか。これはひょっとして。


「ただの悪漢にしておくには惜しい存在だ」


 その言葉を聞き、つい期待を持って「なら」と聞き返す。続けて、わたし達の事を見逃してください。そう言おうとしたけれど、相手の言葉に断ち切られた。


「だが!! それほどの腕を持ちながら! どうして民を襲った彼女を守るのだ!! どうして友を、ルキウスをこの世界から奪ったのだ!!!!」


──ビクリ!!


 茶髪の男性の態度が、ガラリと変わったことで、気迫に押され、それ以上は何も言えなかった。今までの物腰柔らかそうな態度は消え失せ、憎しみと殺気に満ちたものに変わっていた。

 彼は悲しみと激情を吐露する。わたし達からすれば人違いもいいところだが。彼の嘆きは同情できる部分が多くある。彼の友人はきっと殺人鬼に殺されたのだ。そしてそれはとても悲しいこと。

 けれど、わたしはきっと殺人鬼とかではない。守ってくれているアルトさんのためにも、記憶喪失だけど、それでも自分を信じたい。だから……。


「違うぞ……俺達じゃない。お前の敵は他にいる」


 アルトさんはわたしの気持ちを代弁してくれた。けれどやはりわたし達の言葉は、彼らに届くことはない。


「我が名はラーニキリス・ラナン。由緒正しきラナン家の長男。剣兵長である。友の仇討たせてもらう……。さぁ、いくぞ!!」


第6話終了

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート