銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第53話 滝より来たる怪物

公開日時: 2020年10月30日(金) 18:30
更新日時: 2020年11月2日(月) 10:27
文字数:6,083

評価、応援いつもありがとうございます。気付いたら千いっててびっくりしました。なかなか言えてなくて申し訳ないですが、本当に感謝しております。


銀の歌


第53話


「ふぅ。大分歩いたか……」


 テテネちゃんが先導して歩く中、ゴシゴシと額を拭うアルトさん。


「ふぅ〜。ですかね」


 私も頷く。テテネちゃんの里を出て数十時間。幾度かの休憩を繰り返して、ようやくここまできた。

 獣道なんかよりもよっぽど過酷な、道無き道を歩いてきたので、もうクタクタだ。途中立っては通れない道があって、匍匐前進で進んだりもした。


 そしてそんな危険な道中になることが予想されたから、シーちゃんに関しては、別の道から進んでもらって、合流地点で待ってもらう手筈となっている。シーちゃんの行く道は、時間がかかる代わりに平坦なのだ。

 しかしだからと言って、馬を一匹にしておいたら危険じゃないかとは思う。でもアルトさんの、「こいつなら大丈夫。お前より頭いいだろ?」の一言で、黙らざるを得なくなった。

 ともあれわたしは、旅の辛さというものを、そんな感じで日々味わっている。


✳︎


 ふと耳をすませば、滝の音が遠くから聞こえて来た。どうやらわたし達は、空車で通ってきた、あの巨大な滝の近くまでやって来たようだ。


「お兄さん達、そろそろ着くよ」


「そうか、分かった。案内ありがとう」


 テテネちゃんは流石に原住民……? なだけはある。疲れた様子なんかおくびにも出さない。あのアルトさんだって、少しは息を切らしているというのに。


「ふぅー」


 言葉を発しようとして喉がつまる。代わりに出てきたのは大きな吐息。前を歩いていた二人が、何事かとこちらに振り返った。


「おろ。ああ、すまない。もう少しで遺跡につけるってんで、気が焦ってたな。もうすぐみたいだし。ゆっくり歩くか」


 アルトさんは近寄って、背中をさすってくれた。


「テテネ、それでも大丈夫か?」


「うん? ワタシは大丈夫だよ。それくらいなら依頼には支障ないし」


 同意は取ったと、アルトさんは肩を貸してくれた。でもそうすると、当然身体は密着する訳で……。

 アルトさんの身体もわたしの身体も、汗で湿っているから、服越しだとしてもベタベタする。でも残りの体力は少なかったし、アルトさんの好意も無駄にはできない。

ーーああ。こんな時ばかりは、テテネちゃんの軽装が羨ましい。


「ごめんなさい。アルトさん」


「気にするな。遺跡へは、俺が行きたいと願っていたんだから。今回は俺が付き合わせる側だ」


 こちらも見ずにそう言って、わたしの身体を支えて歩く姿は。確かに、ここではないどこかへ、心を置いて来ているようだった。自分で行きたい場所だと言っただけはある。本当に、遺跡に辿り着くのが楽しみなんだろう。


 そんなアルトさんの楽しみを、お預けさせてしまっている事に気づいて、道中がつまらなくないように、せめて何か話題を提供できたらなと考えた。


「ねぇ、アルトさん?」


「なんだ」


「そういえばなんですけど、商売の時アルトさんって、どういう風に取り引きしてたんですか? 何か凄いことでも言ったんです?」


 尋ねるとアルトさんは、気まずそうに黙っていた。

 おっ、これはいい会話の種になるんじゃないか? わたしは感じ取って、さらに掘り下げていく。


「いや〜わたしは獣人語わっかんないですからねー。あの時、アルトさんが何て言って交渉してたのか、実は凄く知りたかったんですよ! 時折見せたドヤ顔? 悪い顔? も気になってましたし」


 うんうん頷きながら、噛みしめるように言う。そうするとアルトさんは、ますます気まずそうに眉をしかめさせたが、観念したのか、ややあって口を開いた。


「あ〜。俺が悪い顔してた時って、多分あれだろ? 会話が始まってからの、結構序盤の方のやつだろ?」


 序盤に限らず、至る所で悪人ヅラしてたけど、言わぬが花か。そう考えて、こくりと頷いた。


「ありゃあな」


 何を気にしてか、前を行くテテネちゃんの方を、ちらりと見ると続けた。


「『この里は食料事情がかなり困窮してますよね』って軽く脅しただけだ」


「うっわ」


 ドン引きすると、アルトさんは「だから言いたくなかったんだよ」と、珍しく本気で嫌がっていた。

 この人なりの譲れない点というものなのか。悪人っぽい振る舞いを、よくしているアルトさんだが、それでも村長さんを脅す時に、何か良心の呵責でもあったのかもしれない。


 アルトさんの心情を察して、黙ろうかとも思ったけど。話の内容には気になるところがあったし、ここまで来たら、もうちょっと事情を聞いておきたい。それに、このことを聞くのは、彼への理解を深めるということにも繋がるし。


「へぇ。アルトさんは何で、テテネちゃんの里が、食料事情が困窮してるって気づいたんです?」


 アルトさんは『この野郎』といった、殺意の瞳を向けてくるが、気にしないで彼の返事を催促する。

 根負けしたのか、くたびれてアルトさんは言った。


「はぁ。ここらのな……。生態系が乱れてるんだよ」


「なるほど?」


「分かってないじゃん」


 知ってたよ。そう言わんばかりに、アルトさんは続けた。


「本来この辺りにいる奴がいなくて、いない奴がいる。そういったことを、獣人の里に着くまでにいくつか見た。ほら、例えばグルーガ・ハリフとかがそうだ」


「なるほど……。なるほど?」


 ほんとに分かってんのか? 訝しげな雰囲気をアルトさんから感じるが、流石にこれくらいなら理解できる。うん、多分、理解しているはず。


「で、まぁ食えるものが無さそうだなって考えて、そこを言ったんだ」


「なるほどぉ」


 うんうん深く頷いて見せると、アルトさんは目を伏せた。これで話は終わりだということだろう。しかしまだ、わたしの内には疑問が残っている。


「待ってください。それじゃあなんで生態系が乱れてしまったんですか? 原因とか分かったりしますか」


 アルトさんが彼らを脅したとは言え、それでも食料を売ったことだけは確かだ。それで獣人達の食料事情が、多少は改善したかもしれない。でも一人の商人が持ち運べる食料なんて、たかが知れているだろう。

 テテネちゃんの里に、何人くらいが暮らしているのかは分からないが、馬一頭の積荷だ。きっと数日も持たないだろう。ということは、生態系の乱れの原因を突き止めなければ、すぐにまた食料が困窮するのではないだろうか。


 そんなことを考えての言葉だったが、アルトさんはあまり良い顔をしなかった。

 なんとなく、そういう顔をされるかなとは思っていた。この人は悪い人じゃないけど、何でもかんでも引き受けてくれる人でもない。だから面倒だと感じたら、手を引いてしまうのだろう。

 でも、わたしはそんな彼に助けられたーー助けてもらっている訳だし。頼み込めば助けてくれたりしないのかな?

 もしそれが本当にダメだったとしても、原因だけでもテテネちゃんに伝えてもらえれば、何か出来ることはあるんじゃないのかな。


「……うんん。そうだな」


 アルトさんは歯切れ悪く、上空を仰ぐ。どうするべきか思案しているのだろう。そんな彼の横顔を、『どうか助けてくれるように』と願いを込めて見つめる。

 すると「まぁいいか」そんな声が聞こえた。どうやら話してくれるみたいだ。


「多分。外来の上位種が現れたんだと思う」


「上位種?」


「ああ」


 聞き慣れない言葉だが、どういうことだろうか。


「上位種ってのは……そうだな。元々そこの生態系の一番上に、君臨するやつがいるとするだろ? 水辺だったらグルーガ・ハリフ。陸地だったらレギオン。んでそういったやつらより、更に強いやつのことだ。

 ああでも上位種っていうのは、俺の造語だから、あんまり気にしなくていいぞ」


 なるほど、まぁだいたい分かった。でも、だからなんだと言うのだろうか。一番上の子が新しく変わるだけでしょう? 腑に落ちなくて、悶々としていると、アルトさんは更に説明を続けてくれた。


「……問題なのは外来ってことだ。元々そこにいる奴なら、生態系は崩れたりしない。何だかんだ調和が取れてるから。レギオンも増えすぎないし、アルゴザリードも増えすぎないし、木々も生えすぎない」


 わたしの身体を支えながら歩くアルトさんは、長く話しているのもあって、少し疲れてきてしまっているようだ。

 わたしのために、なるべく分かりやすく説明しようとして、脳を使っていることも、疲れの原因の一つとして挙げられるかもしれない。

 だから一言声をかけて、支えてもらうのをやめてもらった。けれど説明はまだして欲しかったので、そちらは続けてもらえるようお願いした。


「ふぅ。……そんな場所に、圧倒的な上位者が突如として現れる。するとそれだけで生態系は大きく乱れる。なぜなら元々君臨していた奴が追いやられ、別の場所に行ってしまい、そこで又生態系の乱れを引き起こすからだ」


 「ほら、あのグルーガ・ハリフとか」アルトさんは言う。それを聞きわたしもグルコサミン※のことを思い出す。


※グルーガ・ハリフのこと。


「んで、そういうもつれが広がっていって、その地域全体の生態系が乱れた……ってところじゃないかな? ここ最近、この辺りで災害があったって話も聞かないし」


 アルトさんの言葉は、あくまでも推論から成り立っているから、必ずしも合っているとは限らない。でも彼の推理力が高いのは知っている。当てずっぽうじゃないのも知っている。だからその話を、取り敢えず事実だと仮定して頷いていく。


「ふーん。するとその生態系を乱した悪い子って誰ですか?」


 尋ねると、前を歩いていたテテネちゃんも、興味があるみたいで、「それは気になりますねー」なんて言って、耳を揺らしていた。

 アルトさんは「期待に添えるかは分からないけれど」と前打つと言った。


「恐らくアタラルドだ」


「「アタラルド?」」


 わたしとテテネちゃんの声は重なった。というか何だったら、彼女の声の方が大きかった。やはり自分達のことに深く関係することだと、気になるらしい。彼女はなんだか、うずうずとしていたから、そんな気になるならと、発言を譲った。


「それで、そのアタラルドっていうのは何でしょう?」


「ああ、アタラルドは巨大な鳥だ。大きさはだいたい、成人した人間(マヒト)を二人乗せられるくらい。

 一箇所に留まることなく、常に世界中を飛び回っているから、滅多にお目にかかることはないけどな」


 相変わらず博識だ。でもそんな鳥が何故? そんな意味を込めた視線を投げると、アルトさんは眉をあげた。


「たまにさ。へそ曲がりがいるんだよ。気に入った場所に降りてって、そこを住処にしちゃうのが」


 はぁとため息をつく。それに比例して、アルトさんの足取りも重く遅くなるようだった。


「そんなのがいるんですか。えっと……一様他の生物って可能性はないんですか?」


 多分と言いつつ、断定するような言い方だったから、ちょっと気になったのだ。いつもだったらもう少し、色んな可能性を考えて、それに対応しようとするから。ほら、テテネちゃんだって、何だか納得いっていない様子だし。

 そんな考えを、それでもアルトさんは、強い口調で「それはない」と言い切る。


「どうしてですか?」


「今回、生態系が壊れた範囲が広いからだ」


「広い?」


 アルトさんは神妙な顔つきで、わたし達の方を見た。


「陸地だけでなく水辺にも影響が出ていたろ? そりゃ片方が壊れたら、他の所もある程度は変わると思う。けどな、グルーガ・ハリフとレギオンが、一緒になって生息域を変えるってのは、よっぽどなんだよ。あいつらだって決して弱い訳じゃない」


「ん? 待ってください。【アタラルド】は鳥なんですよね? だったらなんで水辺にも影響があるんですか? それこそ、アルトさんの理論に矛盾がありませんか」


 当然と思ったことを口にするも、アルトさんはそれを否定する。ここまで頑な彼は本当に珍しい。


「あいつらはな水空両用だ」


「す、すいくう?」


「泳げるんだよ。厳密にはちょっと違うけど」


 鳥なのに? ペ◯ギンの最終形態かな?

 やっぱり聞いていて、色々疑問に思うけど、多分取り合ってくれないだろう。

 なんだろう。なんというか焦ってるように見える。話せば話すほど、どつぼにハマっていくようというか。何を考えているんだろうか?


「一様……他にも対抗案はあるぞ。ないわけじゃないんだ。ただ他のやつじゃ無理だと思う」


「何故です?」


「例えばテノーフォクスって狐がいるが、そいつらはちょっと賢すぎる」


ーー?

 ちょっと話がせっかちすぎませんか。論文じゃないんだから、結論ばっかり先に言わないでほしい。


「賢すぎるとダメなんですか?」


 余計な質問が増えてしまっている気がする。本当にどうしたというのだろう。そんなに急いで。

 気づけばアルトさんの足取りは、まただんだんと早くなっていた。追いつくので精一杯だ。周りが見えなくなっているのだろうか。前方を向いたっきり、こちらに視線を移さなくなってきた。


「テノーフォクスは何より世界の均衡のことを考えている。人間よりもよっぽど、この世界を大切にしているぞ。そんな奴らが、わざわざ生態系を荒らすはずがない。何よりあいつらは気配を殺せる」


 なにその狐怖い。


「他にも海王類って奴らがいるが。読んで字のごとく海にいる奴らだから、いくら深かろうと川や湖にはいないよ」


「へぇ〜なるほど」


 アルトさんの話の根拠は理解した。やっぱりちゃんと考えての結論だったのだ。所々疑問に思うけど、一様納得できたし。それに今の彼に何を言っても、考えを変えてくれない気がする。だったら彼に余計な心労を負わせないよう、黙っているのが賢い選択に見えた。


 もう納得したから、もう説明は大丈夫だから。だからもう少し歩く速さを遅くしてほしい。

 アルトさんに言おうとするが、今の彼に、どう声掛けするのが正しいのか分からなくて、二の句が出てこなかった。


 あっそうだ。ほら、テテネちゃんだって遅れてるしと、彼女のことを考えて振り返る。そして気づく。


「テテネちゃん?」


ーーいない。

 テテネちゃんの姿が影も形もない。こうなると話は別だ。わたしは大声で呼びかけた。


「アルトさん! ちょっと待って下さい! テテネちゃんが! テテネちゃんが!」


 そう言うもアルトさんは止まらない。それどころか速度をあげて、ぐんぐんと進んで行く。どころか、その後いくら声をかけても、こちらに気づくことすらない。だからわたしは埒があかないと、彼のもとまで走り出した。肩を掴む。


「アルトさん!! テテネちゃんが!!」


 無理矢理こちらに顔を向けさせる。そうして見たアルトさんの顔は、冷や汗が出て青ざめていた。まるで何かに怯えているかのように。


「えっ……?」


 ヨロと後ろに数歩引き下がる。

 それで分かる。気づいていなかったが、今目の前には数日前に見た、あの大きな滝があることに。

 そして滝のヴェールの向こう側の岩壁に、深そうな洞窟がある。恐らくあれが……。


ーーでも! そんなことはどうでもよくて! アルトさん! だから、テテネちゃんが!


 言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。何か恐ろしい叫び声が、洞窟の奥底から聞こえたから。


「ガガガガガガガ##ガガガ####ガガガガ」


「krkrkrkrkrガガガガガ!!!!!!」


 辺りの大気が揺れる。そしてその咆哮を聞き終わると、アルトさんは髪を苛立ちげにかいて呟いた。


「謀られた」


第53話 終了 

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