銀の歌
第5話
「であるから、何か気づいた人は私共にお知らせを願います。しばらくの間はここに駐留兵として五名程置いておきますので……」
村人達の集会に参加しようとした時、一足遅かったようで話しはもうお開きになるみたいだった。
聖騎士団の人達の最後の話をー断片的にだがー聞いた限りだと、やはりこの村を助けに来た感じなのだろう。
だがここで何が起きたのかを知らなければリアクションの取りようがない。アルトさんは情報収集のために村人の一人に話しかけるようだ。手持無沙汰なわたしも、彼の後ろについていって話を聞く。
「あのー私共は旅の商人なのですが……。今しがたこの村にたどり着きまして、聖騎士団様は一体何をお話しなさっていたのでしょうか?」
先程までのわたしとの会話とは、似ても似つかないほどの笑顔を浮かべてアルトさんは話しかけている。
うわぁ……アルトさんのこの喋り方キモイなぁ。そんなことを考えていたら、表情に出ていたのか、彼がこちらを一瞬にらめつけている気がした。確証はないが、でも一様口笛くらいは吹いておこう。
そんなことをしてる間にも二人の会話は進んで行く。
「兄さん方は今この村に? それは大変な時に来てしまったね」
アルトさんはわざとらしく、けれど相手が不快に思わない絶妙な間で相槌を打っていく。
「ほうほう。それはいったいどうして?」
あの人本当に商人なんだな。腹立つくらい感じがいいよ。
アルトさんの反応に気を良くした二十代くらいの村の青年は、今聖騎士団から聞いたことを快く話してくれている。
「ああ、それはだね……ズバリ! この村の近辺に殺人鬼がいるらしいからなんだ!!」
意外すぎるその言葉に驚いて、一歩たじろいだ。だがアルトさんは流石だ。内心では驚いているのだろうが、表情にはごく僅かにしか表れていない。いや、もしかしたら、驚きを僅かに見せていることまで、彼の演技の内なのかもしれない。その証拠に彼は、すぐさま聞くべきことを理解したようだった。
「そうですか。殺人鬼……と言うことは近頃近郊の国パルスを騒がせている奴のことでしょうか?」
「兄さんよく知ってるね! そうそう! 【都市伝説の再来】と言われているそれのことだ。まぁ俺は今、聖騎士団の人達から聞いて、初めて知ったんだけどね」
朗らかに笑う青年は、人ごとのように話す。殺人鬼と言ってもあまりに現実感がないからだろう。特にこんなのどかな村では、誰かが殺されるということが、そもそもないのではないだろうか。
「で……さっきの話に戻るんだけど、つい先日あそこにいる騎士団の一行さん達が、その殺人鬼に深い傷を負わせることに成功したそうなんだ。そしてこの村……と言うよりはこの山まで追いやったらしい。それで『怪しい人物を見なかったか?』なんてことや、その殺人鬼の風体だとか特徴なんかを伝えてもらっているんだよ」
なるほど。そんな経緯があって、聖騎士団達はこんな場所にいたのか。
青年の話には別に疑うようなところはなかったと思う。十分情報が得られたんじゃないかと思い、アルトさんの方を見る。
個人的には休憩ができないのは痛い所だけど、そんな危険な人物がいるなら離れてしまいたかった。
一瞬こちらに振り向いたアルトさんは、わたしの目を見て頷くと、話をお開きの方向へと持っていき始めた。どうやら彼の考えとわたしの考えは一緒だったようである。そして彼は最後に【お礼】もしているようだ。
「いや、良いお話を聞かせていただきありがとうございます。どうやら今ここは大変なようですからね。残念ですが、僕らはお暇させていただこうと思います」
それを聞き村人の青年はワッハッハとしょうがなさそうに笑って。
「そうだな。さっさと離れた方がいいかもな! こっちとしてはせっかく村を訪れてくれた商人様なんだから、歓迎したいところなんだけどな……。ああ、そうだまだ言い忘れてたことがあった」
アルトさんはきょとんとして小首をかしげた。
「実はその殺人鬼、なんと女性みたいなんだよ!兄さんもそんな可愛い娘を連れているなら、間違われ……ない…………」
穏やかな笑みを浮かべながら話していた青年は、わたしの方を見て、ある部分に気づくと顔から笑みを消した。
「なぁ兄さん、そのお嬢さんなんだか『大怪我』をしていないか?」
――低い声で彼はそう言った。
瞬間、背筋がビクリと震えた。身体に悪寒が走り、何が起こっているのか理解できなくて、思考が止まりそうになるところを、「チッ!!」という舌打ちの音がかき消した。
その後アルトさんがわたしの手を引き、踵を返して集団から逃げるように離れだす。
「えっ? アルトさん、どうして?」
疑問に対してアルトさんはこちらも見ずに一心不乱に走りながら答える。
「バカ! 逃げるぞ。捕まったら最後最悪殺される! 疑わしきは罰せよだ!!」
まだわたしは混乱しているが、それでも頭を回転させてアルトさんに抗議する。
「何が何だかよくわかりませんが……逃げ出してしまったらそれこそより疑われるんじゃないですか?」
後方からは。「いたぞ! 本当にいた! 殺人鬼だ!!!!!」と大きな叫び声が聞こえる。その声を背後にアルトさんは苦虫を噛み潰したように言う。
「それはその通りなんだが……今回は状況が悪すぎる。他の誰かに疑われたんじゃ俺もそうするが……。
お前は知らないだろうが、今回の殺人鬼はもうすでに百人以上も人を殺している。他に類を見ない凶悪犯罪者なんだ」
そしてその後の一言は、アルトさんの行動を納得するのに十分なものだった。
「見つけ次第世界の安全のため、即刻殺処分……又殺人鬼を捕らえたものには、生死を問わず一千枚の金貨を与えるものとする。……ってパルス国の街では御触れが出てるくらいなんだ。捕まったらこちらの言い分も何も通用しない。悔しいが状況証拠が揃いすぎだ……!」
言い終えるとアルトさんは懐から小さな笛を取り出し『ピューーーーー!!!』っと吹いた。
「顔をろくすっぽ見られていない今なら、人相を書くことも難しいだろう。つまり逃げるなら今ということだ。さぁ説明は終わりだ! 捕まる前に早く逃げ出すぞ!」
そうして曲がり角を目指し地をかけ走っているその時!
――ヒュガ!!!わたし達の進行方向、目の前の地面に突如として一本の剣が降ってきた。それは地面を割り大地に深々と突き刺さっている。一体どれほどの腕力とコントロールがあればこんなことが可能なのだろうか?
「逃亡はそこまでにしてもらおうか……」
後方から剣を投げたと思わしき人物の声が響く。その声は非常に冷淡で、畏怖を感じさせる何かがある。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには熊ほどもあろうかという巨躯を持つ、鋭い眼つきと濃い青紫の長髪が印象的な精悍な男性がいた。
その人物は他の人から剣を鞘ごと受け取ると、後ろからゆっくりと近づいて来た。
彼は腕には銀色に輝く籠手を嵌めており、胸当て膝当て各部位に、それぞれ装備者の行動を妨げない、けれど確かな防御力を感じさせる防具をつけていた。
そしてその装備と調和のとれた前掛けー前掛けには緑と白の糸で縫い上げた花の文様があるーをしていた。けれどそれは彼だけではなく、よく見渡すと彼に続く後続の十数人も皆同じ様な格好をしている。
しかしわたし達に話しかけているこの男だけが、真っ白なマントを取り付けていて、堂々とした立ち振る舞いなどからも分かる通り、彼がこの軍団のリーダーであることは明白だった。
気後れしている所に、長髪の男はその外見にふさわしい重圧な声で、威圧的に語りかけた。
「私の名は、王国聖騎士団コスタリカの、王国剣士長である【ユークリウス・ラーレアン】。この度の作戦の指揮を任されている。今回貴様という殺人鬼を捕縛、及び斬り殺しにきた者だ」
聞きたくない言葉を告げられる。けれどわたしの動揺は比較的早くに終わる。
「ユークリウス・ラーレアン……だと!?」
なぜならわたしよりももっと動揺している、アルトさんの絶望に満ちた声を聞いたから。
「知っているんですか? アルトさん!」
アルトさんの顔色はみるみる悪くなっていく。
「知っているも何も……あいつはこの大陸一番の有名人だ。わずか十四歳という最年少で王国剣士長の位につき、竜を殺した英雄として名前が轟いてる!!」
「りゅ、竜を殺した? でもアルトさん! 前に竜は滅びたって!」
アルトさんは顔を緊迫させながら。
「一部を除いてと言ったろう!! あいつはその神代の生き残りをたった一人で葬った本物の化け物だ!! あんなやつを倒せるのは平和の海賊か、今は亡き英雄達……。もしくは……それこそ人の力を超えたドラゴンくらいのものだ!!! ……でもそのドラゴンだってあいつに負けてるんだけどな。ユークリウスは人間が勝てるような相手じゃ無い」
ショックを受ける。そんな人が相手じゃ逃げることだって……。
「あいつが相手じゃ逃げることすら叶わない」
アルトさんは苦悶の表情を浮かべる。絶望からわたしは知らずに歯を噛み合わせガチリと音をだしてしまう。
「ふむ……覚悟は……できたか?」
ユークリウスさんは殺意の篭った声で威嚇する。それから彼は右手を挙げた。彼の手の動きを見て、後ろに控えている剣士達が一斉に抜刀し構えをとっている。シャラリ、スラリと剣が鞘の中を走り這い出てくる音がする。今か今かと剣士達は指示を待っている様だった。そこへアルトさんの声が響く。
「待って欲しい!! 逃げ出した事に関してはすまなく思っている……。だが! 誓って言おう。俺達は殺人鬼でもなんでもない!! 話だけでも聞いてもらえないか!!」
アルトさんは大きな声で彼らに呼びかける。
「アルトさん……話しても無駄だってさっき!」
アルトさんはわたしの方を見ずに小声で。
「バカッ! 何もしないよりはした方がいいだろ! 戦ったら確実に負ける。それにもしかしたら聞いてくれるかもしれない……相手は有名人のユークリウスだからな。下手な行動をしたら一気にそれが各地に広まる事になるから、他のやつよりかはまだ交渉の余地があるはずだ」
アルトさん自身彼らが話を聞いてくれるとは思ってもいないのだろう。僅かな期待の元に紡がれたその言葉はとても頼りない。彼は少しの隙を作れればいいと考えていたのかもしれないが。
「いや殺人鬼の話を聞く……などという指示は一切出されていない。悪いがすぐに処断させてもらおう」
アルトさんの言葉は取りつく島もなかった。
必死になって活路を探そうとするアルトさんの姿を見て、わたしは彼にばかり甘えてはいけないと思った。よくわからない内に巻き込まれた事ではあるけれど、どうやらこれはわたしの事らしい。彼のためにも、ただ殺されるのを黙って待っている訳にはいかない。
「ユークリウス……さん!! どうかわたし達の話を聞いてください! 本当なんです! この怪我は別の事でおったもので!」
「では別の事とはなんだ……?」
必死になって絞り出した言葉はユークリウスさんの慈悲のない簡素な言葉に遮られる。
「それはーー」
言葉に詰まってしまった。自分が何者なのかさえ分からないわたしには、答えようもない質問だった。
「ふむ……何も言えないのか。ならば見苦しい抵抗はそこまでにしろ。おとなしく投降するなら苦痛は感じさせずに殺してやる。それが私ができる最大の慈悲だ」
そう言ってユークリウスは手を振り下ろそうとして、しかし今更ながら、ユークリウスはある事に気付いた様だ。右手を攻撃のサインではなく落ち着いた動作で静かに下ろした。
「………む? 待て貴様。殺人鬼は女が一人だけだ。貴様は一体何者だ。その女の協力者か?」
ユークリウスが疑問を投げかけてきたことで、わたし自身気づけないでいたことに気づけた。
そうか殺人鬼は女が一人だけ……アルトさんは言いようによっては、この状況を切り抜けられるかもしれないんだ。
それはわたしにとってはある種の救いだった。恩人を自分のせいで危険に巻き込み、挙げ句の果てに殺されるなんて事にでもなったら……。わたしは恩を仇で返すようなマネはしたくはない。
だが、そのまま考えていく内に、気付かなくていい事にまで思考が及んでしまった。それというのがアルトさん側の視点である。
よくよく考えてみると、わたしは記憶喪失で満身創痍、殺人鬼の事はよく知らないけれど、状況だけを考えてみたら【アルトさんから見ても】わたしを疑うには十分なものではないだろうか?
そこまで考えると、先ほど感じたような怖気が、背筋を走りゾクっとする。しかしこんな時だけ頭は冴えわたっているようで、ついついさらに余計なことを考えこんでしまう。
そもそもわたしは、自分のことを殺人鬼ではないと言えるのだろうか?何せ記憶がないのだ。わたしはわたしが何をしてきたか知らない。それはこの大怪我についても。わたしの記憶喪失は、アルトさんから見ても怪しい、いや、あまりに都合がよすぎるのではないだろうか。
それにわたしとアルトさんはまだ知り合って間もない。別に彼が身を呈してまで守るべき対象ではないのかもしれない。
「協力者としてではなく、もし貴様がその女に操られている……または脅されているのであれば先に言え。私達は殺人鬼を殺しにきたのであって、市民を殺しにきたわけではない。その場合は私どもの方で君の安全だけは保証しよう」
アルトさんがわたしを見限る。見捨てるには今の状況は十分なのではないだろうか?違う……むしろ多くの人がそうすると思う。わたしは今までも周囲に警戒を払っていたが、今度は別の方にも注意を払わざるおえなくなった。それはすなわち。
かばう様にして前に立つアルトさんを後方からみる。後ろからのため、彼の表情は見えないが。そしてわたしは縋る様に声を出す。いいや……出してしまった。
「アルト……さん…………」
第5話終了
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