銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第24話 騒動の余韻

公開日時: 2020年9月22日(火) 18:30
更新日時: 2021年6月23日(水) 17:17
文字数:6,491

第24話




「ふぅ……うわぁ」


 朝日に照らされて眼を覚ます。久しぶりに、何の気兼ねなくゆっくりと安眠できた。


──あれから一日が過ぎた。


 あの夜、巨大な狼になった殺人鬼は、遠吠えをした後どこかへと走り去って行ってしまった。それを見届けた後、わたし達もまた、崩れていく教会から離れ、アスハさんやラックルさんを送り届けるため、王国聖騎士団の屯所まで歩いて行った。

 途中アスハさんが気を取り戻し、お礼や感謝の言葉を述べていた。そして逃げ出した殺人鬼の捜索については、アスハさん達の準備が完了次第、追いかけるとのことである。彼女達もたくさん血を流したため休養が必要なのだ。

 アスハさん達とお別れをした後、彼女の紹介で宿屋までやって来た。

 なんでもその宿屋は、荒事を生業としている人達がよく利用するんだそうで、アルトさんが血まみれの身体を晒していても、お金さえ払えば気にされることはなかった。そうしてここで丸一日も寝泊まりしていた。

 殺人鬼を巡ってまき起こった今回の騒動は、いくつかの不明点を残しながらも、こうして無事終了した。



 ああ、わたしの殺人鬼疑惑に関しては、アスハさん達にしっかりと説明したら、理解を示してもらえましたよ!

 どうやらわたしは本当に殺人鬼ではなかったみたいです。アスハさんは後日、ユークリウスさん達と謝りに来ると約束してくれました。

 今回の騒動は、これにて本当に終了したのです。



 そんなわけで、宿屋の朝。

 昨日は泥のように一日中寝てしまっていたので、身体がなんだか錆びたような感覚がする。


「やっと起きたか、ぐーたら。まぁ、仕方ないとは思うがな……」


 アルトさんが開口一番そんなことを言ってくる。アルトさんは、わたしとは違い、なにやら時折起き上がり、ごそごそと動いていた。なのでこの通り、寝ぼけた様子はない。スカした顔で、宿屋の化粧台前の椅子に、ふんぞりかえるようにして座っている。

 化粧台にはいろんな薬品や、包帯、良い香りのする草。血を拭き取ったと思わしき小さな布が置かれていた。

 またゴミ箱の中には、大量の血がついたちり紙が捨てられている。それは溢れそうなほどだ。


「えへへ……だって疲れてたんですもん〜。仕方ないじゃないですか〜」


 能天気にそんなことを言う。そうしたら「はぁ〜お前は……」みたいなことを、アルトさんが言っているが気にしない。


──アルトさんは怪我なんて大したことないみたいに、それなりに明るく振舞ってはいるが……その実どれくらいの怪我だったかは、この部屋にある残骸から見て取れた。


「アルトさん、お怪我は大丈夫ですか?」


「ん? ああ……まぁぼちぼちだな。しばらく激しくは動けないけど、後遺症とかはなさそうだ」


 それを聞きホッとする。わたしのことを守るために、アルトさんはさんざん自分を犠牲にして戦ってくれた。恩人の身体が無事なようで何よりだ。


「そうですか。それは良かった……!」


 屈託のない笑顔をアルトさんに見せる。それを見てアルトさんは苦笑いをしていた。そんな風にわたし達がなんでもないような会話をしていると、不意にどんどんと、ドアが叩かれる音がした。


「──?」


 誰だ? という表情を浮かべるアルトさん。彼にしては珍しく頭が回っていないみたいだが、このノックの主は恐らく……。


「失礼。この部屋の主人に用事があって尋ねにきた。アルト、セアはいるか?」


 凛々しく恐々とした低い声が、扉の外から聞こえてきた。その声にはわたしもアルトさんも聞き覚えがあるはずだ。

 それを聞きアルトさんは、わたしの顔を一度見た後。「どうぞ」と扉の外に向けて告げた。

 扉はガチャリと開かれ、潜るようにして体格の良い大柄な男が入ってきた。


──ほら、やっぱり。


 そんなことを思う。そこにいるのは。


「私は王国聖騎士団コスタリカ所属、王国剣士長首席、ユークリウス・ラーレアンというものだ」


 鋭い目つきでユークリウスさんは言う。わたし達が座っていることもあって、彼がわたし達を見下ろすその瞳は非常に恐ろしい。そしてユークリウスさんが、その重々しい口を開こうとした時、後ろからドタドタと、数人ばかりの足音が聞こえてきた。


 その人達はわたし達の部屋の前で一度立ち止まると、「「「失礼いたします」」」とお辞儀をし、静かに入ってきた。そして水色の髪の女騎士が言う。


「剣士長!! 勝手に一人で行かないで下さい! あなたは、その……あの……なんていうか、誤解されやすいんですから!」


 歯切れ悪くまくしたてるその女性は見覚えがある。ヤチェの村でユークリウスさん達に襲われた時、ユークリウスさんの側で指揮をしていた人だ。


 「申し遅れました……! 私の名前はトーロス・アプシーと申します。ユークリウス班で、剣兵長の位をいただいているものです」


 はっとした後、こんな風に自己紹介をしてくるトーロスさん。


「はぁ……それで? そんな騎士さん達がそろいもそろって何の用なんです」


 「よいしょ」と重い腰を上げてアルトさんは立ち上がり、ユークリウスさん達の前に立つ。


「ふむ……ああ。それなんだが、こちらの不手際で巻き込んでしまってすまないことをした」


 わたし達を見下ろして、どこか他人事のように言うユークリウスさん。その言葉を聞き、アルトさんは顔をしかめる。カチンという擬音がよく似合いそうだ。


「あ! ああ、違います! 違うんです! ユークリウス剣士長は少し静かにしていて下さい!」


「ふむ……いや、しかし……」


 トーロスさんに叱責され、一瞬身を引くも、その場に踏みとどまるユークリウスさん。しかし。


「お願いですから!」


 力強い部下の言葉に渋々といった感じで身を引く。ユークリウスさんの表情はあんまり変わらないため、何を考えてるのかよく分からないが、鋭い目つきでトーロスさんの方をにらみつけている。


「……こほん。見苦しいやりとりを見せ、申し訳ありません……」


 そういった反省の言葉を述べるトーロスさんに、アルトさんは、いよいよ業を煮やしたのか。


「はぁ、いいから。で何の用ですかね?」


 アルトさんの態度には、ユークリウスさん達への敬意といったものが全然感じられない。

 威圧的だ。その態度に怯みながらもトーロスさんは、自分達の要件を伝える。


「……いえ、本日こちらに伺わせていただいたのは、先日のヤチェの村での誤認により、なんの罪もない一般市民を襲ってしまったことを謝罪するためと。

 殺人鬼の捜査協力、並びにユークリウス班所属、アスハの窮地を救っていただいたこと、感謝するためにやってきた次第です」


 つまり彼らは、ありがとうとごめんなさいを言いにきたようだ。わたしの語学力じゃぁ、これが精一杯だぁ。


「……………はぁ。まぁいいですよ、アスハ副剣士長には助けらましたしね。お互い様ってやつです。別に感謝されるこたぁねーですよ」


 トーロスさんの誠意のこもった言葉に対するアルトさんの返答は辛辣なものだった。

 言葉だけを並べて聞いた限りでは、別段おかしくはないが、アルトさんは普段よりも低い声で、さらに【俺はあなた達を拒絶しているんだ】という態度をありありと出していたため、彼らはどことなく不満げな様子であった。


 謝罪に来ている彼らではあるが、アルトさんのあまりに冷たい対応の前では、こんな態度になるのも仕方ないのかもしれないと思った。

 ユークリウスさんは依然として表情が何一つとして変わらないため分からないが。


 ともかくわたし自身もアルトさんの態度を許容できなかったため、先程からの彼の態度を注意しようとした。


「アルトさん! その言い方はいくらなんでも!」


 わたしの言葉に一度こっちを振り返ると、ハァとため息をついた後に睨みつけてきた。それでビクリとわたしは怯えてしまった。

 わたしのことはどうにかなったと思ったのか、アルトさんはこちらから視線を外し、また彼らに向き直った。


「あのですねぇ聖騎士団の方々。我々は命の危機に晒されたんですよ? あなた方によって……。それで笑顔で対応する方が変でしょう?」


 アルトさんの目がまた濁る。どこか殺意の入り混じった瞳だ。


「……ええ。それについては本当に申し訳ありませんでした。完全にこちらの不手際です。そして私どもの気持ちは」


 言葉を区切るとトーロスさんは、ユークリウスさんに耳打ちをした後、後ろにいる数人の騎士さん達に向かいピッと手を振り合図をする。すると。

 まずはユークリウスさんが頭を下げ、それから聖騎士団の方々は皆一斉に頭を下げ始めた。普段から訓練や鍛錬を、肉体だけでなく精神の方でもしているのだろう。彼らのその姿勢には誠意があった。


「「「誠に申し訳ありませんでした」」」


「すまない」


 聖騎士団の方々は謝罪をする。ユークリウスさんは一人遅れて、ちょろっと謝っていた。トーロスさんが怪訝な顔でユークリウスさんを睨んでいる。そんな様子を見たわたし達は。


「い、いえ! いいんですよ! どうか頭を上げて下さい。皆さん」


「ふざけるんじゃねぇよ……」


 対照的だった。わたしは遠慮がちに騎士団の人達を許そうとする。だって誰にだって間違いはあるのだから仕方ない。その間違いがたまたま、わたし達だっただけのことで、さして怒ることではないと思ったからだ。

 別にわざと間違えたんじゃないだろうしとわたしは考えていたが、アルトさんはそうではないようだ。


「ア、アルトさん!」


「お前は黙ってろセア……」


 またもビクッと身体が震える。どうしてか、なかなか彼には逆らえなくて静かになってしまう。

 もしわたしの頭部に犬耳が生えていたら、絶対にヘタっと垂れていると思う。


「あのなぁ、そんなもんで許せる訳ないだろうが……こっちは何度も斬り付けられてんだ。特にそこの英雄様にな。後少しで間違いなく死んでいた。それに対してこんな謝罪で、許せるわけがねーよなぁ」


 アルトさんの言葉は非常に高圧的で威圧感の強いものだった。トーロスさんは頭を下げながら歯をギリっと鳴らす。彼の言っていることは正論? なのだろうか。わたしには分からない。


 アルトさんだって何人か斬っていた気がするし、それにわたし達は生きているんだし、お互い様……それでいいじゃないかと考えるけれど。


「そうだな……最低でもそこの英雄様には、頭を地に付けてもらおうか」


 続く言葉はやはり最悪なものだった。これにはたまらず、トーロスさんが頭を上げ、アルトさんに抗議する。


「ま、待ってください! それはどうかご容赦を……」


 トーロスさんは冷や汗をたらしながら、必死に声を絞り出していた。ユークリウスさんは横で「地に頭を付ければいいんだな?」と無感情な声で言っているが、トーロスさんに「あなたは立場というものを考えて下さい!」と叱責され静かになった。


「へぇ……それじゃ、どうするんです?」


 アルトさんは冷たい眼差しでトーロスさんを眺める。トーロスさんは苦悶の表情で。


「私が……私が今この場で、代わりに謝罪いたしますので、それで許してはいただけないでしょうか」


 ふぅとアルトさんは息を吐くと「まぁ、見てからですかねぇ」と冷たい声で言った。


 トーロスさんはそれを聞き、少しずつ膝を曲げ地面につけて、部下の目の前で、静かに深くゆっくりと頭を下げ始めた。

 トーロスさんの額は床に押し付けられた。それを見ていた他の騎士団の方々は、ギリギリと歯を食いしばっていた。


 こんな光景をどこかで見たことがある気がした。

 何かのお芝居だった気がする。一つ離れた景色の向こうで行われた、そのお芝居では最後、悪い人がすべての罪を認めて土下座をしていた。そして悪い人の罪を全て暴き、土下座をさせた良い人が、かえって不幸になっていた。

 あの展開が、わたしはどうも好きにはなれなかったが、その訳を今理解した。


 頭を地面につけ、丸くなっているトーロスさんを見ていたら、この光景は確かに、決して良いものではないと思えた。できればこんなのは見たくなかった。


「はぁ……まぁいいですよ。頭を上げて下さい。後ろにいる皆さん方も。誠意は分かりました」


 ゆっくりと顔を上げる騎士団の方々。トーロスさんも立ち上がり、希望を込めた声で。


「で、では……許していただけるのですか?」


 トーロスさんの切実な声に対してアルトさんは邪悪な笑顔で答えた。


「そうですね。ルカナスタ金貨三十枚程で手を打ちましょう」


「……!!」


 驚く聖騎士団の方々。やり手の商人が一年間で稼げるお金が、だいたい金貨二十枚程と聞いた。だからその反応は、当然だと思った。


「待ってください! それはいくらなんでも!」


 反抗の声を上げるトーロスさん。


「いえいえ。当たり前ですよ、これくらい……。むしろ良心的な方だ」


 「そんなはずが!」言って、ギリギリ歯を噛み締めるトーロスさん。せっかく綺麗な顔をしているのに、彼女の顔は歪む一方だ。


「………ユークリウス剣士長。あなたは聖王国騎士団コスタリカの、王国剣士長という非常に高い位についていらっしゃる。そんな人間に与えられる給金というのは、いかがなものなんでしょうかね。

 俺はしがない商人なので予想もつきませんが、これくらいは楽に支払えるでしょう?」


 嘲笑を込めたアルトさんの言葉は人に不快感をきっと与えるだろう。それでもアルトさんはその喋り方をやめない。

──どうしてと思う。普段のあなたはもっと優しい……あ、だめだぁ分かんない。普段からこんな感じだった気もする。


「ふむ……理解した。それだけ払えば許してくれるのだな? では今日中に支払うとする。少し待て」


 身を翻しユークリウスさんは颯爽と部屋から出ていった。それに対しトーロスさんは焦った声ではあったが、「シグリア! 剣士長について行って」と迅速に対応した。

 シグリアと呼ばれた顔の整った男も、了承の旨を会釈で伝えると、すぐさま行動に移した。


 そして話はわたし達の方へと戻る。


「あなた方一般の剣士は、それほどは貰えない。ないしはそもそもお金すら貰えないのでしょう。でも剣士長ともなれば流石に違うみたいですね」


 アルトさんは下卑た顔でそう言う。トーロスさんはそれに対し噛み付くような鋭さで。


「ユークリウス剣士長の事情も知らないで!」


 なにやら訳ありげなことを言う。けれどアルトさんは、「そんなこと俺には関係ない」とズバリと言い切った。


 そうしてその後は、ユークリウスさんが戻って来るまで、トーロスさんもアルトさんも終始無言だった。


✳︎


「ふむ……では、これで良いか?」


「……ええ、確かに」


 ユークリウスさんはほどなくして、再び宿屋に帰ってきた。チャリチャリと音のなる布袋を持って。その中身をアルトさんが、今、確認している。


「ふむ……では、これにて私達は引き下がらせてもらうとしようか……。本当に今回の事はすまなかった……」


 ユークリウスさんは再度謝罪をする。わたしとしてはもう十分すぎる程謝ってもらったので、もう、なんというか、逆にこっちが謝りたいくらいだ。


「いえいえ! いいんですよ、仕方ないことだったんですから」


 そうした言葉を彼等にかけるが。やはりアルトさんは違うようだった。


「ええ、本当に。もう金輪際こんな事はないようお願いしたいものですね。そして用が済んだなら、とっととこの部屋から出て行ってもらいたい。狭い部屋に、数人で押し入って、何がしたいんだか。そこの英雄様だけで良かったのでは?」


「またー! アルトさんは、そんなことばっかり言って!」


 アルトさんの心無い言葉に、いい加減黙っていられなくなり口を挟む。


「いえ、いいんですよ。アルト……さんとおっしゃいましたね。ええ、あなたの言葉通りに今すぐに下がらせていただきます」


 トーロスさんがわたしの言葉に反応して、そんなことを言う。

 そしてトーロスさんは、ユークリウスさんに耳打ちをすると号令を発した。

 去りゆく彼女達の背を見つめながら、なんだか憐憫にも似た気持ちを抱いて。


「あっ、なんだか、その。ごめんなさい」


 謝ってしまっていた。トーロスさんは、キョトンとした顔を一瞬浮かべると。すぐに表情を笑顔に変えて。


「それはこちらの言葉よ。でも…………ありがとうね」


 静かにそれだけ言って、彼女達はわたし達の部屋から立ち去っていった。


第24話 終了

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