銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第131話 森は深く②

公開日時: 2021年12月27日(月) 18:30
文字数:5,501


前回のあらすじ


『なんだかんだ最終的には助けてもらったよ』


 結局助けてもらえたのはよかったが、その助け方が荒っぽいものだったので、髪の毛や服に赤っぽい木屑がついてしまった。それを手で払える分だけ払って、また数十分後のことだ。なんだか更に入り組んだ、厄介そうな場所に差し掛かったのは。


 木々が入り組んで出来た道は、どこを通れるかが曖昧だ。うねり曲がった真っ直ぐではない幹、落差の凄い段差など、目に映る情報量は多い。しかし、はっきり言える。ここは完全に道が途切れてしまっていると。


 回り道するのかを尋ねた。そしたら、ここを通った方が早いので、そのまま進むと返されてしまった。


「ええ……。絶対ジャンプ届きませんよ」


「だから、なんでお前はジャンプにこだわるんだよ」


 そうは言われても、それくらいしか離れた場所に行く方法を知らない。

 むって膨れっ面をしたら、アルトさんは例の如く、額に手を当ててため息をついた。


「上から蔦が垂れて来てるだろ」


「ええ、まぁ」


 言われて、気持ち上向きに視線を上げる。

 すると、太さから長さまで多様な蔦が、いくつも垂れているのが分かった。中には根っこみたいな、太くて長いのもあった。


 で、それで? って視線送る。そうしたらこの野郎は、またため息をついて言うのだった。


「あれをつたって向こうへ渡る」


 いや、だからさぁ……。分かる訳ないんだって!


 さも当たり前みたいに言われても、上も下も木々に溢れた場所なんて、こっちは一度も来た事がない。わたしの中では、その解決方法は常識じゃない。


 そんな不満がいっぱい出て来るも、その方法を行うなら、気がかりな子がいた。

 それに正直蔦をつたって行くなんて、正気の沙汰じゃないと思えたから、この言葉を機に、考えが変わってくれることにも期待した。


「いや、それは。流石にシーちゃんが無理ですよ」


 こんな不安定な道を、今までよく着いて来たと思うが、シーちゃんは馬だ。

 アルトさんの言う方法をやりたくはないが、人間だったら、まぁ可能かもしれない。でも馬である彼女には、いくら何でも無理があった。


 そうするとアルトさんは考える素振りを見せた。あの姿勢を見ると、もう嫌な想像しか出来なくなって来たけど、いや、打開策なんてない。出ないで!


 何と戦っているのか。強いて言うならアルトさんの無謀な発想。神よ、どうかアルトさんに天啓をもたらさないでくれ。わたしは蔦をつたいたくない。


 そんな願いをよそに、アルトさんは動きを見せた。何を思ったか、シーちゃんから手綱を外し、くるくると巻き始めた。──嫌な予感がした。

 そして巻き終わったアルトさんは一声、「シリウス」と呼びかけた。そうしたらどうだ。彼女は一人、来た道を戻り始めたではないか。数十歩程引き下がった所で、改めて彼女はこちらへ振り向いた。

 それから前脚を天高く上げて嘶くと、彼女は走り出した。


 まさかと思うけど違うよね?


 疑問符を浮かべるも、止まることなく加速していく姿を見せられたら、そのまさかだと確信してしまう。──だいぶ先だよ!? 危ないよ!


 静止の声をかける間もなく、30mはあるだろう奈落へ、シーちゃんは挑んだ。彼女が見せる跳躍は見事なもので、飛距離もそうだが、自分がこのまま落ちてしまうという心配を、少しも考えていない風だった。


 だけど現実は無常、やはり届かない。いかにシーちゃんが馬で、特別優秀だったとしても、30mはきついよ。まだ後、数回は跳ぶ必要がある。

 シーちゃんが落ちていく姿を見て、思わず悲鳴をあげ、両手で顔を覆った。


 ただそんな折、アルトさんの声が聞こえた。


「大丈夫だから見てろ」


 その言葉を信じる気にはなれなかったが、完全に視界を塞ぐことができなかったのも、また事実。指の隙間から、落ちていくシーちゃんの姿が見える。


 ああ、やっぱり駄目!


 そう思って、瞬き一つした後だ──彼女は跳んだ。


「へ?」


 落ちて行くシーちゃんは、近場にある斜めに生えた木の幹に、まず前足を着地させた。そして木が悲鳴を上げる間もなく、後ろ足を同じく器用に着地させ、──それで跳んだのだ。

 驚いたのは、それを二度も三度もやったこと。ジグザグに跳び、ついには向こうの、太くて頑丈な木の幹へと辿り着いた。


「ええええええええええ!!!!!!」


 予想外の事に叫んでしまう。跳ねるシーちゃんの姿は、ヴァギスから逃げるいつかのアルトさんのようだった。

 ずっとシーちゃんをやばい子だと思ってたけど、ここに来て極まった感がある。手綱は外して貰っているが、背中には荷物が乗ったままだ。身体能力化け物すぎる。もしかしたら馬じゃないのかもしれない。


 いや、馬だけど。


「な。平気だったろ?」


 アルトさんが自慢げな様子で言うので、足を踏んでやった。でもわたしの体重は、正直そこまでないし、靴を履いてる訳でもないから、大した嫌がらせにならなかった。


「よし、じゃあ俺達も行くか」


「無理です」


 負け惜しみは流され、刑を宣告される。

 すぐさま首を振って否定するが、意味はなくて。


「こんなん簡単だ。ほら、跳べよ」


「無理ですって!!」


 アルトさんが後ろからぐいぐい押して来る。こんな酷い横暴が許されていいはずがない。わたしはさっき、真っ逆さまに落ちて、高所恐怖症になったんだ!


「へ、ヘテル君が! 出来ません!」


 咄嗟の言い訳にヘテル君を利用する。その罪悪感を感じる間もなく、衝撃の光景を見た。


 注目を浴びたヘテル君は、くすぐったそうに微笑むと、すぐ近くの木にするする登った。それで枝先から跳ぶと、蔦に体全体でしがみついたのだ。


「えええええええええ!!!!」


 蔦を片手で掴みながら、ヘテル君が頭上でふふって笑ってる。上品に片手を添えて。なにその悪役令嬢みたいな笑い方……!


 勝ち誇っている姿に、裏切られたような辛酸を味わって、歯噛みした。そんなわたしの肩をポンと叩いて、隣のおっさんが言う。

 

「前、ヘテルが言ってたろ。自分は狩猟部族の出だって。そんじょそこらの奴より、動けるに決まってんだろ」


 そんな馬鹿な……。


 けれど言われてみて、あの例の墓地騒ぎを思い出した。あの時ヘテル君は、ラックルさんに連れられての事ではあるが、無事、死体蔓延る戦場から逃げ切ったのだ。それを念頭に置けば、彼の身体能力は、確かに低くないと思えた。

 ずっと縮こまって、積極的に動こうとしなかったから、見えなかっただけの話かも。でもさ、なんか自由を手に入れた代わりに性格悪くなってない? 気のせい?


 活発になったヘテル君を見て喜ぶと共に、内心不穏なものを感じた。


「じゃ、お前も諦めて跳べ」


 また肩に手を置かれた。それで現実を思い出した。


「人には得意、不得意があると思います……!」


「んなもん知るか。やれ」


 くそ! くそ! 聞く耳を持ってくれない。諦めるしか……ないのか。


 居直って前方に広がる穴を覗く。穴の深い所では、巨大な草木が折り重なって、見通せぬ暗黒を作っており、実態よりも穴は深くも思えた。

 もし誤って、再び落ちようものなら、今度は髪や服が汚れる程度ではすまない。


 どくんと心臓を跳ねさせて、息を呑む。

 なかなか動けないでいると、アルトさんがまた思い悩んだような顔をした。

 それを見て、ひょっとして? という予感を感じた。


 アルトさんの顔つきが変わった。

 こちらに歩いて来る。


「アルトさん!」


 慈愛のある表情、祈りは通じたんだと思った。そのまま歩いて来るアルトさんに抱きつこうと、手を広げた。そして。


「ソフィー大丈夫か?」


 わたしの手は宙をきった。熱い抱擁の中に人はいない。左後ろから聴こえて来る会話が、やたら耳に残った。


✳︎


 抱擁がからぶった後の、展開と言えばこうだ。


 どうやらソフィーちゃん、わたし以上に、蔦を前におどおどとした態度をとっていたらしい。


 まぁよく考えれば、彼女は四足歩行なので、蔦を渡っていくには、そもそも身体が適していない。シーちゃんっていう、例外がいたから忘れてたけど、本来四足歩行の子は、こんなやたら広い縦穴にぶち当たった時点で詰みなのだ。


 ……ということは一切関係なく、単純に不調らしい。全快のソフィーちゃんであれば、この程度どうにでもなるんだと、アルトさんの口ぶりから察した。


 なんだこいつら。


 わたしの憤りはともかく、そういう訳でアルトさんは、動こうとしないソフィーちゃんを心配に思い行動したのだ。そしてここからが本題。

 遠回りは意地でもしたくないらしいアルトさんは、解決策としてこんなことを提案した。


「ちょっと俺の靴持ってて」


 意味が分からなかったが、アルトさんが意味の分かることを言うのは稀なので、そういうものだと理解していた。

 そしてわたしが受け入れているように、ソフィーちゃんもまた、彼の奇行を受け入れていた諦めていた


 それで─匂いに我慢しているのだろう─しかめっ面をしながら、アルトさんの靴を二つ口に咥えた。裸足になった彼は何をするかと言えば……。


──そうだね、抱っこだね。


 一瞬だった。慣れきっている。わたしを横抱き※した時の初々しい感じは一つもなく、これが業務だと言うように、無関心にソフィーちゃんを抱き上げた。※お姫様抱っこのこと。

 ソフィーちゃんはお腹を上向きにされて抱かれている。これは自分の靴が落ちにくいようにという狙いもあったのだろう。だがしかし、アルトさんは感情をないがしろにしすぎだ。無許可にそんなことを乙女にすれば、どうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。


 そういった配慮が出来ないから嫌われるんですよ。


 アルトさんの行く末を察して瞑目した。サスラの村であの人は、ソフィーちゃんに無礼を働いた。その結果おしっこをかけられ、顔じゅうに引っ掻き傷まで付けられた。だとするなら分かるだろう。

 あの時よりも、きっと酷い目に遭う。


 しかし何秒待っても、叫び声は聞こえない。


 目を開けてみると、そこには大人しく抱かれているソフィーちゃんがいた。

 いや詳しく言えば、多少の抵抗はあったらしい。二人の様子から見てとれた。だけどそれはささやかなもの。ソフィーちゃんが行ったのは、グルルと低く唸る威嚇だった。


 飼い主になれない、家に来たばかりの犬が、抱っこされた時、警戒して出すような唸り声。そんな僅かばかりの抵抗だ。今までの事を鑑みれば、穏やかにすぎる。

 これは確かに、ソフィーちゃんの体調が心配になる。


 それでアルトさんは、ソフィーちゃんを抱えたまま蔦に向かって跳ぶと、足の指だけで器用に蔦を掴んで身体を安定させた。

 片方の膝は折り曲げて、身体を水平に保っている─恐らく、ソフィーちゃんに窮屈な思いをさせないため─。


 頭上で行われるそれを、驚嘆の思いで見上げていたのだが、この先さらに驚くことがあった。

 なんと、ヘテル君までおぶられることになったのだ。


 その原因を簡単に言えば、ヘテル君が二人の様子を羨ましげに見ていたからだ。


 湖の都市ボフォルを出た後、ヘテル君には大きな変化が二つあった。一つ目がわたし達のことを「お兄ちゃん・お姉ちゃん」呼びするようになったこと。そしてもう一つがアルトさんに対する接し方だ。


 わたしの知らない内にヘテル君は、アルトさんのことを目で追うようになっていた。それで何かある度、逐一恥ずかしそうに、目をぎゅっと瞑るのだ。


 何がなんだかよく分からないが、ただまぁ、ヘテル君がアルトさんに、良い印象を抱き始めたのは間違いない。前の態度を嫌悪とは言わないが、遠巻きに接していた筈だ。しかしボフォルでの出来事を経て─わたしにもだけど─、アルトさんへの距離は近くなっていた。精神的にも。

 きっとそれは良い事で、何か戸惑う必要はない。だと言うのに、今みたいな嫉妬? を見たりすると、不思議な感情を抱いてしまう。これは何だろうか?


 まぁそんな訳で、ヘテル君が面白くなさそうにしている事を察したアルトさんは、マントを取り外して布袋にしまった。そして彼を呼び寄せ、自分の背に乗るよう言ったのだ。

 ヘテル君は最初遠慮していたが、アルトさんは足の怪我を理由に押し切ってしまった。


 そして今の現状が出来上がる。──つまり。


「わたしもおぶってもらうことって……出来ませんかねぇ」


「見てから言え」


 一人残されるわたしと、蔦の上にいる子連れのアルトさんという構図が。


「いいじゃないですか、そこまでいったら二人も三人も一緒ですよ」


「一緒じゃねえから言ってんだよ。こいつら二人足した体重より、お前の方が重いよ」


「何てことを言うんですか! そもそも……こういうのって、出来ない人がおぶってもらうんじゃないんですか?」


 言外にヘテル君達を責める物言いになってしまった。そこは謝りたかったが、慈悲のない一閃が、印象の全てを持っていった。


「甘えんな」


 辛い。単純ゆえに何も返せない。もうちょっと足をあげてくれないと拾えない。


 その後も色々交渉してみたけれど、どれも駄目だった。なのでわたしはこの日、人生初の蔦渡りを体験することとなった。失敗したらもれなく死ねる。


「ちくしょおおおおお!!!!」


 嘆きつつ、アルトさんの指導に従って、彼の後をゆっくりと追っていった。


✳︎


















 拙い動作ながらも、上から垂れる蔦を、一つ一つしっかり握りしめて、セアが進んでいる。汗を流しながら、息を切らして、辛そうに。こんなこと一度もやったことがないのを、もちろん知っている。言っていることが理不尽なのも知っている。──けれど。


 ヘテルもアクストゥルコも近くにいるが、優しいこいつらはセアを心配して、俺の方に意識を向けていないだろう。


 だから小さく言うよ。


「そうだセア。これから来る現実に……全ての出来事に負けないよう強くなれ。やれる事を増やせ。心も身体も鍛えろ。お前は頑張らなければいけないんだ」

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