銀の歌
第22話
ヒュッ。サッ……シパ!
斬撃が舞う。王国副剣士長ーアスハさんの剣戟は流麗な見事なものだった。
一連の動作に流れがあると言えば良いのだろうか、全ての攻撃が単発ではなく、どこか繋がっているような印象を受ける。
それは相手からすれば非常にさばきにくいものなのだろう。殺人鬼は爪でカン、キンと弾いてはいるが何発かアスハさんの攻撃が刺さり始めている。今はまだかすり傷ではあるが、やがては殺人鬼の命を絶つのではないか。そんなことを感じさせる。
ーーそして極め付けは。
ジュワッとアスハさんの持つ剣が熱を帯びる。激しく湯気が巻き上がる。あの剣に込められている熱量はいくらくらいのものなのか。考えると身震いがする。彼女はそんな凶器を殺人鬼めがけて振り抜く。
「ーーっ!」
殺人鬼はサッとステップを踏み避ける。この攻撃は爪で受けることができないと殺人鬼は考えたのだろう。
「ーーすごい……な。あの若さでもう自身の体内にあるギン素を、武器に纏わせて使うことができるなんて。てんさ、ゲボっ、天才と言われるわけだ」
アルトさんがその光景を疲れた目で眺める。彼の腕は添え木と包帯が巻かれることで固定されていた。ラックルさんが「応急手当だけど」と言いながらアルトさんの治療をしているのだ。少しでも命の安全が保証されるようにと。しかし腹部は未だ手付かずだった。
「すみません、先程言ったことは【全部本気なんです】。あなたの傷は私の腕では……返って悪化させてしまうかもしれませんから」
さりげなく告白を続行しているラックルさんを横目に、アルトさんは「うん、もう分かったから」みたいな顔で、半ばこの現状に妥協し、傷について諦めているのが分かってしまった。
そんなアルトさんは、アスハさんが戦っている間に、ある程度回復したのか、少しなら話せる余裕は戻ってきたようだ。先程みたいなことを時折呟いている。
【ギン素】ってなんですか?そう聞こうかとも考えたが、今聞くことではないかなと、自分の心を落ち着け、アスハさんと殺人鬼の戦いをわたしは眺めていた。
「ーーーーー!」
「ーーーッ」
両者ほぼ無言のため、その戦いはカキンという刃物がぶつかるような音や、足音が響くばかりである。
アスハさんは力を込めると、ここでまた剣に高い熱量を持たせた。そしてそれを、殺人鬼の喉元にレイピアのように突き刺そうとする。
燃える突きを殺人鬼は躱そうとしなかった。もう体力が尽きたのだろう。先程からあの炎の攻撃を避けるたびにぼたぼたとお腹から血を流していたから。限界なのかな。
アスハさんの剣が、殺人鬼と言う名の少女に、突き刺さる光景を、頭の中で描いてしまい、思わず目を伏せた。
しかしそこにバキン! と大きな音が響く。何か金属が壊れる音がした。
今のは!? そう思い、伏せた目をすぐに開く。
「ーーーっく、うう!」
するとそこには、うめき声をあげながら、引き下がるアスハさんの姿があった。
よく見ると膝下についてあった防具が粉々に粉砕されている。
「あ、アスハさん! 大丈夫ですか!」
先ほどの破壊音は、どうやら殺人鬼が力任せに、彼女の防具を蹴ったことで起こったもののようであった。
赤く腫れた殺人鬼の膝がそれを物語っている。
殺人鬼はこのままではジリ貧だと感じたのだろう。彼女は腹部から血をぼたぼたと頻度を上げて垂らす。
だがそれに比例するかのように、殺人鬼の攻撃の勢いもまた増した。
「アアアアァァァ!」
殺人鬼は咆哮をあげながらアスハさんに攻撃をする。殺人鬼の強靭な爪はアスハさんの身体を何度も切り、彼女に血を流させる。
頰についた切り傷を、左手でアスハさんが拭おうとする。それが一瞬の隙になった。
「ッグ、ガアアアァァ!」
殺人鬼の強靭な爪がアスハさんの命を絶たんと迫る。それを。
「ッフ!」
顔に近づけた左手を、血を拭うことをしないで殺人鬼の方めがけて前に押し出した。
「ーー!」
殺人鬼はその行動に驚き、びくりと身体を震わせた。だがそれでも勢いよく、アスハさんに攻撃を繰り出した。
「ァァアア!」
バギン! またも甲高い金属音が響いた。アスハさんの左側の小手の防具が砕け散り、宙に舞っていく。アスハさん自身は破片が顔にあたらないようにくるっと回転する。
しかし何ら対処できなかった殺人鬼にとってその破片は目くらましとなった。
殺人鬼が突飛な事態に怯んでいる隙に、アスハさんは回転の勢いを利用して、思いっきり剣を横向きになぎ払った。つまりは回転斬りだ。
これは避けられない!
わたしは直感した。アスハさんの素晴らしい技のうまさがそんなことを感じさせたのだろう。
だがその期待はすぐに裏切られることになる。
反応できないと思われたその回転斬りを、殺人鬼は上半身を、有り得ない位置までのけぞらせることによって避けたのだ。そしてそのまま背中をさらに反らせて、地面に手をつけると、あろうことか反撃まで行った。
手がしっかりと地面についていることを確認した殺人鬼は、足を思いっきり高く振り上げた。
「……っく」
アスハさんはその攻撃を、後方に引くことでなんとか避けたが、せっかくの好機を逃してしまった。
倒立するような体勢の殺人鬼は、地面につけた手を勢いよく突っぱねると、その反動で後ろへ飛んだ。空中で二、三、回転し、姿勢を正して十分距離を開けて、足から着地した。
「…………ぅ」
アスハさんが苦々しく顔を歪める。するとすぐさま。
「ァァアアァァアア!!」
痛ましい程の咆哮をあげた殺人鬼が、自分で開けた間合いを一瞬で詰めて、襲いかかってきた。
「……くっ」
殺人鬼が強靭な爪でもって攻撃してくる。なんとかアスハさんは、その攻撃を剣で受け止める。がしかし。
「ウゥゥ! アアア!」
殺人鬼は叫び声と共に、さらに連続で爪を振るう。息つく間もない猛攻に、アスハさんは苦しそうに声を漏らした。
「っく……うぅ」
劣勢だった。先ほどまでの勢いは息を潜め、ひたすらアスハさんは防御に徹した。
先程から殺人鬼が激しく動くたびに、お腹からビチャビチャと赤い血が休むことなく流れ出てきている。このまま動き続けていれば、やがて殺人鬼が力尽きるのは明白だった。
けれど殺人鬼が力尽きるよりも先に、このままの状態が続けばアスハさんが殺されるのもまた事実だった。
かすり傷程度のものだが、少しずつ傷を作り始めるアスハさん。このままでは危ない。そう感じた時。
「クゥリエイトォ! 刀剣射出!!」
風を切って剣が空中を駆ける。そしてそれはそのまま殺人鬼の方へと迫る。
「……!? うあア!」
それを見て殺人鬼は自身の硬い爪で防御を試みる。彼女の試みは成功はしたものの、ガンと大きな衝撃音が鳴り響き、彼女は何歩分か退がらされた。
「ああ〜ったくよう。もう少し休憩したかったんだけどなぁ」
背後で誰かが力なく言っている。それはもちろんアルトさんだった。
「アルトさん! き、傷は大丈夫何ですか?」
「ん? ダメに決まってるだろ」
「でもまあ」と、やはりこれも力なく呟くと、お腹をさすった後、その手をどけわたしに傷跡をみせてきた。
「この通り……焼いて塞いだ」
「えっ! やだ……ロイ・マスタング」
「うるせぇ!」
アルトさんに一喝される。しかしその言葉にはどこか覇気がない。だがそのわけは彼の姿を見ればすぐにわかることだった。彼の腹部は赤く焦げ非常に痛々しかった。
「援護……するぜ……」
苦しげにアルトさんは呟くと、お腹の痛みからか動けないでいる殺人鬼めがけて、「クリエイト」と言った後、何か不可解な言葉を唱え始めた。
「其れ凶悪なる十三の悪魔の王を打ち破りしもの」
続いて足をタン! とふみ鳴らし。
「紋章魔法陣解放!」
どうやっているのかは分からないが、不可解な言葉を喋りながら、同時にそんことを言うアルトさん。するとアルトさんを中心に、足元から不思議な紋様が浮かび上がった。そこからは赤い光球のようなものが、幾重にも姿を現した。
「其れ、幾多の困難を突破せし、全てを焼き尽くすもの」
喋りながら、さらにアルトさんは左手の指で、空中に赤い文字を描いていく。そこにはこう書かれてある。
“この者の通り道には焼け野原が広がるのみ”
「其れ、多くの仲間と共に国を救い、果ては世界をも守った! 灼熱の英雄」
アルトさんの言葉に熱がこもる。疲れてるだろうに、それでも彼は力強く叫ぶ。
それで辺りの紋様や、空中に書かれた赤い文字はさらに赤い光を強めた。そしてそれら全ての光はアルトさんの左手に集約する。
それは恐ろしいほどまでの熱量を持つ炎だった。アスハさんの使った炎よりも強い熱量を感じる。そしてそれを殺人鬼めがけて投げつけるように放った。
「アルフレッド・リヒター!!!!!」
かけ声とともに。炎は空を駆ける。風に煽られても一切動じることのないそれは、とてつもなく巨大な一つの火の玉だった。
ーー当たれば、そこには灰しか残らないのではないか? そんなことを予感させる火の玉は殺人鬼に着弾した。
ドォォォォォ!と辺りにけたたましい轟音が響く。それを見てわたしは言う。
「やだ……やっぱりロイ・マスタング……」
「うるせええぇぇ!」
第22話 終了。
次話で今章終了です。
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