銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第41話 もしかしたら勘違いが多いかもしれない

公開日時: 2020年10月15日(木) 18:30
更新日時: 2021年8月16日(月) 01:10
文字数:3,988


前回のあらすじ。


『あれからなんだかんだあって、後五、六匹獲ってきた』


「はい。料理を始めます」


「展開はっや」


「巻きでいこう、巻きで」


 そう言うアルトさんは、木の調理台の上に、アルゴザリードを乗せた。もう既に命はない、形だけのそれを。

 アルゴザリードは調理台の上で、ぐったりと倒れている。


 ちょっとかわいそう。そんな風に思って目をそらす。

 その挙動は見られていたらしく、厳しい言葉が投げかけられた。


「お前がどんな風に考えてるかは、こんだけの付き合いだ。ある程度分かるけどよ。だったらなおのこと、ちゃんと見ておかないとダメだろ?」


 刃物が肉に食い込んでいく音が聞こえてくる。重みのある音だ。


「だってよ。今から俺たちはこいつを食べるんだ」


 ジョリジョリと肉が裂けて、何かがべっと地面に払い捨てられた。


「俺はそうやって見ないふりをする方が、命に対する冒涜だと思うがな……」


 パキッとどこかの骨を折る音が聞こえてくる。そうして自重を支えきれなくなった何かが、ズルリと調理台の上に落ちた。わたしの背後で、今まさに、命がさばかれている。

 命に対して、どう接するかも決め切れていないのに、時間だけはどんどん進む。


「残り一匹だが? どうするよ」


 そんなことを言ってくる。アルトさんは酷い人だ。厳しくて、甘さがない。だけど言葉や態度で分かる通り、わたしの意志を尊重してくれている。

 今だって包丁の柄の部分を、わたしに向けているだけ。決して強要しているわけではない。この包丁を手に取るかどうかは、わたしに委ねてくれている。


「無理にとは言わんがなぁ」


 包丁をくいっと回転させて持ち直すと、アルトさんはまたアルゴザリードに向かいなおした。


「さぁ、最後だ」


 腕まくりをして、包丁を構えるアルトさん。そして包丁を持つ彼の手を、わたしはバッ! と握るようにして触れた。


「ーーそうか、やるか」


 アルトさんは眉を寄せて、なんとも言えない笑みをわたしに見せた。彼ももしかしたら、わたしがあんまりにも情けないから、迷っているのかもしれなかった。

 だから決意に満ちた瞳で答えるのだ。


「やりますよ。だって食べるんですもん」


✳︎


「こ、これがアルゴザリード……」


 向かい合ってみて初めて生々しさが分かる。


 つい先ほどまで生きていた命だ。当たり前だ。彼らが泳ぎ回っていた姿も知っている、というか見ていた。アルトさんが木の枝という名の槍で、殺していく場面を何度も見た。その証拠に首元には小さな穴が空いている。

 グッと唇を噛み締めながら、震える手で包丁を力強く握る。


「そんな強く握ったら逆に危ねぇぞ」


 手の甲に重ねるように、アルトさんが手を置いてくる。すぐ横には彼の顔。真剣な面持ちだ。その顔につられるように、気を引き締めた。


「よし、じゃあ最初だ。まずは頭を切り落とす。首のあたりに包丁を入れていくんだ」


 腕は震える。けれど、アルトさんの誘導もあって、包丁は無事、アルゴザリードの首元に寄る。ゴクリと生唾を飲む。


 これを振りかぶって下に下ろせば、アルゴザリードの首を落とすことができる。そう出来てしまうのだ。包丁を持つ手が震える。


「……まぁ分かるけどな。お前は特に優しいたちだしな」


 いつまでも包丁を振り下ろさないので、思う所があったのだろう。アルトさんが声をかけてくる。そして彼が言った言葉は、やっぱり優しいものだった。

 あくまでも考えを尊重してくれる。だからわたしは、甘えからか。アルトさんに助けを求めるように彼の顔を見た。

 そうするとアルトさんの顔つきが変わった。


「けどな。優しい……だけじゃ生きてはいけない。俺達が生きていくには、何かを食べなきゃいけない。んでもって食べるってのは殺すってことだ」


 逃げようとするわたしの心に喝を入れてくる。


「だから、やれ。これはお前が決めたことだ。お前が俺から包丁をとったんだからな」


 そう告げて。アルトさんはわたしの握る包丁を、もう一度アルゴザリードの首に当てさせると、軽く重ねた手をどかした。


 わたし一人にやらせようというのだ。ああ。本当に酷い人だ。でも優しさがないわけではない。

 いよいよ持って決意を固める。包丁をしっかり握り、アルゴザリードの首めがけて振り下ろす。


──バス。


 鈍い嫌な音がした。視界には胴と頭が切り離されたアルゴザリードがいる。

 とたん。吐き気がする。喉の奥が辛くなり、むせそうになる。あわや吐いてしまうという所で、アルトさんが肩を叩いた。


「よくやった」


 吐き気をこらえるわたしを宥めるように言った。そして。


「はい。じゃあ次はこいつの胴を裂いていくぞ」


 わたしにとっては絶望的な言葉が宣告された。


「嘘……ですよね?」


「ううん。違うぞ、本当だ」


 慈悲もない。


「んじゃ次はだいたいこの辺りに包丁を入れて、臓器を取り出してだな…………」


 アルトさんの地獄のような講習は、この後しばらく続いた。


✳︎


「よ、よやく、ようわく、ようやく……終わったぁ」


 包丁を調理台に慎重に置き、ばたりと地面に倒れこんだ。


「お疲れ。あとはやっとっからしばらく休憩してろ」


 アルトさんは言うと、巨大なスコップで地面を掘り出して、臓器を投げ捨てたり。鍋を取り出して、油を入れたりと、手際よく準備し始めた。

 それをゆっくり見る余裕すら、今のわたしにはないので、オロロロと木陰で、何かしら白いものを吐き出していた。


 大丈夫。茶色じゃないから、これはまだ、ゲロじゃないはず。だからまだゲロインではないはず。自分に言い聞かせながら、調理が終わるのを待っていた。


✳︎


 地面の上にコトリと、料理が入れられた皿が並べられた。そのどれもが魅力的に見え、大変食欲がそそられる。よだれを垂らしながら見ていると、アルトさんが眉間にしわを寄せ、苦笑いをする。


「女、女か?」


 あまりにも失礼なことを言うので、むーーーと頬を膨らませた。そうするとすぐに、「悪かったから」とアルトさんは身を引いた。お詫びと言わんばかりに、料理の説明をしてくれた。


「はいはい。んじゃ、これがアルゴザリードの揚げ。臓器を取っ払ったやつの中身をよく洗って、不要物を取り出して油でさっと揚げたやつ」


 黄金(こがね)色に輝き、香ばしい匂いを漂わせる。お頭ごとあげられたそれはどこか雄大な迫力があった。目にも美味しい料理である。うまそう!


「それからこれが、アルゴザリードを焼いたやつの切り身と、切った野菜を生地で包んだやつ。適当に下味つけてあっから。ソースはいらんぞ」


 これも先ほどのもの同様、非常に食欲がそそられる。生地の隙間から見える、焦げ目のついたお肉が、実に美味しそうである。


「最後が……刺身だ。これがさっきお前が捌いたやつだな」


 薄い桃色の肉が、綺麗に盛りつけられている。お頭も添えられていてなんだかとっても高価そうだ。


「下処理はしたから、寄生虫の心配はしなくていいぞ。それよりも……」


──それよりも。その先の言葉は言われなくてもわかっている。わたしがこれを食べられるか……? と言うことをアルトさんは聞きたいのだろう。


 慮ってくれるのは嬉しい。でもわたしだって、もう……ちゃんと割り切った。

 造りのお肉達を指でさっとすくい取って、口元まで運んだ。咀嚼するとモニュモニュと、独特な食感があった。


「おお……いったな」


 内心はらはらしていたのだろう。アルトさんの声はわずかにうわずっていた。……あれだけ目をそらしてたら、それは心配もするか。彼に対して何か謝罪とか、心配をかけたとか言うべきだったかもしれない。

 しかし、口を動かすたびに、その考えは小さくなっていた。それは何でか? 簡単だ。


 単純に美味しかったから。


 口の中で、ほどけるようにとけていくお肉。だというのに、濃厚な旨味だけは口の中に広がって……。口の中は逃げ場がなくて、旨みにずっと襲われ続けてきた。

 それからアルゴザリードのお肉本来の味なのだろう。甘みと塩みも感じだと。


 美味しい。よだれがじゅるりとまた落ちた。


「うわっきったね」


 アルトさんが言ってくるが気にしない。だってこんなに美味しいんだもの。

 頰に手を添えて赤らめながら、口の中の感覚に集中する。そのままお肉が喉元を過ぎるまで、濃厚な肉の旨味を楽しんだ。


 こんなん絶対他のも美味しいじゃん。次の料理にも期待に胸を膨らませていた。


✳︎


「ふぃーー。美味しかったぁああ!」


 満足気に腹をぽんぽんと叩く。


「元気になったか?」


「はい!」


 アルトさんが心配そうに言うから、いつもよりもずっとよい笑顔を見せて。立ち上がると、駆け回ったりクルクルと回転したりした。


「ほら、この通り! 元気です!」


 思いっきり頰を緩ませてアルトさんに振り向く。流石にここまでしたら、理解してくれたようで「そうかい」と彼は呆れ気味に言っていた。

 食べる前はしょんぼりしてしまって、心配させましたよね。ごめんなさい。そんな気持ちを内心に抱えて、「呆れないでくださいよ〜」とむくれっつらをした。


 でもアルトさんだ。隠した意図なんか、隠してないのと一緒だ。彼はすぐに理解したらしく、目を丸くさせた。

 そしてその後、こちらに気を使わせないよう「あっおい。危ねぇぞ後ろ!」と全く持って関係無いことを言ったのは、経験の多さだろう。優しいなぁ。


 その優しさがなんだか気恥ずかしくて、照れながらふふっと笑ってしまう。そうしてアルトさんから逃げるように、後退りすれば、ドンと何かにぶつかった。

 何だろう? 木かな? そんな考えで後ろを振り返れば、わたしの身長の倍はあろうかという、大きな動物(マヘト)がそこにはいた。


 それは一見すれば、二足歩行するトカゲのように見えて……。


「あれ?」


 なんて考えていたら、視界は赤く染まった。頭をガブリと噛まれていた。頭皮に牙が突き刺さる。


「セアーーーーーーーーー!!!!!! だから後ろって!!!!!!」


 アルトさんの叫び声が脳裏に響いた。それを聞いて、さっきとは違う意味で恥ずかしくなった。

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