銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第63話 合縁奇縁

公開日時: 2020年11月12日(木) 18:30
文字数:6,584



銀の歌


第63話


 左右を草原に挟まれながらの道を行く。

 昨日寝ようとした時雨が降ってきて、対処に追われた。でもでもアルトさんが、すぐに大きい葉っぱを持ってきてくれたので、そこまで濡れることはなかった。

 まぁ、冷え込んだのは事実なので、少し鼻声ではあるが。


「ううううう」


 鼻水をずるずるとすする。薄着なせいもあるのだろうが寒い。一歩前を行くアルトさんは、何枚か重ね着しているそうで、朝着替えていたのを見た。自分だけずっこい。

 唇を尖らせる。でもつまらない気持ちは変わらない。気分転換の意味も含めて、ちょっと後ろを見る。


 そうすると後方にはヘテル君がいて……。彼は、アルトさんお手製の、大きめのマント※をはおっている。※異業化している腕を隠すため。

 それから特筆するべきことがもう一つ。後ろを着いてきてくれているとは言え、いかんせん、距離があるのだ。


「……ううん」


 仕方ないことと理解しているが、こうも壁を作られてしまうと、少々やりにくい。


 わたしはこんなだっていうのに、それにしてもアルトさんはいつも通りだ。シーちゃんの手綱を引きながら、のんきにあくびまでしちゃっている。

 今の状況に不満……という表現は適切ではないが、もう少し改善することは出来ないのかと、疑念を抱いている。だからアルトさんに、何か良い案がないか聞いてみることにした。


「ねぇ。アルトさん」


「なんだ?」


「この状況どう思います?」


「別に……どうでもいいんじゃね?」


 この男は。

 内心で殺意を高めつつ毒づいた。けれどアルトさんのこういった冷静さを見ていると、自分の方が間違っている気がしてくる。

 わたし的には、皆で仲良くワイワイした方が良いと思うのだが。


「お前の感情よりあいつの感情を優先しろ。お前が本当に仲良くしたいならな」


 こちらの考えを見透かしたのか、アルトさんが不意にそんなことを言ってきた。釘を刺すような言葉は、実際、わたしの心に突き刺ささった。

 今さっきまで考えていたことは、確かにずうっと自分のことばかりだったから。下唇を噛み、色々な想いを自分の体にしまい込む。


「全部は否定してやるな。状況を好転させようと、お前が頑張ってるのは【俺も】分かってる。ただその方法は、色々あるってことだけ知っておけ」


「……はい。アルトさん」


 どこまで人の心を見透かすことができるのだろう? わたしが抱いている感情を、わたし以上に知っている気がする。その都度その都度、適切な言葉をくれる。


 それでようやく冷静になれた。

 昨日色んなことを聞いて、わたしは多分……焦ってしまっていたのだ。それが不安の原因だったのかもしれない。

 色々なことに八つ当たり気味に、いちゃもんをつけていたのは謝罪したいところではある。


ーーでもまぁ……誰に聞こえた訳でもないだろうし、別にいいか。それにわたしが文句を言ったのは、結局アルトさんだけだ。彼にだったら、そこまで罪悪感を感じなくていいよね。


「少しは罪悪感を感じろ」


 なんて聞こえてきたが、気にしないことにした。


✳︎


 思えば今まで道らしい道を歩いたことはなかったかもしれない。

 ヤチェの村からダングリオに行くまでの道程だって、近道をするために、散々荒れた道を通ってきた。獣人の里に行く時も……酷いものだった。

 うんうん頷きながら思い返して、改めてそれらを乗り越えた自分を褒めてあげる。


 とまぁ振り返ってみて、何が言いたかったかと言うと、そんな道ばかりだったから、誰にも道中あったりしなかったよなー。ということである。


 進行方向には、あせた緑色のマントを羽織る大柄な男性がいた。

 その人は、無造作に赤い髪を伸ばし、前髪で視界を覆い隠していた。こちらからも相手の目元が見えないくらいだ。その様から、なんだかだらしない印象を受けた。

 せっかく澄んだ明るい髪質を持っているのに、もったいない。光の当て方によっては、アルトさんと同じ、橙色にも見えただろう。

 それからマント姿だったから、分かりにくかったが。よく見ればマントの下には、時代を間違えたような、風変わりな装いが見えた。服は全体的に古臭くて、あとなんだか臭そうだった。


 そんな変な風体の、四十路入りしてそうなおっさんが、道のど真ん中で、少女を抱きしめ泣いていた。


「うおおおおおおおおおお」


 こいつは危ねぇやつだなと直感した。


 しかし抱っこされている黒髪の少女ーヘテル君よりも小さいから、最早幼女ーが気になる。なんだか息苦しそうだし、頰が赤くなっている。このままほっとけば、湯気でも出るんじゃないだろうか。


 そんな少女のことが気になって、立ち止まって見てしまった。そうするといつの間にか、おっさんの顔もこちらに向けられていて……。

 おっさんは前髪で目を隠しているから、目が合ったという表現は厳密には違うかもしれない。でもなんとなく、目があったように感じた。


「これが神の導きか……!」


 おっさんの危ない独り言が聞こえて来る。でもそこはいつもの気にしない精神で。なるべくおっさんの言葉を、意識の中に入れないようにする。


 だがしかし!


 いつだってわたしの願いは叶わない。こちらに気づいたおっさんは、無情にもにじり寄ってきた。下卑た笑い声を上げて近づいてくる姿は、【きもい】を通り越して【怖い】である。


「そちらのお三方! 旅の商人とお見受けしたが如何だろうか? よければおっさんの頼みを聞いてくれないか!?」


 気迫もさることながら、堂々とした態度でわたし達の前に立ち塞がった。ちょっとやそっとじゃこのおっさんは、どいてくれないであろうことを確信した。


「えっ!? えっ!? な、なんでしょう?

 た、助けて下さいアルトさん」


 救いを求めて隣を見るが、そこには誰もいなかった。

 いったいどういうことだと、慌てて辺りをキョロキョロと見渡すと。


「脇……失礼しますよ」


「あっ、どうぞどうぞ」


 そんなやりとりをして、何事もなく、おっさんの横を通り抜けるアルトさんがいた。どころかヘテル君まで、おっさんの脇を何事もなく通り抜けている。


「「いや! ちょっと待てよ!」」


 おっさんとわたしの声は重なる。わたし達は互いに、片手を開いて前に突き出して、アルトさん達を止めるべく追いかけていたのだ。

 言葉だけでなく、やってることも一緒……。

 嫌なシンクロだなと、わたしは思った。


「いや、どういうことなんですかアルトさん! あんな濃いおっさんを、わたし一人に押し付けないで下さい!」


「そうだぞ、おっさんは無視されたら死んじゃうんだゾ。最近のおっさんの心の弱さをみくびるなよ!」


 なんか、すごく嫌なんだけど。どうもこのおっさんとは、似た波長を感じる。もしかしたら同類なのかもしれない。


 だがそんなことよりもアルトさんだ。この手のことに関しては、彼に対処してもらわないことにはどうにもならない。

 それに正直関わりたくないが、でも何か困りごとがあるなら、話を聞いて助けてあげるというのが、人間として当たり前の行動だろう。

 おっさんに抱き抱えられた少女を見て、そんなことを考えた。


 そうしておっさんと二人で詰め寄っていくと、面倒臭そうな顔をしたアルトさんはこちらに振り返り、わたしに耳打ちをした。


「お前は馬鹿か……あんだけ話したろ。俺達は今何と行動をともにしてる?」


 苛立ちが込められた声は、どこか辟易としているようでもあった。


 アルトさんの言葉によって、昨夜の彼の言葉を思い出す。いや、本当は忘れた訳じゃないけど。

 ただアルトさんの言動。「誰も信じるな」とでも言いたげな振る舞いが、わたしにはどうしても受け入れられなかったみたいで。無意識の内に彼の言葉を、心の奥底に押し込めていたようだ。


 わざわざ誰かに言うつもりはない……が、だからといってそれで、外部との交流を全部絶ってしまうのは、正しいことなのか。言わなければ、腕を晒さなければバレないのではないか? それに仮にバレたとしても。そこまで酷い人達ばかりではないはすだ。


 昨夜は急なこと過ぎて、あまり言い返すことも出来なかったが、時間を開けた今のわたしの思考としては、そんな感じ。心の中で猛抗議しているのだ。

 でもその反感の内容を、今も言えないでいるのは、アルトさんの話を、結局受け入れているからなのか。

 

「あの〜頼み、聞いてもらってもいいですか?」


「うわっと!!」


 アルトさんは振り返らないで進んでいくが、わたしはさっきから立ち止まってしまっていた。

 だからか、おっさんに狙いを絞られてしまっていた。


「実は儂のむす……いと……まご……。

 エリーゼって言うんですけどね。彼女が旅の途中で、高熱を出してしまって、ほら昨夜雨が降ったでしょう? あれの影響かなって」


「ああー雨。ずず」


 昨夜の雨のことを思い返したら、鼻水がとろりと垂れてきたので、吸い込んだ。


「はい。それで誰かに診てもらえないかと……。でなくても近くの医者がいる街まで、一緒に行ってもらえないかなと。儂、あんまり強くないので……。道中一人だけだと、危険な動物(マヘト)に食い殺されてしまうんです。儂だけならいいのですが、エリーゼだけは……」


「なるほど」


 そういう事情であれば仕方ないのではないか。このおっさん人格は濃いし、少女との間に怪しい関係性が見えるけど。話している内容はまともで、そこまで悪い人には見えない。

 それに丁度腕の良い……かは分からないけど、医者まがいのことができる人なら側にいる。


「それでしたらアルトさん。あの橙髪の人に言ってください。助けになってくれるかもしれません!」


「ほ、本当ですか!?」


 言うやいなやおっさんは、通り抜けて行ったアルトさんを追いかけると、話しかけた。ここからだと距離が遠くて、会話は聞こえないが。彼のことだ。渋々だろうけど、助けてくれるはずだ。


 どうやら会話が終わったらしい。おっさんがわたしの元まで帰ってきた。


「どうでした?」


「……」


 返事はない。事態を察したわたしは走り出し、アルトさんへ詰め寄る。


「アルトさんいいじゃないですか! ちょっとの間だけですよ!」


 責めるように言うと、アルトさんは「ぺっ」と唾を吐き捨てた。

 即座に足を引く。わたしは裸足なので、あれが当たったらたまらない。


「そこまでとは……」


 ものすごい拒絶を目にして、続く言葉が出なくなってしまう。困り果てヘテル君の方を見るも、彼は目を合わせてくれなかった。そうした中、後ろから大きな独り言が聞こえてきた。


「誰かいないかな〜! 医療技術がある人!」


「アルトさんあれって……」


「知らねぇよ」


 アルトさんはまだ足を止めない。それを見ておっさんは、諦めじとまた馬鹿みたいに大きく独り言を呟いた。


「エリーが怖がらないよう。19歳くらいの、安心感がある家庭的な男性で、医療技術が少しでもある人。いないかな〜」


「ほら、やたら限定的だし」


「面倒くせぇなぁ! 娘のお見合い相手探すんじゃねぇんだぞ!」


 アルトさんは耐えきれなかったのか、額に青筋を浮かべている。今にも爆発しそうである。

 しかしこんなことで怒るのは、嫌らしく。アルトさんは努めて、感情を収めるようにしていた。指で眉間に寄ったしわを広げようとしている。


「橙色って、お日様の色っぽくて、なんだか温かさがありそうでいいよね。あとアルトって言葉の響きは、素敵だと思います」


「ほらもう完全にそうじゃん」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ。…………しゃーねぇなぁ」


 ヘテル君のフードをより深く被せるように、ぐいっと引っ張ると、観念したとばかりに反転した。


「診てやるよ……」


「ああ……! ありがとうございます!」


 おっさんは涙を流してひくひく鼻を動かすと、地に這いつくばってアルトさんにお辞儀をした。


「何もそんなにひれ伏さなくても」


 わたしは眉を寄せておっさんに言う。頭の中にはどうせアルトさんだしという考えや、治療行為というのを安く見ている所があった。なぜなら旅の途中、わたしが怪我をしたり、風邪を引いたりした時、彼がぱっぱと診て治してくれたので、治療っていうのが、そこまで大それたものじゃないと思ったのだ。


 おっさんが見守る中、アルトさんの診断は始まった。少女の口を無理やり開けると、しばらくの間覗き込んだ。もちろんわたしは怪訝な顔で訝しんだ。


「あんな風に病状の確認を行おうとする者は、旅人ではかなり珍しいよお嬢さん。治療って出来る人凄く少ないんだ。彼……青年でいいか。

 青年と旅が出来るっていうのは、凄く恵まれていると思うよ」


 おっさんが、こちらの感情を読んだみたいにそう言ってきた。前髪で目元を隠しているから、真意は分からない。でも喋り方から、どこか怒っているように見えた。

 何が気に食わなかったのだろうか?


「べ、別にアルトさんのことを貶したい訳じゃないですけど……」


 アルトさんの診断。わたしはされて嫌だったのだ。無理矢理口を開けられて、時には変な棒を突っ込まれたり、耳も触られたりする。別に変な意味でも何でもないのは分かってる。でもだからと言って、アルトさんの治療行為が良いものかと聞かれたら、うんとは頷けない。


 でもなんだろう。わたしがそう思えば思うほど、おっさんの反応が厳しくなっていく気がする。口元が横に広がり、広角が上がっている分、余計に不気味だ。


「終わった……」


「あっ、本当か!? 青年! それで……どうだった?」


 いじけるわたしをよそに、おっさんはアルトさんのもとに近寄った。そして心底愛おしそうに、少女ーーエリーゼちゃんを抱きしめた。


「風邪だな……休めばよくなる」


「命にかかわることではない……そうですか?」


 尋ねるとアルトさんは、こくりと頷いた。


「良かった……!」


 服の衣摺れの音が聞こえてくる。エリーゼちゃんの無事が分かり、彼女のことを更に強く抱きとめたのだ。

 そんな安堵の感情を見せるおっさんを前に、アルトさんは「ただ」と付け加えた。


「ただ。無理……させるな。よく分からんが、そいつの体内なんか滅茶苦茶だ。動かさない方がいいと思うぞ」


「はぁ」


 思い当たる節があるのだろう。おっさんは分かりやすくしょげた。


「んじゃ俺達はこれで……」


 さっさか歩き出した。だからわたし達は叫んだ。


「「ちょっと待って!!」」


 やっぱりわたし達の声は、寸分の狂いもなく重なる。


「「まだ解決してない! 病状が分かっただけ! 助けて! ちょっとだけ、先っちょだけでいいから……!」」


「あ? 先っちょだけ助けるってなんだよ?」


 アルトさんは苛立ちげに言った。わたし達が引き止めなければ、これは間違いなく、立ち去るつもりだったに違いないだろう。彼の態度に臆するが、それでも食い下がる。


「いや〜〜でもこれは……ねぇ?」


「えっ。ええ、まぁはい」


 おっさんに目配せされ、その場限りの連携を編み上げる。わたし達はそこからしばらくの間にらみ合ったが、根負けしたと、アルトさんがまたため息をついた。


「はぁ。はぁーーー。分かったよ。分かりました。近くの街……。ここからだと、そうだな……【ルスク街】か。そこまでは一緒に行きましょうか。その女の子を抱いたままじゃ、道中危険ですものね……」


 その言葉を聞いて、おっさんは勢いよくお辞儀した。わたしも続いてお辞儀したが、どこかでこうなることは分かっていた。だからおっさんのしたそれとは、少し意味合いが違ったのかもしれない。


 ……人を助けるのは当たり前のことだし。ヘテル君がいるから警戒するのは分かるけど、アルトさんって何だかんだ優しいから、こうなるの分かってましたとも。


 地面を見たままにへへと笑う。

 するとその時視線を感じた。それは冷たい視線だった。


 バッと顔を上げると、目を大きく見開き、心臓の音をいつもより早く鳴らした。


「うおお! 何もそんなに……迫真の顔しなくても。顔芸か?」


 アルトさんの言葉が遠い。彼の言葉を無視した形で、辺りを見渡した。しかし周りにはわたし達以外誰もいなかった。


「今の……は?」


 気のせいだったのかなと感じて、急速に焦りや興奮が冷めてきた。


「変な奴だな……。まぁいい。それよりもおっさん。あんたの名前を聞かせろ?」


 横暴ですよ! まずは自分達からでしょうが! ツッコミを入れたかったけど、先程の視線が後引いているからか、反応が遅れてしまって、何も言えなかった。

 おっさんはアルトさんの言葉に、何ら不快感は感じていないようで、にこやかに話した。


「エリーの……エリーゼの紹介は大丈夫か。儂は【トリオン】。よろしくの」




第63話 終了


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