銀の歌
第25話
「全く! アルトさんったら! あんな言い方ばっかりして!! 嫌われたって知らないんですからね!」
「ああ、あぁ、悪かったよ。でも俺はお前の方が異常だと思うがなぁ」
わたし達は今、ダングリオの市場通りを歩いている。なぜ二人でこんなところを歩いているかというと。
ユークリウスさん達が去った後、わたしがプリプリして怒っていたら、「体力をまだ取り戻せてはないけど、外に出るのもいい気晴らしになるだろ」とアルトさんが言ったからである。
「全く全くもう!」
「だから悪かったって」
ただ、わたしはまだちょっとプリプリしている。ダングリオの街並みは確かに綺麗で目移りをして、気が削がれるが、それでもわたしはプリプリしている。あっ、あそこの焼き物美味しそう……。
※
それにしても凄い人通り。昨日……いや一昨日、この街に到着した時も思ったが、流石に大きい街なだけはある。
思えば、のんびり街並みを観光する機会なんて、ずっとなかった。
過ぎ去っていった日を思いだしながら考える。そうしてゆっくり市場を見物していった。道中わたしが美味しそうな焼き物を再び見つけて、じゅるりとよだれを垂らしていると。
「……ん。なんだ、なんか食いたいのか?」
アルトさんが訊いてきた。わたしは首を縦に振り、肯定の意思を示す。
「へいへい、そんじゃまぁ」
言ってアルトさんは、ガサゴソと懐をまさぐると、膨らんだ布袋を取り出した。そしてそこから一枚の金貨を取り出すと、わたしの手の中にそれを握らせた。
「ほら、ルカナスタ金貨だ」
「それがあれば、まぁ大抵のものは買えるだろう」
手の中で、太陽の光を受け光るそれは、なんだか二つの意味で眩しく見えた。
「うわぁぁー……ありがとうございます!」
それを抱き締める。アルトさんはそんなわたしの様子を、苦笑しながら見つめていた。
「なぁ、ところで金の使い方って分かるか?」
お金の使い方? そんなものは知っているに決まっているじゃないか。わたしをどれだけアホだと思っているのか……アルトさんてば、ちょっとひどいです。
「当たり前じゃないですか! 知ってますよ! そこまでアホじゃありません、アルトさんのバカー」
アルトさんは目を丸くして、わたしをしばし見つめた後。「ほほぅ」と呟いてニヤリと笑った。
「……なんです? その邪悪な笑い方は…」
「いや、なんでもないよ。それはそうと、俺はこれからシリウスがいる厩舎まで行くわ※。長いことほったらかしにしていたからな」
※わたし達がダングリオに着いた時、身軽に動けるようにと、シリウスちゃんはすぐに厩舎に預けてきた。
「あっ、そうなんですか? じゃあわたしも一緒……」
言いかけたその時。
「なんかしら買いたいものがあったら、【一人で】買うんだぞ」
釘を刺された。巨大な釘を。
な、な、なんだと……。アルトさんの邪悪な笑みの正体を見た。しかし、ああ言ってしまった手前、今更後には引けない感じがあるし……。
「……ええ、ええ! 分かりましたとも! シリウスちゃんによろしく伝えといて下さいね! わたしは【一人で】買い物してみせますとも!」
くくっと笑うアルトさんは、「ああ、分かった。じゃあな」と身を翻し手を振って去って行った。
アルトさんて、やっぱ悪役の方が似合うよな……。それも小悪党。そんなことを考えながら、彼の後ろ姿を見送った。
✳︎
アルトさんがすたこら去ってしまった後、一人市場の真ん中にポツンと立っていた。右を見てお店を見渡し、商品の名前や金額などを見てみるが。
^^^<°%
あれなんて書いてあるの? 今までそんな不可解な文字羅列なかったじゃないですか。作者ァァアア!
あの文字がなんて書いてあるか読めない。手元を見てみる。そこにはきらりと輝く金貨がある。アルトさんはこれさえあれば、だいたいの物は買えるとは言っていたけど……。
グギュルルルとお腹の音が、わたしを追い詰める。なかなか決心がつかず、まごまごとしていると、後ろから不意にポンポンと肩を叩かれた。慌てて振り返るとそこには。
見慣れない姿の男性が立っていた。片目に切り傷があり、なかなかに人相の悪そうな男だ。その男は口を釣り上げて笑いながら。
「姉ちゃん何してんだ?」
喋りかけてきた。こ、これは……ナンパ? あるいはタカリ? とかなんとか、わたしが考えていると。
「姉ちゃん腹減ってんだろ? さっきの音聞こえたぜぃ。姉ちゃんのその手元の金で俺様と一緒にランチでもどうだ?」
両方だ! 両方だった!
「え! ……その、あの」
戸惑ってしまう。というかこんなことになれば、誰だって困惑するとは思うけど。
そんな訳でなかなか言葉を選べずにいた。それからもオタオタしていると、人相の悪い片目の男は業を煮やしたのか、わたしの腕を強引に掴み。
「まどろっこしい!」
ぐいと腕を引っ張り、無理矢理連れて行こうとする。人相の悪い男はへへっと笑って。「いいから俺と逢引……」彼がそう言いかけた時。
スパアァン! と大きな音が響いた。その音にビックリして目を伏せてしまう。
少しの空白の後、人の話し声が聞こえてきたので、それに誘われるように恐る恐る目を開けると。
「なにやってるんだドルバ! また、ナンパか!」
声を張り上げているのは顔の整った黒髪の男。がたいの良い体型で、大きなハリセンを握っている。その顔はどこか見覚えがあった。
「しゃ〜ねぇだろ…シグリア! これが俺の生きがいなんだ……!」
「いや、そんな……。カッコつけて言われても……」
顔立ちの良い青年は、どうやら人相の悪い男と知り合いのようだ。ていうか……あれ?そっちの人相の悪い人もよくよく見たら、どこかで見た気が。※だいたい5話くらいに出てる。
「あっ! ほらぁ、こちらのお嬢さん怖がってるじゃないか」
えっ、いやまぁ。怖がるには怖がっていましたけど、今は驚いてる感情の方が強いです。だって……。
「何やってるんですか? 聖騎士団の人達が」
「「!!??」」
人相の悪い男と、顔立ちの良い青年の驚きは重なる。そして二人も何かに気づいたようで。
「あっ! よく見たらお嬢さん。もしかして……セアさん……だったりするかな?」
顔の良い青年が尋ねてきた。なのでわたしは正直に。
「えっ、あっはい」
そう答えると、顔立ちの良い青年の方は汗をだらだら流し始めた。「やばい、色々やばい」と呟いた気がしたが、見逃してあげた。そして幾ばくかの沈黙の後、顔良青年は。
「ちょっとそこのレストランのテラスで、お茶でもしよっか……。僕のお金で……」
なんともいえない表情で、顔年は言ってきたので、みるに見かねてわたしは。
「ああ……じゃまぁ……はい」
了承してしまった。それを見ていたドルバと呼ばれた男が、「おおー! なんだよ。お前も結局ナンパしてんじゃねぇか!」とケタケタ笑いながら、屈託のない笑顔でそう言った。
そしてドルバさんは、顔年、もといシグリアさんに羽交い締めにされた。
わたしは思う。ハリセン……どこにしまったの?
第25話 終了
読み終わったら、ポイントを付けましょう!