ト書き
その日、俺はいつも通り遺跡を探して、森の中を彷徨い歩いていた。いつも通りである。
ただその日だけは違った。決められた道というのはあるのかもしれない……そう思った。
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銀の歌
何か手がかりがないかと、めくっていた手記を閉じる。最後の頁には、アダマハアルトと名前が書かれていた。何かを書き留める手記であると同時に、これは俺の日記帳だった。
──職業を説明するのは難しい。
遺跡や秘境、未知を既知にするべく、世界中を歩き回って、主に地図作りをしているが、実際やっている事は行商人に近い。収益の大半は、行く先々での物の売買によって成り立っているからだ。
だがしかし、世界中を巡って色々な物を見たり聞いたりして、地図以外にも、本や絵巻物だって密かに作っている。だから出来るなら他の言葉を使いたい。
格好良く、あるいは格好悪く言うならば、探索者というのが近いだろう。
入ってくるお金は多くないが、食べる物に困りはしない。分を弁えたそれなりの毎日を送っている。
そして今日も荷─皮袋に細長い紐を取り付けたもの─を肩から通し、腰に護身用の短剣を備え、マントを羽織って辺境の森に出向く……。
つまりはこの辺りにあるという遺跡を探していた。
「しっかし広い森だな、こんなに緑を見たのは久しぶりだ」
思わず一人で呟く。だって本当にここから見えるものは、木や草ばかりで……。森に入ってから既に、三時間近くは経っている。それなのに見えるものといったらあいも変わらず。
そして後一言、現状把握として言わなければならないことがあった。
「迷った………」
そう、俺は。
「迷ったああああああぁぁぁぁぁ! どこココーーーーー!!!」
迷った、迷ってしまったのである。
「おかしいな。遺跡はこの方角で合ってるはずなんだけどな。あの女……ギーイが言うには」
ギーイと言うのは、俺の知り合いの情報屋兼盗賊である。そんな彼女からもらった地図や指針を図る方位磁石を見る。でもそれらはさっぱりで。全く使えないと言っていいだろう。
自分の手記を見返していたのもそういう事だ。ギーイとの会話の内容を記しておいたから、この状況を打開する情報が書かれてないか、確認していたのだ。でもその頼みの綱も…………。
「騙されたか?」
もう帰ろうかな……心の中で愚痴る。一様途中から、短剣で木に傷を付けてはいるので、帰ろうと思えば、なんとか帰れるとは思う。多分、おそらく、いやきっと。
最近ここら辺では大きな地震も起きるらしいし……。
うん、帰ろう! そう決断した、まさにその時である。
下からドン!! という大きな音が辺り一面に響き渡ったのだ。地面が大きく揺れ動き、その場にへたり込んでしまった。
体制を立て直す間もなく、それからゴゴゴゴゴ!! とさらに揺れた。この大きな地震の影響だろう、地面は割れ岩壁がチラリと見えた。あと少し位置がそれていれば、あの穴の中に自分も飲み込まれていただろう。恐ろしい。
けれどそれ以上は、待っても揺れが来なかったので、落ち着いて視野を広く取って立ち上がる。周囲を見渡して、冷静に状況を判断してみれば、意外と被害が小さいことに気づいた。かなり大きな揺れだと思ったが、木々が倒れている様子もなくて。自分の認識と食い違っていたので、少し首をひねったが、ただ、遠くの方で何かが倒壊していく音が聞こえてきた。
それからすぐ後に、背の高いここらの木々を追い越して、音が鳴った方から、モクモクと土煙が上がるのも見えた。
建造物でも壊れなきゃ、あんなにも大きな土煙が上がるなんてのはありえない。そしてここらには(あるとしたら)遺跡以外何も無いはずだ。もしかして。
「行って……みるか」
荷物をぎゅっと握りしめ、僅かな期待とともに走りだした。地震による恐怖、先ほどまでの帰りたい気持ちも忘れて、あの土煙を目指しただ走った。ガサガサと草を揺らし森を走って走って、走り抜けた。
そして視界に入って来たのは、どこまでも生い茂る小麦の色をした原っぱだった。それは俺が見てきたどんな風景にも勝る素晴らしいものだった。
これが黄金郷というやつなのだろうか?
そしてそんな景色の奥に大・小の石の残骸があり、そこから大きな土煙が上がっていた。おそらくだが、あれが遺跡だったものだろう。間に合わなかった。だがそんな悲しい虚無感を感じるよりも前に、目に止まるものがあった。
この場にある景色全てが、それの引き立て役であるかのように錯覚する。この黄金の輝きの景色の真ん中で巨大な木にもたれかかる様にして座っている。
それは少女だった。
この世にある生命の美しい部分だけを集めた様な四肢と顔。透明なヴェールがかけられた、明度の高い翠(みどり)の髪には少し癖っ毛があった。身にまとうものは、全く見たことないもので。
上と下が繋がった服はあるが、だからと言って、上を胸部辺りまでしか隠していないのは極端で、驚きがあった。それでいて下は、足を全て覆い隠すほど長いのだから、なんとも不思議だ。
何より奇怪なのは、その全てが真っ白だったこと。自分が無垢であると公言するような服は、どこぞの王子の元に嫁入りするのかと思った。少女の手元には見慣れぬ花があったことから、花嫁なんて言葉を創造して、彼女に当てはめた。
少女は俺と比べて、年が五つか六つは離れているだろう。ちょうど少女から女性へと変わろうとしている時期だ。そんな彼女は、大人にはない魅力があるように思えたし、実際、誰よりも美しく儚く愛らしかった。
彼女の姿は幻想的すぎて、だからこそ気付くのが遅れた。
手元にある美しい花とは対照的に、少女の真っ白な服は濁った赤で染まり、辺りには鉄の錆びた匂いが漂っていた。
『その少女は血まみれだった』
プロローグ 終了
初日は第5話まで投稿します。
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