銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第109話 立ち寄る場所で

公開日時: 2021年5月24日(月) 18:30
文字数:3,247

銀の歌


第109話


「納税は現金か現物か?」


「現金でいい、ルカナスタ硬貨は使えるだろ」


 禿げたおっさんが厳しい顔つきでアルトさんに答える。


「ふん、それなら銀貨が四だ」


「それは高くないか? 前来た時は二だったが」


 徴税吏ちょうぜいりの反応に、落ち着いてはいるものの、アルトさんは首を捻って答えた。冷静な言葉だとは思ったが、その後の相手の反応は露骨で、極めて怪訝な態度で言い放った。


「だったらとっとと立ち去ればいいだろう……?」


 威圧感のある物言いに、争ってもいいことはないと判断したのか、アルトさんは気圧されたように両手を挙げた。


「ああ〜。ならまぁ、四枚で大丈夫です」


 懐の巾着袋から銀貨を四枚取り出すと、低姿勢でへへと申し訳なさそうに笑い、徴税吏に渡した。それでようやく通してもらえたものの、徴税吏さんの虫の居所は悪いままのようで、去り際に「ふん」と、また悪態をつかれた。


 検問を通るたびに思う、街に入るのは本当に大変だなと。ヘテル君のことに関して触れられなかったのはよかったが、こうも愛想が悪いと流石に気が重たくなってしまう。


 だけど徴税吏さんが、あんな態度を取ったのには理由があるようで。


✳︎


 一悶着ありながらも入ることを許されたここは、湖の都市ボフォルだ。【湖の】というくらいだから、当然街の中には湖があるそうだ。ただ、この街には最初から湖があったわけではないそうだ。その昔、時の為政者が、大勢の若者の力を借りて、人工的に作り出したものなんだとか。


 なぜそんなことをしたのか? その理由は簡単だ。


 遠くの大陸には、湖の国と呼ばれた所があるそうだ。その国の美しさに惹かれた一人の若者が、この街を変えるきっかけを作ったらしい。


 例の如くアルトさんからの事前情報だ。


 そしてここからが肝心。この街は、ひいてはこの街が所属する国ームィクレファーは、ルカナスタ王国の従属国ではないということだ。──だがしかし。


「ルカナスタの硬貨、使えましたね」


 ルクス街ほどではないにせよ、よく整備された景観の良い街並みを、荷車で通る最中アルトさんに尋ねる。


「まぁ仕方ないさ。この国にも独自の硬貨はあるが、世の中に一番出回っている硬貨が、ルカナスタ硬貨だからな。国外から来る人全員に、スルストル硬貨※を求めるのは難儀な話だ。隣国だしな」


※ムィクレファで使われる硬貨の名前。とある聖人の名前を由来としている。


 まぁそう言う訳だ。この国の硬貨を使わずに納税をやり過ごそうとしたから、徴税吏さんは快く思わなかったのだ。言葉にすれば可愛いが、これは簡単な話ではない。


「この街はムィクレファの玄関だ。だから、ルカナスタ硬貨しか持っていない人でも来やすい。

 旅人を広く受け入れるための施策ではあるが、ルカナスタ硬貨の使用を許可したのは、ムィクレファからすれば、やはりまずかった。ルカナスタ硬貨を使う時、上乗せはあるが、それでも主流な硬貨が乗っ取られてる。

 民衆単位では上乗せがほぼ機能していない。恐らくルカナスタ硬貨の方が、ほんの少し高くなってる程度だろう」


 アルトさんがシーちゃんに繋がる手綱をぴしゃりと叩きながら、国の現状を教えてくれる。

※その瞬間にシーちゃんは舌打ちをし、アルトさんが「調子に乗ったごめん」と謝罪していた。


「ムィクレファの思惑としては、両替商を利用して儲けようとしたんだろうな。

 しかし駄目だった。急に納税額を上げたのが良い証拠だ。水際で対策を取ろうとするも、時すでに遅いよ」


 国と国とのやり取りの難しさを如実に感じる話だ。ルカナスタ王国に悪意はなかっただろう。だけど規模の大きい国とはあるだけで、隣国からすれば被害を被るものなのかも。


「ルカナスタ硬貨の方が、主流になってるだろうことは言った通りだ。買う時にはスルストル硬貨の方がいいが、今回のような規模の小さい取引では、両替商に行った方が返って高くつく。そのまま商会に行った方が賢明だ。

 それに……雑多なものを買う程度だったら、もう持ってる」


 そう言ってルカナスタ硬貨に描かれているのとはまた別の、他の人(マヒト)の顔が彫られた硬貨を、アルトさんは親指でピンとはねさせた。


 それを見てヘテル君とソフィーちゃんが唖然とした。この状況でそんなことをするのだ。わたしだって意味に気付いた。


 つくづく人が悪い。スルストル硬貨を持っているくせして使わないんだから。

 その意味の大部分はきっと、徴税吏の反応を見て、この国の内情を知るためなんだろうなって察しがついた。


「徴税吏は良い奴だったな。お陰で両替商を使わずに済んで、この国に余計な金を落とさなくていいんだから」


 アルトさんが皮肉を込めてそう言った。


✳︎


「そういえば先程の話ですけれど、どうして両替商を使うと国が儲かるのですか?」


「ん? ああ。両替商は国が置いてるだろうからな。

 一定の給金で両替商を雇い、その両替商のもとで出た利益の何割かを、国に還元するみたいな仕組みなんだと思う」


「なるほど」


 アルトさんの説明に慣れて来たのか、分かりやすく聞こえてしまったから困る。

 まぁ理解できたのは間違い無いので、さらに疑問に思ったことを尋ねた。


「じゃあ国が関わっていない所で、民衆が適正だと思う価格で、商売をしたらどうなりますか?」


「そらまぁ、こうなるわな」


 目の前に広がるのは人の波。おびただしい数の人が、通りを行き交っている。


「ほぇ〜すっごい」


 さっき尋ねたのは、これを見たからだ。やはりというかなんというか、アルトさんの悪魔的読みは当たってしまっていたのだ。


 商会までの道のりにある市場に、今、ちょうど突き当たっている。

 この市場では、ルカナスタ硬貨の上乗せがほぼ機能していなかった。規模の大きいものならともかく、今日の晩御飯を買う程度なら、損失にはならない。

 この人混みがその証だ。あまりの賑わいに、ここには王様でもいるの? とヘテル君が尋ねるのだからよっぽどだ。


 現状を整理して、ようやく思考が落ち着いて来た。なので市場での売買のやり取りを、改めて荷台の上から眺めた。

 そこでは異国風な装いをした人や様々な種族の人が、雑多に買い物をしていた。使われている硬貨はルカナスタ硬貨が多いが、中にはスルストル硬貨もあった。


 この現状をムィクリファは嘆いているのだろうが、民衆の間では何の不満もなさそうで、むしろ満足げだ。謀略策略に関わらずに、売り買いをする彼らはとても健康的だと思う。


「いや〜商人って大変ですね。余計なことばかり考えなきゃいけないんですから」


「そんなこと言うなって。買い物とは確かにこうあるべきだが、何も考えないでいると、すぐに自分の立場は悪くなる」


 相変わらず発言に余裕のない人だな〜と考えてしまう。彼らのほのぼのとした様子を見ていたら、ついアルトさんと対比してしまって、いつも彼に対して抱えている思いが、より強く出てしまった。


「そんな顔もするな」


 すかさず切り返してくるアルトさんは、笑いを分かっている。それに、先程の発言に被せた言い回しなのだから、なかなかのお手前だ。

 「やりますね」と漫才のように返すと、ヘテル君が目尻を細めていた。何気ないことにも反応を示してくれるようになった。それが嬉しかった。


 アルトさんは茶化した物言いに怒りを見せていたが、ヘテル君の表情を見ると、鎮火してしまったみたいだ。

 その後のアルトさんの対応は、普段はするであろう、小言などではなかった。


「……せっかく異国だしな。ずっと考えていると疲れるのも分かる。この市場で買い物でもして来るといい」


 そういって先程手にとっていた銀貨を、親指で弾いて渡してきた。


「うわっと」


 突然投げられたから掴むのに苦労した。あわや荷台の外に飛び出す所だった。

 銀貨をヘテル君にも見えるように、裏表を交互に反転させる。


 クソガキでないヘテル君は、この行動の意味が分からないみたいで、ぽけっとしていたが、アルトさんはすぐに意図に気づいたようだ。


「一枚じゃ足りないです。もっとよこして」


「図々しい! 恥じらいを持って!」


 被せられてしまった。


第109話 終了



※サスラに関して。


 あの村もムィクレファの国内だとは思いますが、ムィクレファの首都はもっとずっと南の方ー海に面しているーにあるので、ムィクレファからすれば、サスラは小さい上に辺境にあるので、関心の範囲外なんだと思います。


 ちなみにサスラでもスルストル硬貨は使えます。

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