銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第70話 俺は悪くねぇ

公開日時: 2020年11月20日(金) 18:30
更新日時: 2020年11月22日(日) 13:33
文字数:6,511


銀の歌



第70話





 どうしてこうなった。

 外から帰ってきた俺は、室内の光景に頭を抱えた。


 不本意ながらもおっさん等との席に着き、酒を酌み交わした。そんでその後エリーゼと共に外に出て、魔法について軽く話をした。


ーーそこまではいい。


 辺りは驚愕といった様子で、俺たちのテーブルを見ていた。元気よく配膳をしていた看板娘も、料理を作っていた髭面のおっさんも今では手を止めて、こちらを眺めている。


 ガクガクと震えるおっさんの姿。隣で『私は関係ないよ』と、とんがり帽子を深くかぶるガキ。あわあわとうろたえるヘテルの姿。

 そして正面に座るのは、はちきれんほど大きな身体になってしまった……。



✳︎


「だから魔法は簡略化できる」


「ふーん。魔法体系ってのはそんな感じなのか……。気になるな」


「おじさん……目……見えなくても、ちゃんと分かるの?」


「うーーん。目が見えなくなってから、長い年月が過ぎたからの。問題なく周りに何があるか分かるぞ。例えばこれは……焼き魚だろ?」


「違う。それスプーン」


 最初あれだけ険悪な雰囲気を放っていたのに、今では自由に席を移動し、各々が話をしている。中には気になると感じるものも多くあり、食事の手は止められないものの、耳はしっかり傾けた。


「お、なんだ? セアちゃんも会話に混ざりたいのか」


「えっ。まぁ、はい!」


 突然振られたのでちょっと驚くが、気を取り戻して応じる。


「そうか。そうか。じゃあおいで」


「ああでも待ってください。追加で注文いいですか? ツァイちゃん」


 適当に頼んで、彼らの会話に加わる。トリオンさんにはいくつか聞きたいこともあったし、ちょうどいい。


「トリオンさん。あなたに聞きたいことがあるんです」


「なんだ? なんでも聞いてくれ?」


 拳で胸板をドンと叩くと、おっさんは踏ん反り返った。


「外殻って何ですか?」


 胸に当てた拳をすすすと下に降ろすと、そっぽを向いた。


「無視しないで下さいね」


 自分で言ったことも守れない、沈黙し続ける情けないおっさんに迫った。そんな時、横槍が入る。


「おい。おっさん。こいつ、借りてもいいか?」


 アルトさんがエリーゼちゃんの首根っこを掴んで、トリオンさんに差し向けていた。彼女はされるがままといった感じで、特に暴れる様子もなく、急所をとられた猫のようにおとなしかった。


「ん? その子がいいと言ったなら、いいと思うが」


「そうか……分かった」


 アルトさんはエリーゼちゃんを連れて、外に出てしまった。


「いいんですか?」


「おっさんよりも、エリーの方が強いからなぁ」


 積極的に、自分の情けなさを披露していくおっさんに同情した。

 何か忘れている気がするが、あまりにも情けないこのおっさんを直視出来なくて、ツァイちゃんに更に一つ注文した後、逃げるように話を変えた。


「アルトさんって変わったなぁ」


「んん?」


「えっとですねぇ。昔はあんなじゃなかったんですよ。

 酷いではなく、厳しいであったり。甘くないけど優しい人というのは、あなたとのやり取りで、彼が元々持ち合わせていたものだと、思い出しましたけど」


 それでも出会った時に比べて、随分社交的になったというか。人に心を見せるようになったというか。

 なんというか切迫感が薄れていっている気がする。


「貴方とのことで、色々と考えるようになったんですよ。自分のこと、身の回りのこと、世界のこと、そしてアルトさんについて。それであの人について気がついたのは、前よりも笑い方がぎこちなくないってことなんです」


 ユークリウスさん達から逃げ出して、作戦会議を開いたあの夜のことを思い出していた。

 あの時わたしは確か不味いことを言った。それでアルトさんを怒らせることになって、でも彼はその怒りを誤魔化すように笑っていた。あの時、アルトさんから感じた感情は、拒絶だったように思う。


 厳しさから生まれた、優しさを持つ人というのは間違いない。だけど何かもっと根本的な所で、アルトさんは他者に厳しい気がする。

 何というんだろう。拒絶から派生した厳しさ、そういうのもあった気がする。そういった面があったからこそ、アルトさんの優しい部分は、見え辛かったのだと思う。


 そうした疑問は、本来答えられるものではなかった。だって彼らは、最近のアルトさんしか知らないのだから。

 それなのにヘテル君とトリオンさんに、同意を求めるような言い方で訊いたのは、わたしに考えることを教えてくれた二人だったからだ。


 難しい問いだった。でも答えてくれた内容は、わたしの期待を上回るものだった。


「今の話を聞く限りだと。何というか……セアちゃんが変化しているように、青年も変化、いや【成長】しているんじゃないかな」


「成長……」


「笑い方が穏やかになったんだろう? 彼も大人として振る舞わざるをえなくなって、自分の内を見るだけでなく、人のことを見る能力を育てたんだよ。いや……育ててるんだよ」


「見る……」


 トリオンさんが言ったことを繰り返して、自分の中で理解を深める。


「不慣れな感じはするけど。気を遣ってもらってるんだよね。すごく、そう感じる」


 口元を隠すようにしてヘテル君も言ってくれた。

 それでついさっきの出来事を、また思い出す。わたしが憤って立ち上がった時、瞬時に関心の矛先を変えてくれたことを。

 あれがなければ……きっと今わたしとヘテル君は、お互いどう接すればいいのか、分からなくなっていたに違いない。


 色々思うところがあって、目を伏せた。

 そうするとトリオンさんは、わたしの頭に、無骨な手を置いた。


「気にしすぎるな。君も青年も、後退と成長を繰り返す変化の時だ。儂も、もう無理に君の外殻の覚せ……まだまだ時間はあるから」


 この人もよく周りを見る人だ。正しくて適切な、そういう気遣いをしてもらっている気がする。ただ感情に任せた、わたしの言動とはまるで違う。


ーーただちょっと思うのは。

 この人本当に口がよく滑るということ。その内全部の真相を、何も聞かなくても、勝手に教えてくれるんじゃないだろうか?


 まぁそんな茶化しは、胸中に潜めたが。


「お待たせしました。タレル貝のアクアソース炒めです」


「美味そうだな。……料理の話だとかについて、花を咲かせるのもいいんじゃないか?」


 ツァイちゃんが料理を持ってきてくれたのをこれ幸いと、トリオンさんは朗らかな笑みを浮かべて言った。雰囲気を切り替えようとしてくれているのだ。

 それでトリオンさんは、くいっと酒を飲むような仕草を取ると、わたし達にもっと食べるように勧めた。


「そうですね、せっかくの料理ですもの。味あわないと失礼です。……そしたらアクアソースって何でしょう? 初めて聞きました」


「アクアソースは、アブラリマの生息域近くの、油分を多く含んだ水を、いくつかの野菜と一緒に煮詰めて冷まし、酢を入れたものだ」


「へぇ。ん! 酸味が効いてますね」


「そしたらさらに、ここら辺を追加で頼もうと思うんですけど……」


「ああ、それなら…………」



✳︎



「で、今に至ると?」


「すまんの」


 彼女が見下ろす視線の先では、二人の男がもつれ合っている。アルトがトリオンの服の襟を持ち上げ、首を絞めている。大変息苦しそうである。


「でぶってレベルじゃねえぞ。どうやったらこうなる?」


「いや、あんまりにも美味しそうに食べるのだから。つい」


 トリオンはアルトの腕を軽く叩いて、放してもらえるよう抵抗を試みる。

 酸欠死するかぎりぎりくらいの所で、トリオンは手放してもらえたが、今度は腕を首に回された。いわゆる羽交い締めだ。


「本当、まじあれどうすればいい?」


「グゲェェエエ……。あああぁぁ。多分体型に関しては平気だと思う。セアちゃんは外殻持ちだから、まず確実に……ぐええええ」


 何訳の分からないことを。そう一笑に付す。しかしトリオンの発言は、何故か信頼性があるから不思議だ。アルトはそんなことを感じながら振り返った。すると後ろでは、セアの身体がみるみるうちに縮んでいっていた。


「ばけものじゃねぇか!!」


 店内でにべもなく荒げる。


「だから平気と言うたのに」


「それに関しちゃ……まぁもういいがよ。だがあれは何だ?」


 アルトが指差す先には、大量に積み上げられた皿の山がいくつもあった。


「……皿の山だなぁ。彼女が追加料理で食べた」


「だよなぁ!! 【追加】だよなぁ!!」


 この宿屋では説明した通り、食事は最初に運ばれてきたものまでしか、宿賃に入っていない。元々が飯屋で、それなりの技術を店主が持っているため、様々な種類の追加料理を頼むことも可能だが、その度に金がかかる。


「いや、追加で好きに食っていいって言ったのは俺だけど……いくらなんでも限度がある!!」


 そう言ってトリオンの拘束を強めていくと、髭面のおっさんがいつの間にかアルトの隣に立っていた。

 おっさんはアルトの肩を無言で叩くと、一枚の紙を手渡した。


「ん? 何ですか、これ!」


 アルトは受け取ると紙を開き、そこに書いてあるものを見て驚愕した。

ーー0がありえないほどいっぱい書いてある。


「は、破産じゃん……」


 アルトが0の多さに畏怖し、力を抜いた瞬間、そろりとトリオンは拘束を抜け出し、エリーゼの元に近寄ろうとした。

 しかしアルトは逃すまいと、すぐさまトリオンを、羽交い締めにした。


「なぁ、なぁおい。てめぇもこの一連の出来事に、完璧に関与してるよなぁ……。逃げられる訳ねぇだろ。それによ、散々迷惑をかけまくってんだからさ、払うよな?」


「ひええ」


 トリオンは怯えてみせるが、その顔にはいやしい笑みが張り付いていた。彼の緊張感の無い態度に、アルトは腹を立てると、服の中を無理矢理まさぐった。

 そうしてトリオンの懐から、一つのがま口を取り出した。


「がま口たぁ。笑わせてくれるじゃねえか。どれどれ、どれほど入ってるかな?」


 そこにある金の数を見て、アルトはまたしても驚愕した。


「何も入って無いじゃないか!!!」


 すぱぁんと地面にがま口を叩きつける。


「おい、おっさん! これでどうやって追加料理の値段を払う気だった!? 言ってみろ!」


「いや青年がいたから……たかろうかなって」


 目の前のおっさんにビンタを食らわせると、セアの元に近寄った。


「おいてめぇもだ? どうするよこの状況?」


 しかしアルトの声は残念ながら届かない。なぜならその少女は既に、深い眠りについていたからだ。ぐーすかと盛大な寝息を立てて。


「ああ。腹一杯食ったら、しあわせな気持ちになって眠くなったと……そういうことか……」


 アルトは水車を回転させるが如く、頭の中で素早く概算する。自分が商売でこつこつ稼いだ金や、虎の子の隠し財産。それらで、手の中に握りしめられた、0がびっしりと詰まった小さな紙を、払い切れるかどうかを。


 結果アルトの脳内ははじき出した。


ーーどうやっても払いきれないと。


「終わった……。過酷な現場での強制労働か……」


 失意のどん底に落ちたまさにその瞬間だった。アルトの後ろで、扉が開く音が聞こえた。気になって、力なくそちらの方を振り返れば、そこにはまさに救い主がいたのだった。


「ん、これはどうしたことか。誰か、何か、困りごとか? ヒーローが来た!」


 皮で出来た大きな袋を担いだ初老の男性が、店の中に入ってきた。袋からはジャラジャラと、何か金属が当たり合うような音が聞こえてくる。

 その男性ーヒーローーを見て、アルトはこれからすべきことを、瞬時に聡く判断した。商人の顔と、整えた声を作り出すと、彼に向き直った。


「ああ。獣人の里ではお世話になりましたね」


「君は……そうか。巨大な蛇を倒す時にいた……。あの時は申し訳なかったね」


 ぽりぽりと頬をかく動作に、顔は無表情のまま、アルトは内心でほくそ笑んだ。どうやらあの時のことに、責任を感じているらしかった。

 アルトは好機だと直感した。


「いえ。いいんですよ。それより大きな袋を担いでますね。一体それはどうしたんですか? 前は見なかったような……」


「ああ。これね。丁か半で勝ったんだよ」


「ほぉ。博打……」


 以前の囮を任せたという後ろめたさを、ヒーローは感じているからだろうか、特に考える様子もなく、当たり前のように、彼は自分が何を担いでいるのかアルトに教えた。

 アルトはヒーローの元ににじり寄ると、側で彼だけに聞こえるように耳打ちした。


「ですがそれはいけませんねぇ。博打ごとは、この国では公には禁止されています。このままでは聖騎士団に、捕まってしまうかもしれませんよ?」


「なんだって!? それは大変だ!」


ーー嘘である。


 確かに公では不誠実のもととして一様禁止されているし、博打で稼いだ金はあまり褒められたものではない。だがグローリー・バースが支配する域では、黙認されているし、特に取り締まりが厳重という訳でもない。以前博打で、一財産稼いで、全部すったアルトは、そのことをよく知っていた。


 そういう訳で、まぁ本当のことはいくつか含まれているしと、平気な顔で、アルトは言ってのけたのだ。そしてそれをまんまと信じてしまったヒーローという男は、根っからのお人好しか、単なる馬鹿か、恐らくはセアタイプー両方ーなのだろうが。

 ヒーローの不安を理解したアルトは、それから甘い言葉で誘惑した。


「ですがご安心ください……ようするに博打で稼いだものが手元に無ければいいのです。そうすれば証拠はありませんし、ないものを請求し罪を償わせるのは、いかに聖騎士団とて不可能です」


ーー嘘である。


 ないものは請求できないが、捕まれば強制労働や禁固刑など、なんらかの形で必ず罪を償わされる。


 そういう訳で、まぁ本当のことはいくつか含まれているしと、内心で重ねて言い訳し、自分の行いを全肯定する。

 もっとも博打の取り締まりは厳重ではないので、聖騎士団の前で、馬鹿正直に自供しなければ捕まりっこないが。

 というか風の噂では、聖騎士団の一部にも博打を嗜むものもいるとかで、禁酒時代の、密造酒と同じような扱いになっているらしい。博打も結局は黙認するしかないものだ。人々は酒を飲みたいし博打も打ちたいのだ。


 しかしそんなことを微塵も考えもせず、「当方はどうすればいいんだ!?」とアルトに訴え出てしまったヒーローは、聖騎士団の前で、自ら罪を自供していく人格なのだろう。


「簡単ですよ。お金……使いましょう。その使い道は私が教えて差し上げます。私の言うそれはーあなた以外のー誰も不幸にしません。それどころか一人の少女に号泣され、とても感謝されることでしょう」


「おお! そんな使い道が……当方に教えてくれ! それはなんだ!!」


「ええ、それは……」


 アルトはそう言って一枚の紙をヒーローに手渡した。


✳︎


 人が話し合う声に騒がしさを覚え目を開ける。


「ふわぁ。あれ? ここはどこです?」


 朝起きるとそこは見知らぬ天井であった。

 すると既に起きていたアルトさんが、ヘテル君との会話を区切って、わたしの言葉に答えてくれた。


「宿屋の二階だよ……」


 その声からは幾らかの呆れと、苛立ちを感じ取った。そこでどうしたことかと思い起こしてみれば、あることにたどり着いた。


「わたしは……あっ、そっか」


「そうだ……頼んでいいと言ったのは確かに俺だが、今後は加減を覚えろ!」


「はーい。すみませ〜ん」


 ガミガミと叱ってくるアルトさんに背を向けると、舌をペロッと出して気だるく答えた。


「お前本当に反省してんのか?」


 アルトさんからは訝しむ声が聞こえ、ヘテル君は困ったような笑みを浮かべて、まごまごとしているようだった。


「ったっく」


 悪態を吐くアルトさん。

 このままほとぼりが冷めるまで、黙っているのが良いように思えた。でも少し、気になることがあったので尋ねた。


「あれ、そういえばお金足りたんです?」


「ああ。それだったら……通りすがりの英雄様が助けてくれたよ」


「自分の身体も使ってな……」


「?」


✳︎


 寝ていたセアには分からないことではあるが、あの後全ての責任をヒーローに押し付ける形で、アルトはことを済ませたのだ。


 全ての金を使わせ、足りない分を肉体労働ー皿洗いなどーで支払わせている彼のことを考えると、流石にアルトも罪悪感を感じた。しかし……。


「いいや、俺は悪かないね」


 セアやヘテルが不思議そうに小首を傾げる中、アルトは呟いたのだ。


第70話 終了

 クソ野郎たるゆえん。

 成長……本当にしてる?

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