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銀の歌
第88話
黒い装いの服は普段着ることがないので、少し浮き足立っていた。しかもこんな重圧感を覚えるほど、重く濃い黒ともなれば。
「セア、ヘテル、行くぞ」
「はい、今行きます。ヘテル君……行こ?」
コクリと頷いたヘテル君の手を取って、わたし達はアルトさんの後ろに続いて歩く。
アルトさんやヘテル君も、普段はあまり着ていない真っ黒の服で、そういった装いの者が三人も集まれば、人の目も引くのも当たり前だった。
最初こそ衆目に晒され気恥ずかしかったが、やがて見えてきた教会と、そこに佇む人を見ていたら気にならなくなった。
「来たのね。セアちゃん達」
そう言って笑顔で出迎えてくれるのは、わたし達と同じように、黒い服の装いのトーロスさん。隣には包帯を幾重にも巻いたラーニキリスさんが、ボディーガードのように立っていた。
「ええ、それはまぁ、何かと縁深かったですからね」
薄目で口を猫のように曲げれば、相手はわたしの意味を汲み取ったみたいで、「その節は悪かったから、許して」とぎこちなく笑っていた。それを見てアルトさんは「ほぅ」と、また何か意味深に呟いたが、いちいち気にしてたら身がもたないと無視した。
「じゃあ、ついて来て、教会の裏手の奥の丘に、もうみんないるから。庭を抜ければいけるよ」
「はい。分かりました!」
元気よく返事をすれば、トーロスさんは朗らかな雰囲気で微笑んだ。そんな彼女を見て、どこか安心している自分がいた。彼女の表情の中には、暗さが無いように見えたのだ。
すぐに変わることは、できないかもしれないけど、トーロスさんの中で何かが、きちんと変わっていっている気がする。もういたずらに、自分を犠牲にすることはないだろうと信頼できた。
後ろでは、そうした信頼関係とは真逆の、不穏な雰囲気の二人がいたが。
「アルト、貴様は別に来なくても良かったぞ」
「ぬかせ。もう関わっちまったからな。最後まで見届けさせろ。……お前、もう本当に遠慮がなくなってんな」
「恨む相手はまだ生きているからな」
「そうかよ」
ギスギスとしたやりとりは、辺りの空気を一段と重くした。けれどそんなやりとりを見ても、トーロスさんは楽しそうに微笑むのだから、やっぱりこの人は大器だと思う。正直ユークリウスさんよりも……。
ギスギス感はあったりしたけど、比較的和やかに、ちょっとの道のりを一緒に歩いて行った。ただ道中気になったのは、トーロスさんが一度もヘテル君を見なかったことだ。
✳︎
やがて見えて来たのは、やはり黒い服装の一団であった。しかしその中に怪我をしていない者はおらず、皆どこかしらに必ず包帯を巻いていた。中でも三人組のグループが、わたし達の存在に気づくと、大きく手を振って来た。
「よぉ! 元気か?」
「昨日今日じゃ、あんまり元気になれそうにないよー。何だかんだわたしも結構戦ったし」
近づいて返事をすると、他の二人も言葉を重ねて来た。
「そうだね……。そうだったね。市民の君が、あの修羅場を乗り越えてこうやって生き残っていること自体、本当はありえないことだから……。
うん、きっと戦っていたんだと思う」
「シグー。そういう意味じゃないよ。実際セアちーは戦ってたよ。しかもちょー強かった」
「え゛っ?」
相変わらず寸劇ばかりする人達だな。
身体を引いて眺めれば、端の方で一人で立っている男性が目に付いた。今回の騒動の解決の立役者だというのに、ちっとも混ざろうとしない彼は、一人静かに丘の上から海岸線を眺めていた。
彼も例のごとく大怪我をしたので、包帯を多く巻いている。そしてそれだけでなく、当て木や薬効のある薬草を付けていたりと、誰よりもその姿は痛々しかった。
命の剣は確かに優秀な武器で、傷を癒す効果もあったみたいだが、それを上回るくらいユークリウスさんは傷ついていたのだ。外部から見たら目立った傷はなくとも、中身が無事とは限らない。
海風に晒されて、傷が傷んだりしないか心配で、歩み寄ろうとしたが止めた。
わたしよりも先に、金髪の女の子が駆け寄り、甲斐甲斐しく世話をしようとしているのが目に付いたから。そして金髪の女性の後ろからは、ラックルさんがいつものように、やばい笑顔で見守っていた。
トーロスさんの足は、どうやら後遺症なく動かせるみたいだという話を聞かされていた。『あなたがどうやったかは知らないし聞かないが、私の尊敬する人物を助けてくれたことは事実だ。ありがとう』そう言い残したラックルさんは、もうトーロスさんの車椅子を押さなくてもいいみたいで、前のようにアスハさんのおそば付きに戻ったようだった。
トーロスさんの介助をしていた時とは、似ても似つかない態度で、とても生き生きしていて、嬉しそうなのがよく分かる。けれどあの人が、どんな側面を持っていたのか忘れるつもりはない。
ーーいっぱい、本当にいっぱい助けてくれましたね。わたしはもちろん、トーロスさんのことも。
「お、そろそろ始まるみたいだぜ! 行こうぜセア! トーロスの姐さん、こいつ借りますぜ」
「姐さんはやめて」
「じゃあートーロスママ〜」
ミーちゃんが微笑みながら言った。それを聞いて一瞬立ち止まった。わたしの手を引っ張ろうとしていたドルバが、不思議そうに首を傾げた。
トーロスさんはほんの少しだけ間を置いた後に言った。
「はいはい、それでいいから。これから言うことはちゃんと聞いてなさいね。貴方達は忘れがちだけど、自分達が聖騎士団ってことと、セアちゃんが市民ってことは覚えておきなさいよ」
「えっ、僕もですか?」
シグリアが言うと、どっと笑いが起きた。
もちろんその笑い声の中には、わたしの声だって含まれてる。
ーー安心した。ああ、本当に安心した。
目尻に大粒の涙を溜めた後、それをそっと拭った。その後振り返ることはせずに、ドルバ達に連れられて歩き出した。
※
「かの者は、誰よりも雄々しく、又強大であった。人を多く殺した敵(かたき)とは言えど、あれにも正義はあった。 我々は命を奪ったものとして、見送らなければならない。その責務がある。銀狼族の生き残りよ、この地にて安らかに眠るがいい」
ユークリウスさんが言い終わると、後ろから殺人鬼の遺体が包(くる)まれた、真っ白な布が持ってこられた。そして予め掘ってあった地面に、彼女をそっと入れると、土をかけ始めた。ユークリウスさんの前でどんどんと土は積まれ、最後には彼女の包(くる)まれた白い布は、完全に見えなくなった。
そしてユークリウスさんが、その盛り上がった土の前で剣を地面に突き刺すと、後ろにいるわたし達に向けて号令をかけた。
「全員……彼女の魂が安らかに逝けるようにと、我らが神、アタラクト神に祈れ。真っ当な在るものは全て、あのお方の前で贖罪し輪廻をめぐる。さぁ……逝くがいい」
ユークリウスさんの口上が終わった後、静かに目を閉じた。
この地方の葬儀の仕方は、このような土葬だ。死体が動くなんてことがあったんだから、『わざわざここに埋めなくても』といった意見や、『火葬にするとか』といった声が上がった。でも前者は、このまま運び続ければ腐敗が進んでしまい、汚臭を放つという問題で、後者は遺族をバラバラにしてしまったからこそ、この国の文化を尊重すべきだと言う言葉で封殺された。
元々この地の墓地で埋められる筈だった彼女は、かくして色んな意見の折衷案で、丘の上で一人眠ることになったのだ。
彼女を見送る中、思い返されるのは教会でのこと。あの時のことを思い出すと、脳裏に浮かぶのは、殺人鬼と呼ばれた彼女の真実の顔。
あれほどの事件だと言うのに、思いかえそうとすると、今日に限らず頭に靄がかかったように上手く思い出せない。でも彼女の悲痛な叫び声だけは覚えている。
何か、あの時に色んな真実があったような。
しかし彼女が亡くなった今、その謎を明かすことは最早叶わない。黒い服を着た男の、何か卑しい笑みを瞼の裏で幻視した気がしたが、関係ないことだろうと割り切った。
今は彼女に祈りを捧げることに集中した。
※
「ふっ、ううーーーー! 終わりましたねぇ!」
肩をポキポキと鳴らして、凝り固まった身体をほぐす。右隣からは「おい、不謹慎だぞ」と声がかかり口を尖らせたが、それはそうだなと納得したので何も反論しなかった。
だが反対隣からはわたしと同じように「ああ〜つっかれたー」という声が聞こえてきた。
「ドルバ流石」
わたしはアルトさんから逃げて、代わりにドルバに擦り寄るように近づいた。
「そうだよなぁ! あんな儀礼かったりいよなぁ!」
「ねー」と同意を示したら、視界の隅でトーロスさんとアルトさんが頭を抱えていた。彼らには悪いかなと思ったけど、ドルバは開き直ったように笑うので、わたしもそれを隠れ蓑にして、気にしないようにした。
「いや、でもよ。実際あんなことがあったんですよ? 姐さんに兄さん。怪我して疲れてるってのに、儀礼中だけでもよく我慢したと思いませんか?」
何を言いだすかと思えばそんなことかと、トーロスさんはくたびれて、ラーニキリスさんは突っ込む気にもならんとうなだれた。
だがわたしの中では、確かに昨日のことは、言い訳としては十分なものだと思った。
ユークリウスさんが鎧の人物を倒したあの時。わたし達はいったい何が目的だったのかと、問い詰めるために近寄ろうとした。でもわたし達が近づくよりも先に、それは辺りの霧に溶け込むようにして姿を消した。
どういうことだと顔を強張らせれば、それだけでなくこの騒動の、そもそもの元となった少女の姿も、既になくなっていた。場に残ったのは鎧の僅かな破片だけで、あまりにも言いようのない結末だった。
一様その後も、引き続きしばらくは警戒を怠らなかったが、やはり何も起きなかった。
それであの少女達の跡を追うことが困難だと察したユークリウスさんは、誰よりも早く『徒労に終わってしまったな』と、自分の無力を噛みしめるように言っていた。
これだけのことがあったのに、相手の目的は一切分からず、また足取りを追うだけの手がかりも手に入れられなかった。ユークリウスさんの言葉には、その事実が十分に加味されていた。
その後わたし達は陣払いをして、事の顛末を報告した。にわかには信じてもらえそうにない内容だったが、ユークリウスさんの名前の力と、伝令に走っていたサクヤさんのお陰で、納得してもらえた。
だがしかし、それは同時に死体荒らしの犯人を逃したということでもあり、責任追及は免れそうになかった。
死体が動いているかもしれないという言葉から始まった今回の騒動は、見間違いを正すだけという、当初の思惑からは大きく外れて、予想外の事態が多く引き起こった。
みんなが沢山傷ついた今回のことで、唯一の救いがあったとすれば、死人が誰も出なかったということだろう。
少女や鎧の人物が消えたことについて、納得出来なさそうなアルトさんでも、その点に関しては同意していた。
かくして長かった戦いもようやく終わって、殺人鬼さんの葬儀を執り行った訳だ。
無事……とは言わないまでも、乗り越えた達成感はあり、その想いを胸の内に充満させていた。
「儀礼は大切だ……。特にアタラクト神に関わるものを、そんなに無作法に……」
「はいはい、わかってますよアルトさん」
後ろからはお叱りの声が聞こえてくるが、今日くらいはいいでしょう。
「もう終わったんだし、別にいいよね〜ヘテル君ー」
「あっこら、お前。ヘテルを味方につけようとすんな」
ヘテル君に目配せして、自分の味方になるよう合図を送ってみる。きっと彼なら味方になってくれるだろうと思ってのことだったが、彼は曖昧そうに笑うだけだった。
「……?」
苛立ちげなアルトさんをよそに、疑問符を頭に浮かべる。そんな時だった。
「……アルトさん達ちょっといいかな?」
トーロスさんから声がかかったのは。
トーロスさんの表情は暗くもなかったが、明るくもなかった。瞳はすんと据わっており、何かがふっきれたような様子だった。ただならぬ何かを感じたわたし達は、すぐに安穏とした雰囲気を追っ払い、彼女に向き直った。
それを十分に確認したトーロスさんは口を開いた。
「彼……ヘテルさんと話したいことがあるの……二人きりで話すことってできるかな?」
第88話 終了
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