銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第47話 水没都市②

公開日時: 2020年10月21日(水) 18:30
更新日時: 2021年5月31日(月) 22:42
文字数:3,066

銀の歌


第47話



 大きな斧で木を切り終えたアルトさんは、通常とは異なる持ち方で、木を加工し始めた。

 斧を横に倒し腹を当てて、かんなのように削ったり、持ち手を短く持って、余計な枝を切り落としたり。何か、一つの形を作り出そうとしていた。


 そんなアルトさんを間近で見ていて、少し不安になることがあった。


「アルトさん。腕……大丈夫なんですか?」


「ん? まあな」


 数日前に自己申告で治ったと言ってもらえたが、それにしたって今日のこれは酷使しすぎなのではないだろうか?

 全治二ヶ月という怪我を負ったのに、多分……二週間もしないうちに、アルトさんは包帯やギプスを取ってしまった。だから少し心配だ。


「正直な……」


「はい」


「自分でも不思議なんだよ。ここまで早く怪我が治るってのはな。最近やたらと傷の治りが早い……」


 枝も木の皮もなくなり、丸太のようになった木材の上に立つと、アルトさんは何度も斧を振り下ろした。そうして丸太の真ん中に、大きなくぼみを作り出す。


「そう……なんですか」


「ああ」


 最後の仕上げらしい。また斧を横に倒して腹を使い、棘などを丹念に削っている。


「色々と不安はあるが」


 斧を分解し、シーちゃんの背中に積まれた、荷の中に入れると、手ぶらになった手で、代わりに出来上がったものを叩いた。


「でもまぁ……この通り」


 得意げな顔で、出来上がった物ーー小船を見せてきた。それは人が二人は乗れそうな大きさだった。


「ずっと作ってたのはこれだったんですね。なんかちゃっかり櫂(かい)まであるし」


※櫂とはようするにオール。


 船に立てかけてある木でできた櫂を見て言う。


「時短だよ。時短。だいたい分かるとは思うが……。こいつであの湖渡っていくぞ」


「沈まないですかねぇ?」


 小さく不安の言葉を漏らした。


✳︎


 湖をアルトさんお手製の船で行く。彼の話だと湖を横断するのにかかる時間はさほどでもないと。


 湖の距離がどうたらこうたら、船の速さがうんぬんかんぬん言ってたが、まぁ、いつも通り気にしないことにした。

 そんな訳で船の上にいる。見たことはないが海とは違い、湖は波が起きない。だから安心安全な船旅を送れている。刺激がほとんどないのは、物足りないが。


※重量の問題でシーちゃんだけは先に向こうまで送り届けられた。


 唯一腑に落ちない事と言えば、船内が狭いという事だろうか。木一本から作り出した船に、二人乗っている時点で仕方ないかとは思うのだが……。

 後ろを振り返れば、そこにはシーちゃんの背から降ろされた沢山の荷物がある。そしてその最奥で、櫂を漕ぐアルトさんがいる。


 狭いなぁ。


 致し方ないと言えど、窮屈なものはやっぱり窮屈だ。シーちゃんを先に向こうまで送り届けて、疲弊しているアルトさんがいる手前、声には出せないが……。


 ここでふと疑問に思う。


 そういえばこの木って、本当に沈まないのかな? シーちゃんと荷物をいっぺんには、流石に重いだろうって判断で、二組に分かれたわけだけど……。それでもまだまだ重いはず。


「ねぇ、アルトさん」


「ん、な〜んだぁ。よーいしょ」


 キー、キーと漕ぎ続けるアルトさんは、こちらへ視線だけをよこした。


「この船って沈んだりしないんですか? 例えばこの荷物とか、とっても重さがあって、心配なんですけど」


 「ふむ」言って、アルトさんは指を顎に当てる。例の格好だ。そうして長話になるのか、彼は櫂を水中から引き上げると、船に置き話し始めた。


「この木はな。モリクって木で、実は浮遊樹の一種なんだ」


「浮遊樹?」


「植物(マフト)界。水食すいしょく目・浮遊樹科・水上浮遊樹亜科。モリク種──モリクだ」


──?


 何? 何て? 植物(マフト)界? 浮遊樹?

 訳がわからないよ。そんな表情を浮かべる。


「うん。まぁ知ってた」


 呆れもしないし、笑いもしない、わたしの知っていることを、アルトさんはよく知っているのだ。だからかいつまんで要点だけを簡単に説明してくれる。


「生物には似たような共通点があったりしてな。例えば尻尾が二つあるとか、蹄があったりとか。そこら辺のを分かりやすくするため分類ってのがある。

 大まかに界。何を栄養元とするかで目。範囲を決めていくための科。んで、さらに細かく範囲決めする亜科や種がある」


「ヘェー」


「抑揚がないぞー」


 咎めるような口調のアルトさん。せっかく説明してくれているんだから、ちゃんと聞けばいいというのは分かっている。しかしそれでも、小難しい話を聞くのは、この上なく面倒くさいのだ。


「まぁいい。そんな訳でこの木は浮遊樹科に属している訳だ。中でも、水上浮遊樹だからな。なかなか水には沈まない構造になっている。なにせ【水中】に根を張るくらいだからな」


──水中に!? 相変わらず、この世界の動植物達は面白い個性を持っている。

 へぇと思わず相槌を打った。そうしたらアルトさんが、心なしか嬉しそうに微笑んでいた。変な人だ。


「さて! 休憩は終わりとしよう。ちょうど湖の真ん中らへんだからな。あと少しだ」


 半分あるなら、あと少しじゃない気がするけど、面倒臭いのでつっこまなかった。


 気合いを入れて立ち上がるアルトさんを見てそう思った。そして彼が櫂を持とうと手を伸ばした時。

 その手がピタッと途中で止まった。アルトさんの表情がだんだん険しくなっていく。今までの経験から、ただ事ではないのだと察したわたしは、小さな声で尋ねた。


「どうしたんですか?」


 アルトさんは質問には答えず、人差し指を立てると口に当てて、静かにするようにと身振り手振りで伝えてきた。


「なにか……何か大きなものが水中から、こちらへ向かってきている。水面を見てみろ。かすかに震えてるのがわかるだろ?」


 言われて辺りを見渡すと、確かに揺れているのが見て分かった。


 さらに情報を集めようと、湖の奥の方まで、注意深く見渡していく。透明度の高い湖は、水の中に没した文明の後を、くっきりと映し出している。そんな所を、くぐり抜けるようにして、何かが巨大な何かが、姿を表そうとしていた。

 最初は影だけだったが、やがて、それの輪郭が少しづつ浮かび上がり、ついには目に見える辺りまでやってきた。


「セア!」


 いつの間にか身を乗り出していたらしい。アルトさんに、ぐいっと船の中に引き戻された。


「顔を出しすぎだ! あれは……まずぃ」


 最初は焦っていたのだろう。大きな声だったが、冷静さを取り戻したのか、アルトさんは声を落として言った。

 急激な感情の落差は、わたしに驚きと戸惑いをもたらした。だが逆に言えば、アルトさんがここまで警戒するような何かが、湖の底から来るということなのだ。


 ひそかに心拍数を上げつつ、わたしはアルトさんの言葉に従った。静かに船内へと身をひそめる。そんな姿勢をとった数秒後、辺りの水面は膨らみ、ざわざわと揺れ動く。


 そしてついに【それ】が、姿を現した。


 首長竜のような細く長い首。そしてその先端についている頭。ギラギラと怪しげにきらめく紫の瞳は、自分が獰猛な生き物であると語っているようだった。

 体全体には白い縞模様があり、何かを形取っているようにも思えた。だがその白模様の下からは赤い血管が覗き見せるため、ひどく恐ろしかった。

 口元には何かの肉塊がくわえられており、赤い血が水の中に滴り落ちている。大きく鋭い歯で抉り取ったのだろう。


 全長4〜5m程の巨大な化け物は、肉塊をバリバリと骨ごと咀嚼し飲み込むと、高らかな叫び声をあげた。


「プッシャアアアアァァア!!!」


 ザパンザパンと水面がまた激しく揺れる。静観していたアルトさんは言う。


「グルーガ・ハリフ……か」


 アルトさんは「クリエイト」と小さく呟いた。


第47話 終了

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