銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第50話 獣人の里②

公開日時: 2020年10月24日(土) 18:30
文字数:3,654



銀の歌



第50話



 ふらりと立ち寄った場所で、不思議な人に出会った。その人と過ごす時間は緩やかなようで、限りなく早かった。

 今はたった一人で椅子に座り、木でできた机に突っ伏している。

 ヒーローと名乗る人物は、わたしが手紙を書き終えると、さっさとどこかへと行ってしまった。「役目があるんだ」と何気なく言って。それを寂しい気持ちで見送った後、何をするでもなく、こうして突っ伏しているのだ。


「ほ〜れ!」


 コツンとおでこに何かが当たる。気になって上を見上げて見れば、穏やかな、それでいて呆れたような顔をした人が、わたしを見つめていた。


「まーた、勝手にどこかに行って……。探すの苦労するんだぞ?」


 アルトさんがそう言う。だけどそれに関しては言い分がある。


「だってアルトさん。具体的にどこで待てとか、いつもいつも言ってないじゃないですか。わたしにだけ文句を言うのは、不公平だと思いまーす」


 食ってかかると、アルトさんは一歩たじろぎ、「一理、あるな」と苦しげに呟いていた。二人揃って苦笑して、アルトさんが言う。


「さて、それじゃやりに行くとしようか?」


「どこへ、そして何をですか?」


 当たり前の疑問を口にすると、アルトさんは嫌味ったらしく口を釣り上げた。


「村長の家へ。商売の話をしに……だよ」


✳︎


 とてとてと裸足で砂利道を行くと、村長さんの家はすぐだった。時間にして三分ほど。急いだ訳じゃないのに、この時間である。あんまりこの里、大きくないのかもしれない。

 しかしわたし達の目の前にある、この屋敷とでも言うべき大きな家は、実に荘厳だ。


「立派ですね……」


「うん、立派だ」


 呟きにアルトさんも肯定した。


「さて、セア。これから商談を始める訳だが、お前には覚えておいて欲しいことがある」


「なんですか?」


 「それはな」と前置きすると、アルトさんは右手を前に出し、ニ回ギュッギュッと握ってみせた。そしてその右手を額につけると、静かに目を閉じた。

 この一連の動作をみせた後、アルトさんはわたしを見た。


「今の動作を……だ」


「う〜ん。不思議な動きですね……。アルトさんのことですから、また今の行動にも意味があるんでしょうけど、どういう意味なんですか?」


 尋ねられたアルトさんは、村長さんの家の、屋根の上に飾られた物を指差した。そこには木製の、小さな檻があった。しかもその中には、六足の足を持つ、獣の木彫りが入れられていて……なんだか不気味だった。


「あれは【レコリィ】。遠い昔にいたとされる獣神だ。主に獣の肉を好んだとされる。まぁ獣人達の神様みたいなものだよ」


 澄んだ眼差しで、アルトさんは木彫りの獣を眺める。


「村長の家にあれが、偶像が置かれているとするなら……。多分この里は【レコリィ宗教】をしているんだと思う」


「レコリィ【宗教……】ですか」


「うん」


 アルトさんの説明を受け、まじまじとあの檻に入った木彫りの像を見つめる。するとなんだか心がざわついた。身体がざわざわと震える。怯えしまったと言い換えてもいいかもしれない。


「でもあの像と今の動きに何の関係性が……?」


 尋ねると静かに笑った。


「簡単だ。そういう儀礼……お前に分かりやすく言えば、【決まりごと】なんだよ。挨拶をする時のな」


 説明を聞いて、ふーんとほっぺたに人差し指をつける。わたし流の思案の格好だ。


「宗教に関してはまた後日勉強するとしようか……。この世界で最も有名な、【アタラクト宗教】に関しても、話してなかったしな……」


 顔をしかめようとするわたしの頭を、ポンポンと二回叩き、「今は、あんまし考えなくていいぞ」とアルトさんは言った。


「とにかく今回は決まりごとだと思って、俺が今の動作を村長の前でやったら、お前も後ろで一緒に行ってくれ。大丈夫、商売に関してはもちろん俺が話をするから。お前は今の動作だけ覚えておいてくれ」


「はぁ」


 まぁ、分かりました。そう目で訴えると、アルトさんもこちらに目線をよこし、すぐにつむった。

 えっ、これまさかアイコンタクト? なんか格好いい。


「じゃあ、家に入るとしようか?」


 変なことを考えている間に、アルトさんはすでに歩き出していた。変なことを考えているわたしもわたしだが、もう少しやっぱり、待ってくれてもいいんじゃないかなぁ?

ーー結局、納得できるようには説明してくれないんだから……アルトさんってば……。


✳︎


「ごめん下さい」


 カラカラと屋敷の戸を開けると、アルトさんは大きな声で、屋敷全体に響かせるように言った。

 アルトさんの声を聞いて、誰かが奥の方で「は〜い。ただいま」と返事をした。


 そしてその声が聞こえてしばらくした後、愛らしい容姿の幼い女児が姿を現した。


「何か御用でしょうか?」


 幼子はふわりとした笑みを浮かべ、子供特有の高い声で、敵意なくこちらに尋ねてくる。

 幼子が出てきたことに、ギョッとしたような素振りを一瞬だけ見せたアルトさんだったが、何事もなかったように、静かに微笑を携えた。そして紳士的な態度で幼子に話し始めた。


「突然の訪問お詫びします。私は旅の行商人の【アークス】というものです。こちらはセア。故あって共にしているものです。

 今回こちらの里に伺わせてもらったついでに、長の方に挨拶をするために参った次第です。村長さんはご在宅でしょうか?」


 アルトさんが言うと幼子は、愛らしい表情をさらに無垢なものにさせた。そしてたどたどしく、アルトさんが言った言葉を反復する。


「え、えと、えとえと。商人さんなのです? 故あって……挨拶で、ご在宅村長……?」


 難しいよと言いたげに、幼子はぐぐっと眉を寄せた。そしてそういった表情は、わたしの好感度を大幅に引き上げた。


 だってすっごく分かる。アルトさんの言葉は大抵難しいから。この子に合わせた言葉遣いをすればいいものを。アルトさんって気遣いできるのか、できないのか。彼の後ろで、考えながらウンウン頷いた。


 ただ気になったのは、アルトさんの反応を見たくて、彼の顔を覗き込んだ時だ。

 アルトさんは幼子の喋りを聞いて、目を丸くすると小さな声で「……ほぅ」と呟いていたのだ。


「はい。その通りです。村長さんがご在宅であれば、お会いしたく思うのですが、上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」


 幼子は少し考えるように、間を置いた後に言う。


「は、はい。おじいちゃ……村長さんは、今ご在宅ですので、案内させていただきます」


 そう言って奥に下がろうとする幼子を、アルトさんが呼び止めた。


「あっ……すみません」


「?」


 不思議そうな顔をする幼子。自分で呼び止めたその幼子を置いて、わたしだけに分かるように目配せすると、アルトさんは言う。


「いえ。何、忘れていたもので」


 そう言うとアルトさんは右手を前に出し、二回ギュッギュッと手を握った。

 それを見て、わたしも急いでその動作を真似た。そしてわたし達は同じ速度で、右手を自分の額に当てる。そして数秒目を瞑った後開けると、アルトさんはさりげなく笑んで言う。


「よろしくお願いします」


 幼子は表情を笑顔のまま固定させて頷くと、彼女も同じ動作で返してくれた。そして「じゃあ村長に話してきます」と、幼子はポテポテ足音を鳴らしながら、奥の方へと引っ込んでいった。


✳︎


 「村長に先にお話を通しておきたいので、少し待っていて下さい」幼子にそう言われてから数分後、わたし達は村長さんが待っている部屋の前まで通された。


「どうぞ……こちらです」


 幼子が部屋の戸に手をかける。


 きぃぃ。鈍い音が立ち、戸が開いていく。部屋に入ると、まず目についたのは、安楽椅子に座った一人の老人だった。そして彼は静かに目を開けると、わたし達を睨みつけるように、視線を向けた。その眼光は老いてなお鋭いもので、白い髭を蓄え、頰がこけてこそいたが、それでも決して侮ることのできない何かを感じた。

 こう言うのを貫禄があるというのだろう。


 獣人は服を着ていない、そういう言葉にしっかり当てはまってはいるが。それでもこの人物は、装飾が施された布や、首飾りを身につけていた。

 間違いなくこの人が村長だろう。


 と、その時。またアルトさんがわたしに目配せした。例の動作をしろということだろう。


 今回は二回目、それも事前に予告があったので、問題なくアルトさんに合わせることができた。わたし達二人がそれを行うと、村長と思わしき人物は、口元を歪めて笑みを作った。そしてわたし達がしたのと同じ動作を返してくれた。


 その後椅子に座るよう促され、後ろの方で扉が閉まる音が聞こえた。案内をしてくれたあの子が部屋を出たのだ。

 そうして部屋の中には三人だけとなり、独特な緊張が走った。重圧な空気に耐えきれず、生唾をごくんと飲み込む。それでようやく、村長が口火を切ったのだ。


「h×××¥%36^〒::**☆☆→→」


 …………なに言ってるんだろう。


 朗らかな笑顔でわたし達に語りかける。アルトさんも驚いていたが、親指を立てると、すぐに笑顔でこう返した。


「$$$$€€€€€>>+☆☆〒」


 …………ブルー◯ス、お前もか。

 裏切り者はいつだってそばにいる。


第50話 終了

 50話記念ということで、次回の更新は本編ではなく、特別に短編集となっています。そのためいつもより分量が多くなりますので、明日の投稿は休ませていただきます。申し訳ないです! 明後日の更新をお待ち下さい。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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