第2節始まります。
また、この節が終わりましたら、お知らせがあります。
銀の歌
第71話
「あ、アルトさんやっと出てきましたね!」
「悪い悪い。話すことが色々とさ。まぁ、あれだ……。今日の商談はどうだった?」
「いや〜、獣人の里の時は、人間語使ってくれなかったから分かりませんでしたが、商談ってこんな感じに話してたんですね」
「そうだな。前回の時みたいに、相手側に何か弱みがあった訳じゃないから、今回はごく普通に終わったが……」
暴飲暴食を過ごした次の日の昼頃。わたし達はスルト商会に来ていた。目的はもちろん商談で、獣人の里で手に入れた、この辺りでは珍しい特産品やらを売りつけに来たのだ。と言ってももう既に終わっている訳だが。
それから売って得たお金で、こちらは香辛料などを買い付けた。売ったお金に対して買った物が少ない気もするけど、どうせアルトさんのことだ。何かしら考えがあってのことだろう。
例のごとく今回も商談に付き合わされた。アルトさんに『弟子です』と言って紹介されたわたし達は、スルト商会の懐が広いのもあって、商談の席に着くことを許された。だが彼らの話す内容や、駆け引きは難しく、終始無言になってしまった。
今回少し違ったのは、隣にヘテル君が居たということ。スルト商会に甘える形で、商人達の戦いの場にいた彼は、商談を実に興味深げに頷きながら聞いていた。
内容をきちんと理解して聞いているのが、側から見ていても分かった。物静かかもしれないが、ヘテル君は間違いなく賢い子だ。
ただ気になるのは、その賢さが元からあったものなのかということ。アルトさんが言った『仕方の無い利口さ』。
経験してきた環境から来る賢さであれば、呑気にその賢さを褒めることだって、ヘテル君の心境を考えれば、出来ないのかもしれない。
けれどその感情を直接出したばかりに、宿屋ではヘテル君を怯えさせてしまった。
だから同じ失敗は犯すまいと、能天気な笑みを浮かべて、影は自分の中に隠した。
「アルトさん、そう言えばさっき、買い付けたものの中に、この辺り一帯の地図も含まれていましたよね。アレどうしてですか?」
「うん? お前俺が世界地図作ってること忘れてない?」
そういえばそうだったなと、納得してポンと手を叩いた。
「まぁ一様それだけじゃないが……」
アルトさんはヘテル君には聞こえないように、わたしに耳打ちした。つまり彼の故郷の情報、そういうことなのだろう。
裏の意味合いを知らないであろうヘテル君は、地図作りのためという理由に驚いているようだった。
「大変じゃないの?」
「だからこそロマンがあるんじゃないか」
さらりと言ってのけたアルトさんの言葉には、辛い声音とは裏腹に、決意に満ちた重みがあった。表の理由も単なる方便だけという訳ではなさそうだ。彼にも世界中を歩き回る理由、自分の生まれ故郷に帰るという確固たる目的があるのだから。
そんな風に言われたなら、裏の意味合いには気づけないだろう。ヘテル君は素直に頷いた。
「まぁそんな訳だ。俺の野望を叶えるために、お前らにはちょっとこれから付き合ってもらおうかな。付いてきてくれ」
くくと笑ったアルトさんは背を見せ歩き出した。何のことか分からず、わたし達はお互いに顔を見合わせていた。
✳︎
わたし達が連れてこられたのは、アルトさん曰く墓地というやつで、ルクス街を出て数時間ほど歩いた所にある場所だった。詳しく聞けば墓地とは死者を還す場所だとかで、その国や地域ごとに還す方法は違うのだとか。
街の中に墓地がある所もあるらしいのだが、昔にこの辺りで争いが起きた時、死者の数があまりにも多く、埋葬しきれず野ざらしの死体が並び、伝染病の元となってしまったそうだ。なので街の中ではなく、外に埋めたのだとか。
死者の数の多さから、その戦いの凄惨さが呼び起こされるようだが、とにかくその時の名残で、ルクス街で人が亡くなった時には、街の外の、閑散としたこの墓地に埋葬されるらしい。
こんなところまでわたし達を連れて来て、いったい何を企んでいるのだろう。数時間歩いてここまで来たため、もう日は傾いていた。
「アルトさん。どうしてこんな場所まで移動して来たのです? なんだか不気味ですし」
辺りにある墓石の多さに不安を感じる。まるで囲まれているようで。
「そら依頼を受けたからだな。不気味なのはまぁ諦めろ。これからさらに不気味になっていくことだしな」
手をひらひら振って、んな心配してもしょうがないとアルトさんは笑った。それでようやくわたし達に、こんな所まで来た理由を話してくれた。
「さて、今回スルト商会からとある依頼を受けていてな。それをこなせば金が多くもらえる。路銀ってかなり大事でな。これから先もずっと旅は続くわけだから。多少の危険は払っても稼ぐ必要がある」
「ふーん。それで依頼って言うのは?」
「ああ。なんでも死体が動くんだとか」
アルトさんは何でもないことのように言うが、わたしとっては驚きだ。
「ここ最近、ルクス街に住む人達から不穏な声が上がっていてな。『墓参りに来たら千鳥足で動く人を見たとか』、『帰り道、墓地に足を運んだら、くぐもった低いうなり声が聞こえたとか』。一人二人なら良かったんだが、多くの人が訴えるもんだから。幾人かの付き人を従えたお偉いさんが、調査に出向いたんだよ。
そしたら……脳を丸出しにした人に出会ったとか」
不気味なことを話しているというのに、くくと笑うアルトさんからは、怯えの感情は全く感じられない。怯えてる自分が馬鹿に思えた。
そうこう思っていたら、アルトさんは戯けたように言うのだ。
「おいおい。本当に死体が動くわけないだろ?
そんなこと今まで噂にも聞いたことがない。大方見間違い、それを正してやる証拠を見つけるだけで、金がたくさん手に入るってんだから美味い話だ。それに仮に本当に動いていたとしたら、間違いなく裏には……」
手を顎に付け、久々に見る思案顔。打算している。アルトさんが怖気付いていないのは、どうやらそういうわけらしい。そもそも話を信じていないのだ。死んだものが動くなんて常識的に考えたら、たしかに有り得ない話だとは思う。でもわたし達を囲むようにしてある墓石を見ていたら、どうしたって不安は募る。
「安心しとけ。俺達以外にも他の人が、調査に来るらしい。その人達と協力しろだと」
「はぁ。それならまぁ、なんとか」
言ったところでわたしは固まった。自分の隣には誰がいるのかを思い出して。ヘテル君にはなるべく、この強張った顔は見せまいとして、アルトさんに視線を送り続ける。
やがて目が合い、アルトさんはわたしが抱いている疑問を察知したのだろう。彼はヘテル君をちらりと見ると、わたしに向き直った。
「この街を出たら、大分長い道のりになる。買い置きは必須だ」
断腸の思いなのだろう。自分が一番心配している事を、自分自身で危険に晒そうと言うのだから。けれど彼は強く言い切った。実際旅に色々なものが必要だと言うのは、十分に経験済みだ。アルトさんの魔法も有限だ。金でなんとかなる範囲のものは、予め買っておくべきなのだろう。
「なるほど。それで一緒に来てくれる人っていうのはどなたなのでしょう?」
「ああ。スルト商会の人の話によると、この先にある野営地で合流だそうだ」
それからまた数十分程歩いて着いた場所は、墓所を抜けた開けたところだった。随分と日は沈み、見通しは悪くなっていたが、目を凝らして見てみれば、確かに灯りと共に、いくつか天幕が見えた。
そのまま注視し続けていると、一つの天幕から、人が一人出てきたのを確認した。
そしてそれを見た瞬間、わたしは顔をパっと明るくさせて、駆け出した。
「あっ! 待て、セア!」
アルトさんの制止も聞かずに駆け寄った。足音に気づいたのだろう。その人物はこちらの方に振り返ると、わたしと同じように顔を明るくさせた。
その人物は花の文様が編まれた、真っ白の前掛けをかけていて、見覚えのある武装をしていた。
「セアちー!」
「ミーちゃん!」
わたしは彼女と抱き合った。前掛けの奥に隠された鉄製の鎧に当たり、胸骨が痛んだが、そんなことは気にならなかった。それ以上に再び出会えたことが嬉しかった。
「久しぶりだね。ミーちゃん!」
すぐ目の前の彼女に、精一杯の喜びの言葉を渡すと、彼女もまた、天使のような笑みを返してくれた。わたし達の騒ぎに気づいたのだろう。天幕の中から何人かの人達が出てきた。その中には複数知り合いがいて、一番大きく警備が厳重そうだった天幕からは、紫色の長髪の男が現れた。
実に威厳がありそうな面持ちの男性を見て、わたしは協力者というのが誰かを理解した。
「聖騎士団さん達、なんですね」
「ああ……こちらも商会から来た銀糸鳥で話は聞いていた。よろしく頼むぞ……」
後ろからは困り眉をしたアルトさんが、ヘテル君を自分の背に隠しながら、ゆっくりと歩み寄って来ていた。
第71話 終了
3章 1節の表紙絵でした。
誰が何をしているか当ててみよう……!
アルト「まぁ、美味いな」
普通。
セア「パンが食べたいのですけど……見ないで下さい! 女の子が何か食べる時に、そのご尊顔を拝謁するなんて不敬の極みですよ。恥を知れ!」
何言ってんだこいつ。
ヘテル「……机……高いな」
それはごめん。
エリーゼ「ん……ああ」
食べる前に口を大きく開けちゃう。子どもあるある。
トリオン「こぼすなよ〜」
最初は優しく腕の中に収まる様子を描きたかったんです……。けれど腕の位置がおかしいことに、描き終わった後に気づいた。
あれ、これ胸……えっ? 嘘でしょ? 表情もなんとなくあれだし……。
やさしい感じにしようとしたらやらしい感じになりました。
ギーイ「うわぁ……! 危ないよぉ!」
久々登場ギーイ・ツェンベルン。今回は配膳服を着ています。
トーロス「それ以上はいけません……!」
いつも通りの苦労人。前に集中しすぎて椅子がガタンと、勢いよく後ろにいってしまったのには気づけないご様子。
ユークリウス「……///」
ほおを染めるな。
アスハ「…………♪」
無言で酒を注ぐ女。剣士長の隣で幸せそう。
ラーニキリス“外で木剣振ってます”
置き手紙野郎。
カリナ「痛い……痛いよトゥコちゃん! 踏まないで……!」
自業自得。
アクストゥルコ「お前を殺せる日を待ち望んでいた……! 今度こそ葬ってやる!!」
君は……本編では……。
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