銀の歌
第57話
「へぇ、そんな訳だったんですか」
「ああ……。いや、でもまさかヴァギスとは。そんな可能性は追えねぇよ。ここ最近、絶滅した筈の奴とばっか出会うな」
ヴァギス騒動が全て収まった所で、ことの大筋をアルトさんやテテネちゃん、ヒーローさんから聞いていた。
「ああ。ほんと……いいように利用されたよ」
アルトさんがギロリとテテネちゃんを睨む。そうすると彼女は何が恥ずかしいのか、「えへへ」と照れ臭そうに頬を染めた。
「最初に見た時から思ってたけどさ。君、感覚ちょっとずれてない。大丈夫? そんなんで社会でやっていけると思ってんの?」
腹いせなのか、嫌味な上司みたいなことを言うアルトさん。自分で自分のことを、小物にしていくのかぁ。
難癖を付けられたというのに、テテネちゃんは、王者の余裕とでもいうように、ニマニマ笑っていた。
そんな微笑ましいやり取りを繰り広げる、彼らを横目に、ヴァギスの遺体を運び出そうとしている、ヒーローさんに話しかける。
「あの、ヒーローさん」
話しかけた時、丁度ヒーローさんは作業中だったようで、すぐには気づいてもらえそうになかった。
彼はどうやらヴァギスの遺体を運び出そうとしているようだった。でも一人であんな巨体をどう運ぼうというのか……?
でも心配も何のその。どういった原理か、ヒーローさんはヴァギスの方を見ると、その遺体の下に、巨大な氷塊を創り出した。そんでもって、その氷塊に繋げるように、氷で出来た一本の坂道を創り出すと、その上をツルツルと滑らせていった。
話しかけた目的も忘れてその光景を唖然として見届ける。
こんなことできるなら、この人だけでこと足りたんじゃないか? そんな嫌な予感した。
それとこの光景がアルトさんに見られていないだろうかと、アルトさんの方を振り返った。彼はまだテテネちゃんと小競り合いーアルトさんによる一人相撲ーをしているようで、こちらで起きた出来事を認識しているようではなかった。
そのことが分かって、ほっと一息。だって、あんなにもアルトさんは格好付けていたんだから、こんなの見ちゃったら【恥ずか死】するだろう。
「どうしたんだ?」
と、ここでようやく、ヒーローさんはわたしの存在に気付いて下さったようで……。話しかけた当初の目的を思い出して、伝えるべきこと伝えた。
「その、危ないところを助けてくれて、ありがとうございます」
感謝の言葉を述べると、ヒーローさんは、ふふんと得意げな顔をして、「い〜や。たいしたことじゃない」と、顔を綻ばせて言った。嬉しさを隠せていない感じが、子どもっぽくて愛嬌がある。
あれ、このじじい可愛いぞ?
失礼な事を考えて、それを誤魔化すようにあははと笑って相槌をとる。
アルトさんがぶつくさ文句を言いながら、わたし達に近づいてきた。
「はぁ。さんざん……さんざん……引っ掻き回された訳だが、なんにせよ。これで当初の目的の遺跡に行ける。セア、別れ話もほどほどに、用意しろ。すぐに行くぞ。遺跡前でシリウスも、既に待ってるだろうしな」
アルトさんは傍若無人な態度で、若干やかましく言う。こっちもこっちで幼く見えるが、男性というのは、存外そんなものなのかもしれない。
そんな男達の幼さを受け入れるのは、きっとわたし達女性の役目なのだろう。だからアルトさんの心を癒す(えぐる)べく、言葉を紡ぐ。
「いや〜。それにしてもアルトさんは、戦闘力だけでなく、頭の良さまで、かませ犬の立ち位置でしたか」
「ゴフッ!!」
アルトさんが吐血した。そうするとテテネちゃんも、良い悪い笑みを浮かべて、更なる癒し(痛み)を与えたいらしい。わたしの言葉の後に続けた。
「自分のことを賢いと思っている人ほど、操りやすいものですから……。あっそれと、機嫌を損ねないよう合わせていましたが、うちの長は【里長(さとおさ)】と言います。村長ではないですね。無知ですね」
「ゴポォ!!」
アルトさんはその場に倒れこむと、ビクビクと痙攣して、さらに吐血した。なんだか死にかけの虫みたいだ。
そんなアルトさんを引きずって、わたしはテテネちゃん達に別れを告げた。
「遺跡までの案内、ありがとうございました! またいつか! それとテテネちゃん、ギン素交換もありがとうございました!」
全くもって動かせていないが、それでもズルズルと引きずってアルトさんを運んでいく。そんなわたし達の様子を眺めながら、彼らは微笑ましそうに笑っていた。
アルトさんは地面に血文字で、“お前ら許さん”と書いていたが、いつも通り気にしないことにした。
✳︎
ロケーション 滝の洞窟。
ドドドドドドドドド。
背後から激流が響く。空車で滝の合間を縫って突き進んだ時もそうだったが、これだけ大きく高い滝だと、水が落ちた時の、辺りに響く音も半端ない。いや、他の滝をまだ見たことがないのだけど。
「うぅ。うるさい」
それに少し怖い。
小さな子どもが、北風のビュウウという音に怯えるのと同じなのだろう。普段から慣れていないものには、恐怖を感じやすいのだ。
だから仮にわたしがチビっていたとしても、それはわたしのせいじゃない。記憶喪失のせいだ。
「シリウスお前はここで待っててくれ。洞窟の入り口は広いが、奥に進むに連れ、狭く細くなっていくだろうからな。後出口をちゃんと確保し続けておいてくれ。万が一変な奴が現れたら、ぶっとばせ」
アルトさんはなにやら物騒な指示を、シーちゃんに出している。それをふんふん頷いているシーちゃんも、色んな意味でやばい気はするが……。
まぁシーちゃんは頭良いから。ある程度は人語を分かっていてもおかしくないよね。それにシーちゃんなんか強そうだし。
脳内でつじつま合わせをしていると、アルトさんに肩を叩かれた。
「行くとしようぜ」
滝に足音を消され、さっさと洞窟内を進み始めるアルトさん。声すら届きにくいこんな中を、勝手にズンズン進まないで欲しいなと思いながらも、わたしは彼の後を追う。
そして歩いていけば気づくことなのだが、足元がなんだか少し湿っている気がする。
滝の中にある洞窟だからかな。簡単に思考を巡らせる。
うん。でもなんだかこの地面ツルツルするよね。洞窟に湿っぽさ……転ぶ要素満載だなぁ〜。
そう考えてふふっと笑う。そんなわたしの不気味さを感じ取ったのだろう。先を行くアルトさんが振り返った。
「おい、セア。ふざけるな。洞窟ってのは危険なんだ。しかもここ、ツルツルしてるから転びやすいぞ」
やれやれまったくと、腹立つ動作をするので、内心あっかんべーしながら、返事を返す。
「はーい。分かりましたよーだ」
そんなふざけた返事に不快感を感じたのだろう。アルトさんは顔をしかめた。その後何か言葉を言おうとしたみたいだが、口をパクつかせ言葉を飲み込む動作をとると、「はぁ」とため息をついた。
そしてアルトさんが一歩踏み出した瞬間、彼はつるりと足を滑らせ、開脚し地面に手をつける。
「はぅあ! まじかよ!」
マントはばさりと音を立て舞い上がる。そして重力に従い下へと落ちていく。そのまま硬直した姿は、芸術的なある種の彫刻のようだった。
そんなアルトさんと目があった。しばらく互いに目を合わせていたが、わたしがなんとも言えない表情で、口をぎゅっと縛っていると、やがて彼はギギギと、ぎこちなく視線を逸らして立ち上がった。
「なにも見なかったことにしてくれ……」
顔を両手で抑えるアルトさんを見ていたら、なんだか本当に突っ込み辛くて、無言でそそくさと先に進むことで、彼への返事とした。
そして急いで歩いたことで足元が疎かになったらしい、わたしも足を滑らせて、地面のでこぼことした濡れた突起にぶつかり、股間を強打した。
「アッ!!!!!!!」
コキーーーーン。と何かが弾けるような音がした後、わたしはうつ伏せに倒れ、ヒキガエルのような姿勢になった。そしてピクピクと全身を痙攣させて、両手で股間を抑えた。
アルトさんはわたしのそんな瞬間を、余すことなく全て見ていたようで……。先程まで顔に当てていた手は、今では口元をおさえるものに変わっていた。「ぷぷぷ」と吹き出しそうになるのを、必死にこらえているようだった。
わたしは笑わなかったっていうのに。
内心殺意を覚えながらも、立ち上がり埃を払った。スカートの中のパンツが湿って、妙にくすぐったい。そんな不快感を感じながらも、わたしは更に奥へと突き進んでいった。
アルトさんはその最中ずっと後ろで。
「っっっぷふ。こふ。ふっふっ」
ーー鼻息を鳴らしていた。
この野郎。
✳︎
「なんだかんだで結構奥まで来たな」
「そうですね」
橙の髪をかきあげて汗を拭うアルトさん。それに習ってわたしも真似をする。
「しっかしまぁ、行き止まりか」
アルトさんは壁に手をつけると、情けなく「はぁ」と声を漏らした。せっかくここまで歩いてきたというのに、最終的には行き止まり。この事実は、わたしに少なくない落胆を与えた。
またも彼に習って「はぁ」とため息をついてみるが、事態は何も好転しない。当たり前だ。だからわたしも壁に触れて、ちょんちょんと色んな所を、やたらめったら触ってみる。
大抵こういう場所には、隠し扉とかがあったりするものなんじゃないかなと感じたからだ。どうしてそう思ったかは分からないが。
そんなわたしを、アルトさんは物憂げな目で見てくるが、何も言ってこない。
なんかおかしいな? こういう時、いつものアルトさんだったら、『危ないから止めろ』とか怒りそうなものだけど。まぁでも、もしかしたら単純に、疲れているだけかもしれないし、さっきの彫刻が、思ったよりも心にダメージを与えているのかもしれない。
だからそんなに気にしないことにして、アルトさんに尋ねた。
「アルトさん、今までにもこんなことはなかったんですか?」
尋ねると、アルトさんは顎に親指を押し当てて、いつもの姿勢を取った。
「あったっちゃあ、あったな」
翠の髪を揺らして振り向く。じゃあその時はどうしてたんです? と言う瞳で訴えてみるが、アルトさんは顎に手をつけたまま目を細めると、歯切れ悪く言った。
「うーん。急に行き止まりがあって先に行けない時には、たいていの場合、古代文字がどこかに刻まれてることが多かったな」
「古代文字?」
「うん。空車を利用する時に使ったやつだ」
ああ、空車と。あの時のことを思い出して、またもアルトさんに殺意を募らせるが、過ぎたことと、アルトさんの足を何度かダスダスと踏みつけることでよしとする。
確かに空車を起動させる時、アルトさんはそんなことを喋っていた気がする。
ひんやりとした岩壁にほおを当てて擦る。髪を湿った岩肌で濡らしながら、アルトさんに目を向ける。
「なんで踏まれたのかは分からないけど。古代文字を解読すると、こういった壁はいつも開いた」
「じゃあ早くそ」
れを。と言おうとしたら、遮られた。
「けどな、ないんだよ。古代文字」
これじゃお手上げだよと肩をすぼめる。
役に立たないなぁと侮蔑の視線を送るが。お手上げという割には、アルトさんが余裕そうな表情をしていることに気が付いた。それを見て、また何か気づいたことがあったんだろうなと、察しがついた。
「それじゃあ本当にお手上げですね……」
悲しげに目を伏せる。アルトさんの目論みを看破したので、あえて合わせてあげているのだ。
どうせアルトさんのことだ。この後すぐに、『実はなぁ』とか話始めるんだろう。
しかしわたしの意に反して、アルトさんは「ああ。そうだな」と、同じように目を閉じてしまった。
それから数十秒たった頃、いい加減わたしは突っ込んだ。
「いや、早くやれよ!」
たらこ唇にしながら鋭く言う。するとアルトさんはくぐもった声でぼそりと呟いた。
「多……開け……はお前……てる」
声が小さ過ぎてろくに聞こえなかったが、何かまた確信めいた事を言ったのだろうと予想した。問い詰めるべく、壁からほおをひっぺがし反転する。そしてその瞬間、わたしの胸元の、花の入った瓶がカツンと音を立てて岩肌に触れた。
その時だった。
ぱぁぁぁぁと、瓶の中の花が光を放つと、辺りの石壁が緑色の光を発し始めた。
「えっ、何? 何?」
辺りをあたふたとして見渡しながら、この状況を頭の中で整理するべく努める。でもそんなの間に合わなくて、辺りはどんどん装いを変えていく。ガガガと石壁にヒビが入り、その後ゴウンゴウンと、石壁が動き出した。
「えっえっ。やだ、怖い」
軽口を叩きながらも、内心結構焦っていた。今までこんな現象は見たことがなかったからだ。人間というのは、非常事態に弱い。しかしそんな不安は、アルトさんを見ることで収まった。彼は堂々とした態度で、無感情な瞳を石壁に向けていた。
やがて壁の動きが収まると、目の前には通り道が出来ていた。
「行こう」
アルトさんは臆した様子を少しも見せず、今出来た道を通っていく。そんな彼に一抹の不安を覚えながらも、後を追った。
第57話 終了
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