銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第57話 遺跡探索

公開日時: 2020年11月3日(火) 18:30
文字数:5,198



銀の歌



第57話



「へぇ、そんな訳だったんですか」


「ああ……。いや、でもまさかヴァギスとは。そんな可能性は追えねぇよ。ここ最近、絶滅した筈の奴とばっか出会うな」


 ヴァギス騒動が全て収まった所で、ことの大筋をアルトさんやテテネちゃん、ヒーローさんから聞いていた。


「ああ。ほんと……いいように利用されたよ」


 アルトさんがギロリとテテネちゃんを睨む。そうすると彼女は何が恥ずかしいのか、「えへへ」と照れ臭そうに頬を染めた。


「最初に見た時から思ってたけどさ。君、感覚ちょっとずれてない。大丈夫? そんなんで社会でやっていけると思ってんの?」


 腹いせなのか、嫌味な上司みたいなことを言うアルトさん。自分で自分のことを、小物にしていくのかぁ。

 難癖を付けられたというのに、テテネちゃんは、王者の余裕とでもいうように、ニマニマ笑っていた。

 そんな微笑ましいやり取りを繰り広げる、彼らを横目に、ヴァギスの遺体を運び出そうとしている、ヒーローさんに話しかける。


「あの、ヒーローさん」


 話しかけた時、丁度ヒーローさんは作業中だったようで、すぐには気づいてもらえそうになかった。

 彼はどうやらヴァギスの遺体を運び出そうとしているようだった。でも一人であんな巨体をどう運ぼうというのか……?

 でも心配も何のその。どういった原理か、ヒーローさんはヴァギスの方を見ると、その遺体の下に、巨大な氷塊を創り出した。そんでもって、その氷塊に繋げるように、氷で出来た一本の坂道を創り出すと、その上をツルツルと滑らせていった。


 話しかけた目的も忘れてその光景を唖然として見届ける。

 こんなことできるなら、この人だけでこと足りたんじゃないか? そんな嫌な予感した。


 それとこの光景がアルトさんに見られていないだろうかと、アルトさんの方を振り返った。彼はまだテテネちゃんと小競り合いーアルトさんによる一人相撲ーをしているようで、こちらで起きた出来事を認識しているようではなかった。

 そのことが分かって、ほっと一息。だって、あんなにもアルトさんは格好付けていたんだから、こんなの見ちゃったら【恥ずか死】するだろう。


「どうしたんだ?」


 と、ここでようやく、ヒーローさんはわたしの存在に気付いて下さったようで……。話しかけた当初の目的を思い出して、伝えるべきこと伝えた。


「その、危ないところを助けてくれて、ありがとうございます」


 感謝の言葉を述べると、ヒーローさんは、ふふんと得意げな顔をして、「い〜や。たいしたことじゃない」と、顔を綻ばせて言った。嬉しさを隠せていない感じが、子どもっぽくて愛嬌がある。

 あれ、このじじい可愛いぞ?


 失礼な事を考えて、それを誤魔化すようにあははと笑って相槌をとる。

 アルトさんがぶつくさ文句を言いながら、わたし達に近づいてきた。


「はぁ。さんざん……さんざん……引っ掻き回された訳だが、なんにせよ。これで当初の目的の遺跡に行ける。セア、別れ話もほどほどに、用意しろ。すぐに行くぞ。遺跡前でシリウスも、既に待ってるだろうしな」


 アルトさんは傍若無人な態度で、若干やかましく言う。こっちもこっちで幼く見えるが、男性というのは、存外そんなものなのかもしれない。

 そんな男達の幼さを受け入れるのは、きっとわたし達女性の役目なのだろう。だからアルトさんの心を癒す(えぐる)べく、言葉を紡ぐ。


「いや〜。それにしてもアルトさんは、戦闘力だけでなく、頭の良さまで、かませ犬の立ち位置でしたか」


「ゴフッ!!」


 アルトさんが吐血した。そうするとテテネちゃんも、良い悪い笑みを浮かべて、更なる癒し(痛み)を与えたいらしい。わたしの言葉の後に続けた。


「自分のことを賢いと思っている人ほど、操りやすいものですから……。あっそれと、機嫌を損ねないよう合わせていましたが、うちの長は【里長(さとおさ)】と言います。村長ではないですね。無知ですね」


「ゴポォ!!」


 アルトさんはその場に倒れこむと、ビクビクと痙攣して、さらに吐血した。なんだか死にかけの虫みたいだ。

 そんなアルトさんを引きずって、わたしはテテネちゃん達に別れを告げた。


「遺跡までの案内、ありがとうございました! またいつか! それとテテネちゃん、ギン素交換もありがとうございました!」


 全くもって動かせていないが、それでもズルズルと引きずってアルトさんを運んでいく。そんなわたし達の様子を眺めながら、彼らは微笑ましそうに笑っていた。

 アルトさんは地面に血文字で、“お前ら許さん”と書いていたが、いつも通り気にしないことにした。


✳︎


ロケーション 滝の洞窟。


 ドドドドドドドドド。


 背後から激流が響く。空車で滝の合間を縫って突き進んだ時もそうだったが、これだけ大きく高い滝だと、水が落ちた時の、辺りに響く音も半端ない。いや、他の滝をまだ見たことがないのだけど。


「うぅ。うるさい」


 それに少し怖い。

 小さな子どもが、北風のビュウウという音に怯えるのと同じなのだろう。普段から慣れていないものには、恐怖を感じやすいのだ。


 だから仮にわたしがチビっていたとしても、それはわたしのせいじゃない。記憶喪失のせいだ。


「シリウスお前はここで待っててくれ。洞窟の入り口は広いが、奥に進むに連れ、狭く細くなっていくだろうからな。後出口をちゃんと確保し続けておいてくれ。万が一変な奴が現れたら、ぶっとばせ」


 アルトさんはなにやら物騒な指示を、シーちゃんに出している。それをふんふん頷いているシーちゃんも、色んな意味でやばい気はするが……。

 まぁシーちゃんは頭良いから。ある程度は人語を分かっていてもおかしくないよね。それにシーちゃんなんか強そうだし。

 脳内でつじつま合わせをしていると、アルトさんに肩を叩かれた。


「行くとしようぜ」


 滝に足音を消され、さっさと洞窟内を進み始めるアルトさん。声すら届きにくいこんな中を、勝手にズンズン進まないで欲しいなと思いながらも、わたしは彼の後を追う。


 そして歩いていけば気づくことなのだが、足元がなんだか少し湿っている気がする。

 滝の中にある洞窟だからかな。簡単に思考を巡らせる。


 うん。でもなんだかこの地面ツルツルするよね。洞窟に湿っぽさ……転ぶ要素満載だなぁ〜。

 そう考えてふふっと笑う。そんなわたしの不気味さを感じ取ったのだろう。先を行くアルトさんが振り返った。


「おい、セア。ふざけるな。洞窟ってのは危険なんだ。しかもここ、ツルツルしてるから転びやすいぞ」


 やれやれまったくと、腹立つ動作をするので、内心あっかんべーしながら、返事を返す。


「はーい。分かりましたよーだ」


 そんなふざけた返事に不快感を感じたのだろう。アルトさんは顔をしかめた。その後何か言葉を言おうとしたみたいだが、口をパクつかせ言葉を飲み込む動作をとると、「はぁ」とため息をついた。

 そしてアルトさんが一歩踏み出した瞬間、彼はつるりと足を滑らせ、開脚し地面に手をつける。


「はぅあ! まじかよ!」


 マントはばさりと音を立て舞い上がる。そして重力に従い下へと落ちていく。そのまま硬直した姿は、芸術的なある種の彫刻のようだった。

 そんなアルトさんと目があった。しばらく互いに目を合わせていたが、わたしがなんとも言えない表情で、口をぎゅっと縛っていると、やがて彼はギギギと、ぎこちなく視線を逸らして立ち上がった。


「なにも見なかったことにしてくれ……」


 顔を両手で抑えるアルトさんを見ていたら、なんだか本当に突っ込み辛くて、無言でそそくさと先に進むことで、彼への返事とした。

 そして急いで歩いたことで足元が疎かになったらしい、わたしも足を滑らせて、地面のでこぼことした濡れた突起にぶつかり、股間を強打した。


「アッ!!!!!!!」


 コキーーーーン。と何かが弾けるような音がした後、わたしはうつ伏せに倒れ、ヒキガエルのような姿勢になった。そしてピクピクと全身を痙攣させて、両手で股間を抑えた。

 アルトさんはわたしのそんな瞬間を、余すことなく全て見ていたようで……。先程まで顔に当てていた手は、今では口元をおさえるものに変わっていた。「ぷぷぷ」と吹き出しそうになるのを、必死にこらえているようだった。


 わたしは笑わなかったっていうのに。


 内心殺意を覚えながらも、立ち上がり埃を払った。スカートの中のパンツが湿って、妙にくすぐったい。そんな不快感を感じながらも、わたしは更に奥へと突き進んでいった。


 アルトさんはその最中ずっと後ろで。


「っっっぷふ。こふ。ふっふっ」


ーー鼻息を鳴らしていた。


 この野郎。


✳︎


「なんだかんだで結構奥まで来たな」


「そうですね」


 橙の髪をかきあげて汗を拭うアルトさん。それに習ってわたしも真似をする。


「しっかしまぁ、行き止まりか」


 アルトさんは壁に手をつけると、情けなく「はぁ」と声を漏らした。せっかくここまで歩いてきたというのに、最終的には行き止まり。この事実は、わたしに少なくない落胆を与えた。


 またも彼に習って「はぁ」とため息をついてみるが、事態は何も好転しない。当たり前だ。だからわたしも壁に触れて、ちょんちょんと色んな所を、やたらめったら触ってみる。

 大抵こういう場所には、隠し扉とかがあったりするものなんじゃないかなと感じたからだ。どうしてそう思ったかは分からないが。


 そんなわたしを、アルトさんは物憂げな目で見てくるが、何も言ってこない。

 なんかおかしいな? こういう時、いつものアルトさんだったら、『危ないから止めろ』とか怒りそうなものだけど。まぁでも、もしかしたら単純に、疲れているだけかもしれないし、さっきの彫刻が、思ったよりも心にダメージを与えているのかもしれない。


 だからそんなに気にしないことにして、アルトさんに尋ねた。


「アルトさん、今までにもこんなことはなかったんですか?」


 尋ねると、アルトさんは顎に親指を押し当てて、いつもの姿勢を取った。


「あったっちゃあ、あったな」


 翠の髪を揺らして振り向く。じゃあその時はどうしてたんです? と言う瞳で訴えてみるが、アルトさんは顎に手をつけたまま目を細めると、歯切れ悪く言った。


「うーん。急に行き止まりがあって先に行けない時には、たいていの場合、古代文字がどこかに刻まれてることが多かったな」


「古代文字?」


「うん。空車を利用する時に使ったやつだ」


 ああ、空車と。あの時のことを思い出して、またもアルトさんに殺意を募らせるが、過ぎたことと、アルトさんの足を何度かダスダスと踏みつけることでよしとする。

 確かに空車を起動させる時、アルトさんはそんなことを喋っていた気がする。


 ひんやりとした岩壁にほおを当てて擦る。髪を湿った岩肌で濡らしながら、アルトさんに目を向ける。


「なんで踏まれたのかは分からないけど。古代文字を解読すると、こういった壁はいつも開いた」


「じゃあ早くそ」


 れを。と言おうとしたら、遮られた。


「けどな、ないんだよ。古代文字」


 これじゃお手上げだよと肩をすぼめる。

 役に立たないなぁと侮蔑の視線を送るが。お手上げという割には、アルトさんが余裕そうな表情をしていることに気が付いた。それを見て、また何か気づいたことがあったんだろうなと、察しがついた。


「それじゃあ本当にお手上げですね……」


 悲しげに目を伏せる。アルトさんの目論みを看破したので、あえて合わせてあげているのだ。

 どうせアルトさんのことだ。この後すぐに、『実はなぁ』とか話始めるんだろう。


 しかしわたしの意に反して、アルトさんは「ああ。そうだな」と、同じように目を閉じてしまった。

 それから数十秒たった頃、いい加減わたしは突っ込んだ。


「いや、早くやれよ!」


 たらこ唇にしながら鋭く言う。するとアルトさんはくぐもった声でぼそりと呟いた。


「多……開け……はお前……てる」


 声が小さ過ぎてろくに聞こえなかったが、何かまた確信めいた事を言ったのだろうと予想した。問い詰めるべく、壁からほおをひっぺがし反転する。そしてその瞬間、わたしの胸元の、花の入った瓶がカツンと音を立てて岩肌に触れた。


 その時だった。


 ぱぁぁぁぁと、瓶の中の花が光を放つと、辺りの石壁が緑色の光を発し始めた。


「えっ、何? 何?」


 辺りをあたふたとして見渡しながら、この状況を頭の中で整理するべく努める。でもそんなの間に合わなくて、辺りはどんどん装いを変えていく。ガガガと石壁にヒビが入り、その後ゴウンゴウンと、石壁が動き出した。


「えっえっ。やだ、怖い」


 軽口を叩きながらも、内心結構焦っていた。今までこんな現象は見たことがなかったからだ。人間というのは、非常事態に弱い。しかしそんな不安は、アルトさんを見ることで収まった。彼は堂々とした態度で、無感情な瞳を石壁に向けていた。

 やがて壁の動きが収まると、目の前には通り道が出来ていた。


「行こう」


 アルトさんは臆した様子を少しも見せず、今出来た道を通っていく。そんな彼に一抹の不安を覚えながらも、後を追った。



第57話 終了

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