銀の歌
第28話
目を凝らし水晶の中を覗き込む。水晶の中で渦巻いている竜巻は自由に姿を変えて、数枚の絵を写しては消してを繰り返している。
「これは……? どういうことでしょう」
ドルバさんに尋ねる。彼は水晶を眺めると、それを見て深くゆっくりと考え込み始めた。
そしてややあって、一つの結論を出した。
「こいつぁ、驚いた。お前の未来だがな。複数見えている」
「はい。それはわたしでも分かりますけど。それって凄いことなんです?」
コクリと頷く。
「俺の占い……ばあちゃんの占いは元々、命(めい)占いと卜(ぼく)占いが原型でな。体の中にあるギン素とか器官の数々を、類似点とかを元に、似た星を探し出すんだ。
んで、その星がどうなったか。いずれどうなるかを考える。んで暫定的な、全てが上手くいった未来を占ってる。だからこれの占い結果は、未来……それも【もし】を表してる」
ーー?
頭にはてなが浮かぶ。口早に説明するドルバさんの話は難しく、理解が追いつかない。
「今回は未来を占った。ほぼ起こり得る未来の映像の一枚がだけが水晶に浮かび上がる……筈だったんだが……。
これは何枚だ? 最低でも六はある。水晶に絵が映る時間は、あんまりねぇんだよなぁ。本当だったら一枚だから、細かく解説していくんだがよぉ。悪いが、この中から二枚の絵を選んでくれ」
「はぁ。そうなんですか……わかりました」
水晶の中の絵を眺める。一枚は森の映る絵。一枚は翼を持ったなにかの動物(マヘト)の絵。そういった感じで、抽象的な物がどの絵にも書かれている。さて、どれにしたものか。
本当ならゆっくり決めたいところだけれど、ドルバさんの顔が緊迫している。あまり時間はないのだろう。それならまずは。
「ドルバさん、決めました。見てほしい絵を」
「おっ。そうか。それでどれだ?」
「はい、これで」
一枚の絵を指差す。それは森の絵。それも日の当たるような浅い場所ではなく、日の光さえ入らない程の暗い場所。きっと森の奥の方、恐らくは深部なんだろう。
そんな背景が読み取れそうな、一面緑の絵を指差した。
「りょーかい。それじゃあ説明していくぜ。ここで起きそうなことを」
コクリと頷いた。
「ああ、そうだな。お前はきっとこの場所に実際に行くことになる。時期……は、早いな。一年もしねぇんじゃねえか? それに寒い。だからきっと……あれだな。今年の冬……。それくらいの時期には、この場所にお前はいるだろうよ」
ドルバさんは一言区切ると、水晶を見て顔をはっとさせた。不思議に思い、彼の視線をなぞり水晶の中を覗く。
するとその絵には先ほどまではなかった赤黒い線がビリビリとはしっている。
「うぉ……まじかよ」
ドルバさんが意味深なことを言う。それを聞き思わず聞き返す。
「何がです?」
すると言いにくそうに、ドルバさんは顔をしかめた。けれどここまで話したからには仕方ないと、冴えない表情で続けてくれた。
「ああ……良いことなのか、悪いことなのかは分からないが、お前はここで自分の生き方を決めることになる」
神妙な顔で言う。片目が開かないドルバさんの顔には、鬼気迫る迫力がある。けれど先ほどまでの、ミリアさんやシグリアさんとの関わりを見ていたわたしには、それが酷く不恰好に見えた。けれど次の言葉で、そんな茶々を入れられるような、心の余裕は霧散することとなる。
「お前はきっと……大勢を殺すか、自分の大切なものを失くすか。どちらかを選ばなければならなくなる」
ーー思考がフリーズする。
いったい何がどうなるって? 殺す? 殺すってなんだ……。
「ああ、さらに……」
そこでローブを被ったドルバさんの脳天に、背後からチョップが飛ぶ。
「ギャン!!」
慌てて水晶から視線を外し、自分の後ろを振り返るドルバさん。
「ってええ! 何しやがる! シグリア」
そこにはどうしようもない……とでもいいたげなシグリアさんがいて。
「何してるは、こっちのセリフだ。お詫びのつもりでやっていたんだろ? なのに怖がらせてどうするドルバ……!」
そこまで言われてようやく気付いたのか、ドルバさんのほおに冷や汗が伝う。
「あっ……」
シグリアさんは申し訳なさそうに。
「ごめんねセアさん。怖がらせてしまって。絶対当たる占い……なんて言っても、所詮は占いだ。こんな結果気にする必要はない」
シグリアさんが目を伏せながら呟く。途中ドルバさんが「いや! 俺の占いは百パー当たるぞ!」と言っていたが、シグリアさんが無言の圧力で、珍しくその場を制した。
「さっ、占いはもうやめてしまおう。変に不安がらせるくらいだったらやらない方がいい」
そう言って、占い道具を片付けるよう促すシグリアさん。本意ではないだろうに、それでも罪の意識があるからか、しぶしぶ片付けようとするドルバさん見ていたら、ついつい言ってしまった。
「ま、待ってください……! それだけじゃよく分かりません。怖いことだけ言って終わらせられる方が、よっぽどよろしくないです。だからもう少し……もう少しだけ聞かせてください」
毒を食らわば皿まで……だ。だがドルバさんは。
「すまねぇ、もう水晶の中から絵は消えちまったよ。それにまた水晶に絵を写すのは……厳しいな」
「そんな……」
落胆を隠すことなく、ドルバさんの言葉に返答する。
だって、もう水晶を使えないのなら、ドルバさんの善意? とは違うかもしれないが、彼だってやりきれないだろうし。それにわたしの心の中にだって、もちろんモヤモヤはあるから、気になってしょうがない。
「むむむ。じゃあよ」
不思議な模様が描かれた拳大の紙片(しへん)を、ピラッと数枚見せてくる。
「それは何ですか?」
「ああ、これは」
ドルバさんがシグリアさんの顔を見る。どうやら説明する許可を求めているようだ。
シグリアさんは先ほどのわたしの言葉を思い返しているのだろう、どうにもならない表情で、静かにコクリと頷いた。彼だってやりきれないのだろう。
だがそんなシグリアさんの反応はよそに、了承を得たドルバさんは、露骨に嬉しそうな声を上げた。彼の顔がパッと華やいだのは気のせいではないだろう。
✳︎
テーブルの上には十七枚の紙片(しへん)が裏にして伏せられている。
「それじゃあ説明していくぞ」
ドルバさんが一枚の紙片を手でなぞる。
「この占いは元々、オーマの大陸の王、ミオクラシルの側近のソナラが考え出したものでな。孤高の王が寂しくないようにと、これから出会うであろう友人達と、そしてそれらの友人達と起こすであろう物語を占うものだ」
「つまり?」
「お前の出会い。縁を占うんだ」
ドルバさんは指を立てて、さらに説明してくれる。
「今からお前には三枚の絵をめくってもらう。
一枚目が出会いの傾向。二枚目が転調。三枚目が出会いの終わりだ」
三枚目の概要を聞いた瞬間に、シグリアさんは顔をしかめた。そして彼が口を挟もうとした時。ドルバさんが遮るように言葉を続けた。
「お前の未来を、中途半端な形で占っちまったからな。さっきの占い結果の補強ができるようなやつを選んだんだ。こいつで占ってもいいか?」
熱を持って語りかける。ドルバさんの姿勢には、先ほどまであったチャランポランな雰囲気はなくなっており、どことなく精悍な様子だ。だからわたしは無言で頷いた。
そんな様子を見ていたら、シグリアさんは何も言えなくなってしまったみたいで、内心はハラハラしているのだろうが、静かに目を瞑った。
「ありがとよ……。んじゃぁさっそく選んでいってくれ」
そう促され、机に規則性なく、無造作に置かれた紙片を一枚めくる。
紙片をめくると、表の絵があらわになった。彼らももちろん、何を引いたのかは気になるみたいで、わたしと一緒になってそこに描かれてある絵を見る。
ーー絵には燃え盛る炎と光の柱が描かれていた。
「………これは?」
ドルバさんに尋ねると、彼は「おぉ……」と感嘆して呟いた。
「そいつが表す意味は主に博愛と勇猛だ」
「博愛と勇猛?」
「簡単に言っちまえば。お前のこれからの出会いは、愛情を周りに与えたり、勇敢な行動を行うことによって、多くの友人を得れるってことだよ」
ほおを緩ませる。ここに来てようやく良い占い結果を出せた。周りを見ればシグリアさんも胸を撫で下ろしている。わたしよりも安心しきった顔をしていた。やっぱり彼は優しい人だ。
「そうですか……!」
この結果を噛みしめる。手を祈るように重ね合わせ、自分の心に言葉を響かせる。
わたしの反応を見てドルバさんも喜んでくれている。そしてドルバさんは「このままの調子で次もいっちまえよ!」なんて軽く言う。
賛成だと笑顔で返して、深く考察を重ねることはせずに、次の紙片をめくった。
このままの調子でいければ……! そう思い引いた紙片は、わたしの願いをすぐに打ち破った。
ーーそこに描かれているのは死神だった。
その身に暗く黒いローブを身に纏い、手には巨大な鎌を持った骸骨が、ケタケタと笑っている。そんな絵だ。
わたし達は絶句する。この絵に描かれた意味をよく知らないわたしでも、意味だけはすぐに理解できた。これは悪い意味を多く持つものだと。
「ーーあぁ。そうか引いちまったか……。二枚目の意味は。チッ……! しかも転調かよ……」
ああ、そう。そうなのだ。二枚目の題は先ほどとは異なる。転調という題目の元引いた紙片の意味は、いったいどのようなものとなるのだろうか。
すがるようにドルバさんの顔を見る。彼は目を合わせようとはせずに、斜め下の方を眺めた。
「二枚目の転調で引いた、この死神の絵の意味は」
言いづらそうに淀む。けれど意を決したように。
「お前の出会う命の多くは死ぬことになる」
二度目の絶句。わたしは喋れなくなる。息がつまり、上手く思考は働かない。
「あぁ、ぁあ」
言葉にならない声がその場に響く。わたしが発したものだ。それにより場の空気はよりいっそう重くなる。
そのまま幾ばくかの時が流れたから、暗く落ちた気分のまま、続く紙片をめくるしかないのかと、手をかけたその時。
不意に横から、あっけらかんとした、空気をまるで読んでいない朗らかな言葉が聞こえてきた。
「なんかヤバそうだね! 大変だぁ! でもわたしドルバちゃんの占いが当たった所、一度も見たことがない」
ーー?
ーーー?
ーーーー?
「ハァァァァァァ!!!」
めくりかけた紙片に折り目をつけて、大声を上げる。
だってミリアさんが、なんかとんでもないことを言うから。えっ!? 嘘でしょ!? そんなバカな。
慌ててドルバさんの方を見ると、彼は悪戯がバレた子どものように、汗をダラダラと垂らしていた。
シグリアさんも、目を丸くして一心不乱に凝視していた。
「お、お、お前!! とんだ詐欺占い師じゃないか!!」
「い、いや〜違うんだよ。これは……シグリア〜」
ぺろっとベロを出し謝罪の意を示すドルバさん。その姿から誠意は全く感じられない。今までずっと信じてきたものに、裏切られた。そんなショックがある。そしてそれは多分シグリアさんも。
「おっ前なぁーーー!」
「へへへっ。だってよお、お前俺の占い嫌いだろ? 一度も受けてくれなかったろ〜? それに俺さぁ、久々の占い相手ってことでハリキリ過ぎちゃったのかもしれないわ〜。言い出すタイミング逃しちゃってさ〜! まじ、悪いことしたと思うわ〜」
誠意が。誠意が! 誠意が!! 何も感じられない!
頭の中の何かがぷつんと弾けた。シグリアさんも見かねたのだろう、表情がものすごく歪んでいる。彼はそのまま、その勢いに乗せて何か言うつもりみたいだ。そしてそれはわたしもで……。つまりわたし達の言葉は重なる。
「「ドーーールーバーーーーー!!!!!」」
「さん!」
店内にも響き渡るほどの怒声が上がる。店の人からは訝しげな目をされた。それでも今は、このふざけた占い師に対して何か一言、言わなければ気が済まなかった。
ドルバさんはへへへと笑っていた。
第28話 終了
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