銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第18話 夜の街③

公開日時: 2020年9月16日(水) 18:30
更新日時: 2021年8月15日(日) 10:34
文字数:6,928


「「最近教会にいる修道女(シスター)が変わった?」」


 アルトさんとわたしの戸惑いの声は重なる。カリナさんが語った殺人鬼に関する重要な情報とは、簡単に要約すればそういうことだった。


「うん、そうなんだ。ここ数日で急遽、修道女さんが親の介護をしなければならないとかで、後任の人に変わったんだ。

 ちなみに後任のその人は今、引き継ぎをしてて大変らしくて。そのため教会が街の人たちには、ここ最近開かれていないんだ。

 後任の人は朝、フードを深くかぶって、教会の周りを掃除している姿が確認されてるよ」


 カリナさんがもう一度、先程してくれた説明を簡略化して伝えてくれる。


「そ、そんな情報に金貨二十七枚……」


 ついそんな言葉を漏らしてしまう。そして言ってしまった後にはたと気づく。この言葉はアルトさんを傷つけてしまうのではないかと。


「あっ、あのですねアルトさん! い、今のは!!」


 と慌てて取り繕って、アルトさんにフォローの声かけをしようとしたところを、アルトさんの言葉に遮られた。


「なるほど……!! それは盲点だったな。良い情報をいただいた。ありがとう」


「!?」


 アルトさんが納得したとばかりに、満足気にうんうん頷いているのを見て、わたしは驚いた。

 だって考えてみて、金貨二十七枚だよ、二十七枚。それだけの金貨を払って得られたのは、教会の修道女が最近になって変わったという情報だけ。

 ふつうに考えたらこんなのは、誰だって大損だって思うはずだ。

 いやまぁわたしは、お金の価値を把握してないけど。

でも、それにしたって……。


 頭の中で、ぐるぐる、ぐるぐる考えを巡らせていると、顔にも戸惑いが出ていたのか、アルトさんに話しかけられる。


「う〜ん、なぁセア」


「はい?」


「だいたいお前の考えてることは分かるが、別段損した訳じゃないぞ」


 この男はなにを言っているのだろう。

 ついに頭がいかれたか、もしくは古代ネアンデルタール人並みの思考速度に退化してしまったのか。※


※ネアンデルタール人に対してとても失礼。作者はネアンデルタール人の活動を応援しています。


「急にお前の考えてることが分からなくなったが……まぁ聞け。

 そもそも教会の修道女だの神父だのは、そうそう移動があるものじゃないんだよ。

 仮にあったとしても、教会ってのは、人数不足のくせして大きな組織だから、手続きに一月くらいはかかるんだ」


「そうなんですか?」


「ああ、連絡自体は銀糸鳥(ぎんしちょう)がいるから早くできたとしても、俺らみたいな庶民が使える移動手段は、もっぱら徒歩だ。

 修道女達もそれは例外じゃないから、他の街や国から、それなりの時間をかけて移動して来なければならない。俺たちはヤチェの村から、ダングリオまで、ほぼ休みなしの強行軍のような状態で来たから、それなりに早く移動できたが、普通はそんなことしない」


 身振り手振りを加えてアルトさんはそう言った。ひと呼吸挟み、さらに言葉を続ける。


「国と国の間の関所を通るのにも手続きがいるし、近場に他の教会にすぐ移動できるような聖職者が、上手い具合にいるとは思えない。

 それに俺はこの街には数週間ほど前に立ち寄ったことがあってな。旅の無事を祈ってもらいに教会に立ち寄ってみたんだが、慌ただしそうな雰囲気なんてなかった。

 なのにだ。急遽修道女が変わったらしい。しかも教会の準備で、ここ最近は街の人たちに教会に立ち入らせてない」


 アルトさんは、長ったらしい説明をここでいったん区切り、「つまりだ!」と銘打って、話しをまとめた。


「こんなもん、事情を知らない奴らでも、俺達のように、殺人鬼を追う側の立場から俯瞰して見てもらえば、よっぽどのアホじゃなきゃ、この情報の価値に気づくさ」


 アルトさんは疲れた顔を浮かべながら言ってきた。

 けれどわたしは途中から余りにも話が難しくて、アルトさんの説明が回りくどいせいもあって、若干ショート気味だ。でもまぁ、修道女さん達って大変なんだって事だけは分かった。


「へぇ〜なるほど。修道女さん達がそこまで大変だったなんて、全く分かりませんでしたよ!」


「そこにアホが一人いるみたいだけどな……」


 誰だろうか? アルトさんの説明を聞けば、どんな人でも修道女さんの大変さに気づけると思うのに。


「えっ!? 誰ですかそれ! わたしでさえ分かることができたっていうのに……本当にその人はアホなんですね!」


「うん、そうだねー」


 アルトさんはものすっごい棒読みで呆れたような顔をして言う。わたしはその発音と顔の表情の意味を良く理解しないままに。


「で、結局どういうことです?」


 尋ねるとアルトさんは、やっぱりか、みたいな顔をして、「ほれみたことか!」とつっこんできた。

 わたしが頭にハテナを浮かべていると、横からカリナさんが、冷や汗を浮かべたニコニコ顔で、助け舟を出してくれた。


「つまりね。アークスさんは、その後任の修道女こそが殺人鬼であるって言いたいんだよ」


「へぇ〜なんでですか?」


「うん、まず考えてみて欲しいのは、シスターが数日で変わる不自然さ」


「はぁ……」


「今アークスさんが言った通り、修道女が変わるにはそれなりの時間が必要なんだ。それなのにすぐ変わることができた」


「ふぅ〜ん……時間がかかるのに、すぐ交代したっていうのはたしかに変かもしれませんね。でもそれならどうして殺人鬼さんは、わざわざ教会の修道女に成り代わったんでしょうか? 他にも隠れる先なんてありそうなものなのに」


 わたしが言うと、カリナさんは感心したように驚いた。


「そう、アークスさんが上手いと言ったのは、まさにその部分なんだよ。よく気づけたね。

 教会は国家に属していない上に独自の規則があるんだ。それの一つに国家権力が理由なく教会の敷地内に侵入するのを禁止するというものがある。

 なんでもこれは、人々に安らぎを与える場所に、騎士団だとかそう言った物騒なものを持ち込んで欲しくなかったからだそうだけど。

 今回はそれが悪く利用されてしまったみたいだね」


 カリナさんはそう言うと悲しそうに目を伏せた。


「そうして殺人鬼は騎士団という危険が寄り付かない、安全な休憩場所を得たんだ。……というのが僕の推理」


 カリナさんはそこで言葉を打ち切った。彼の説明を聞いてだいたい納得できたが、まだ不安は残る。

 だからこそ、もう少し解説を求めて、アルトさんの方を見たが、彼も「そうだろうな」とカリナさんの発言を支持しているようだった。多分二人は同じ結論に行き着いているのだ。


 二人が納得しているのならいいかと、自分自身に無理やり納得させようとしていたら、それに気づいてくれたのか、カリナさんが閉じた口をもう一度開けてくれた。


「それに他の場所での目立った変化とかもないみたいだから。総合的に考えて、十分に後任の修道女のことを殺人鬼ではないかと疑えるんだ。セアちゃんが疑問視しているのは多分ここだよね?【他の隠れ場所】ってさっき言っていたと思うし」


「なるほど〜よく分かりました!」


 カリナさんの最後の付け足しで、自分自身でも分からなかった不安を理解させてもらえた。更に解消までしてもらえたとあっては、もうわたしの方から否定する要素はない。だから素直に頷いた。

 そうした動作を見ていたアルトさんが小声で、「……この人俺よりも頭の良い人だ」と言ったのをわたしは聞き逃さなかった。


 ようやくわたしの凄さに気づいたか!


 そう考え、鼻息を荒くして、得意な顔をした。それをみてアルトさんは「いや、お前のどこにそんな要素があったの」とかなんかむにゃむにゃ言ってたが、気にしないことにした。

 だけど最後に、気づかなくてもいいかもしれないことに気づいてしまった。


「アルトさん。後任の修道女さんが殺人鬼……なんですよね」


「ああ、さっきっからそう言ってる」


──そしたら。


「そしたら前任の修道女さんってどうなっちゃったんですか? 急に変わることはできないんですよね? 親の介護のために退いたらしいですけど、もしかして前任の修道女さんがいなくなったのって、もしかして……!」


 わたしは途中からまくしたてるようにアルトさんや、カリナさんに答えを求める。

 わたしの言葉に対してアルトさんはゆっくりと口を開く。


「セア……今はいい。無理して難しいことを考えなくていい」


 アルトさんは優しく、わたしの頭の悪さをバカにしたり、責めたりするような言い方ではなく、本当に優しく、言い聞かせるようにそう言った。


✳︎


「というわけで今から私達は、殺人鬼が教会に潜んでいると判断して、殺人鬼を捕まえに、そこに乗り込む訳ですね」


 全ての情報交換が終わり、考えれるだけの考察をやり尽くした後、アルトさんはシメの言葉としてそんなことを言った。


「ええ、時間が経てば聖騎士団がやってくるでしょうし、殺人鬼が潜伏場所を変えてしまう可能性もありますからね」


 カリナさんがそれに反応して、丁寧な言葉遣いでアルトさんに返していた。

 このまま口を挟まなくても、トントン拍子で進んでいきそうな気がするが、わたしは彼らほど頭が回らない。会話に参加しようとしなければ、さっきみたく簡単に、話についていけなくなるだろう。だからこそ、なるべく会話に参加するべくカリナさんに尋ねた。


「それでもう、今からすぐ教会に向かうんですよね? でしたらカリナさん、ここから教会まではどの位かかるんですか?」


「うん……ああ、そうだね〜。だいたい数十分程度で着くかな」


 カリナさんが応えると、アルトさんもそれに続いた。


「そうですね。ここからならおおよそそんなもんだと思います。……それと、それじゃぁ最期の仕上げだ、ギーイ頼めるか?」


 アルトさんはギーイさんの方を見て、静かに語りかけるように言った。


「うん、お安い御用。私は予備の証拠人を呼んでくればいいんだろう」


 ギーイさんは長い間、わたしよりも会話に置いてけぼりにされていたため、若干ふてくされていたが、アルトさんがそう尋ねると、笑顔を取り戻してにこにこした顔でそう言った。


 構って欲しかったんだろうな……。そういう気持ちはとても分かる。


 それと予備の証拠人というのは、仮に殺人鬼を取り逃した時でも、実際に殺人鬼が他にいたことを、現場に立ち会ってもらい、第三者の立場で立証してもらうためである。

 「カリナさんは大貴族ですから、貴方だけでも立証できるかもしれませんけれど……念を入れるのに越したことはないでしょう」とはアルトさんの言葉。


 そうした先程話しあった内容を、改めて二人は確認しあっているのである。


「頼む」


 そうアルトさんに言われ、ギーイさんは一人輪から外れていく。ただここで「……あっ!」と呟くと、わたしの方に駆け寄り耳打ちをしてきた。


「そういえばさ、セアちゃん」


 耳元で囁かれる声は、なんだかくすぐったくてこそばゆい。


「はい、なんですか」


「さっきさ、私が女騎士から情報を貰ったってのを言った時に、セアちゃんは反応してくれたよね?」


 なんでそんなことを聞くのか、疑問に思いながらも返事を返す。


「ええ、まあ、はい」


 少しぎこちなく返してしまった。

 そんなわたしの反応を楽しむかのように「クク」とギーイさんは笑いながら。


「【褐色の】女剣士さんと会ったことあるのかな?」


 と恐らくは満面の笑みで聞いてきた。


 瞬間ドクリと心臓が跳ね上がったような気がした。それはどういう感情から起こったのかは分からないが、たまらなく嫌な気分になった。


 そして今までの自分の言動の浅慮さに気がついた。そういえば女剣士さんから口止めをされていたんだと。加えてあの人は怪我をしていた筈だ。ギーイさんがこの件に関わっているとは思わないけど、でも何も言わない方がいいだろう。


「え、えっと、それは……ど、どうでしょう、わ、わっかんないです」


 うん、ぎこちない。

 けれど、そうやってなんとか紡いだ言葉に、ギーイさんは不快感を示すこともなく。


「そっか。変なこと聞いて悪かったね! それじゃあ、私は行ってくるとするよう!」


 ギーイさんはトントンと数歩跳ねるように前に歩いていった。それからわたし達の方に振り返り、朗らかに笑うと手をひらひらと振った。


「じゃあね〜アル君、セアちゃん!

 君達とはここでお別れだ!君達の無実が証明されることを影ながら祈っておくよ!

 あと、最後の仕事はきちんとしとくから安心してね」


 楽しそうに言った。一呼吸置いた後彼女は続けて。


「それでは、それでは!! 美少女情報屋のギーイちゃんのことを、またご贔屓に!!」


 ギーイさんはそれだけ言うと、わたし達に背を向け、軽やかな身のこなしで、屋根の上へと登っていった。

 登り終わった後、何を思ったのか、こちらへと振り向いた。それで舌をちろっと、可愛げに出したのだ。


 その後、彼女は頬を赤く染め上げ、照れ隠しするみたいに、素早く屋根を駆けて去っていった。


✳︎


「あいつやっぱキャラ濃いわ〜。疲れる」


 ギーイさんがいなくなった後すぐに、アルトさんはぐったりとして、そんなことを言う。

 分からなくもないが、わたし達の手助けをしてくれる人にそんなことを言うのはどうかと思う。


「そんなことを言っちゃいけないですよ、アルトさん! 手伝ってくれてるんですから」


「わーってるって。だけど対価はきちんと払ってるんだ。あれぐらいは……」


 わたしに向けて話していたが、途中でふと何かに気づいたように、カリナさんの方に焦点を当て、アルトさんは礼儀よく尋ねる。


「そういえばカリナさん。ギーイから何かしら支払われてるとは思いますが、私の方からもお金でよろしければお支払いいたしましょうか?そんなものでよろしければですけれど」


 それを聞いたカリナさんは、はははと決まりが悪そうに笑うとアルトさんに微笑みながら答えた。


「いえ、結構ですよ。それにギーイさんからも特に何か貰っていませんし。アークスさんからだけもらうのも、なにか変ですしね」


 それを聞いたアルトさんは眉間に皺を寄せ、「あいつ、ついによそ様にまで、横暴に振る舞うようになったのか」と小さく呟いていた。その声は、カリナさんには聞こえなかっただろうが、わたしはアルトさんの隣にいたので、しっかり聞こえていた。


 ほんとギーイさんて、アルトさんの中でどういう扱いなんだろう?


「はぁ、そうおっしゃるなら……」


 アルトさんは釈然としない感じで、しぶしぶ了承の返事をした。


「ですが……これから行く場所はとても危険で、死ぬことだってあると考えられます。

 それに対価を一つも貰ってもないとなると、あなたの行動にいまいち納得ができません。失礼ですが、後ろを預けてよいものかどうか不安があります。

 せめてあなたの目的を教えていただけないでしょうか?」


 アルトさんはそう提案した。それを聞きカリナさんは、一呼吸置いた後、意を決して。


「………………そうですね……。ごもっともだと思います。僕はかつて殺人鬼に、殺人鬼に……! 激しく感情を揺さぶられ、永遠に忘れられない想いを抱かされました。それというのも。僕……殺人鬼……全てを……奪……」


 と、ポツリポツリと語り始めた。けれど最後の方は声に力が無くて、とても聞き取れなかった。

 やがてカリナさんは涙を流し始めた。


「くっ……うう……ぅ」


「なるほど、辛いことを話させてしまいましたね、謝罪します。ですがこれであなたの目的ははっきりしました。つまり【復讐】なのですね……。

 それであれば、あなたの行動にも納得ができます。あなたは何をおいても、殺人鬼に会わなければならないようですね。分かりました」


 アルトさんは目を伏せると、カリナさんから顔をそらした。恐らく今の動作は、これ以上あなたの事情に立ち入りませんよ。というアルトさんなりの表現なのだろう。


 しかし何か思い直したように、カリナさんの方にもう一度振り返ると。


「ですがやはり不安が残ります。一応これを持っておいて下さい」


 アルトさんはそう言って、紐で縛られた巻物を、カリナさんに手渡した。


「それは身を守るための物です。どうぞ持っていて下さい」


 そんな大切な物をカリナさんにだけ渡していたので、不満を感じ、わたしは地団駄を踏んだ。……当然である。当然だもん。


✳︎


「さて、それではそろそろ行くとしましょうか。殺人鬼のいると思われる教会まで」


 カリナさんが泣き止んだのを見ると、アルトさんは静かにそう言った。それに対しカリナさんが、顔にかけてある器具を手で外し、袖で涙をぬぐいながら。


「ええ、都市伝説の再来とも呼ばれる殺人鬼に罪を……償っ……ましょう……」


 やはりまだ少し、ぎこちなさの残る声でアルトさんに答えた。


 わたし達はいよいよ、この騒動の核心に迫って行く。この先に待つ不安や、大変だったこの数日間を振り返りながら、決意を新たにした。


✳︎





 街道にそって、夜の街を進む。


 カリナさんとアルトさんは、二人並んで前を行く。彼らには緊張こそあるものの、その足取りは決して重くはなかった。けれど、彼らの後に続くわたしの足取りは重かった。決意を新たにはしたが、何か不安が残っていた。それはなんだっただろうか?


「……」


「……………」


「…………………………!」


「アルトさん」


「どうした?」


「都市伝説って、何ですか?」


「…………ああ。そういえば、まだ話してなかったな。それはだな」

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