銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第125話 ヒーローっていう人

公開日時: 2021年10月25日(月) 18:30
文字数:5,615


 なんだかんだでヒーローさんと一夜を共にした。言わなきゃいけない気がするから言うけど、別に変な意味はないよ。いや、わたしは変な意味が何を指すかは、知らないけど……。


✳︎


 話を聞けば、ヒーローさんがわたし達とここで会ったのは、本当に全くの偶然だそうで、他意はないそうだ。いや、他意なんて気にしてるのアルトさんだけだったけど。

 でもアルトさんが疑って、ヒーローさんから事情を訊いてくれたお陰で、わたしは彼に、適切に優しくすることが出来た。

 なんでもヒーローさんはここ数日、まともに食事を取っていなかったそうなのだ。どころか睡眠も出来ていなかったそうで……。そのため良い匂いにつられて、わたし達の所までふらふらと来てしまったのだと言う。


 じゃあなんで、そもそもそんなことになったのか。それを訊かれるとヒーローさんは、とても困っていた。というのも自分自身でも、その理由を理解できていなかったからだ。何とも不思議な話だが、事実としてそうだからそうらしい。


 自分の状況も明確に言葉に出来なかった、そんなヒーローさんだが、それでも彼は昨夜、一言こう言った。『見られてる』と。その後に続く言葉が『……から?』という疑問符だったために、わたし達皆首を捻らせたが、話自体には嘘は無さそうだった。

 だからアルトさんも警戒を解いて、ヒーローさんを一晩ならと受け入れた。


 強い人だろうヒーローさんが、どうして腹を空かしているのかは謎だったが。まぁ、困っているなら、そりゃもちろん助けたい。だから事情を聞いて、適切に優しくー一緒に寝ることがー出来たのは、素直に嬉しかった。


 優しさって難しい。ただ善意を押し付けるだけじゃ、ヘテル君はどうしようもなかった……。

 アルトさんじゃないけれど、最近考えることが増えた気がする。いちよ


「いやぁ、泊めさせてもらうだけでなく、朝ご飯も頂いてしまって申し訳ない。当方、感謝を示そう」


「泊めてはいないと思いますが。そう思いたいならそれで」


「たまに毒舌よな、お前」


 卓はないけれど、汁物が入った鍋を囲って、パンを片手に皆で朝ご飯を食べた。ヘテル君が家事のほとんどを、積極的に行うようになってからご飯が豪勢だ。


「ヒーロー、それでお前はどうするんだ?」


 当たり前の質問にしか聞こえなかったから、アルトさんの声が、どうして尖っているのか分からなかった。彼は本音を隠すのも、建前を使うのも上手だと思う。でももうずっと一緒に居るから、演技に徹底していない今みたいな時だったら、ある程度、彼の感情を分かることが出来た。

 だから謎だった。なんで尖らせているのか分からない。


「うーん。別段どこに行くとかは、当方にはないからな〜」


 何か大切なことを忘れている気がしながらも、それならと。あっじゃあ、一緒に行きません? 反射的にそう言おうとした。でもアルトさんの手の甲が、気づいたら目の前にあって、というか口に当たっていて……。「ぉう!」と、何か訳の分からない声を出して、わたしはその場に倒れた。


 ヒーローさんはそれを不思議そうに眺めていたが、わたしだってなんでどつかれたのか分からなかったから、答えようがなかった。

 当の本人は、わたしに目もくれず、ヒーローさんだけを見てるし。


 何してるんだ? という思いはヒーローさんの中にあったんだろうけど、元来そういう性格なのか。わたし達のやり取りを、さして気にすることもなく、先程の言葉に付け足していた。


「行くとこはないけど、やることはあるからね」


 そう言ったヒーローさんは、すくっと立ち上がった。それでいくらか伸びをした後、荷物を抱えた。


「君達には、あのおっきい蛇討伐の時からお世話になりっぱなしだ。アルトさんには、あわや犯罪者になりかけた所を、助けてももらったし」


 瞬間アルトさんはびくりと、少しだけ肩を震わせた。ヒーローさんにはこともなげに返していたが、小さく「そういえば、そんなこともあったな」なんて言っていた。彼の目にはなぜだろう、少しだけ罪悪感の感情があるように見えた。

 しかしヒーローさんは、それに気づいた様子も見せず、深々と礼をするとこう言った。


「何でも頼ってくれて構わない。君達には恩がある。共に行けない身だけれど、困ったら言ってくれ『助けて、ヒーロー』と。その声が聞こえたなら、必ず。当方がどこにいようと駆けつけ、君達のことを助ける。我が友マイノスに、そう誓おう」


 その宣言は、土と草しかないこんな場所でも、とても神聖に見えた。無いはずなのに、彼の背に祭壇などの壇上や、あるいは後光が差しているように見えた。

 わたし達が呆気に取られていると、ヒーローさんは困ったようにした。そうして彼は、考えた末の結論なのか、固まるヘテル君の頭に触れた。そのまま二度程ぽんぽんと優しく叩くと、「ご飯美味しかった」そう伝え、頬を染めて照れ臭そうに笑い、わたし達に背を向けた。


 無垢な子どものように笑う老人。しかし背中に担がれるのは、攻撃性だけを求めたような無骨な大剣……。それらは印象として酷く乖離的だが、だからこそヒーローにも何か事情があるのだと、彼にも物語があるのだと理解できた。去りゆく背中を、やっぱり呆然としながら見送った。


✳︎


「行ったか」


「ですね」


 ヒーローさんの後ろ姿が完全に見えなくなった頃、アルトさんはため息を吐きながら言った。そして額に青筋を立てながら、わたしにまくしたてた。


「おい、ふざけんなよてめぇ! 何も学んでないのか!?」


「え……?」


「えっじゃない!!」


 アルトさんは見て分かる通り、本気で怒っている。おふざけじゃない。朝ご飯を食べてる時はこんなじゃなかったから、朝ご飯の後に何かがあったのだ。加えてヒーローさんが居なくなった後に、怒り始めたのだから、彼に関係する何かで、わたしがやらかしたのだ。


 何で怒られているのか考えて、最初に思いついたのは、口元をぶったたかれた時だった。わたしはあの時何か、まずいことを口走っただろうか? いや、それはない。だって言う前に叩かれたんだから。じゃあそれが原因ではないか……。第一あの時わたしは、良い事を言おうとしたのだから。それが怒られる原因になる訳が……。


 そこまで考えた所で、【手を握られた】。

 それは決して、信頼を求めての握手なんかじゃなくて、信頼を前提とした、自分の存在を委ねるような手の握り方で。そちらを見たら、ヘテル君がいた。こんな時にいったい何だろう? なんて思っていたが。

 それでようやく理解した。


「あっ……」


 そうだった。わたしの手を握るヘテル君の手は、しっかり【手】の形をしているが、それが紛い物でしかないことを、わたしは知っている。

 だっていうのに、こんな大事なことを忘れていた。こう言ったら卑怯かもしれないが、ヘテル君が最近、あまりにも普通すぎて、というより他の印象が強すぎて、大分失念していた。


 そうだヘテル君は異業種だ。


 わたしの手を握るヘテル君の手は決して震えていない。それはきっと、わたしを信頼してくれているから。それはきっと、何をしても嫌わないでくれると信じてもらっているから。


 でもヒーローさんにこんなこと、ヘテル君は間違ってもしないだろう。

 思えば昨日から、この子は口数が大分減っていた。昔ならあれくらい無口なのも、大した違和感ではなかったが、最近のことを考えれば、ヒーローさんと居る時のヘテル君は、どう考えてもおかしかった。わたし達といる時の振る舞いと、全然違った。


「ようやく分かったか」


「ええ、はい。ごめんなさい」


 確かにあのままヒーローさんに、一緒に行こうと言ったら、ヘテル君のことがバレてしまう危険性があった。わたしが軽率な行動をしようとしたのは、間違い無かったから素直に謝った。

 アルトさんはまったくと、額を手で押さえていた。ヘテル君は不安からかな? わたしに抱きつくような形で身体を預けてきた。


 上目遣いで見上げるヘテル君と視線があったから、配慮が足りなくてごめんね。内心で喋りかけた。すると彼は、穏やかに微笑んだ。


「ソフィーちゃんも、ヘテル君に対して何もしないから、やっぱり油断してました。反省です」


 そう独り言を呟いて、わたしは反省した。


「お前、今なんて言った?」


「へ?」


 これで話は終わりだと思っていたから、アルトさんに訊き返されて、動揺した。なんだろう、他のせいにするような言い方がまずかったのかな……。反省からついっぽろと言ってしまっただけで、そんな意図で言ったつもりではないけれど。でも確かに、側から見ればそう見えたとしてもしょうがない。ソフィーちゃんだって、まるでわたしのことを責めるみたいに見てくるし。


「いや、これはですね──」


 弁明しようと身振り手振り動かす。また怒られるのは嫌だったし、ヘテル君をこれ以上不安にもさせたくなかった。しかしその抵抗は、無意味に終わった。アルトさんが何事か考え込み始めたからだ。


 いつもながらこの人の行動は謎だ。色々考えられるっていうのも大変なんだな。そう思いながらも、叱責の一つもされないことには、内心安堵していた。


✳︎


「さて、じゃあ俺達も行くとするぞ」


「そうですね。じゃあわたしは走って来ます」


 食後の一休みもほどほどに。アルトさんが号令をかけた。なのでわたしも自分の日課を果たすべく、身体をほぐすために、簡単な準備体操などを行った。そしていざ走ろうとしたら、肩を掴まれた。


「待て。こっから先の道中は大変厳しくなる。だからいつも通り走られたら困る」


 いつもの日課はしなくていい。急に現れたお休みに、驚き半分、嬉しさ半分。いや、嬉しさの方がやっぱり優っているかもしれない。だからアルトさんの言葉に簡単に頷いた。


「そうなんですか。なら今日は、荷台に乗ってていいってやつですか?」


 期待を込めて訊くと、「いや、今回は並走してもらう形だ」と言われた。走るには走るらしい。ぬか喜びだ。まぁ遅い荷車の速度なら、いつもよりはずっと楽だろうけど……。

 一人やりきれない不満を抱えて、頬を膨らませる。そんな間にも全体に向けられた、アルトさんの説明は続いていく。

 

「エスペンの村に行くまでは、最短だとこっから……多分五日はかかるだろう。だがしかし、そう上手くはいかない。ここから先の道中、例えば断崖絶壁だの、恐るべき動物マヘトだの、細い道に降り注ぐ落石。そういった幾多もの危険があるからだ。大抵遠回りを余儀なくされる。そしてそういった危険な道を通らなければならない理由はひとえに、エスペンの村が辺境にあるからだ」


「なんで毎回恐ろしいことを、唐突に聞かされなければいけないんでしょう」


 アルトさんの語る内容に、毎度の如く驚かされる。今回もわたしはがったがた震える訳だが、仲間を探して、皆を見たら分かった。他の人達は震えてないことに。

 特に顕著なのがヘテル君だった。何事もないような平静な様子で、おっとりとしてた。今日の晩御飯は何を作ろうか、そんな顔にすら見えた。


 何でだろう。いつも一緒に戸惑っていた仲なのに。不思議に思ってヘテル君を見つめていたら、それに気づいたのか視線を返された。それで彼は、信頼しきったように、わたしに笑みを見せた。……それでなんとなく察した。


「じゃあ、頑張ろうかな」


 そう言って、荷台に乗り込む彼らを見守った。何があってもヘテル君やソフィーちゃんは助けるし、きっと何があってもアルトさんが解決策を見つけてくれる。うん、わたしも皆のことを信頼してる。


✳︎


 それから三日後のことだ。わたし達がエスペンの村に着いたのは。


「なんで? なんなら最短よりも早いし」


 アルトさんは村の玄関に辿り着いても困惑していた。


「なんで三日でついた?」


 わたし達に振り返って訊いてくる。でもそんなこと尋ねられても、答えられない。その理由は全く分からない。


「うーん。分かんないですけど、言うて大した困難がなかったからじゃないですかね。ねぇ、ヒーロー?」


 隣にいる偉丈夫に話しかける。すると彼も、もう何年来の付き合いであるかのように、当たり前のように返してくれる。


「そうだな。あまり強い動物もいなかったからな」


「そうですね」


 わたし達は互いに見合って、拳を突き合わせ、その友情を確かめ合う。

 この三日間ヒーローは、わたし達が困難にあうたびに、呼べば必ずカップ麺が出来上がるよりも早く駆けつけてくれた。そんな彼とは最早、魂で結びついた最高の友人と言っても過言じゃないだろう。


「いや、あったぞ困難。断崖絶壁も道を塞ぐ大岩も、何なら最強の動物にも出会ったぞ。でも、うん。お前がね、全部ね。なんかもう、突っ込む気力も起きないわ」


 それに対し水を指すのはアルトさん。でもわたし達に聞かせるために話しているというよりは、現状を嘆くために言ってるように見えた。早く着いたからいいのでは? そう思ったので、アルトさんの言ってることは全部気にしなかった。


「まぁ。これでようやく、最後の村に到着だ」


 ため息まじりの声だったけど、先を行くアルトさんの背中からは、決意のようなものが見えた。


✳︎







 アルト達が村に着いたちょうどその頃。


 エスペンにただ一つある食事所では、店員も客も目を引くような、ちょっとした騒ぎが起きていた。というのも昼間から酒を飲みかっ喰らう、大柄な男がいたからだ。その人物は粗野に、しかしよく味わって、空になった皿を何枚と高く積み上げていた。


「……もく、もぐもぐ」


 その人物の隣に座る少女は、体格に見合うように、控えめな量だけ頼んでいる。食べ方も上品で、それだけに男の異端さが際立った。


「ふぅ美味い」


 運ばれて来た最後の皿も、やがて空にすると、男はそれだけ言った。いったいどのくらい頼んで、どのくらい食べたのか、店の中で皆が驚く。しかし彼らは、続く男の一言で、また驚くこととなるのだった。


「相変わらず飯は美味いなぁ。それにこのお店は、味付けだけじゃなくて香りだって芳しい。

 あっ、お姉さん。【追加】で注文、いいですか?」

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