銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第39話 新しい物語

公開日時: 2020年10月11日(日) 18:30
更新日時: 2020年11月15日(日) 15:12
文字数:6,455

 新章開幕。

 それから挿絵の入れ方が、この間ようやく分かりました。



銀の歌


第39話




「む、むぅぅ」


 固く閉ざされた瞼に、強い朝の日差しが当たる。けれどまだ眠かったので、より固く目を閉じて、日差しから逃げるように、寝返りを打つ。

 しかしわたしは既に、自分が起きていることに気づいてしまっている。……気づいてしまったのだから、いくら目覚めを拒んでも、上手くいくはずもなくて。


「もぅ……」


 ふてくされる。何に対する「もう……」なのか、眠い頭では自分でも理解できない。ただ漠然と不満感だけは覚えている。


「何が、『もぅ』なんだ?」


 そこへそんな声がかかる。だから声がかけられた方へと顔を向け、少しだけ目を開いた。


 そこには朝の日差しを反射させて、橙の髪を煌々ときらめかせるアルトさんがいた。彼は宿屋に置いてある椅子に腰掛け、持ち物を点検をしているようである。

 それが終わったのかこちらへ歩み寄ってくると、わたしの顔を覗き込んだ。それで先ほどの続きだと問いかけた。


「なぁ。セア」


 赤い瞳に見つめられる。この数日間でアルトさんという存在は、わたしにとってはすっかりお馴染みになった。だからこうして、彼の顔を見て朝を迎えられるというのは悪くない。むしろ、ほんのすこし、ほんのすこしだけだが、安心感さえ与えてくれる。


 今日、穏やかな朝を迎えさせてくれたアルトさんに感謝を込めて、わたしは【大声】で叫ぶのだ。


「うるっせぇ!! わたしはまだねむいんだよぉぉ!」


 その後アルトさんが怪訝な顔をして、わたしを布団から無理矢理剥がしたのは、言うまでもないことだろう。


✳︎


「〜♪」


 鼻歌まじりに街道を歩く。布団から落とされた時、頭部を床に打ち付け、頭を痛めたのは嬉しいことではないが。そんなことが霞むほど、幸福な気分に包まれている。


「ご機嫌だな」


「はい! それはもちろん!」


 春の暖かな日差しに青い空。これだけでも十分に笑顔になれる要素はあるのだが、それだけではないのだ。他にももっと、わたしを喜ばせる要素がある。それは……。


「いい服だな。似合ってるよ」


「えへへへへへ〜〜〜」


 頰を思いっきり緩ませて答える。

 そう!! 今日からはずっとー昨日の夜も着たがー新しい服なのだ! 決してアルトさんのお下がりじゃない! その事実がわたしを何より喜ばせるのだ。


 見てくださいこの服を。白のシャツに淡い桃色の外套。そして緑のスカート。





 これは間違いなく美少女。わたし可愛い。


 そんな感じでのほほんと、楽しいことだけ考えていたら、ふと疑問に思うことがあった。そういえばわたし達は今どこへ向かっているのだろうと。


「ねぇ。アルトさん」


「ん、どうした?」


 問いかけるとアルトさんはいつも通り、口元を隠すように手で覆った。


「わたし達、どこへ向かってるのです?」


 訊かれたアルトさんは、「あぁ」と頷く。


「まだ言ってなかったか」


「ーー? はい。特に何も言われてないですけど……」


 アルトさんに問いかける。すると彼は申し訳なさそうに笑った。


「なに。もうダングリオを出ようと思ってな。今は東門に向かっているところだ」


「……へ?」


「だから、ほらこの通り」


 アルトさんはぐいと何か紐を引っ張り、後ろに連れていた物を前へと連れ出す。


「あっ」


 そこには大きな荷物をたくさん背負わされた、栗色の毛の馬ーーシーちゃんがいた。アルトさんが引っ張った紐は、シーちゃんの手綱だったようだ。


「シーちゃん!!」


 シーちゃんはわたしに呼ばれるとブルルルと鼻を鳴らした。


「まぁ、そういうこった。出かける用意はこの通りもう出来てる。急な話になったのは悪いと思うが、俺たちは世界を歩く必要があるからな」


 これもいつも通りの皮肉げな声音で言う。果たして説得する気があるのか無いのか……。少しだけ不快感を覚えるが、だからと言って、何か直接的な文句を言うつもりもない。ただこのまま済ませて、独断ばかりされたら、ついていく身ではあるものの物悲しい。そう言うわけで、不満の代わりにこんなことを言うのだ。


「後で何か、奢ってくださいね」


 そう言うと後ろから「はいはい」と呆れ気味な声が返ってきた。伝えたかったことは、どうやら汲み取ってはもらえなかったのかもしれない。


✳︎


 ゴロゴロゴロ。カラカラ。とっとっと。

 さまざまな足音が聞こえるこの場所は東門。馬車や、旅行者、荷台を引く運送馬、多くの人が行き交っている。


「すごい人ですね!」


 昨日通った大通りも、もちろん人が多かったが、ここだって大通りに負けないくらい人が多い。何より、色んな種類の人が通るのだ。それがわたしにとっては驚きだった。


「おっきぃ!」


 わたし達の前を4〜5mはある大きな動物(マヘト)が通る。鹿の様な角を持ち、背中から翼の生えた四足獣だ。しかしその翼は広げておらず、たたみ込み、背中に沢山の荷を積んでいる。それはドシンドシンと、大きな音を響かせて歩いていく。


 その怪獣をわたし達は見送る。


「はぁ〜ありゃメロウィルプスかー。よく協力してもらえたな〜」


 横でアルトさんが驚きながら言う。


「この世界にはあんなのがいるんですか?」


「ああ。世界は広いからな。色んなのがいる。それに……ほら東門の方を見ろ。特に個性的な奴らがいるぞ?」


 アルトさんはククッと笑って東門の下の方を指差した。そこには花の紋様をあしらった服を着る、格式高そうな一団がいた。


ーーあれは!


 それを見た瞬間思わず走り出した。急いで彼らの方へと駆け寄る。程なくして、彼らも気づいたようで、幾人かの人達が声をかけてくる。


「「「あっ、おーーーい!!」」」


「セーアーちーー!!」「セアちゃ〜ん!」「セアーーー!」


 色んな呼び方だ。それにどれもこれも温かみがあった。だから一つを選んで返すことはできなくて、皆に向かって呼びかける。


「おーーい!聖騎士だーーーーん!!!」


 手を思いっきり振りながら、一団へ勢いよく飛び込んだ。


✳︎


「おーおー。お前らも行くのか!!」


「はい。そうなんですよ!」


 ドルバに促され、即座に返事を返す。そしてにっこにこの笑顔で彼らを見つめてこちらも尋ねる。


「見たところ皆さんも、もう出るみたいですけど、どこまで行くんです?」


「ん? 俺たちか……。ちいとな」


 言いにくそうに淀むドルバ。けれどその重い口をなんとか開いて、話してくれる。


「治療と物資の調達が終わったからなぁ。行かなきゃ、ならないんだよ。俺達の元々の目的を果たすために……な」


 傷ついた片目は動かない。残った片目だけを細めてドルバは言った。


「悪かったなぁ。お前には、ほんっと」


 あっ……。また言わせてしまった。そう考え、自責の念に駆られていると、すぐに横から助け舟が出た。


「な〜に言ってるの! ドルバ剣兵。あなた……いっちばん、この休暇を楽しんでたじゃない。

 もう、本当に色んなことを忘れて……。貴方一度でも自責の念を覚えた? 私がこの二日間どれだけ苦労したか知らないでしょ」


 気怠げにポニーテールを揺らして女性が言う。


「あらら。そうでしたっけ? トーロスの姐さん」


 わしゃわしゃと髪をかいて大きく笑うドルバの瞳には、なるほど……。たしかに責任という言葉を知らなさそうな、明るさがあった。


「トーロスさん!」


 うっきうきした声で言う。


「ん……。セアちゃん。昨日ぶりだね。昨夜はごめんね。ちょっとこちらの方で色々あって、一人で帰らせちゃって」


 もみあげから長く伸びた髪を、人差し指でくるくると絡めとる。あははと苦しく笑うその態度からは、申し訳なかったという感情が見て取れた。


「い〜え。いいんですよ! 昨夜も言いましたけど、気にしないでくーだーさい!」


 気遣いながら笑って、上目遣いでトーロスさんを見る。すると彼女は「ふふ」とやっぱり疲れたように笑ったが、そこに暗い感情は見えなかった。

 トーロスさんは本当に色んなことを気にしすぎなのだ。


 責任ばっかり気にして、甘い汁の一つも吸おうとしない人にはきっと、周りは優しすぎるくらいで丁度いいんだと思う。だからわたしは、たかだか殺されかけた程度くらいじゃ気にしないんだ。

 だってトーロスさんが大好きだから。それよりも。


「トーロスさん……?」


「ん? なぁに」


 トーロスさんは腕を組む。そしてそれを見て確信した。


「えっとですね」


「うん」


 視線を合わして問いかけてくれる。こんな優しいトーロスさんに言うのは心苦しいのだが、気づいてしまったのだから仕方ない。シグリアやミーちゃんも何かなと興味を持って集まって来た。

 それを見て、今が好機と考え小さく囁く。


「トーロスさん」


「うん?」


「大丈夫ですよ。胸当てしてたら、皆均等ですから気にしなくても」


 言った瞬間トーロスさんは硬直し、パクパクと口を数度動かした後。


「グハアアアアアァァァァ!!!」


 吐血した。そしてそのまま倒れこむ……かと思われたが、すんでのところでなんとか堪えた。丸石で舗装された地面は、バキンと大きな音を立てて、特に力が込められたであろう右足を中心に、ヒビが入っていた。


「どうしてそんなことを言ってしまうの」


 誰に聞かせようということではないのだろう。とても小さな声だ。しかし先程、興味を持ってこの場に集まってしまった者には、否応無く全員聞き届けてしまったことだろう。それぐらいこの言葉には威厳と迫力があった。

 そして「ふぅー」と息を深く吐き出すと、何事もなかったように立ち上がり、こちらへ歩いてきた。わたしの肩に手を乗せると。


「いい、セアちゃん……。言っちゃいけないことって、いっぱいあるのよ。勉強しましょうね?」


 青筋を立てて微笑しながら、トーロスさんはそう言った。


「はい……」


 その顔があまりに恐ろしかったので、抵抗を一つもせず頷いた。ふざけすぎた。わたしはそういう所がある。反省してます。

 シグリアやその他剣兵の皆さんも、その光景を見守ることしかできないようだった。そしてトーロスさんが周りに視線を配ると、皆一斉に目を逸らした。


ーーこれがヒエラルキーか。


 勝てない……。本気になったトーロスさんには、この班の人間じゃ誰も勝てない。身体を震わせながら、そんなことを考える。

 誰も動けない。誰も何も言えない。そんな中、一人の褐色肌の女性が、トーロスさんの背後まで音もなく近寄った。そして。


 そしてどうやったのか、素早い動作でトーロスさんの胸当てのさらに奥、服の中に手を突っ込んだ。


「……えっ!?」


 突然の出来事に、驚いて判断も反応も遅れたらしい。トーロスさんはもがいて抜け出そうとするが、遅れがあったらしく、服の下から何かを抜き取られてしまった。


 褐色肌の女性は、その収穫物をしげしげ眺めると、「ふっ」と鼻で笑った。そして手記に何か書き込むと、トーロスさんに見せつけた。


““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““

辛かったな……トーロス。すまないお前の苦しみに気づいてやれなくて。だがなぁ、こんなものは必要なかったんだよ。

””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””


 そう言いながら、トーロスさんから奪い取った物に触れる。それはどこかフニフニとしていて、なんだか柔らかそう。それに触ると糸引いて、粘着性もありそうだった。恐らくは服の下に仕込んでいたのだろう。胸当てをするから、誰もそんなとこ気にしないというのに、なんという悲しい工夫と努力だろうか。


「な、な、な」


 晒さなくてもいいものを晒されて、トーロスさんはわなわなと声を震わせる。誰もが彼女に畏怖し、すくむ中、こんなことができるのはただ一人しかいない。

 そうあの金髪褐色筆談系無口女は。


「悲しいなぁぁ! トーロスゥゥウ!!」


「うわぁあああ!!」


 そうド外道ーアスハさんーだ。

 トーロスさんは今度は踏みとどまることなく、膝から崩れ落ち、四つん這いになった。


「あ、あ、ああ」


「アッハッハッハ!!」


 どこまでも綺麗で美しい高笑いが辺りに響く。東門を通る誰もが、思わずこちらを見た。アスハさんはどこまでも幸せそうな顔をしていた。

 こうなる原因を作ったのはわたしだが、流石に見ていられなくなり、姿勢を低くし、なるべく目立たないようにその場からすみやかに離れた。

 そしてわたしと同じような行動をとる人が一人いた。それは。


「あっ、セアちゃん……」


「あっ、どもシグリア」


 そのままわたし達は一緒になって、その場をもうちょっと離れた。


 それなりに遠くの場所に来たところで、お互い無表情で、彼女達がいる場所を見つめた。


「尊い犠牲だったんだ……。きっと」


「です……かねぇ」


 思わず敬語でシグリアの言葉に反応した。


※後にこの時のことが下着ーブラーの基礎構想のきっかけとなるのだが、それはまた別の話。


✳︎


「バイバーイ! セアちー!!」


「じゃあねーミーちゃ〜ん!!」


 わたし達はお互いの身体を抱き合った。そしてそれをラーニキリスさんは、トーロスさんのー精神的なー治療の片手間見つめていた。


「ミリア。それぐらいにしておけ。私達はもう出なくてはならない。連絡は銀糸鳥(ぎんしちょう)を使って行えばいいだろう」


 ラーニキリスさんの言葉を聞き、シュンとなるミーちゃん。そしてわたし達は顔を見合わせる。


「また、また、また!! 絶対会おうね!」


「うん! ミーちゃん、また会お!」


 その言葉を皮切りに、ラーニキリスさん達は門の外へと顔を向けた。もう引き止めることは叶わず、どうしようもないみたいだ。

 これまで全くと言っていいほど、出番のなかったユークリウスさんが馬上で号令をかける。


「総員。次の目的地はユコートの街だ。着き次第、情報を集め、今度こそ殺人鬼を捕らえるぞ……いいか」


 全部で二十一人のユークリウス班の面々は、お互いの顔を見合わせると、一斉に掛け声をあげた。


「おおおおおーーーー!!!!!」


 先程まで馬鹿騒ぎをしていた人達とは思えない程、気迫のある叫び。そしてとうとう彼等は歩みを進めてしまった。ダングリオの街から出て、次の目的地へと進んで行く。

 わたしはそれをどうするでもなく、見守っていた。心の中で何度もばいばいと呟きながら。


 四匹の馬が雄々しく前に進む。馬上にはユークリウスさんとアスハさん。それにラーニキリスさんと……。


 馬に乗った水色の髪のポニーテールの女性は、やけにぐったりとしていた。しかしそれでもなんとか姿勢を正し、部下の手本となるよう努めているようだった。そんな彼女が振り返った。いつかの宿屋の時のように、鮮やかな笑みを浮かべて、にっこりと。

 あの時と違うのは、その笑顔に卑屈さがないところ。相変わらず疲れている様子だが、あれはきっと悪くはない疲れなのだろう。


 そんなことを思うのは……アスハさんにいじーめーられている時のトーロスさんは、どこか安心しているように見えるから。わたしには分からない事情がいっぱいあるのだろう。

 けれど、それでもこの時ばかりは、わたしに対してだけの笑顔を、彼女は向けてくれた。その事実が嬉しい。

 トーロスさんは口を『ま・た・ね』と動かすと、凛としてまた前を向いた。


「なんだか……ここ数日でほんっと仲良くなってたみたいだな」


 不意に隣から飄々とした声がかかった。それには軽さがあるし、人ごとのようだし、色々文句は言いたかったが、それでもアルトさんの言葉に嫌悪はなかった。祝福はしてくれているのだろう。


 「記憶か……あるいはなくても……」アルトさんは言いかけるが、途中でかぶりを振った。


「いいや。見つけるぞ。お互いの故郷を」


 自分の言葉を否定して、アルトさんもまた、東門を通り抜ける。


「あいつらは北東に向かったな。だが悪いが俺たちは北だ。あいつらにはあいつらの、俺達には俺達の物語がある。別れは……惜しいんだろうが。仕方ない」


 「そら」とアルトさんはたくましい手を伸ばす。朝の日は、彼の橙の髪を鮮やかに染め上げる。あまりの朝日の眩しさに、北東の方を手で遮る。


ーーだからもうそちらは何も見えない。


 代わりに北の方に目をやれば、赤い瞳がついてこいと囁いてくる。だから私は。


「はい、今行きます。アルトさん!」


 笑顔で駆け出した。


第39話 終了 

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