銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第43話 vsアルゴザリード②

公開日時: 2020年10月17日(土) 18:30
更新日時: 2021年8月20日(金) 00:43
文字数:5,070



銀の歌



第43話



「さて、セア。ちょうどいい。これからお前には、俺の戦い方って【ヤツ】を見せてやる。……ふっ。なに、本当はこんなのやるつもりなかったんだが。お前といると、戦いには飽きなさそうだからな。俺のできることを教えておこう」


 やれやれと手を広げたかと思うと、首に手を当てコキコキ鳴らすアルトさん。ふふんと鼻息まで鳴らして、非常に得意気だ。その姿は何か悲しくて、直視できない。彼の後ろ姿を無感情に眺めた。


「アルトさん……なかったことにはなりませんよ」


 出荷される豚を見送るような目で言った。アルトさんはこちらに振り返りはしなかったが、絶対に顔を真っ赤にしていると思う。彼の左腕がぷらぷらと揺れる。


✳︎


「さぁ、いくとしよう。舞踏会だ」


 十中八九ヤケクソだろうアルトさんの言葉を聞き流し、素早い彼の動作をなんとか目で追う。彼は三本の細長い瓶を、上着の内ポケットから取り出していた。


「この中に入ってるやつが何かわかるか……セア?」


 細長い瓶を揺らす。すると中でちゃぽんと銀色の液体が波打った。


「ギン……いろ?」


「……ああ。その通り。この瓶の中に入っているのは『ギン素』。万物を想像し、また万物全てに宿るものだ。

 まぁこれはまだ何の指向性も持たない、ただの液体だがな」


 アルゴザリードの方を油断なく見据えながらも、解説をしてくれる。命をかけた戦いを、自分の技の解説に利用しようというのだから、なんとも豪胆だ。アルトさんもらしくもあるけど……。それはでもやっぱり、なんだかあの子が不憫で。

 整理できない色んな迷いがある。けれど、それに折り合いをつける暇もなく、アルトさんの言葉は続いていく。


「記憶がないない言ってたお前だが、ある程度はこの世界の仕組みについて、理解出来てきただろう?」


 そう言われ、アルトさんの作り出したあのけったいな目覚ましや、聖騎士団の方々に教えてもらった、銀糸鳥(ぎんしちょう)のことを思い出す。


「ギン素……この世界の全て……」


 何かに取り憑かれたのか、口は勝手に動いた。


「ああ。これはある花のギン素を抽出して、それを小瓶の中に保管したものなんだが」


 そこまで言うと、アルゴザリードは再びこちらへと向かって距離を詰めてきた。だが今度は、アルトさんが鋭い眼光で警戒をしているため、そう簡単には近寄ってこない。


「このギン素。今はまだ何者でもない。だがしかし……誰かがこいつに指向性を与えてやることができたのなら、こいつは何にでもなれるだろう」


 アルゴザリードは慎重に間合いを測り、詰め寄ってくる。しかしまだ互いの攻撃が当たる距離ではない。長い尻尾を持つアルゴザリードでさえ何もできないのだ。仮に武器を持っていたとしても人間の間合いの範囲じゃない。だがアルトさんは、アルゴザリードのその慎重な動きを見てニヤリと笑った。


 蓋を取り外し瓶を振りかぶる。


 その動作を見たアルゴザリードは警戒からか、後ろに引き下がり距離を取った。未知に対する警戒、野生の中で生きる獣は、当然のように警戒心が高い。アルゴザリードはとても偉かった。決して攻撃の届く範囲ではないだろう。

 なのにアルトさんは、有利な位置を取ったと、笑みを深めた。


「ギン素を提示したならば、その後はただひとこと言ってやれ」


 バシャッと瓶の中に入った銀色の液体を空中に撒く。


「指向性は『炎』とな!」


 辺りを漂うだけだったギン素は、空中で姿を変え、赤く煌々と燃え盛る火球へと、その姿を変貌させる。そして火球は、アルゴザリードの方へとめがけて飛んでいった。

 アルゴザリードが驚いたように目を丸くする。なんでトカゲの表情が分かるのかは分からないが、ともかくそんな感じだ。火球はゴォォオオ! とアルゴザリードの身体にぶつかり、激しい火花を散らすと、辺りへ霧散した。


 火球をその身に受けてしまった、アルゴザリードの皮膚は焼けただれ、赤く染まり炎症を起こしている。


「ギン素は特別な誰かだけが使えるものじゃない。この世界に住むものだったら誰でも使える。主婦から兵士、子ども、何らかの方法で指向性を与えてやれるなら、それこそ目の前の【あいつ】だって使える。

 ギン素とは万物なり。空気にもギン素が含まれ、大地にも、マヒトにも動物マヘトにも含まれている。指向性を与えるだけで何にでもなってくれる。それがギン素だ。……抽出しないまま使おうとすると、抽出対象が元々持っていた属性……個性でしか使えないんだが」


 言いながらアルトさんは走り出し、また新たな瓶を懐から三本取り出す。


 アルゴザリードはしばらく痛みに悶絶し、じっと耐え忍んでいたが、アルトさんが駆け寄ってくるのを理解すると、叫び声を上げた。近寄られるのを恐れているのか、乱雑に尻尾を振り回している。


 狙いを定めていない攻撃では、アルトさんに当たることはないようで。軽やかな身のこなしで避け続けている。時折、太い尻尾の上に飛び乗り、曲芸を披露している。

 そうしてアルゴザリードを翻弄し続け、疲弊し反応できない所を狙って、アルトさんは再び瓶を投げた。


「ギン素提示! 指向性は氷!!」


 アルトさんが言うと、銀色の液体は空中で姿を変え、鋭い氷のヤイバとなる。それはアルゴザリードの肉体へと突き刺さって、血を流れさせる。


 アルゴザリードはそれを嫌がって、位置を変えるために、また数歩引き下がった。何歩か下がると立ち止まり、低いうなり声を上げる。まだ闘争心がむき出しだ。どこまでも引き下がってくれはしない。


「そうか……まだやるか。ならば」


 アルトさんは地面を踏み鳴らす。すると彼を中心として、赤い光を放つ紋様が地面に浮かび上がる。


「セア。ギン素を使っての戦闘は今見せた通りだ。俺は奇襲とか、とっさの反撃とかに使う。だが、こうして互いに距離が開いたなら、相手を攻撃するために使うのはこっちだ」


 精神を集中させているのだろうか。一度目を瞑る。そして少しの間を置いた後にカッと見開いた。


「紋章魔法陣解放」


 アルトさんが叫ぶと、光が一気に強まり一部に収束する。気づくと彼の周りには、多くの炎がいつのまにか現れ、アルゴザリードめがけて、次々と打ち出されていった。

 小さな火球の数々が、アルゴザリードへと当たっていく。激しい熱さと身体が焼かれていく痛みからだろう。アルゴザリードはうめき声をあげた。


 なんだか見ていてちょっと可哀想だ。しかしアルトさんは「まだだ」と呟くと、空中に何か赤く光り輝く文字を書き始めた。


「この世界にはギン素とは別に、魔法と呼ばれるものが存在する。何回かお前に見せてきたとは思うが、今俺が使っているのは、普段のとはまた別種の魔法」


 手早く文字を書き終わると、アルトさんはその文字達に何か思いを込めるように目を瞑る。


「この魔法の名前は暦魔法。特定の決まった手順を行えば、魔法に適正のある者なら使える。特定の決まった手順とは……この通り」


 アルトさんは一切口を動かさず、先程と同じように、無数の火の玉を創り出す。

 そしてそれらは先程と同じようにアルゴザリードめがけて降り注ぐ。それを受けると大きな音を立ててあの子は地面に倒れた。


「決まった手順とは、使いたい魔法に適するだけの魔力量を三つある内のどれか一つの魔法式を使い消費すること。一つが紋章もんしょう魔法。あらかじめ紋章を刻み、魔力を流しこんでおくことで成立する。実際に発動する際には、魔法陣解放と唱える必要がある」


 アルゴザリードがぐぐとなんとか立ち上がり、こちらへ向かって歩いてくる。「はぁはぁ」と喘ぎながら、どこか水分を欲しているようだ。全身火傷をしており、見るに耐えない様だ。しかしそれでもアルトさんは攻撃の手を緩めない。


「二つ目が字象じしょう魔法。これは使いたい魔法の術式……。文字を空間に書くことで成立する魔法だ。さっきの二月魔法、火炎だったら、『炎熱。出でて敵を焼き尽くせ』とかな。この魔法を行う際は何か喋る必要はない。そして最後……!」


 アルトさんが何かブツブツと言い始める。あれが恐らく呪文と呼ばれるものだろう。意味を繋ぎ、何か空間に赤く光るものを呼び出そうとしている。


『炎熱。出でて敵を焼き尽くせ。2月魔法、火炎フレイム


 無数の炎の弾丸が、アルゴザリードの鱗を焼き尽くすべく放たれる。だがその様は一方的で、麻痺して動けないから、顔をそらすことも出来ない。……心苦しい。


「これが詠唱えいしょう魔法。そして……」


 アルトさんがまだ何かやろうとするので、流石に看過できなくて、声を荒げて言う。


「も、もうやめて下さい! アルトさん!!」


 アルトさんが驚いたようにこちらに顔を向けた。注意がこちらに向いている今が好機だと、矢継ぎ早に言う。


「アルゴザリードは、もう立っているのもやっとです! これ以上……なんていうか……。なんていうか……! その、いじめ? みたいなものをやめて下さい。見ていてとっても苦しいです……から」


 訴える。するとアルトさんは、少し悲しそうに「そう……だな」と呟いた。

 アルトさんは今にも倒れそうなアルゴザリードを見る。すると彼は再び、地面をふみ鳴らした。彼を中心に魔法陣が展開する。今教えてもらったばかりだ。流石に見紛うはずもない。紋章魔法を使う気だ。


「や、やめて下さい! っていうのが分からないんですか!? もうあの子は立っているのがやっとで! ほっといても、多分……多分! 死んでしまうと思います。これ以上は! これ以上は!」


 情けをかけてください。しかしそんな感情はアルトさんに届かないようで、彼は悲しげにするだけだった。


「そうだな。もう何かする必要はないだろう。でもな、もう一つだけ知っておいて欲しいことがある。俺の一番の武器。切り札を」


 アルトさんは言うと「クリエイト」と一言小さく呟いた。


「暦魔法を発動する時は、一度に複数の魔法式の行使は出来ない。どれか一つだけだ。しかし俺の固有の魔法は、一度に複数の魔法を使うことを可能とした。条件は『クリエイト』と言うこと。それから自分だけの詠唱文を文字や言葉で紡ぐこと」


 地面に描かれた紋章から出る赤い光に照らされながら、アルトさんは空中に何か文字を書き始める。

しかしその文字は、先程アルトさんが書いたものとは少し違う。こんな風なことを意味する文字が書かれてある。


『この者の通り道には焼け野原が広がるのみ』


 その文字をわたしはどこかで見たことがある。何か嫌な予感がする。文字を書き終わるとアルトさんは何か呪文のような言葉を言い始めた。


「其れ、凶悪なる13の悪魔の王を打ち破りしもの。其れ、幾多の困難を突破せし、全てを焼きつくもの」


 アルトさんを中心として、赤い光がまばゆいほどの輝き始める。そしてそこまでいってようやく気がついた。この魔法は……この魔法は……。


「其れ、多くの仲間と共に国を救い、果ては世界をも守った! 灼熱の英雄」


 殺人鬼を焼いたやつ。


 怯えから、全身を竦ませると、アルトさんはわたしの方に一度だけ振り向き、いたたまれないような表情を浮かべた。しかしアルゴザリードの方へと目を向け、赤い光を右腕に集約させるとついにそれを放った。


「アルフレッド・リヒター……!」


 今までのものとは比べものにならないくらいの巨大な業火。辺りの空気を巻き込んで侵食し、勢いを強め、アルゴザリードの元へと向かっていく。そして、激しい地鳴りを響かせて着弾した。まるで天から放たれる神の雷だ。全てを灰燼へと帰す、無情なるもの。


 アルゴザリードは跡形もなく吹き飛んでしまった。辺りに残ったのはパチパチと揺らめく炎だけ。ほのかに顔に当たる火花が熱い。平和な草っ原をこの灼熱地獄へと変えた人物は申し訳なさそうに笑いながら、「これが俺の全部」と呟いた。

 その後誰に聞かせるでもなく、独り言のようにアルトさんは喋り続ける。わずかな焦燥や後悔の念を入り混じらせながら。


「それにしても、どうしてあのアルゴザリードはここへ……。ああ。幼体の屍肉の匂いでも嗅ぎつけたか。臓器はもうちょっと深く埋めるべきだったか」


 懺悔するように、空を見上げるアルトさんは、何か一種の絵画のようだった。そんな場違いなことを考えながら、燃え盛る炎と、黒コゲになった消し炭を眺めていた。

 こういった考えで脳内を満たすのはきっと、一種の防衛反応なのだろう。


 それから視線は、アルトさんの身体の、ある一部分へと注がれる。ダラリと垂れたそれを見ながら思う。麻痺毒で動けない身体は、徐々に解けつつあって、介抱へと近づいていた。そんな自分の様子と彼の腕を見比べる。


「ギプス……必要ですね」


 アルトさんは、なんとも言えない表情で「うん」と頷いた。



第43話 終了

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