銀の歌
第4話
目の前には、木でできた鳥居のようなものがある。山道とは違い、あまり草がボウボウと生えていない。辺りの草を誰かがよく踏んでいるからだろう。生えるがままというわけではなさそうだ。
けれどそんな外の情報に関心を向けるよりも先に、ついつい叫んでいた。
「ハァ、ハァ、疲れた……! けど……ようやく! 着いたーーーー!!!!」
わたしは村の玄関の思しき場所までたどり着くと、そんな第一声をあげていた。
後ろからアルトさんが、パキパキと落ちている小枝を踏みしめながら、馬を引き連れて歩いてくる。
「お疲れ様。あれから計六度も休憩をとったから、もう大分日が落ちてるけど、それでもよく歩いてくれた。頑張ったな!」
振り返るとアルトさんは満面の笑みを浮かべていた。きっと包帯が巻かれた痛ましい身体を押して、歩いてきたわたしの努力に感激してのことだろう。
「はい! わたし頑張りました!」
だから元気に言ったのだが、アルトさんは途端に呆れた顔になると小声で、「ぉ前には、皮肉も通じないのか……」なんて呟いていた。けれど気にしないようにした。
「それでアルトさん? ここからはどうするんですか?」
アルトさんは村の方を見ながら少し考える素振りを見せた後に。
「そう……だな。取り敢えず馬を馬小屋に預けた後、宿屋まで案内するから俺に着いてきてくれ。後は……お前の事を誰か知らないか、ここの人達に聞いてみるってくらいか。さぁ行くぞ」
アルトさんはマントを翻し、わたしを置き去りにして鳥居をくぐり抜けた。馬のパッカパッカという音が、今までのようなデコボコとした山道ではなくなったからだろう。平坦な道にはよく響く。
「ああ、はい! 待って下さいアルトさん!」
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村の中は脳内でこんなだろうかな〜と想像していたものと、ほぼほぼ合致していた。
畜産の動物がいたり、共同で使われているだろう井戸があったりと、のんびりとした、穏やかな生活感が垣間見えるようである。
家も最低限レンガなどは使われているようではあるが、それと同じくらいの分量で木も使われている。文明の基準をよく知らないが、なんとなく質素な気がした。
わたし達はそんな穏やかながらも、風情のある村中の通りを歩いて行く。ただ一つ気になるのは。
「人が、いませんね……」
素直な疑問をアルトさんに伝える。ここには人が全くいないのだろうか?けれどすぐに考え直して、湧き出た疑問を自分で振り払う。
なぜなら、もしそうだとしたら、こんなにもたくさん民家があるのはおかしいし、さっきも考えた通り、この村からは人の暮らしぶりが見えたからだ。
アルトさんも同じ事を気にしていたようで。
「ああ。ここまで人が少ないのは珍しいな。いつもならこの時間帯は、子供達が騒いでいたり、買い物を済ませた母親達が、荷物を持ってうろついてる一番賑やかな時間帯だからな……。これじゃあ当然、馬小屋にも人はいないだろうなぁ」
アルトさんにとっても予想外の事態なのだろう。辺りをキョロキョロと見渡し状況把握に努めていた。そのためどこか上の空で説明口調だ。だがここで不意に、どこか遠くの方から人の話す声が聞こえてきた。
「ん……? 何か遠くの方で人の声が聞こえるな。ああ、そうか! 大広場に集まっているのかもしれない」
アルトさんの顔に明かりが灯る。
「大広場?」
「ああ、お前は知らないだろうな。こう言った村々では、村民が集まる集会所ってものがどこにも必ずあるもんなんだよ。ここの村はこの道をもうちょっと進んで、右に曲がったところに、大きくて何もない広場があってな」
そういう地域的なのもあるのか……。孤独に飯を食べている人のようにアルトさんの言葉に頷く。
行き先は決まったと、声のする方へ歩き出した。近づいて行くにつれて、段々と声もそれに比例して大きくなる。だが、その言葉はまだはっきりと聞き取れるほどではない。しかしここでアルトさんは顔を強張らせた。
「さっきの話に補足するとだな……。大広場に集まる時には、よっぽどな用事がないと集まらないんだ。今この村はもしかしたら、少々厄介ごとに巻き込まれているのかもしれない」
なんて事を言う。だから冷や汗をかいてしまう。それでも、情報収集の為とわたし達は広場を目指す。そしていよいよ角を曲がるだけとなったのだが、アルトさんは立ち止まると、馬の手綱をその辺の柵にかけ始めた。
「何をしてるんですか?」
わたしが聞くと。
「いや、何……馬を引き連れて集会に乗り込むのは礼儀にかけるからな。それにいざって時はすぐに逃げれるようにしないといけないしな」
言いながら、馬に見せるようにして手際よく柵に手綱を縛ってゆく。
「さぁかけ終わった。まぁそんなに緊張する必要もない。万が一を想定して言ってるだけだからな。大方、前に起きた地震で、『岩盤にヒビが入ってるから危ない』みたいなところだろ。これは念のためだ。念のため。さあ、行くぞ」
そう言ってますますわたしを不安にさせながら、アルトさんは角を曲がっていった。後に続いて恐る恐る角を曲がり込んで行く。
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わたしはそれから実感することになる、アルトさんの不安が当たってしまったことに。
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大広場はアルトさんが言っていたように、本当に何もない真っさらな平地が続いているだけだった。雑草がある程度生えているだけという無防備さだ。その広場の中心部分に、ざわざわと喋りながら人が集まっているのが遠くからでも伺える。
取り敢えず人がいたということは、わたしに安心感を与えてくれる。なんだかんだで、まだアルトさん以外には合っていなかったからだ。
そのアルトさんはと言うと、頬に汗を垂らし真剣な面持ちで、ある一点に焦点を当てている。
いったい何を見ているのだろうか?
アルトさんの視線を追って見てみると、村人から少し離れた位置に、他の村人とは異なった一団を発見できた。ここからではよく見えないが、全部で十五〜二十人といったところだろう。
彼らは皆同じ紋様の前掛けをして、その下に鎧を着込んでいるみたいだ。そんな彼らは村人の前に立ち、何かを話しているようである。
彼らは一体何者だろう?と考えていると、隣から独り言のような言葉が聞こえてきた。
「あいつらはまさか!? 王国聖騎士団コスタリカ……か?」
「なんです? そのポスタリカって?」
アルトさんは聞き間違いを呆れた。
「ポスタリカじゃない……コスタリカだ」
「彼らは世界中の国々に拠点を持ち、主に異業種という危険な種族を狩る事を専門としている剣士達だ。それから人々を凶悪な動物(マヘト)から守ったり、天変地異に対応したりもする……言わば世界の調停者だ……」
アルトさんはそんな内容を深刻な面持ちで語る。だからわたしは、「はっ?」とついつい漏らしてしまった。
「なんだ?その『はっ?』てのは?」
「いやだって。アルトさんがそんな顔つきで真剣に語るから、なんかやばい組織なのかと思ったんですよ……。て言うか普通、今の流れだったらそういう風に思うじゃないですか!?でも、なんです……話を聞く限りだと、ものすごくいい人達じゃないですか!」
「いやまぁそりゃそうなんだけど……。でもよ、考えてみろ。彼らがいるってことは何かしら厄介ごとがこの村にあったとも考えることができるだろ」
それを聞き腑に落ちて。
「ああ、そっか。それはそうかもしれませんね。なんだ……やるじゃないですかアルトさん!」
わたしはアルトさんの顔を見ないで、王国聖騎士団コスタリカの方を眺めながら言う。
「おいてめぇ……。敬語さえ使っときゃなんでも許されるって訳じゃねーんだぞ」
アルトさんは一拍おくと、心持ち強い口調で言い出した。
「まぁ、とにかく! 面倒ごとには巻き込まれないようにはしたい。しかし話を聞かなきゃ情報が手に入らないのも確かだ。取り敢えずは彼らの話を聞くために近づこうか」
「それはそうかもですね」
わたし達は村人達の方へ近寄って行く。
第4話終了
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