銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第77話 死体は何故動いている? 【結論という名の非現実】

公開日時: 2020年11月27日(金) 18:30
文字数:4,360


銀の歌



第77話


「ダングリオの街から出た後、俺とセアは獣人の里へ立ち寄った。そしてそこで得た情報を基にして、古びた遺跡へと向かったんだ」


「古い遺跡たぁ、いい趣味してんなぁ!」


「案内人も付けてもらっていたから、遺跡には簡単にたどり着けた。しかし内部へ入ることは容易じゃなかった。ヴァギスっていう化け物が、その遺跡近くの洞窟を住処にしていたんだ」


 これまで起きた出来事を、要点を掻い摘んで説明する。簡単に反応を返すだけの彼らだったが、ヴァギスという単語を聞いた瞬間、何人かの教養深い聖騎士団の人達は刮目した。


「ヴァギス……? ヴァギスって言ったら、もう既に絶滅した種じゃない。そうか……だからなの?」


 中でもトーロスは、一番心配性なのかもしれない。誰よりも強い反応を示した。


「ああ、その時は俺が知らないだけで、生き残りがいたんだろうと折り合いをつけたが。今思えばやはり、アレがこの時代にいるのはおかしかった」


 トーロスの内心のざわつきを肯定するように、アルトは頷いて返した。彼は顎に手を当てると少しの間考察し、周囲の理解度を確認しながら、さらに話を進めた。


「……アレが死体だと思った理由には大きく分けて二つある。一つ目は今話したように時代が違うこと。そして二つ目。俺達が出会ったヴァギスには、熱源探知器官がなかった」


 熱源探知器官と言われてピンと来たのは、やはりごく数人。ただ、セアもその言葉には何か引っかかりがあるようで。


「熱源探知器官……? あの時もそんなこと言ってましたね。それってそんなに大事なものなんですか?」


 どうして気になったか少し悩んだ後、自然とセアは思い出した。生死をかけたやりとりだったからだろうか。思い出した言葉は鮮明で、あの時のやりとりを、しっかり脳裏に思い描けていた。

 しかしその時だって、アルトから説明はなかったので、思い出すことは出来ても、その重要性は分からなかった。


 セアの状況を察したアルトは、説明するために口を開こうとしたが、その前にユークリウスが疑問に答えた。


「ふむ……かなり大事なものだな。特にアルゴザリード種にとっては……。あの機能がなければ、獲物を取ることがかなり難しくなる。実際にヴァギスが、お前達を見失う場面がなかったか?」


「それは、確かにありました。ですが、だからなんだって言うんです? 熱源探知器官がなかったらどうして、あの子が死体ってことに……?」


「セアちゃん。当たり前の話だけど、獲物を取れないっていうことは、何も食べられないっていうことなの。

 獲物を発見するための器官。熱を感じる器官は、彼らにとって、それこそ生命線とでも言うべきものよ。それが無くなる時なんて、死んだ後くらいだと思うし。

 生前にその機能を何かの事故で失ったとしたなら、そう遠くない内に何も食べれず死ぬはずよ。長年生きながらえてきたとは、とても思えないわ」


「でもだからって……」


 立て続けに説明を受け、熱を探知するその器官が、いかに大切かは理解できたものの、頭の中で咀嚼するのにはまだまだ時間がかかる。

 だがこんな時の対処法をアルトはよく知っている。長い旅の中で、こういう時のセアを納得させたりするには、どうすればいいのかを、彼はしっかり確立させていた。


「理由ならまだある。お前も見たと思うが、アレの身体はやたらボロ付いてた。牙も片方折れてたし、あいつ……皮膚がもろかっただろ?」


 アルトは情報の物量戦に出る。一つを徹底的に掘り下げるよりも、多くの情報を渡してあげる方が、セアにとっては有効に働く。

 そして実際にセアは、アルトに言われるごとに、あの時の事を思い出し、勝手に納得していった。


「あれは腐敗による劣化だと思う。

 確かにお前が、何か引っかかるのはよく分かる。言いがかりに近いもんな。でも問題に連なる手がかりが、二つや三つもあるなら、流石に怪しい」


「なるほど……。まぁ、分かりましたけど。じゃあ一つ目の説はどうやって否定したんです?」


 セアだけでなく、他の者達ードルバなどーが頷いた様子を見て、一先ず理解してもらえたことを理解して、アルトは内心で顔を緩ませる。

 けれど一つ解決したら、次の疑問が湧いてくるのが人間というものなのか、セアの根本的な疑問に、またも襲われてしまった。

 答えて説明するのは、問題を提唱した側にとっての当然の義務ではある。けれどこうも疑問が続くと、少し辟易とする。アルトは眉間にしわを寄せると、指でそれを押し広げた。


「うーーん。殺人鬼の顔があまりにも綺麗だったからだ。衣服はどうあれ、額がろくにひび割れていないあいつじゃあ、見間違えるには少し難しいだろう」


「でもアルトさん。他の人でもどうたらって」


 自分の言った言葉が、自分を苦しめている。

 アルトはセアの言葉に「確かに」と前置きした後、セアの疑問に答える。だがそれは明確な答えではなく、むしろ諦めに近いものだった。


「その辺りに関しては、潰せていない。だからそっちの可能性もあるが、一度気になり始めたら、なかなか止まらないんだ。

 正直……【死体が本当に動いている】なんて意見は、自分で言ってても頭がおかしいと思う。それぐらい突飛な発想だからだ」


 苦しそうに語るアルトは、セア等の疑問に、一人では答えることが厳しかった。この中で彼は頭が回る方ではあるし、事実に気付くまでの情報量も、一人ずば抜けてはいる。けれど答えられないことだってあるし、本来であれば、こんな不確かなことを言う彼ではない。

 では何故こんなことを言うか。それはセアとの旅の中で、凝り固まった視点だけじゃ足りないことを、学んでのことだった。


「でも、それで前回は失敗した。思考をもっと柔軟にした方が良かったのかもしれない。だから一様俺は……【死体が本当に動いている】可能性も視野に入れておきたいんだ」


 アルトの脳内は今、様々な失敗が広い範囲を占めていた。


「んじゃあ結局、なんで死体は動いてんだ? その理由はなんだ?」


「それは……」


「アルトさん」


 誰もがアルトの説明に難色を示す中、セアだけは彼の気持ちをなんとなく理解して。それだけにどうしていいか分からなくなった。


「ふむ……実際貴様の言葉全てを信じるのは難しい」


 アルトとセアの中では、なんとなく事実になりそうな【死体が本当に動いている】説は、当然周りの者達はまだ納得できていない部分があり、特に頭の固いユークリウスは、彼らを代表してそんなことを言った。


 アルトは仕方ないと目をつむり、「すまん」と小さく漏らした。セアは顔をムッとしかめたが、ユークリウスのことをよく見てみれば、発言とは裏腹に、何か得心しているようだった。

 表情があまり変わらないので分かりにくいが、そこには確かな理解の色があった。一体何故だと二人が見つめると、ユークリウスは重々しく口を開いた。


「だが……こうなってしまっては……貴様の言葉。どうやら信じない訳にはいかないらしいからな」


「えっ……?」


 ユークリウスの言葉に、アルトとセアだけでなく、聖騎士団の面々も驚き彼を見た。唯一アスハだけは、迷いなく剣に手をかけてはいる。しかしユークリウスの言葉が、一体何を指し示してのものだったのか、それは誰にも理解できなかった。


ーーけれど次の瞬間。

 ユークリウスの背後の地面が、ぼこぼこと音を立ててひび割れた。そしてそこから、腐敗臭を漂わせた虚ろな人物が這い上がって来た。鈍く動いているというのに、突然現れたそれに対して、誰も動けなかった。

 アルトの言葉を聞いて、なんとなくは理解し、その可能性も頭の中にはあった。だが言葉で言われるのと、実際に目にするのでは訳が違った。


 目の前の光景の非現実さと、アルトの説明が完全ではなかったのも相まって、戦うことを専業としている聖騎士団でさえ、固まってしまった。

 しかし誰よりも応用力がないと思われるユークリウスだけが、真っ先にその非現実に対して対応した。彼は振り返ると、その虚ろな人物を一瞬にして斬りはらい、胴を真っ二つにして、そのまま剣風で上半身を吹き飛ばした。


「死体が動いている……そういう認識でいいのか?」


 腐肉や濁った血の付いた剣を血ぶりして、臨戦態勢をとる。背を向ける彼からは、確かな信頼感を感じることができ、英雄としての風格があるように見えた。



✳︎



「とまぁそんな訳だ。あっちも突然の事態に驚いて、対処が難しそうではあったが……。ユークリウスが居れば、ひとまずなんとかなりそうだったから、セアの事はあいつらに任せて、お前を探しに来たんだ」


 と、そんな感じで、アルトは口早に要点だけを説明してくれた。僕は大体の事情を理解して、彼の腕の中で、うんと頷いた。


「死体が動いていることには自信があったが、何故動いているかは、最後まで理解できなかった。

 だがお前を探しに来たらどうだ? 大当たりだ。この非現実を引き起こした犯人が目の前にいる」


 そう言って語るアルトは、悪人のような残虐な笑みを浮かべていた。


「……殺すの?」


「……たりめぇだ。ユークリウスを背後から襲おうとしたあの死体からは、殺意を感じ取った。それにお前は知らないだろうけど、ヴァギスっていうトカゲ野郎に、俺とセアは散々苦しめられたんだ。んであいつは恐らくあまり強くない。とくれば……なぁ? これは正当防衛だ」


 ステップを踏んで、死体の攻撃を避けるアルトは、慎重に間合いを測っているようだった。どこかの段階で攻め込もとしているのは間違いなかった。


「殺さずにすまない? あの子は僕と同い年くらいか、僕よりも幼いよ……」


 アルトは失望したと表情を無くす。もちろん死体から攻め込まれないように足は止めないものの、明らかに僕の発言に、辟易していた。


「……お前もそういう性格さ。ほんと……聖騎士団といい、良い奴らが多いな」


 皮肉がたっぷり含められた言葉は、「誰のために……」という思いが含まれている気がした。アルトが命を張っているのが分かるだけに、それ以上は何も言えず、顔を疼くめた。

 そして先程もそう言った苦悩を抱えて、結果こんな事態に陥ってしまった僕としては、本当にいたたまれなかった。


 人を殺すのはいけないことだと、当たり前のように倫理観が訴えている。


「ヘテルの想いも理解はできるが……悪いな。アレは……殺す」


 アルトは短く言い切ると、一気に距離を詰め、正面からマーガレットに肉薄した。


 それまで一切攻撃に転じる様子を見せなかっただけに、死体を操る少女は対応できないようで、どころか驚いて尻餅をついた。

 それを幸いと見下すように、アルトは彼女へ冷たい眼差しを送ると、彼女の小さな頭部に向けて踵落としを放った。

 風をきって落とされる途中に、何かシャキンと刃物が飛び出る音を聞いた。


 僕がその音の正体に気付くよりも先に、それは彼女の頭上へと振り落とされた。



第77話 終了

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