銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第62話 結末は決まっている

公開日時: 2020年11月10日(火) 18:30
文字数:5,245



銀の歌



第62話


「僕が知ってるのはこんなとこ」


「そうか」


 なぜ箱の中に入っていたのか、今までどんなことをしていたのか、そんな内容を中心とした話し合いは、あまり有意義ではなかった。

 曇り空のようなアルトさんの表情が、それを物語っている。


 ヘテル君の方も、話していて途中からは苦しそうだった。彼は自分の立場を、よく理解しているのだろう。自分が何の情報も持っていないのが露見するのを、恐れているようだった。

 それから苦しげな表情をしていた原因の一つとして、アルトさんが、不満を顔に出して、話を聞いていたこともあげられるだろう。きっと威圧感があったはずだ。


「……まぁいい。今日は疲れただろう、もう休め。何か思い出したら言ってくれ」


「……はい」


 ヘテル君は実にしおらしげに返事をした。そうするとアルトさんは意地の悪い笑みをした。


「……いいね。そういう【仕方のない利口さ】は好きだぜ」


 へらへらと柄悪く笑うアルトさんに、内心本気で腹を立てた。だからこそせめて、ヘテル君の心に寄り添おうとした。でもそれは彼に「いい。これは、そうだから」と断られてしまった。自分の無力感を感じる。けれど本人がいいと言うのであれば、どうしようもない。


 本心では納得できなかったけど、それ以上二人の話に、踏み込めなかった。

 ヘテル君は横になるなり、すぐに眠りについた。



「これからどうするんですか?」


「お前がそれを言うのか……」


 ヘテル君が寝静まった後、頃合いを見計らってアルトさんに尋ねた。

 悪態をついたアルトさんだったが、口元を手で覆い隠すと、少しの間を空けて言った。


「ひとまず今考えていることは、ヘテル……でいいんだよな? あいつを故郷の村まで送り届けようかと思ってるが」


ーー意外だった。瞳を大きく丸くした。


「彼の故郷の場所分かるんですか?」


「ああ、多分な。ただし気になることがあるから、行き先はそいつに告げるなよ」


 アルトさんは横になるヘテル君を指差した。

 個人的にはそれぐらいだったら構わないけれど。……でもそんなの、故郷に近付いたら、バレちゃうんじゃないだろうか。地形とかで。


「そりゃあまぁ、大丈夫? ですけど……」


 そこまで言って思い出した。


「あっ……いや、ごめんなさい。それはダメです、反対です! だってアルトさん言ってたじゃないですか! 自分の親にも見捨てられているかもって」


 そんな予想を伝えられていたことを、何ということだろう、すっかり失念していた。


「連れて行っても傷つけるだけですよ!!」


 自分の両手を握りしめ、アルトさんに力説する。

 するとアルトさんは「めんどくせえなぁ」と漏らして、人差し指を自分の唇に当てた。どうやら静かにしろということらしい。

 近くで寝ているあの子のことを思い、口では何も言い返さなかったが、眉をぐっと寄せた。


「ふぅ。裏付けがないから、今はまだ何も言えないが、それに関しちゃなんとかなると思ってる」


 アルトさんは問題ないよと、いつもの調子で肩をすくめて言った。


 その振る舞いが、またカンに触るものだったから、少し苛ついた。

 アルトさんは、そんなわたしを冷淡な瞳で見つめると、手早く銀糸鳥(ぎんしちょう)を作り出し、それの足に手紙をくくりつけた。


「飛べ」


「誰にですか?」


「草の者」


「うわっ、くっさ!」


 今日だけでアルトさんの格好つけた言動は、もう何度も見た。正直飽き飽きしてるし、今はちょっとぷんすかしてるから、やめてほしい所。


「草だけに?」


ーーやめないなアルトさん!

 反応が早いというのは、わたしの様な人間にしてみれば嬉しいことだが……。


 この人最近キャラ変わってきてない?

 心底嫌悪感をむき出しにした顔を向けると、アルトさんは顔を逸らした。



「ごほん。取り敢えずの目標としてはそいつの村に行く」


「はぁ」


「んでそこで進展がなさそうなら、しゃーないから港町まで行く。準備をする必要があるから、一度王都ルカナスタに寄る必要があるけどな」


「待って下さい。結論から言うのやめて下さい。なんで港町に行くんですか?」


 アルトさんの中では話が繋がっているのだろうが、見ての通りわたしは、彼の思考についていけていない。

 いい加減人に合わせて話をするという行為を覚えてほしいのだが。よっぽど一人の時間が多かったのだろう。独りに慣れすぎれている。


「ん? ああ。簡単な話だ。そのままこの大陸から離れるからだよ。船で」


「船で?」


「そう」


 アルトさんの突拍子も無い説明に、口をあんぐりと開く。彼はわたしのそんな挙動を、いつも通りだなと、ため息まじりに呆れているようだが、待ってほしい。

 やっぱりアルトさんの方がおかしいって。


「記憶がないから仕方ないかもしれないけど、異業種(ヘテル)と行動を共にするってことの認識が甘すぎる。異業種っていうのは、お前が考えているよりもずっとずっと【迫害されている】んだ」


「わたしそもそも、【迫害】があんまり理解できないんですよ」


 なんでわざわざそんなことをするのか、全く理解できない。協力し合った方がどう考えてもお得じゃないか。

 そんな自分なりの信念の元、言葉を紡いでいるのだが、どうにもアルトさんの考えとは、ー分かっていたことではあるがー馬が合わないらしい。


「異業種はこの世界の全生命から敵対視されている。

 中でもこの大陸、グローリー・バースの統治の下で成長してきた人間(マヒト)達の偏見っぷりったらないぞ。笑えるぐらい酷いものだ。だからヘテルと行動を共にするってんなら、最低限この大陸を出ることは必須条件になる※」


※グローリー・バースの支配域から出ることが必須条件ということ。


「異業種は元々全ての命から嫌われている。醜い姿や不快な悪臭から、生理的嫌悪を誰もが否応なく感じさせられるからだ。さらに将来的には理性をなくし、暴走するのが確約されている」


 アルトさんの口から出てくる言葉は、どれも非常なもの。あんまりにも酷い内容なので、嘘ではないのかと疑ってしまう。でなくとも多少は、過剰に言ってるんじゃないだろうか? 聞いていて、現実感が全然湧かなかったから、彼の話をうんと、うなずけなかった。


 そして、わたしが感じたその想いというのは、それなりに表面化してしまっていたようだ。アルトさんがこちらの感情を察知したらしい、口をつぐんだ。

 何泊か置いた後、アルトさんはまた話し出した。


「…………そんな異業種達の数ある危険性の中でも、グローリー・バースは、特に異業の伝染性を提唱している。あるのかどうかは分からないがな」


ーー伝染性?

 その単語を聞き目を見開く。しかし落ち着けといった意味が込められているであろう、アルトさんの手振りを見て、すぐさま突っかかることはしなかった。


「俺は……無いと考えている。だからヘテル(こいつ)と一緒にいることに関して、そういう意味での偏見はない……」


 力強い断言に『じゃあ何で言ったんですか?』と食ってかかろうとしたが、続く言葉を聞いて、言おうとしたことを飲み込んだ。


「だが……。俺らみたいに特殊な背景を抱えていない奴らは、王様からの言葉をどう受け止めてると思う?」


「それは……」


 つくづく思う。アルトさんと比べ、考えが足りないことを。彼は親切心はあんまり無い人間だけど、客観的に現状が見えている。確かにわたし達が良くとも、他がそうとは限らないかもしれない。


「そこまでは馬鹿じゃないか……良かったよ」


 そんなことに安堵されてしまうが、いかんせん自分が馬鹿では無いと反論できない。ヘテル君の方を虚ろな目で見て、縮こまる。


「異業種を殲滅するための組織、王国聖騎士団コスタリカなんてものを率いているくらいだ。王様は心底異業種を滅ぼしたいらしい。

 そして聖騎士団は、世界中から絶対の信頼が寄せられているし……お前だったら分かるだろう? 聖騎士団が【良い奴らなのを】」


 ドクンと一際大きな心音がした。身体全体に悪寒が走り震える。せっかくわかり合って友達になれたのに、隠し事をしなければならない、ー薄氷を踏むようなー関係になってしまったことに気づいて。


 でもそれでも彼らなら!


 そう一縷の望みを打ち出してはみるものの、アルトさんに釘を刺された。


「聖騎士団の奴らに助けを求めるのはやめておけよ」


「えっ?」


「お前があいつらと銀糸鳥で、やり取りをしているのは知っている。お前にとって、信頼のおける奴らなんだろう。

 それに誰かさんに似て、困っている奴を見かけたら、無償で助けようとするお人好しの集まりなんだろ」


「だったら!!」


「だが止めておけ」


 静寂な夜の中、アルトさんの言葉は響く。語気を強め、荒々しく喋っているのはわたしの方だというのに。彼の語る言葉の方にこそ、強い力が宿っている気がした。

 わたしはいつのまにか立ち上がって、アルトさんに詰め寄っていたみたいだが、彼の言葉を聞いて、力なくぺたんと地面に座り込んだ。


 自分が間違ったことを言ってる感覚はないのに、それでもアルトさんと話していると、言う言葉の何もかも、間違っている気がする。


 わたしは、そこまで悪いことをしているのだろうか? 間違ったことを言っているのだろうか?

 ただ困っているあの子を、助けてあげたいと考えているだけなのだが。


 そんな風に力なく座り込むわたしを見て、アルトさんは忌々しげにー恐らくはこれ以上、彼も言いたくないのだろうー呟いた。


「最後に一つ。ヘテルを連れて行く上で、たった一つ条件をかすぞ」


「なん……ですか?」


「分かっているだろう?」


 ぐしゃりと髪が潰れた音がした。


「あいつが異業種だと言うことを、絶対に誰にも言うな。におわせるような発言も無しだ。

 ……俺はな。お前が責任持って連れて行く。ヘテルを助けるって決めたんなら、ある程度の助力はしてやるよ。ただしもう分かってるとは思うが、【俺はそこまで強くない】。

 だから強い奴と対峙した時、最初の一回くらいは、上手くできるかもしれないが……ずっとじゃない」


 髪を押しつぶして自分の無力を語るアルトさんは、先ほどのわたしによく似ていた。ままならない不条理というものを知って、絶望しているようだった。

 それを見て、今までとは別なことで、また心が苦しくなった。


「だからお前は、よく考えて動くようになれ。これからは……な」


 絞り出している。その表現が限りなく似合っていた。

 これ以上出せるものはないと訴えた貧乏人が、臓器までも搾取されたような。


「…………難しいですよ」


「そうか」


 短い言葉はわたしの心を突き刺してくる。簡素だからこそ、相手の抱えている感情が直に届くようで。


ーーでも。


「でも……分かりました」


 この問答はきっと決意表明だったのだろう。まだまだ異業種というのが、この世界でどんな存在なのかは分からない。それでもアルトさんの言いたいことは、ちゃんと理解できた。


「ならいい……。拾っちまったんだ、これも何かの縁なんだろうよ。ただまぁ結局、なんであの箱の中にいたのかは分からなかったな。なんかの陰謀なんじゃねぇのか?」


 最後はカカカと力なく笑っていた。アルトさん自身、そんなことを本気では考えていないのだ。


✳︎


 それから数分の空白があった。だからこれで小難しい会話は終わりだと考えて、ヘテル君の寝姿に視線を落とした。

 そうして気持ちを新たにしようとしていると、『言い忘れてたと』またアルトさんが話しかけてきた。


「ああ。もう一つだけ。言い忘れてた」


「へぇ? 何をですか?」


 情報量過多で、脳のお味噌が潰れてしまいそうなんですけど。


 もう硬い話は終わった、考えて完全に気を抜いていたので、変に甲高い声が出た。ちょっとだけ気恥ずかしくなり、後ろ髪をくしゃくしゃとかく。

 そんな能天気なわたしとは違い、アルトさんの声音は低く落ちている。先程までは僅かにあった、声の明るさも今はなく、仄暗さしかない。


「さっき。異業種はいずれ暴走するっつったよな?」


「言ってましたけど、それが何か?」


「うん。ヘテルの腕には黒いのがあるだろう? あれがようするに異業なんだが……。あれはその内全身に至る」


ーー?

 何を言おうとしているのか分からない。でもなんとなく、このまま聴き続けるのは危険な気がした。


「腕も胸も足も目も臓器も脳も」


ーー待って……。


「異業が全身に回れば、頭をまともに回すことができなくなり、手当たり次第暴れるようになるわけだが……」


ーー待って……。


「最後は本来持っていた自分を、肉体的にも精神的にも無くすことになる」


 待って……!


「何が言いたいんですか? ねぇ! 何が言いたいんですか!!」


 本能的に悟った。この先の言葉をアルトさんに言わせてはいけないと。聞いてしまったら、自分が耐えれないであろうことを直感したから。

ーーしかし慈悲はない。


 アルトさんは温度のない声で淡々と言った。


「経験則でしかないから……多少の誤差はあるだろうが……。ヘテルという存在の命は、もって後二年だ。そいつはいずれ物言わぬ、不定形の化け物になる」


 アルトさんが語った内容に、わたしが言葉を失ったのは、言わなくても分かることだろう。


第62話 終了

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