銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

幕間 前半 夜に色めく②

公開日時: 2021年5月17日(月) 18:30
更新日時: 2021年5月21日(金) 06:48
文字数:3,793

長くなってしまったので、今回も前・後半で分けさせていただきます。


銀の歌



幕間 夜に色めく ②



 半月の夜がやってきた。それは力を失った今の彼女が、人間の姿に変化することが出来る稀な月の形。


 狼の姿をとる彼女は、荷台から離れた場所にいて、そこで横たわり目を瞑っていた。そして、来るであろう人物を待っていた。

 間もなくその人は来た。聞きなれた声が届いた。


「もう前置きはいいだろ?」


 目を開けて姿を変えながら立ち上がり、後ろへ振り返る。


「ああ」


 いつもの夜、いつもの相手、また話し合いが始まるのだ。


✳︎


 今日のアルトの話は、午後に聞いたあの内容から始まった。


「今日の午後の話を聞いていたとは思う」


 うんと頷く。


 興味深く聞いていた訳ではないが、アルトの話は聞こえていたし、あの時の内容は覚えていた。

 彼らには唐突な話題にしか思えなかっただろうが、あたしは経緯を知っていた。だから聞く気はなかったが、聞こえてしまった。


 こんな腹立つ奴の言った言葉を覚えていたのは、釈然としないが、それはそれとして……。

 アルトの話のいきさつを分かっているからこそ、疑問もあった。それというのが。


「ん、そうだよな。聞きたいはずだ。どうして現実の世界を、物語の完成に繋げたかを」


 アルトは心を読む術など、あたしのようには持ち合わせていないだろうに、それでもしっかりと言い当ててきた。これがこいつの怖い所。

 けれどその話が聞けるのは、色々な理由から気になっていたし有難い。素直に催促した。


「分かった。おま……アクストゥルコにも意見を貰いたかったから、どっちにしろ話す内容だ。しっかり聞いてくれ、そして見解も聞かせてくれ」


 ぎこちなく喋って、額をかいたアルトは、一呼吸開けると話し出した。


「そもそもの問題として、俺があんなことを言ったのは、分かる通り情報不足のせいだ。カリナに関して分からないことが多すぎる。だから、分かるものから考えた」


 アルトの話は、仲間内からも評されているように、実際回りくどい。もうちょっとぱぱっと話して欲しい。

 なので話を先回りするべく、耳をピンと立たせた。


「ああ。だから分かる範囲で、物語から連想できるものを考えたんだな。そして物語を読む内に、現実の出来事が元となった話があることを思い出して、ああいう風に聞いたのか……。分かった、理解できた」


 水を刺されてアルトは口元を歪めたが、「分かっているなら話は早い」と歪めた口で強がった。


「そしたら続きだ。物語っていうのが、現実を指したものだとするなら、どこが終わりかを考えた。英雄譚や神話を見れば分かる通り、物語の終わり方にはいくつかある。

 例えば神が死んだ時、英雄になった時。そして敵が死んだ時」


 言いながらアルトは視線を逸らした。しかしすぐに取り繕い、昼の話へと繋がるように、話を運んだ。


「ただやはり一人で考えるにはきつかった。だからあいつらにも聞いたんだが、結果はかなり良かったな。

 ああ、大丈夫だ。すぐ話すから」


 昼間の話し合いを側から聞いてる分には、何がそこまで良かったのか、分からなかった。でもアルトは明確に、重要な何かを掴んでいるようだった。


 びっくりしたのは、自分がそんなにも期待していたこと。アルトがこちらを見た時に、ぎょっとして焦り出したのが、その証拠だ。話を催促したつもりはないのだが、結果的にそうなってしまった。


「俺はずっとカリナが行う物語の完成ばかりを追ってきた。

 だがそう考えるとすぐに行き詰まる。現時点だと絞り込めないからだ」


 先程アルトが話した通りのことだ。

 確かにあいつとは長い付き合いだが、あいつに倒したい敵がいるようには見えなかったし、英雄だとかになりたがっているようにも見えなかった。


 唯一、あたしの視点から分かる目的といったら……。


 それは忌々しいことだと考えて、そこで思考を止めた。第一それは個人的な目的だから。今、アルトが話している事とは関係ない。あいつがあたしにつきまとうのは、個人的なことなのだ。


 頭を切り替えるために、アルトの話に耳を傾けることとする。耳はピンと立てて集中して。


「けれど繋がる部分がない訳じゃない。俺達が……いいや、俺がこんなことに【巻き込まれたのは】、間違いなくあいつと関わってからだ」


 毒の入った肉を、それでも食べなければ……。といった所だろうか。口元だけでなく、今度は表情全体を歪めて話している。

 そして目を凝らすと見えてしまったので、その先に続く言葉を言わせるのは、少しだけ酷かなと感じた。だから代わりに言ってあげた。耳はピンと尖らせて。


「セアか」


 苦々しくも頷いていた。


「狙われる原因がセアにあり、カリナの目的があくまで物語の完成だとするなら、辻褄の合う部分が、少なからずあるんだ」


 根拠は? 続きを促すと、躊躇うこともせずに言い切った。


「俺達がまだ生きていること、これが大きい」


 また少しびっくりした。何を言うかはだいたい分かっていたが、ここまで直球に言うとは思わなかったから。だってその言い方じゃ、自分達の命が握られた状況にあると宣言したも同然だから。


 こいつは気位が高いんじゃ? そういう風にずっと見ていたんだけど。


 また一つ、アルトには違う柄を貼り付けて、彼への思い違いや印象を正していく。


 でも本音を聞いても分からないことは分からない。なのでより詳しく言語化して欲しくて、さらに尋ねる。

 するとアルトは口を動かし始めた。ただしそれは決して軽くない。


「おま……アクストゥルコから聞いた話をまとめれば、正直、そう判断せざるを得ない。

 人の記憶をある程度自由に操れて、今までの出来事の大半が、裏で糸引かれていたんだと分かればな。

 俺達なんか一捻り、そう認めなければ対処できない」


 つまり、あくまでも対等に戦うつもりらしい。差を認めなければ、差の埋め方も分からないといった所か。


「そして俺達が生かされている状況や、やつの目的の物語の完成、俺達がやつと関わり始めた時期、これらを結びつければ、カリナの狙いが見えて来る」


 アルトの説明は長い。

 皆、言いはしないものの、内心不満を抱えていたりするだろう。──でも、彼らは不満をぶつけない。


 そのことが不思議だった。けれど、いざこうしてアルトの考察を聞くと、すごく納得できた。

 話は長いが、言葉を挟む余地もないほど、引き込まれる。これから【回答】を言ってくれるんじゃないかっていう、期待がある。


 そうした思いを抱えて言葉を待つと、答えは出た。


「思うに。カリナが目的とする物語の完成とは、セアの目的の達成に他ならない。

 そしてセアの目的とは……。一度だけ聞いたことがある。取り憑かれたように言っていた、あいつの目的は」


 瞬間静寂が訪れた。


 いや実際は、マントがパタパタ揺れているのだから、そんなことはない。でも、向かい合うあたし達の心臓の音は静かで、雑音はなかったんだ。


「神を殺した竜を殺すこと。それがセアの目的だ」


 余韻はあったが音が戻る。その言葉が頂点だった。緊張は途切れて冷静さが返ってくる。だからその言葉に対して、疑問を投げかけれた。


「神を殺した竜ってなんだ?」


「…………………………は?」


 言葉の意味が分からなかったのか、アルトはしばらく固まった後に、それだけ絞り出した。


「いや待て。分からないのか? 神の獣たるお前が? 千年生きてきたお前が?」


 どこまで予想外のことだったのか、今まではなんとか抑えていた『お前』という単語が出るほど、アルトは狼狽えていた。

 でもそんな反応をされても、分からないものは分からないし、知らないものは知らない。


「分かんない。なんだそいつ」


 するとアルトはおおげさに、手で頭を抱え、ため息を吐いた。そして「お前もか」と言い放った。


「いかに起きていた時間がまばらとはいえ、千年生きてきたお前が、あの災厄を引き起こしたであろう、神を殺した竜を知らないとは……正直失望したぞ」


 別に人間如きに失望されようと、痛くも痒くもないけれど、そっちの判断で勝手に誤解されるのは困る。


「災厄だったら知ってるぞ。馬鹿にするな」


「だったらなぜ、神を殺した竜を」


 食い気味に言ってくるのでうざったるい。上からかぶせて、黙らせてやる。


「夜空を切り裂く流星だろ? それだったら」


 意表を突かれたように、顔を硬らせた。

 どうやら知らないようだから言ってやることにした。


「神を殺した竜が、夜空を切り裂く流星だって言うのは理解した。でもそれは、元々お前達が付けた呼び名──二つ名じゃないだろ。真竜がアレのことをそう呼んでた筈だ。お前達はなんて二つ名で呼んでたか。確か、この世全ての不条理……だったか?

 なんだ、言語も文化も違うんだ。そんなしたり顔で言われても、すぐ分かるわけない」


 人間なんかに無知と思われるのは腹が立ったので、つっけんどんに言ってやる。そして言った後には頬を膨らませて、そっぽを向く。尻尾もきっと立っている。それぐらい怒っている。


 多少は反省したかな? しばらくした後に振り返ると、アルトは放心状態で何かをぶつぶつ呟いていた。それは明らかな異常事態で、今まで見せたことのない反応だったから、慌てて近寄ると、背伸びして肩を揺らした。


「お、おい、大丈夫か? ごめん、まさかそんなに傷つく……と、は」


 思わなかった。そこまで続けるつもりだった。でもアルトの瞳に狂気が宿っているのに気がついて、見当違いの心配をしていたのを知った。

 あたしの対応に戸惑ったのではない。こいつは、もっと別なことに対して動揺していた。



幕間 終了

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