銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第35話 アルトさん

公開日時: 2020年10月4日(日) 18:30
文字数:3,798



銀の歌


第35話


前回のあらすじ

『あの後流石にトーロス剣兵長はブチギレたぞー』


✳︎


「そうなの。アルトさんとはそんな関係なのね?」


「はい……その通りでございます」


「お願い怯えないで。もう場面転換したから」


 そう言われても、天井から生えた二人分の生足と、それをやった瞬間を直に見せられたら誰だって怯えると思う。


「こほん。う〜んと最初はね、貴方達二人が不仲なのかな? と思って心配したんだけど……今のを聞いて分からなくなってきたわ」


「はぁ。それはどうして?」


 トーロスさんは真剣な面持ちで言う。


「最初に謝っておくね。ごめんなさい。でも言うわ……大切なことだから」


 前置きをするとトーロスさんは語り出した。


「言ってしまっては悪いかもしれないけれど……。命をかけてまで、アルトさんが貴方を助ける理由が分からないの」


ーーどういうことだろうか?

 トーロスさんが無闇に人を傷つける人じゃないというのは、これまでの話から分かっていることだ。だけどこの口ぶりでは、流石に悪意があるのかと疑ってしまう。

 そんな疑念を察したのだろう、トーロスさんは慌てて言葉を続けた。


「んーと……ね。確かに根っからの善人だとか、お人好し。あるいは私達の様に、そういう仕事であるとかなら分かるんだけど……」


 言いにくそうに淀む。それを見かねたアスハさんが、天井から二人を引きおろす作業を一時中断すると、自分の髪を泡立て、凹凸の激しい胸に文字を書き始めた。


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私が言おう。アルトって人間の性格は。セア、お前の話しでだいたい分かったからな。アルトって人間風に言うならお前を助ける利点が無いってことだ。

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 どことは言わないが、トーロスさんよりも圧倒的にふくよかなので、文字と文字の間に、間が空いている。


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お前を助けた人間を悪く言いたいんじゃないが、あの橙髪の行動には違和感が多い。多分アルトは、利益や損得を考えて行動する類の人間だ。だというのにお前を助けた。

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 アスハさんは一度そこで文字を区切ると、冷ややかな顔をした。そしてその冷淡な顔つきで、さらに書き連ねる。


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そして一番の違和感は、せっかく命からがら助けたお前を、【今こうやって一人野放しにしてるってことだ】。一時的にとは言え、お前を助けるために、私達聖騎士団を敵に回したんだろ? 大切にしたいなら手元に置くべきだ。なのにほったらかし。行動が矛盾しすぎだ。

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 アスハさんは、それで私の話は終わりだと表情で伝えて来る。『言いにくいことは言った。後は任せられるな?』トーロスさんにそう目で訴えていた。彼女は自分の役割は果たしたと、天井から生えた生足を引き抜く作業に戻った。やがて二人は下ろしてもらえることだろう。

 トーロスさんはそんなアスハさんを見送り、彼女の言葉に同調する。


「うん。私が一番言いたいのはそういうこと。アルトさんには矛盾が多い」


「矛盾……ですか……」


「初対面の人間を命がけで救うっていうのはとても凄いことだと思う。

 でもその後の行動がおかしいよね。普通だったらもう危険な目に合わせたくないって考えるだろうから、少なくとも私だったらしばらくの間は、あなたを一人にしないよ。それに記憶喪失なんだから……貨幣のこととか教える必要が絶対あるのに」


 トーロスさんはやっぱり優しい人で、わたしが今抱えている状況を、自分のことのように考えてくれているのがわかった。どころかわたしの代わりに、アルトさんに憤ってるようにも見えた。でもそんな優しい彼女の言動に、どこか違和感を覚えてしまう。


 「う〜ん。でも」と否定の言葉を口にする。まだ頭でまとまってない内容だから、言うのが憚られたけれど、このままにはしておけないと思った。


「……わたしはアルトさんに拾われて、助けられて幸せでしたよ。ですからそこまで心配してもらわなくて大丈夫です。一人ほっぽられたことに関しては、言われて確かに違和感を覚えましたけど……あの人は多分不器用なだけですよ」


 笑みを知らず知らず浮かべていた。アルトさんを守ろうという思いが、そんな表情をわたしにさせたのだと思う。

 そんなわたしの態度を見て、トーロスさんが目から鱗だというように、表情をはっとさせた。


「そっ……か。そうだよね。貴方の感情を見ていなかったわ。ごめんなさいね。

 ……記憶喪失の女の子を、街中に一人にするのはいただけない。っていうのが私の正直な心象だけど」


 納得しきれてはいない。そんな表情を浮かべるトーロスさんだったが、やがて仕方なさそうに笑った。


「そうだね。貴方を救ったのはアルトさんだものね」


 この人にこういう言葉をかけてもらったり、こちらの事情を慮った、そういう表情をされると本当に困る。

 トーロスさんがどれほど、わたしの事を心配してくれているのかが分かるから。彼女がなんの悪意も無く、善意から声をかけてくれているのが理解できるから。


「はい……」


 差し伸べてくれた優しさを、振り払ってしまったことを忘れないよう、辛いけれどしっかり言うのだ。【アルトさん】にわたしは助けられたと。

 それでしばらくの沈黙が訪れた。アルトさんに関する不穏な話し合いを、終わりにしたい気持ちが強かったので、その沈黙をありがたく受け入れた。恩人を疑うことほど辛いことはない。


 難しい会話は終えて、ゆったりお風呂に浸かろうと、意識をそちらに傾けようとした。そんな時トーロスさんが口を開いた。


「セアちゃん、これだけは言わせて」


 嫌な予感はしたが、先程手を振り払った手前、トーロスさんの善意をこれ以上無碍にするのも、また嫌だった。ただ聴くだけならいいか、そう考えて無言で頷いた。するとトーロスさんは「ありがとう」と言って話し出した。


「アルトさんはたしかに、貴方の心強い味方なんだと思う。でもできれば気をつけてほしい。うまく言えないんだけど……彼には何か危うい雰囲気があった」


 トーロスさん自身、自分がアルトさんに抱いている不安の正体を、よく分かっていないのだろう。紡ぐ言葉は途切れ途切れだった。だけど最後の言葉はわたしの心によく響いた。


「だからよく見て見極めて。彼が本当に貴方の味方なのかどうかを……」


 再び沈黙が訪れた。正直アルトさんがここまで言われる理由がよく分からない。でもトーロスさんの言葉は、どこまでいってもわたしの事を心配してのものだったから、彼女の忠告は受け取ることにした。またわたしは無言でこくりと頷いた。

 その一連の流れが終わった後、トーロスさんは申し訳なさそうに笑った。


「はい。じゃあこの話しは終わり! ごめんね!」


 場面が転換する合図のように、ぴしゃりと手を叩いた彼女の言葉は、確かに雰囲気を変えるには十分なものだった。この場にいる皆の、肩の力が抜けていくのを肌で感じ取った。わたしだけじゃなく、皆だって緊張していたのだ。

 誰かがはぁと大きく息を吐き出して、深く湯船に浸かっていく。わたしもそれを真似しようとして、はぁと大きく息を吐き出した。そんな時だ、天井からようやく湯船に帰ってきたミーちゃんが口を開いたのは。


「いや〜それにしても、アルトくんの強さにはびっくりだったね!」


 今終わった話しを早速ぶり返すものだから、トーロスさんは「ええ……」と言った。天井に刺さっていたミーちゃんは、恐らく話を聞いていなかったのだろう。だから彼女に罪は無いはずなのだが、トーロスさんの反応も相まってわたしは「ぷふ」と吹いてしまった。


「えっ? えっ? なんで!?」


 なぜ吹き出したのか分からないミーちゃんは、一人困惑した表情を浮かべていた。申し訳ないがそれが返って、わたしだけでなく、みんなの笑いを誘ってしまった。


 なんで私達が笑ってしまったかと言ったら、それはやはり緊張が解けたからだ。ガッチガチに固まった思考と雰囲気と表情とを、前触れなく予想外な所からぶち壊して来たのだ。そりゃ安堵から笑みもこぼれるというもので……。


 それからこの空気を壊したのが、ミーちゃんだったからっていうのもきっとある。


 あまり深く物事を考えていないであろうミーちゃん。

 内心で心無いことを考えているのかも……とか、気を遣って声をかけたんだろう……とか、そういったことを考えずにいさせてくれる。だから安心して理解出来るのだ。これが単純な食い違いであることに。


 その場の空気を、他意なく本心で壊せる彼女は、何かと問題がありそうなユークリウス班にとって、大切な存在なのだろう。ドルバやシグリアそしてミーちゃんが、何だかんだ気にかけられている理由が分かったかもしれない。


 ただこれ以上笑うのもミーちゃんに失礼になる。だからほどほどにやめて落ち着くと、わたし達はまたたわいもない談笑を始めたのだ。


第35話 終了

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